ルトガーと皇太子の条件
ルトガーは長身に引き締まった体躯の薄い褐色の肌と、短く切り揃えられた榛色の髪を持ち、藍色の瞳は垂れ目で左目の下にある泣き黒子が色香を出している、美青年だ。
常に余裕綽々な表情で自信たっぷりに物を言い、度量が大きく冷静沈着、貴族平民分け隔てなく接し、戦場では(対盗賊など)味方の前に立ち鼓舞し、敵を凪ぎ払い畏怖させる。頭も良く口達者で大臣達も舌を巻く。
完璧過ぎる皇太子。
次代が期待される皇太子。
名君足り得る皇太子。
『だけど……あの暗君と同じ榛色の髪が、』
唯一。
その髪色だけで。
皇太子として、どうなのかという負の烙印を捺されている。
皇太子と呼ばれた時から、否、もう物心つく頃には「暗君と同じ榛色の……」と陰口を叩かれ、ルトガーはそれを払い除けようと必死に努力してきた。
勉強も剣術も人心掌握術も、皇太子に選ばれるように、後世名君と謳われるように努力してきた。
褒め称える裏で、何を言われようと嘲笑われようと歯を食いしばって努力してきた。
その甲斐あって十四で立太子してからは、陰口も減った。
けれども、その目が……『暗君と同じ榛色の』と語っている。
髪色で何が決まるというのか。
何故、榛色の髪というだけで『皇太子に相応しくない』という目でみられなくてはいけないのか。
誰よりも努力し、その実力を認められているというのに。
ただ、暗君と同じ榛色の髪、というだけで。
自分の力では、どうしようもない事で。
『榛色の髪』
――それがルトガーのコンプレックスだった。
一百五十年程昔、まだローヒメティが帝国ではなく王国と呼ばれた小さな小さな国だった頃。
『王家編纂史記』の中に『竜殺しの王』という名の王がいる。
兄王子達を弑逆して王位に就いた竜殺しの王は、病の床に臥せるとある公女を妻にと望むあまり政務を疎かにした。通称『茨姫』と呼ばれたその公女を十数年かけて口説き落とす間、王城は魑魅魍魎で溢れ結果国は多いに荒れた。
榛色の髪のその王は、後世において『暗君』と呼ばれた。
『暗君』の唯一の善行は『茨姫』との間に『名君』と名高い王子を設けたことだった。
その『名君』の髪色は夜空に瞬く天の川の様に美しい青銀色で、その色は帝国になった今にも続くローヒメティ帝家の証といわれている。
初代皇帝の正妃も祖父も父である現皇帝も青銀髪だった。
ルトガーは榛色だが、三つ子の妹達は皆、母似の金茶だった。
ルトガーだけが榛色の髪だった。
母妃の不貞という訳ではなく、先祖返りだといわれた。
榛色の髪、というだけで相応しくないと言われ。
青銀髪、というだけで素晴らしいとされる。
せめて、榛色の髪でさえ、なければ……。
それか、初代皇帝の様に燃える様な赤髪であれば……。
そんなコンプレックスを補ってくれる存在として、アンジェリカを欲した。
転生者とみられるアンジェリカを。
転生者の存在は、貴族も平民も誰も知らない重要機密であるが、記録されている。
そう、記録されている。
ルトガーは己の力で『名君』になる。
榛色の髪を持つ『名君』の妃は『転生者』。
重要機密で貴重な『転生者』を妻にした『名君』ルトガー。
誰にも語られなくても、その記録は残る。
それだけで良い。
その事実だけでルトガーの心は満たされる。