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アルフォンソと約束されていない椅子

アルフォンソ・ヴェントの父は現宰相。祖父も前前代宰相。曾祖父は宰相にはならなかったが高祖父は宰相だった。そう、ヴェント家はここ何十年も宰相を輩出する名家なのである。


必然的にアルフォンソも宰相になることを期待されている。

期待されている(・・・・・・・)であって、約束されている訳では無いのだ。

つまり、宰相として相応しくなければ宰相にはなれない。

アルフォンソは己自身の力で約束されていない椅子を獲らなければならないのだ。


だが、第二公子ベルナルドは違う。

彼は玉座に興味が無い。

玉座に座るよう期待されてもなければ、玉座に座らなければならないとも思っていない。

あくまで兄公子の補佐で万が一の保険として『第二公子』を務めている。

それが悪いとは言わない。

彼が野心も無く補佐の立場で居てくれているから公家は跡目争いもなく、公国は平和に保たれているのだ。

だが、将来『宰相にならなければいけない』アルフォンソが取り巻く主としては、物足りない。

アルフォンソは第一公子の友人役(取り巻き)になりたかった。

アルフォンソが宰相として大公(になった第一公子)の横にたった時、幼い頃から彼を支えた右腕として名を残したかった。

宰相にならなければいけないアルフォンソには、大公になる第一公子の横こそ相応しく、第二公子ベルナルドの横では無いのだ。

ベルナルドは嫌な奴では無い。嫌な奴では無いが……彼が第一公子で無いのが悔しくて、頭は良いのにアホなのが悔しくて、イライラして八つ当たりをしてしまう。




そんな小さな事で八つ当たりをしてしまう自分はまだまだ宰相には遠いな、と思いながらアルフォンソは「貴方の報告書は当たってますねぇ」と優しく(・・・)を意識してベルナルドに話し掛ける。


「そう、かなぁ。素直で疑うことを知らない……うんうん、とても努力家、そんなことないよ~。人の意見をよく聞き成績は万年二位……平民も分け隔てなく接する、明るく周りを笑顔に――」


ベルナルドは報告書を声に出して読みながら赤くなったり青くなったり、再び赤くなったりする。えへへと照れる様は見ていて、本当に、イライラ、してくる。

ベルナルドの視線が一番下まで行って、そこで止まった。


「……アンジェ、リカ・メーダと婚約、中」


律儀にベルナルドは音読した。凝視したまま動かず書類を持つ手だけが震えている。


ベルナルドは婚約者アンジェリカに劣等感を感じている。

彼女は試験で万年首位、ベルナルドは数点差で万年二位。

剣術などでは騎士団長の息子フィリッポが一番強いと言われていたが、今ではアンジェリカ最強説が浮上している。

またメーダ家で売り出している人気商品のほとんどをアンジェリカが提案したらしく、メーダ家は大商人(ティノの家)を押さえてマゼッテイ公国の稼ぎ頭になったと聞く。

最近のベルナルドはアンジェリカを名前を聞けばビクっと震え、アンジェリカの姿を見ればキョロキョロと目を動かし、アンジェリカが挨拶でもしようものなら一目散に逃げ出す始末。

代わりに残されたアルフォンソが彼女と挨拶を交わしている。

一応、取り巻きとして情けなくなるが、ベルナルドに感謝してアンジェリカに向き直る。


アルフォンソはアンジェリカを己の妻に迎えたかった。


アンジェリカは美しい。濃い金の巻き髪は朝日に染まった海原のように燦然と輝き、彼女の美しさに神々しさを添える。

海に浮かぶ双子岩のように大きな胸をリボンやフリルで隠そうとして、隠れていないのに気付いて恥じらう様子が大変可愛いらしい。そんな時、彼女の珊瑚のような唇はきつく閉じられてプルプル震え、砂浜のような白い肌や頬は羞恥にほんのり桜貝色に染まる。

澄んだ空色のつり目でアルフォンソを睨むが、もう誘っているようにしか見えない。

勿論、彼女にそんなつもりは無い。彼女の口から漏れるのは文句だ。

というのも、アルフォンソが嫌味を言うからである。

アルフォンソはアンジェリカに対して嫌味しか口にしない。

遠目から見れば二人は穏やかに微笑み合いながらお喋りをしている様にしか映らないだろう。

だが、もし二人に近付いてみれば、互いに丁寧語で流暢に罵り合っているので仰天するだろう。


アルフォンソにとってアンジェリカと言い合う時間は大変楽しく、これだけ口がよく回り頭の回転の速いアンジェリカこそ、宰相にならなければいけない己にやはり相応しい女だと改めて思うのである。


だが、いくらアルフォンソがアンジェリカを妻に欲しいと思っても、彼女は第二公子ベルナルドの婚約者。ベルナルドがアンジェリカに劣等感を抱きながらも好意も持っている事にアルフォンソは気付いている。

では、どうするか。

と、思案していた時、ベルナルドの口から出てきたのは「アンジェがマリアーノという男爵令息と仲が良いみたいだ」という呟きと、嫉妬しているのか悲しいのか嬉しいのかよく分からない泣き顔だった。


宰相の息子で、将来は宰相になるつもりのアルフォンソは王立学園の勉強以外にも、国内外の事などより多くの事を学んでいる。その中には貴族に関する事も多岐に渡り、アルフォンソはベルナルドの言葉を聞いて首を傾げた。ベルナルドの言うソレンギ男爵には息子は存在せず、何年か前に市井で育った娘を引き取った筈だ。名前は……マリアーナと言ったか。


「アンジェは、そいつの事を好、き、なんだろうか。そいつ、の方が僕よりアンジェ、を幸せ……に出来る……?」


誰も訊ねてもいないのにベルナルドは真っ青になってぶつぶつ言っている。

アルフォンソは酷薄した笑みを浮かべてベルナルドを見た。


マリアーナ男爵令嬢をマリアーノ男爵令息と、勘違いしているベルナルドを利用してアンジェリカとの婚約を破棄出来ないだろうか。

いや、出来ないでは無い。

破棄させるのだ。




誰にも約束されていない椅子だろうが何だろうが、その椅子に座りたいのであれば。

己でその椅子に向かうしかないのだ。

全身全霊を傾けて。





イタリア語で 有能な王 という意味の アルフォンソ ですが、宰相を目指す彼には何だかしっくり来る名前かな?と思います。

野心家ですね。


約束されていない椅子は 宰相の座 とアンジェリカの夫の座 ですかね。


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