皇太子御一行と神様の話
説明回です。
ルトガー視点?です。
皇太子ルトガーの母国である北の帝国の歴史は少し複雑で、それに伴い宗教も複雑である。
遥か遠い昔、大陸の北部を支配していたのがテオゴニアー王国で、ローヒメティの地もその一部だった。彼らは彼らの信ずる神々を祀っており石造りの神殿を各地に建てた。
二千年程昔の大王西方遠征失敗を機にテオゴニアー王国はその規模を縮小、今では古王国と呼ばれる小国と成り下がってしまった。王国の支配は去って行ったが神話(宗教)は消え去る事無く、人々の生活に根付いていた。
程なくして正教会なる宗教団体が台頭。各地に残る神殿を破壊するとその跡に正教会の為の教会を建設する。また、テオゴニアーは多くの神々を祀る多神教であったが、正教会は唯一の神を讃える一神教の宗教であった。この為、正教会はテオゴニアーを否定、神殿のみならず、神話も破壊する。
現存する神殿は半壊していたり、小さかったり分かりにくい場所にあったりして破壊を免れた、一部だけである。
皇太子ルトガーにとって山の上の国の東の町で見た、数千年前から変わらずそこに建ち続ける大きな神殿は、大変珍しかったのだ。
そして、ローヒメティ王国がローヒメティ帝国となった今から百五十年程前。第三の宗教が入ってきたのである。それが、初代皇帝を産んだビスケ砂漠で信じられてきた帰教会である。
帰教会も正教会と同じ一神教の宗教であるが、現在は帝国の庇護なり融和作などあって、仲が悪いなりに折り合って生きている。ちなみに、テオゴニアーの神々も息を吹き返しており、北の帝国は空前の多神教国家となっている。
対して、ミルクスン山脈を挟んで大陸の南部でレートシピ神話、その北東の一部で暗島神話が信じられてきた。
海の国は山越えをしなければ行く事が難しい北よりも、昔から南との付き合いの方が長く深く、暗島神話が国教となっている。海の国だけあって、多くの神々の中でも海の神エーギルを主神としている。
山の上の国はミルクスン山脈の中に存在するので、元々土着の神が居たものの、北からはテオゴニアー、南からは暗島神話が入ってきた。山中では田畑に限りがある為に、テオゴニアーは『大地の女神・五穀豊穣の女神デメテル』が。暗島神話では『雷神にして豊穣神、法と秩序を象徴する神トール』が、二柱として同じ神殿で祀られている。
何故違う神話の神を同じ神殿で祀っているのかと、アルフォンソやルトガーが問えば。
とある旅人曰く。
『一緒に祀ってしまえば良い』『大抵の神様は平和を愛せとか隣人を愛せとか言うんだから、先ず神様から見本を見せて貰わなきゃ』
とのこと。
ルトガーは吹き出してしまった。隣のアルフォンソも口許を押さえている。
まるで、夢物語のようなあり得ない話だとルトガーは失笑する。
確かに神様から見本を見せて貰うべきだ。隣人を愛せと言うのならば、先ず神様が隣人を愛すべきなのだ。互いに争っていては平和は生まれない。
惜しむらくは、子供は素直に教えを受け入れて隣人を愛し平和を愛し互いに寛容なのに。大人になると自分の都合の良いように教えを折り曲げる。それは盲目的に唯一神を信じている為か、金に目が眩んだせいか、あるいは……。
暗島神話しか知らない公女公子は何が面白いのかと首を傾げ、山の上の国の人々もキョトンとしている。ルトガーは笑った事を辞し、公爵令息ベリルは「?」を浮かべながら、返答した。
一つ気になったのは、百五十年前に南下したばかりの帰教会は兎も角、正教会はこの地に入って来なかったのか、という事だ。彼ら宣教師は正教を広める為に遥か西方や遠く海の果てまで行くと聞く。直ぐ隣の山の上の国に宣教師が来なかったとは考えにくい。
それも旅人の一言によって、正教会はこの地に根付かなかったようだ。
つまり『一神教だから』である。
アルフォンソが羨ましいと、「うちにも助言して頂きたかった」と言えば、騎士団団長アンブロワーズが仰天するような事を言う。
「その旅人は皇太子殿下の、何代か前の皇妃の事ではありませんか」
食後の茶を吹き出さなかった自分を誉めて上げたい。
皇妃に旅をした者がいるとは聞いた事がなかった。
その旅人の名前を尋ねたいルトガーではあったが、公女クラリーチェが「旅人は男だと思った」とか何とか言うので、聞くタイミングを逃してしまった。
仕方なく与えられた部屋に戻ったルトガーは、また明日聞けば良いと考えていたが、騎士団団長と話す機会は得られなかった。
スカンジナビア神話はつまるところ、北欧神話です。
スラヴ神話はロシアとかの北の神話です。
テオゴニアーはギリシャ神話の 神統記 という叙情詩です。
スカンジナビアを暗島に変更しました。古いノルド語でスカンジナビアを指す「暗い島」から.
スラヴもレートシピに変更しました。年代記という意味です2016.9.9
正教会はキリスト教をモデルに。
帰教会はイスラム教をモデルに。アラビア語の『神に帰依する者』に由来しております。




