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男爵令息マリアーノ・ソレンギ

男装令嬢の名前を間違えていたので訂正しました。

マリーノからマリアーノへ。

ずっと、母親と二人だけで生きてきた。

父親はおらず、一度その確認をしようとしたら動揺されたので口にするのも止めた。

気に食わない相手だったのかもしれない。そうだとしても愛情かけて育ててくれた母親に感謝している。

死んだと思っていた父親が現れたのは、母親と死別して一年後の事だった。

父親は「男爵」だと名乗った。 「ずっと、探していた」とも。

心にも無い台詞に嘲笑えば、父親は『オレ』が喜んでいると思ったようだ。

「父の跡を継いで何処ぞの貴族の令嬢と結婚して我男爵家を頼むぞ」と肩を叩いた。

『オレ』は頷いて、長年暮らした平民街を後にした。


父親は『マリ』と呼ばれていた『オレ』に貴族としての名を与えた。


マリアーノ・ソレンギ男爵令息。


男爵家に行って、長年『オレ』達母子を放置していた父親が『オレ』を引き取った理由が分かった。

母親は元々男爵家のメイドで、父親に手を出され子を身籠り僅かばかりの手切れ金で追い出されたのだった。愛人でも妾でもない、遊びだった。

当然、男爵家には本妻がいた。跡取り息子も居た。

そう、跡取り息子が居た(・・・)……。

異母兄にあたるその息子は夜遊びの帰りに暴漢にあって死んだ。

父親の血を引く子供が居なくなってしまった。

父親は慌てた。このままでは弟の息子に男爵家の家督を譲らなければならない、と。

そして父親は、かつて手をつけた女達を探して『オレ』を見つけた。

平民街育ちとはいえ、自分の血を引く息子。

教育などは今から行えば良い。大事なのは自分の息子という事だ、と。



ある社交界(パーティ)で『オレ』の御披露目が行われた。

父親が涙ながらにマリアーノ・ソレンギを引き取った理由を語る。

貴族達は大袈裟に感動したり同意したりしながら父親の話を聞いている。

「愛していたのに姿を消したメイドの忘れ形見」などは嘘だと気付いているのに、「素敵なお話ね」と頬を染める貴婦人や、はたまた信じているらしい可愛い令嬢達。

馬鹿馬鹿しさに腹の中で笑いながら『オレ』はいつこの爆弾を(・・・・・)落として(・・・・)やろうかと機を窺っていたが、一人の令嬢を紹介されて気が変わった。

父親はどうやらその令嬢の家と懇意になりたいようだった。



『オレ』マリアーノ・ソレンギは彼女と仲良くなるよう努めた。

母と姉の趣味の(・・・・・・・)知識を総動員して、少女の喜びそうな台詞、格好いい仕草、時折行うスキンシップに照れた『オレ』の瞳。

正直、最初は本当に恥ずかしいしメチャクチャ照れていたが、その内楽しくなっていった。

父親も大変喜んでおり、ややあって彼女との婚約を打診してきた。

その場には父親と義母と彼女とその両親がいて、これ以上のない舞台が整っていた。

そして、徐に『オレ』は告げたのだ。


「しかし、私では××嬢を幸せには出来ないと思うのです」

「マリーアノ!何を言っているんだ!?××嬢と仲睦まじくしていたではないかっ!」

「ですが、私との間に子を為す事は出来ないので、この婚約に意味が見いだせないと思うのです」

「それは、一体どういうことかね?私の娘が子を為せない体とも言うのか」


令嬢の父親は怒気を孕んだ口調で問うた。

医学が確立されていない時代、子を為せない場合ほぼ母体のせいにされていた。

『オレ』が首を振って「私のせいです」と告げれば、父親が驚愕の瞳で『オレ』を見た。

折角見つけた跡取り息子が子供を残せない体だとは思っていなかったようだ。

『オレ』はこれから爆弾を落とす側なのだが、ちゃんと確認しろよと呑気に思う。遺伝子(・・・)検査は必要不可欠だろ?

全員の顔を見回して『オレ』は薄く微笑む。


「女同士で子が為せないのは常識ではありませんか」


「――は?」「え?」「――っ!?」「???」「マリさま?」


皆目が点で、今『オレ』の言った事の意味を理解していない。

その様は可笑しくて『オレ』の顔は愉快そうに歪んでいるに違いない。

××令嬢が眉根を寄せている。


「私は女ですので××嬢と結婚出来ない、と言っているのです」


「お、お、女ぁっーー!!?」


一番最初に覚醒したのは父親だった。

己の進退に『オレ』が必要なのだから、その薄くなった頭皮の下の脳味噌はフル回転したようだ。


「なっ、な、何を言っているのだ!今まで一度たりとも女だと言わなかったではないか」


父親の顔は怒りに赤くなっているが『オレ』はしれっと返す。


「聞かれなかったので。ちなみに男だとも言っていませんよ」


初めて父親に会った時、『オレ』は男の格好をしていた。

母親を亡くして一年の間、平民街で子供が一人で生きていくには『女』は危険だった。

そうして父親は『オレ』が男だと勘違いし、『オレ』もそれを正さなかった。


「オーっホッホッ!……あぁ愉快だこと」


義母の高笑いが沈黙を破り、父親を虫でも見る様な目で蔑んだ後、令嬢一家に謝罪と退室を促した。茫然自失としている父親を尻目に『オレ』も謝罪と出来れば「友人として仲良くして欲しい」と懇願した。

彼女を騙してしまった事に罪悪感はあったが、大変素直で可愛いらしい××令嬢とは今後とも仲良くしたかったのだ。彼女の父親の目が痛かったが、彼女は頬を染めて「はい」と言ってくれた。



義母が女の『オレ』に新しい名を与えてくれた。


マリアーナ・ソレンギ男爵令嬢。



もっとも、その名を『オレ』が自ら名乗る事は無かったのだけれど。





『オレ』の話、続きます。

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