皇太子と悪役令嬢の決別
皇太子ルトガー視点です。
アンジェリカに『貴方はわたくしの事を好きでは無い』と言われ、その通りだと頷き、それの何が悪いのかと首を傾げる。
大陸の北東部を治める大帝国たるローヒメティの皇太子ルトガーには、恋愛結婚など眼中に無い。
故国にいる婚約者候補達も名だたる貴族の令嬢達だ。
将来ルトガーの統治を磐石にするための政略結婚である。
侯爵令嬢で第二公子の婚約者だったアンジェリカにもその資格はある。
更に言えば、ルトガーのコンプレックスを補ってくれる転生者。
己に都合か良く、海の国にも恩恵を齎せる結婚になる筈だ。
同じ王家でも皇帝の妃と第二公子の妃では雲泥の差があるのだ。
国母の座を蹴っても『好きかどうか』などという感情に重きを置いている様子のアンジェリカに、ルトガーは意味が分からず……。
「それは、アンジェリカとベルドナルドが婚約破棄するまで無視していたためか?」
などと問うてしまった。
いくら何でもルトガーが恋愛音痴という訳では無い。
この年になるまで誰も好いた事がない訳では無い。
ただ、それと結婚とは別だと考えているのだ。
だから、アンジェリカがルトガーに好かれていないと気付くのも解る。
婚約破棄の騒動があるまで梨の礫なのだから「何故求婚された?」と思うのも理解出来る。
理解出来るが、お互いの立場という物を考えて貰えばアンジェリカだってルトガーの言を理解して貰える筈だ。
好きだから求婚したのでは無い。
利があるから求婚したのだ。
「なので、申し訳ありませんが……わたくしは、ルトガーさまと一緒になることは出来ません」
アンジェリカが深々と頭を下げて、上げると真っ直ぐにルトガーを見る。
空色の瞳は松明の灯りに瞬いていて、ルトガーの心臓はどきりと跳ねた。
「俺がアンジェリカを好きでは無いから、か……」
「わたくしもルトガーさまを好きでは無いからです」
にっこりと笑ってアンジェリカは酷い事を言う。
だが、ルトガーもアンジェリカを好きでは無いのだからお互い様か。
しかし、貴族の癖に利より愛を取るとは……女とはなかなか厄介なものだ。
それとも彼女が転生者なせいか。
「だが、俺は諦める積もりは無いぞ」
「ルトガーさま?好きでも無い女の一体何が良いと言うのです?」
アンジェリカが心底困惑気味に首を傾げて問う。
「わたくしは確かに貴族の娘ですけども。北の帝国に比べれば小さな海の国の貴族ですわ。この小さな国の侯爵家など貴方の大帝国から見れば……子爵、男爵程度の規模ではありませんか?皇帝の妃候補に下位貴族のご令嬢がいらっしゃいますの?」
アンジェリカは己の国を小さい小さいと繰り返し、ルトガーの国を大帝国と言う。おべっかを使っている訳では無いようだが、小さい小さいと言う事によって己の価値も下げようとしている様だ。
確かに小さな公国の侯爵と大帝国の子爵か男爵は同等かも知れない。
しかし、侯爵は侯爵だ。
侯爵令嬢アンジェリカが皇帝の妃になるのに何の問題も無いのだ。文面上は。
それに、ルトガーがアンジェリカを欲している理由がそもそも違う。
彼女が転生者だからだ。
何度も言おう、転生者だからだ(今回三回目?)。
勿論……それを彼女に告げるつもりは更々無いが。
仮に彼女が平民の娘でも求婚した。侯爵令嬢なのは事が運びやすいだけだ。
もう堂々巡りだ……今は一旦諦めるのが良いか。
「分かった……諦める」
ルトガーは長い息を吐いて、やれやれといった風に首を振った。
アンジェリカも安堵の息を吐いて、励ます様に微笑む。
「ルトガーさまなら直ぐにより良い方と巡り会えますわ」
そう他人事の様に(その通りだが)言ってアンジェリカは広間へと去って行った。
ルとガーはその後ろ姿を見送り見えなくなると、声に出して息を吐いた。
「はあああぁぁぁぁ……あーあ。転生者なんて奇特な女、他に居ないよなぁ、はあ」
知らず知らず溜め息が漏れてしまう。
海より来た潮風がルトガーの外套の裾を撫でていく。
ルトガーの心の中を冷たく昏い風が吹き抜けていった。
拙作『筋肉嫌いなのに~』と交差しています。
是非そちらもどうぞ!
伯爵を子爵に訂正しました。2016.2.10
サブタイトル変更しました。2016.2.16
ルドガーをルトガーに訂正しております。「仮に彼女が平民でも~」を加筆しました。2016.2.25