悪役令嬢と皇太子
悪役令嬢視点です。
アンジェリカ・メーダは知っている。
ここが乙女ゲームの舞台だということを。己がそのゲームの悪役令嬢だということを。
なのに、なのにだ。
アンジェリカは今逆ハー状態に陥ってしまっている。
悪役令嬢なのに攻略対象者達に迫られているのだ。
何故か男装したヒロインにも口説かれているのだ。
意味が分からない。一体何処でゲームの筋を間違えてしまったのか。
いや、悪役令嬢としては良いのだ。バットエンドを免れたのだから。
だけど別の意味で面倒臭い。
逆ハーなんて聞いて無い。
誰か一人を選べば良いんだろうけど、悪役令嬢の逆ハーエンドとか、困る。
ゲームでは良いけど現実は嫌だ。
アンジェリカは夫(一人だよ!)と子供たちと仲良く慎ましく暮らしたいのだ。
そして。
目の前に居るこの男、ルトガー・エルドラルド・ローヒメティ皇太子。
アンジェリカに北の帝国の妃なならないか、と言った男。
海の国の白亜の城の中庭に二人は居た。
微かに潮の匂いがする。広間からは音楽が流れて来るものの背景と化している。
アンジェリカは背筋を伸ばしてルトガーに向き直った。
「皇太子殿下」
「今まで通りルトガーと」
先程は公の場。今は二人しか居ない。
では、と、アンジェリカ。
「ルトガーさま。申し訳ございませんがお気持ちに添えません」
「そうか。……理由を聞いても良いか?」
アンジェリカはばつが悪そうに目を反らした。
それでもルトガーが黙したままアンジェリカが口を開くのを待っていると、諦めて息を吐いた。
「あの……ルトガーさまは、わたくしの事を好き、ではありませんよね」
「……は?」
愛し愛されたい。
貴族に生まれて政略結婚が待ってるのだとしても。
どうせなら好きな人と結婚したい。
逆ハー状態で選り取りみ取りならば尚更に。
愛するだけでは無く、愛されたいのならば……ルトガーは違う。
ルトガーはアンジェリカの事を愛してなどいない。
だから、アンジェリカはルトガーの嫁にはならない。
「それは、アンジェリカとベルドナルドが婚約破棄するまで無視していたせいか?」
「いえ」
と言いながらも、そうかも知れないと思う。
でもそれは無視されていたから、という訳ではなく。
乙女ゲームのキャラクター・ルトガーとは違う行動を取っていたからだ。
ゲームの中のルトガーはヒロイン・マリアーナに情熱的な求愛行動をしていた。
第二公子ベルナルドが明らさまなアプローチをしているその横で。
対してアンジェリカ……何もされていない。
いやお喋りしたりデートくらいはした。
でもこのゲームで遊んでルトガーというキャラの行動を目の辺りにしてきたアンジェリカ。
嫌が応でも気付いてしまう。
彼の瞳は恋する男の目ではない、と。