第一話 悲劇
一之瀬 亮の親友の西條 和臣の家族が全員死んだ。
一家心中なのか殺人なのかまだわからない。
家に火を放たれて、全焼した。
長男の和臣だけが、重症を負いながらもなんとか逃げ延び助かった。
和臣は、3日ほど意識不明であったが、ようやく昨日意識を取り戻した。
しかし、事件のことは何も覚えていなかった。
事件から一週間後、一之瀬は、西條の見舞いに来ていた。
左肩から右脇腹にかけて、切り付けられ、その深さは、深いところで7cmにも達していた。
しかし、致命傷とはならず、なんとか生き延びることができたのだ。
意識が朦朧とする中、燃え盛る家から脱出したと思われる。
ぼーっと一点を見つめ、動かない西條になんと声をかけていいかわからず、さきほどからずっと一之瀬はベッド脇に立ちつくしていた。
西條の目から涙がつーっ流れるのをみて、一之瀬はたまらなくなり、ともに涙した。
家族全員と長年暮らした家を同時に失くした悲しみは、筆舌に尽くしがたいものであろう。
「大変やったな・・・」
「・・・・・・」
西條は、一之瀬のこの一言で、心の中の何かが決壊したのか、嗚咽して泣き始めた。
「なんで・・・なんで・・・こんなことに・・・」
「なんにも・・・西條は覚えてないんか?」
「・・・覚えて・・・ないんだ」
西條は、右手で目を覆った。
「なんにも・・・思い出せない!!!」
その言葉には、強い憤りが感じられた。
「許さない・・・許さない・・・許さない・・・」
呪文のように西條が唱える。
低く、吐き出すように。
西條の口から黒い憎悪の煙が立ち登るように一之瀬は感じた。
激しい怒りで、部屋が満たされる。
一之瀬は、そんな西條に何一つかけてやれる言葉が見つからなかった。
西條の家族が死んだ1か月後、一之瀬の家族が亮以外すべて惨殺された。
物証から、犯人は、一之瀬 亮 と判断され、逮捕された。