騎士団長の息子フィリッポ
騎士団長の息子フィリッポは『無表情』で『口下手』だ。
怒らず悲しまず喜ばず、そして笑わない。
勿論、感情が無い訳では無い。表に出ないだけだ。
おまけに口下手で話し出すのも遅く、王立学園の級友達は騎士団長の息子であるフィリッポに近付いて来ても直ぐに離れて行ってしまう。
幼い頃から(父が騎士団長の関係で)親しくさせて頂いている第二公子ベルナルドや宰相の息子アルフォンソなどは、フィリッポの事をよく理解してくれており無表情でも気味悪がったりしないし、訥々とだが話し出すのを根気よく待ってくれる。
母親は病で既に亡く、騎士団長として忙しい父親はろくに家に帰って来ない。たまに帰宅しても飯を食って寝るだけ。話す事といったら年の離れた新人騎士の兄二人と鍛練や仕事の話ばかりで、フィリッポとはおおよそ親子の話は無い。家の事は通いの女が世話をしてくれていたので問題は無かったが、フィリッポの情緒形成としては問題家庭といえた。
まあ、本人としては騎士の仕事話は興味深く、己も父や兄達に倣って『騎士』になるのだ、目標設定には一役買っていたが。
また、父や兄達にフィリッポに対する愛情が無かった訳では決して無い。父と兄達の間で交わされている話が主に騎士の仕事話であった事から分かる通り、彼らも仕事の為に必要とされている会話なら口からスラスラ出ても、プライベートとなると途端に口が回らなくなるのだ。家族揃って口下手なのである。
因みに、フィリッポはまだ仕事の為に必要でもスラスラと喋れない。まだ兄達の所まで到達するには時間が掛かりそうであった。
そんな家庭で育ったフィリッポは当然、騎士を目指した。父と兄達が教えてくれたのはひたすら剣の素振りで、基本生真面目な彼は一日も欠かさずそれを続けた。教えた当の本人達はすっかり忘れていて(帰宅してもバタンキューなので)気付いた頃には、目にも留まらぬ速さへと化していた。それからは嬉々として色々教える父と兄達。顔に出ないものの喜ぶフィリッポ。これがこの家族の会話ともいえた。
アルフォンソから二年遅れてベルナルドと共に王立学園へ入学したフィリッポは、剣術において向かうところ敵無しであった。
悪役令嬢アンジェリカ・メーダに助けられるまでは。
その日までアンジェリカが戦闘で強いと認識される事は無かった。
試合でフィリッポとアンジェリカが戦っても、フィリッポが全勝していた。
(貴族の少女達も王立学園では戦闘訓練があった。乙女ゲームの設定の為か、それを疑問に思う人間は何故か皆無だった)
その日も戦闘訓練でフィリッポやベルナルド、アンジェリカの所属していたクラスはミルクスン山脈の裾野の森へ来ていた。この世界に魔物の類い存在しないが、熊や猪などの害獣がいて、その駆逐が今回の授業だった。
結論から言えば、巨大熊に襲われ剣を叩き折られ為す術も失ない絶望に染まったフィリッポを助けたのがアンジェリカだった。弓と剣と罠をもって巨大熊を倒したアンジェリカ。無論簡単ではなく辛勝であったし、フィリッポなどの手助けもあったが、アンジェリカが来なければフィリッポは死んでいただろう。
この時フィリッポの目に映っていたのは戦女神の如く剣を携え(見た事の無い)弓を背負い、夕日の中佇むアンジェリカだった。
土と血で汚れたアンジェリカの横顔は、王立学園で見るどんなアンジェリカよりも美しかった。
その日からフィリッポの瞳は知らず知らずの内にアンジェリカの姿を追ってしまう。
アンジェリカへの劣等感に苛まされていた第二公子ベルナルドは気付く事も無かったが、目敏い宰相の息子アルフォンソは彼の淡い初恋に気付いてしまっていた。
何も言わず放っておいたのは、それが一見恋する少年の表情には見えなかったからだ。
喜びを表さないフィリッポの顔。アンジェリカを見つめる瞳。
フィリッポをよく知らない誰もが、アンジェリカを睨んでいると思っていた。
今まで敵無しのフィリッポの前に初めて立ち塞がった強敵アンジェリカ。
フィリッポの敵わなかった巨大熊を倒したアンジェリカ。
フィリッポより強いアンジェリカ。
……フィリッポはアンジェリカを憎んでいるっ!!
多くの生徒がそう思い、アンジェリカ自身も嫌われているとおもった。
フィリッポはアンジェリカの剣の腕に惚れた。
母親は丈夫で無かったので健康的な所も好ましく思った。
いつかアンジェリカと二人で外の世界へ行きたい。
アンジェリカとならどんな敵でも大丈夫、大冒険になるのは間違いないだろう。
背中を預けられる女の人と出逢えるなんて自分はとても運が良い。
それから、アンジェリカは強いだけじゃ無い。可愛い面も持っている。
初めて乗ったらしい船の上で、揺れに驚いて目を回していた。
未知の海上へ航海に出るのは先の話になりそうだが、アンジェリカなら揺れない船でも造ってしまいそうだ。
アンジェリカと一緒ならきっと楽しい人生になりそうだ。
フィリッポは一人微笑んだ。
お日さまのような暖かい笑みだった。
フィリッポ はイタリア語で 馬を愛する です。
騎士っぽいかな?と思いまして。
『攻略対象者と悪役令嬢』『男装令嬢と悪役令嬢』が恋愛ランキング52位53位に入っていました!!
わーい!とっても嬉しいです!!
読んでくださった皆様のお蔭です!!!
ありがとうございます♪
補足というか蛇足みたいな続編ですが、しばらくお付き合いくださいっ!