大商人の息子ティノ
その乙女ゲームの中で大商人の息子と騎士団長の息子だけが、貴族では無い。
一応フィリッポの父は騎士団長として一代限りの騎士爵位を持っているが、それがフィリッポに受け継がれる訳ではないので、フィリッポ自身も貴族では無いといえる。
とはいえ、貴族では無いが大商人の息子ティノは大商人と言われるだけあって、裕福な暮らしを送っているが。
ティノは乙女ゲームの中で唯一の後輩キャラで悪役令嬢アンジェリカ達の一つ下、身長も低め体重も軽め『カワイイ』が似合う男の子だ。でも、夢はでっかいっ!!!
大商人と言っても、それは海の国、マゼッティ公国の中だけの話。
隣の大帝国ローヒメティに行けばティノの家くらいの規模の商家は腐る程ある。
今ティノの家が帝国の商人達と渡り合えるのは、マゼッティ公国の中では大商家だからだ。
幼い頃は父が大商人と呼ばれるのが自慢で誇りだった。
でも、偶々ローヒメティ人が影で父を国を馬鹿にしているのを聞いてしまった。
ティノの家ぐらいの商家ではローヒメティ帝国でやっていけない、すぐ閉店してしまうと。
悔しかった。
悔しくて悔しくて……でも、ローヒメティが大帝国なのは知っていたから、あいつらの言っていることは真実なのかと思ったら文句の一つも言えなかった。
泣いて、泣き叫んで父に問い質せば肯定されてしまい、更に泣いた。
マゼッティ公国もローヒメティ帝国も南の氷の帝国も山の上の国も、全て。
その中で一番の大商人になること。
それが、ティノの夢だ。
ティノは悪役令嬢アンジェリカを嫌っていた。
何故なら、ライバルだからである。
学園の成績とか恋の(?)ライバルとかでは、無い。
商いのライバルである。
転生した悪役令嬢アンジェリカは前世の記憶を基に、数々の商品を製作した。そしてそれらをメーダ家の商家で売った。友達令嬢にプレゼントして口コミを利用し貴族中に広めた。
困ったのはティノの商家である。
健康を気遣った商品。美を追求した商品。今までとは比べようもないくらい美味しい料理、デザートの数々。お洒落なドレス、平民向けの可愛い服装。今まで苦労した道具に何かしらの機能を取り付けた便利道具。
誰もが我先にとメーダ家が生み出す新しい商品を求め、ティノの商家で取り扱っていた商品は価値を失ってしまった。
正直言って『嫌い』どころでは無い。『憎い』。
逆恨みなのは分かっているが、そうは言っても己の心は隠せない。
羨ましい憎い酷い悔しい羨ましい羨ましい……あんなに沢山の凄い商品を生み出せる頭脳、アイディア、それを作ってしまう技量。羨まし過ぎて死にたいくらい。
一番悔しいのは、そんな商品を生み出した張本人アンジェリカ・メーダがティノの商家に買い物に来ることだ。
嫌味なのか。
敵情視察か……ティノの商家なんて相手にならないだろ。
己で言ってて泣けてくる。
悔しいから、いつも「売り切れだよ」と言ってアンジェリカを追い返す。
勿論、棚やテーブルの上には商品が並べられているから、アンジェリカは「え?」という声で悔しそうな泣き出しそうな顔になる。
正直言って、小気味良い。
アホな事をしているのは分かってるのだが、そんな事でもして鬱憤を晴らさないとやってられない。
しかし、いつも「売り切れ」宣言しているのに、ティノの商家に買い物に来るのは、一体全体どういう訳なのだろうか。
ティノのアンジェリカに対する見方が変わったのは、学園祭で同じグループになってからだ。
乙女ゲームなので学園祭というイベントが王立学園には存在する。他国から来た貴族の留学生などは大いに感激するのだが、マゼッティ公民としては(昔からあるイベントなので) 首を傾げてしまう。因みに学園祭だけじゃなく体育祭という名のイベントもあり、どちらも一般公開されている。
学園祭ではクラス別ではなく、学年ごちゃ混ぜの完全抽選のグループに別れる。そして、どのグループの模擬店が一番稼ぎ、お客さまから高評価を得るか競うのである。
ティノとアンジェリカは同じグループになった。大商人の息子ティノと今一番売れている商品を生み出したアンジェリカ。誰もが優勝グループはそこだと核心し、事実そうなった。
二位を大きく引き離してのブッチ切りの優勝であった。
ティノはアンジェリカと己と、どちらのアイディアで模擬店をするのかが勝負だと思った。
負けたくない、と寝る間も惜しんでアイディアを練った。
グループ内で会議を行い決定したのは、ティノのでも無いアンジェリカのでも無い、案だった。ティノの案は父に相談したかいあって、素晴らしいモノだったと思う。ても決まったのは、なんて事のない案に皆が意見を出しあって纏めたモノだった。議会進行者が居た。たけど……最初に意見を出すように、そっと促したのはアンジェリカだった。勿論アンジェリカ自身も意見を出した。でも、アンジェリカ一人で作り上げた訳では無い。ティノも含めて皆で作り出した『案』だった。
それから何故か、目でアンジェリカを追ってしまう。
アンジェリカは第二公子ベルナルド、宰相の息子アルフォンソと同じくらい頭脳明晰で優秀だ。
でも、天才じゃない。
いつも本を読んでいるか、男爵令息(名前?知らない……女子に人気なイヤな奴)と話しているかのどちらかで、大抵一人で居る事の方が多い。何を読んでいるのかと思えば貸し出し厳禁の難しい内容の分厚い本。図書室で一人勉強している姿も見掛ける。
落としたノートは、見たことも聞いたことも無い商品のアイディアで埋まっていて、それだけでノートが真っ黒になっていた。材料や価格の事、必要とされている商品のコンセプトなども書かれていた。
そのまま、そのノートを己のモノにしてしまいたい欲求に駆られ……その夜は泣いた。
世界で一番の大商人になりたい、という夢は。
他人のモノを盗んででも手に入れたって、意味が無い。
汚い事をして手に入れた夢なんて、何の価値も無い。
己はそんなちっぽけな男じゃ無い。
アンジェリカは凄い。
でも、ティノの知らない所で努力している。
ティノが敵わないのは、努力が足りないからだ。
己以外の人の意見を聞かず、一人で作ろうとしたからだ。
一人で何もかも出来る筈無いのに……。
正直……今でも、アンジェリカのその発想には驚かされるし、羨ましいけど。
無い物ねだりしたってしょうがない。
己に無いなら、他の人から知恵を拝借すればいいのだ。
盗むんじゃ、無い。一緒に作る。
そう、一人で大商人になるんじゃ無い。
誰かに手助けされて誰かを手助けして、少しずつ『大商人』になっていくんだ。
その誰かが『アンジェリカ』だったらいいな、と未来の大商人ティノは思った。
ティノ はイタリア語で 小さい です。
年齢も身長も小さいのです。
小悪魔みたいなショタキャラのつもりでしたが、出せませんでしたね。
機会があれば、会話をさせたい、です!