皇太子と悪役令嬢
海の国の白亜の城で送別会という名のパーティが開かれていた。
今夜の主役は三組いる。
明日の朝を最後に海の国を去ってしまう北の帝国の皇太子ルトガーと、山の上の国の騎士……特に騎士団団長アンブロワーズ。本来ならばまだ夜のパーティに出席出来ない公女クラリーチェと末公子エルネストである。
それぞれに群れを形成しており、ルトガーは自身に群がる女性達に愛想を振り撒きながら、その様子を眺めていた。
騎士団団長の周りに居た多くの騎士達が彼から離れて、料理の山へと群がる。彼の側に残ったのは先日の大男と茶髪の男だけだった。壁がなくなった美しい騎士団団長に話し掛けようと女性達が近付くが、それをやんわりと断りながら彼は目的の場所まで歩いて行く。
今夜の主役達に負けず劣らず群れを形成しているのは、次期大公の第一公子コラードだ。
アンブロワーズの接近に気付いた男が道を開け、その隣の男も釣られて動いた。女性が何か言いながら下がる。遠くからだがその頬は赤く染まっているように見える。
そうしてコラードとアンブロワーズの間には一本の道が出来、彼はそれをゆっくりと進んで行った。
どうやら騎士団団長の仕事はルドトガー達を迎えに来るだけではなさそうだ。
だが、とルトガーは己の従者を見遣る。
彼はルトガーの目線の先に視線を向けると頷き耳打ちした。
「あの方は北の侯爵家のご令息ですね。なかなか厳しい御仁のようで」
第一公子と騎士団団長が談笑している。
「我が帝国とも公国とも、より深い誼を結びたいようですね」
ルトガーは従者の言葉に耳を傾けながら辺りを見回す。
小さな群れの中に見知った顔を見付けてルトガーは近付いた。
お目当ての人物もそこに居た。
「相変わらず仲が良いな」
「殿下」
第二公子ベルドナルド以外の面々が臣下の礼をする。普段であれば、そんな堅苦しい真似はよせと言うのだが。ここは公の場。他人の目がある中で皇太子扱いはするな、とは言えない。この留学中にそれなりに仲良くなったが……分かってはいるが若干の遣る瀬無さは残る。
ルトガーは知らず浮かべていた笑みを歪めてしまい、それを見てしまったベルドナルドも口角を上げつつ眉根を寄せてしまっていた。
「アンジェリカ・メーダ嬢、少し良いか。話がある」
ルトガーは群れの中心に居る少女を真っ直ぐに見詰める。
「ええ、わたくしもお話したい事がありましたの」
アンジェリカがそう返すと一同は固まってしまった。
二人が話す内容を痛いほど理解している。
アンジェリカの声は落ち着き払っていて、それが何故か恐い。
アンジェリカが未来の夫君に選ぶのは一体誰なんだろうか、と。
気を持ち直した宰相の息子アルフォンソ・ヴェントが「では」と中庭へと促す。
二人の後ろ姿を見送りながら、大商人の息子が感嘆の声を上げた。
「凄いねぇ。あれから少しも経ってないのにもう返事を聞きに行くなんて!ルトガー先輩は自信家だな~」
「そんな訳ないでしょう」
呆れたように言ったのはアルフォンソだ。
「殿下は明日には山の上の国へ行ってしまうんです。その後は氷の帝国に行きますし。何より最終的に帰るのは故国ローヒメティですよ」
「そっか。ルトガーは僕らと違って……時間が無いんだな」
ベルドナルドは言って、友人の事を思って、少しせつなくなった。
コラードは イタリア語で 勇敢な、賢い助言者 です。