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Bifrost(ビフレスト)  作者: kaina(代表)
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一つの意思と4つの思い


  第一章   怪異



「代表の名代(みょうだい)として出席してもらいます」


「お前が今回の試合にでろ」


その言葉がすべての始まりだったのかもしれない



 大陸『ビフレスト』その西に位置する大陸の南半分をおさめる国『フヴェルゲルミル』。

西大陸の南半分、周りを山に囲まれた広大な国家だ。

山の近くには工場地帯が広がり黒い煙を立ちこめていた。その工場地帯の周りには市街地、住宅地と人々が生活する空間が広がっている。だがそんな人々が生活する街中でひときわ目立つ豪邸が存在していた。それこそが今、フヴェルゲルミルを治め、発展させようと貢献している人物、モンド・フヴェルゲルミルの家だった。

 今そこで一つの小さないさかいが行われていた。

「代表の名代としてコロシアムの試合に出席してもらいます」

 銀色のロングヘアのメイド服を着た少女が腰あたりで両手を握りながらそう告げた。

「断る……」

 窓際に腰をかけながら空を見上げていた青髪の青年―――――デウス・フヴェルゲルミルはそのメイド服の少女を見ることもなくそう告げた。

「これはお願いではありません。確定事項です。あなたに拒否権はありません」

「なら好きに俺を出席させればいい。力づくでも何でもね……」

 デウスは、ふぅとため息を吐いて窓際から腰を上げて本棚がある方へと歩みを進めた。

「かしこまりました……」

 デウスが本棚にある本を物色している間、後ろにいたメイドの少女が小さくつぶやきながら   その赤い瞳を鋭く尖らせ、すり足でマキナの背後に一歩ずつ忍び寄る。

 その右手には少し濡れたハンカチを持っていた。

 そしてメイドの少女はほとんど無音でマキナの顔の横からハンカチのマキナの口にかぶせようとした。

「俺を甘く見過ぎだ」

 だが、それは叶うことはなかった。

 デウスは背後から伸びてきた腕を左手で掴み、まるでダンスでも踊るかのように回り、そのまま本棚に右腕をメイドの少女の頭の上で拘束するように掴みあげた。

「くっ……」

 その時、ちょうど持っていたハンカチを手放してしまいふわりを揺れながら落ちるハンカチをデウスはそのハンカチを空いた手で掴み、そのままメイドの口を押さえつけた。

「面倒だから少し眠ってろ」

 そのままメイドの少女の目が(うつ)ろになり次第に瞼が閉じていった。

 完全に眠りに落ちたことを確認するとデウスは力が完全に抜けたメイドの少女を抱き上げてそのまま自分が使っているベッドに横たえた。

「なかなか強硬(きょうこう)手段にでましたね」

 いつの間にか音もなく入ってきていた初老の執事がデウスとデウスに寝かされたメイドを見ながら言った。

「お前の差し金か?」

「デウス様を代表の名代として出席することをお伝えするように言ったのですが……」

「成る程、眠らせようとしたのはこいつの独断か」

 はぁ、と頭を抱えそうになる。

 …親父の命令なら息子に何があってもいいのか?まあ、実の息子ではないが。

「申し訳がございません。後できつく言っておきますので」

「別にいいよ。どうせ言っても聞かないだろうし、俺なんかよりも親父のほうが怖いんだから」

 そう言って先ほど取り損ねた本をとって窓際に再び座り直し本を読み出した。

「お詫びと言ってはなんですが、どうやらコロシアムの試合のほうで面白い方が出場されるようですよ」

「面白い奴?」

 デウスは本に向けていた視線を執事のほうに向けた

「興味を持っていただけましたか?」

「どんな面白い奴かも分からないのに、ほいほいと行くか。」

「そうですね。なら私が分かっている少しの情報を御教えします」

「引き下がらないんだな。そんな情報を出しても興味を持つ確証などないぞ?」

 デウスはあくまでもコロシアムの試合に出席することを拒む様に言うがそれでも執事は笑みを浮かべながら言った。

「大丈夫です。あなたなら最後には自分自身から行くと決断するでしょうから」

「そんなことあるわけないだろ」

「まず、一つ目の情報は出場する方はあなたと近しい年齢の方らしいですよ」

 その言葉を聞いた時、デウスがピクリと反応する。

「二つ目、どうやらその方が使うのは剣や銃と言った型にはまった戦闘スタイルではないようです。私が知る情報は此所までです。どうですか?少しは興味を持っていただければ幸いなのですが」

 デウスは読んでいた本を閉じてため息を吐く

「お前は俺の扱い方を良く分かっているな」

「恐縮です」

 執事はうやうやしく礼儀をした

「分かった。親父の代わりに俺がコロシアムに出席しよう」

 執事はその言葉を聞くとうれしそうに顔をほころばせ

「ありがとうございます。早速準備に取りかかります」

「ああ、俺も準備しておくよ」

 そう返事をすると執事はそのまま音も立てずに出て行った。

 …うまくのせられた気もするが、まあ俺のほうにも益はあるし良いか。

 デウスは本を本棚に直し込んでクローゼットをほうへと向かった。



 騎士。それは王に忠誠を近い、民草を守り、決して背を見せぬ、そして最後に己の正義を信じる。国の為に生まれ死す、それが騎士の定義だ。

「はぁー!!」

 と猛々しい声が聞こえるのはビフレストの西大陸の北半分に位置する国家、ブレイザブリク。

 広大な平原と丘があり、その近くには湖や砂漠が存在するなど様々な地形が存在する。

 そんな中の丘の上に存在する街の中から聞こえる。

 一人は自身の身長ほどある剣を両手で持った筋肉質の男性が相手めがけて疾走している。

 その相手となっている人物は全身黒いマントを羽織って佇んでいる青年だ。

「どりゃー!!」

 剣を持った男性は力任せに横薙ぎするがマントを羽織った青年は後方宙返りでさける。

 その男性は力任せで振ったせいで重心が崩れ、体が傾いている。

 それを見逃さずマントを羽織った青年は着地した同時に相手めがけて走った。

「まだまだぁー!!」

 だが、重心を崩しながらも一回転して再び肩に剣を構え、そのまま突っ込んでくるマントの青年めがけてたたき落とす。

 マントの青年はそれでも走るスピードを緩めない。

 二人の距離が一メートルをきった時、すべてが動いた。

 剣を上段に上げている男性は力任せに叩き付ける。

 勝った、と男性が思い口端に笑みを浮かべたまま、固まった。

 走っていたマントの青年は右足を付けると同時にスピードを緩め、右に体を捻り叩き付けられる剣をスレスレで回避したのだ。

 空を切った剣はそのまま地面に叩き付けられ刺さる。

 それを好機と見たマントの青年は横に体を一回転させ、手の内から短剣を出してそのまま剣を振り下ろした男性の首を横から突き刺した。

 しかし、その短剣が首に届くことはなかった。

「なかなかやるようになったじゃねーか」

 逆手に持ち替えて引き抜いた剣の柄で短剣を受け止めていたからだ。

「さすがですね。一本とれたと思ったんですけど」

「まだまだ甘めーよ」

 マントの青年はすぐに短剣を袖におさめた。

 筋肉質の男は剣を深々と地面にさして腕を組んだ

「まずお前は状況判断が甘い。俺の剣が浅く刺さっただけで勝負を決めにくるとは。もう少しだけ堪えていれば勝負は決まっていたかもしれないな」

「それってフォースさんが本気出して、結局、僕の負けですよね?」

「さあな?」

 と顔にしわを寄せながら笑みを作った

 この人なら絶対にやっていただろうな、と己の未熟と対戦相手の悪さの二つにため息をついた。

「ローラン、団長が呼んでいたぞ」

「父さんが?」

 その瞬間、ヴァール・フォースが鋭い眼でローランを睨みつける。

 ローランは睨みつけられた理由をすぐに汲み取り

「だ,団長が?」

「公私混同は気をつけろ。王の前ではシャレにできないぞ」

「すいません」

「謝る必要なんてない。もう少し気を引き締めろ、ということが言いたかっただけだ。それに早く行かないと団長殿がお怒りになるかもしれないぞ」

「ゲッ!!」

 そう言われて気づきすぐに走り出した

フォースはその後ろ姿を懐かしく眺めながら

「頑張れ。若人」

 そう呟いた。

 一方、ローランは馬に乗り団長のいる首都に向かっていた。

「あんまり待たせると怒るからな。父さんは」

 怒られたらどうやって切り抜けるかを延々と考え続けているといつの間にか周りの風景が緑色から鋼色へと変わっていた。

 ……ようやく首都まで来たか。ここまできたら父さんのところまでもう少しで付ける。

 ローランはさらに手綱をふるって馬を走らせた。



 ローランは首都でもひと際目立つ城の門の前に立っていた。

「ローラン・マキナ。用件は騎士団長から呼び出されている」

「伺っています。どうぞ」

 そう門番が言うと快く通してくれた。

 ……しかし一体なんで父さんは僕を呼び出したんだ?

 ずっと考えながらいつの間にか父の執務室についていた。

 ローランは深呼吸する。

 先ほどの失敗などしてみろ、今日は寝れないぞ、と自分に言い聞かせながら目の前の扉をノックした。

「誰だ?」

「ローラン・マキナです」

「ようやく来たか。入れ」

「失礼します」

 緊張で震えそうになる手でドアノブを捻った。

「遅かったな。ヴァールにすぐにここに来るように伝言を頼んだのだが」

「僕が頼んだんだよ。稽古をつけてくれって。まあ、簡単に負けたけどね」

 ローランは稽古の最後の場面を思い浮かべていた。

 あれはフォースさんの力の入れ具合が良かったから逸らされることはなかったけど、間違いなく戦場ならあの後、剣で逸らされて背中ががら空きになっていただろう。

 そう考えれば間違いなく自分の負けだ。

「だろうな。あれがお前の目指すべき近衛(このえ)騎士の姿だ。それにあいつは近衛騎士団の中では

下のほうだ。まだ上には上がいる。あれで満足するなよ」

 と厳しい目でローランを見る。

 その視線を受けたローランは大して暑くもないのに一粒の汗を流した。

 ……これが近衛騎士すべてを預かる者の風格なのか。

「ところで話は変わるが。今度のコロシアムで開催される試合にはお前が出場しろ。いいな?」

「えっ?」

 いきなりの話の変わりようにローランは呆気にとられた。

「なんだ聞こえなかったのか? お前が試合に出ろと言った」

「ええぇええええええええええええええええ!?」

 城中をローランの驚きの声が響き渡った。



 突然の出場宣告を言い渡されてから数日、ローランは試合に向けて日々、稽古をするだけで特に変わったことはなかった。

 そして試合当日、ローランは自分に言い渡された控え室にいた。

「はぁ……」

 なんでこんなことになったんだろう、と思わずにはいられなかった。

 いきなり試合の出場選手として言い渡され、日々行っていた稽古は密度が濃くなり、それを今日まで欠かさずしてきた。

 ……そもそもどうして、父さんはどうして僕を選んだんだ?僕以上の実力を持つ人はたくさんいるはずなのに。

「次、ローラン・マキナさん。用意をお願いします」

「分かりました」

 試合の運営委員がローランを呼びに来たのでその人の後ろをついていく。

 ……余計なことを考えるな、今は試合のことだけの考えろ。

 ローランは雑念を捨てるように頭を振る。

「では、名前が呼ばれるまでここで待っていてください」

 そう言われ、運営委員は先ほど歩いてきた道を戻って行った。

 ローランは運営委員が見えなくなった後、出場口に向いた。

「さて、どんな相手が来るのか」

『青コーナー、ブレイザブリクの若き騎士、ローラン・マキナです』

 入場コールが流れると同時にローランは舞台へと歩いていった。

 そこに待っていたのは少しの隙間もないほど敷き詰められた観客席と、その中央には明らかに自分よりも年上の青年が銃剣を取り付けたられた銃を両手に一つずつ持って立っていた。

 ……あれが僕の対戦相手か

『それでは両者、定位置についてください』

 そうアナウンスされ、ローランは審判の言われた所に立って試合開始の合図を待つ。

 ローランは深呼吸し、目の前の敵となろう人物を観察する。

『両者、用意が整いましたか?それでは、レディー、ファイトっ!!』

 試合開始の合図とともに目の前の銃を持った青年はローランめがけてその引き金を引いた。

 ローランはその不意打ちを間一髪で避け、頬から数センチのところをかすめて通った。

 ……何の変哲もない銃か、弾切れにさえなればこちらに理がある―――――

 ローランの頭の中で思考する暇もなく、二発、三発と飛んでくる。

 ローランは手の内から短剣を取り出して対戦相手の青年めがけて投擲する。

 しかし、それを見越したかの様に前転しながら、ローランとの距離をつめてくる。

 ……銃なのに接近戦を仕掛けるのか!?

 ローランは腰を落として、後ろ腰に付けていたショートソードを右手で引き抜いた。

 それでも対戦相手の青年はスピード落とさずつめてくる。

 ローランはそのタイミングめがけてショートソードを振り下ろした。

 対戦相手の青年は大きく右へと体を反らした。

 ……まさか!?

 それはヴァール・フォースを相手に模擬戦をしたときに自分が使った動きだった。

 なら次に来るのは、そうローランは考え、左手の内から短剣を取り出して迎撃準備をした。

 ……僕と同じ考えをするなら次は左から

 そう考えた次の瞬間、左のこめかみに衝撃が走り、いつの間にか地面を這っていた。

「どうして?一体何が?」

「状況判断能力が甘いね。君は」

 悠然と立っている対戦相手の青年はゆっくりとローランのほうに振り向く。

 ローランは立ち上がろうにも目眩が起こり、立つのが精一杯だ。

「さて、これで終わりだ。なるべく重い怪我にならないように狙おう」

 対戦相手の青年はローランに銃口を合わせる。

 その時ローランの頭に父親の顔が浮かぶ。

 ……違う、僕は親の七光りなんかじゃない。

 ローランはふらつきながらも歯を食いしばって立ち上がる。

「まだ立ち上がるか。でも、そんなふらついた状態で何ができる」

 対戦相手の青年は数メートルの距離を一瞬で詰めて銃に取り付けられた剣をローランめがけて突き刺した。

 ローランはかろうじて手放さずに持っていた短剣を逆に持ち替えて、半身になりながら突きを避けてその喉仏に短剣を向けた。

 相手もそれを読んでいたのか、短剣をすれすれで避ける。

 対戦相手の青年は転げながらも体勢を整えて、ローランを睨み返す。

「再び立ち上がったんだ。それ相応の痛みは覚悟しておいてくれよ」

 右手の銃を地面に捨て、懐から別の銃を取り出した。

 ローランは相手の言葉と動作に対して腰を落として警戒する。

 だが、対戦相手の青年はただ銃を向けて引き金を引いた。

 ……何の策もなく撃ってきた?

 銃口の向きから銃弾の位置を推測してそこに短剣を投擲した。

 ローランの投擲した短剣と銃弾がぶつかった瞬間、凄まじい爆発が起こり、ローランと対戦相手の青年を飲み込んだ。



「あいつは馬鹿か。確かに試作品を渡したが、あくまで傷をつけないような物にしろと言っておいたのにな」

 デウスは椅子に座りながらため息をつく。

「どういたしますか?」

「親父に連絡して、事後処理してもらうよう言うよ」

「分かりました」

「それで、あれがお前の言っていた、面白い奴か?」

 デウスは特別席にて先ほどの試合を観戦していた。

 デウスは椅子に座りながら斜め後ろに控えている初老の執事を見ながら言った。

「どう見ても面白いというよりはただの馬鹿にしか俺には見えなかったぞ?」

 現状把握、状況判断の甘さ。簡単に乱れる思考。安易な行動の取捨選択。

 どれをとってもただの未熟者にしか見えない、これのどこが面白いというのだ。

「ですが青年は勝ちましたよ?」

「運が良かっただけだろ」

「ですが、最後の動きはさすがでしたね」

「あれは安易にこちらの選手が攻めすぎただけだろう。俺ならもう少し行動の選択肢を増やしてから確実に殺る」

「なら一度、ご自身で会ってお話しされてはいかがですか?」

「そんなことが許されるのか?他国の選手と代理とはいえ国の代表なんだぞ?」

苦虫をかみつぶしたような顔でデウスは執事に問いかけるが執事はにこやかな笑み御浮かべながら

「大丈夫です。こちらの運営委員の助けを借りますので」

「そこまで……いや、気が変わった。そいつと話がしたい」

「分かりました。ではこちらへ」

 そう言って執事が歩き出すのを見るとデウスは腰を上げて後ろをついて歩いていった。

 デウスは相手の選手がいる場所に案内される間、周りを観察していた。

 結構入り組んだ道を数分ほど歩いていると執事がある扉の前で立ち止まった。

「私が先に入って事情を説明しますので少しばかり御待ちください」

 そう言って執事は二度、ノックしてから部屋の中に入った。

 別にやることがないデウスは壁に背中を預けながら考えていた。

 ……試合の当初はどうしようもない動きしかできていなかったのに最後の瞬間だけ動きががらりと変わった。あれは一体。

「デウス様。御待たせしました。どうぞ御入りください」

 扉を少し開けて執事が顔をのぞかせながらデウスに入室を促す。

 デウスは壁から背中を離し、執事が開けたドアから入っていく。

 デウスが入るとすぐにいぶかしげな視線が飛んできた。

 ……まあ、その理由は分かっているが

 椅子に座りながら傷の手当を受けていたらしく右手には軽く包帯が巻かれている。

いぶかしげな視線を隠そうともせず青年――――ローランはデウスに問いかけた。

「どなたですか?」

「俺は代理だがフヴェルゲルミルの代表だ」

「お前が……?」

 ローランは呆気に取られていた。

 次の瞬間、ローランの顔は怒りに染まり、同時に包帯の巻かれた右手で拳を作ってデウスに殴り掛かっていた。

「何をする気だ?」

 デウスは顔を右にそらしながら左手でローランの腕を掴んでいた。

「殴らせろ」

「断る。お前に殴られる理由がない」

 ローランが怒りをにじませた瞳でデウスを見つめるがデウスはまるで動じていない。

「理由ないのに殴られるのは不愉快きわまりないんだが」

 そう言いながらデウスは開いたローランの右脇に手刀を入れて、そのまま左手で右手を捻り上げ、右手に持ち替えた。

「ぐっ……!」

「これで根を上げないとはとりあえず騎士の端くれの様だな」

「離せ!」

「理由もなく殴るような奴の言うことは聞けんな」

 デウスはさらに腕を締め上げる。

 そこでようやくローランの口から拒絶の言葉以外が漏れた。

「君は自分の国で行っていることも知らないのか!?」

「何のことだ?」

「貧富の差が激しく、国民の言葉に耳を傾けようとせずそのままにしている上に、奴隷までいるんだぞ!?そんな状況でよく君はこんなところにのこのこと出てこられるな!!」

 デウスはその言葉を聞いて視線を逸らした。

 ……つくづく反吐が出るような男だな、俺の親父は…

 その言葉を聞いてデウスはローランの拘束を解いた。

「お前の気が済むまで殴れば良い。無知であった俺の罪だ」

 ローランはその言葉を聞いた後、ローランは思いっきりデウスの頬を殴った。

 そのままデウスは殴られた勢いを殺せず椅子を巻き込みながら倒れた。

 ローランは倒れたデウスに馬乗りになってもう一度、殴り掛かろうと思ったとき、まるで地震のような地響きが起こり、ローランとデウスは地震が収まるのを待った。

「地震なのか?」

「地震だったら断続的に揺れるはずだ。それならこのコロシアムからは避難したほうが良いぞ」

 デウスはローランを押しのけながら、ドアを開けて外の様子を見たが

「誰も・・・いない?」

「デウス様、私がどなたか探してきましょうか?」

 先ほどまで無言を貫いていた執事がそう申し出てきたのでデウスはそれに頷きを返す。

「でも一体、何が」

「少し静かにしろ」

 デウスが人差し指を口元にかざすと部屋から出て入り組んだ通路を進んでいく。

「どこに行く気だ?そっちは」

「競技場のほうから人の声が聞こえる。しかも悲鳴じみた声が」

「どういうことだ?」

「行ってみれば分かるだろう」

 デウスとローランは選手の出場口まで走って向かった。

 そしてそこで見た光景は凄まじい物だった。



「なんなんだ?あれは?」

 ローランは競技場の真ん中で暴れているものに視線を奪われていた。

 人間の二倍以上の大きさの体、大木でも軽く切り裂けそうな鋭い三つの爪が生えた手、固い岩でも噛み砕きそうな強靭な牙、羽ばたけば砂塵を巻き起こしそうな翼、人には絶対に生えていないであろう二つの角。

 誰もがその姿を見ればこういうだろう

「ドラゴンだな。どこからどう見ても」

 出場口の影から覗きながらデウスは呟く。

 今、ドラゴンは観客席にいる人々を襲っていた。

「助けにいかないと」

「ちょっと待て」

 そう、ローランが飛び出そうとするところをデウスが腕を掴んで引っ張った。

 いきなり後ろから引っ張られ、たたらを踏みながらデウスを睨みつける。

そしてデウスの腕を振り払いながらローランは言った

「どうして邪魔をする。観客を助けないとみんな死んでしまうだろう!!それに人間を道具としか、見ないような国の人の言うことなんか聞くか」

「別にお前一人で行ってもかまわんが、確実にドラゴンを撃退できるのか?」

「できるに決まっているだろ。何の為に騎士になっていると思っているんだ!!」

 そう言いながらローランは競技場へと走り出そうとした。

「別に俺の言うことなんか聞かなくても良いが、一つだけ自分の心の中に問いかけろ」

「何?君が指図するのか?僕を?」

「指図じゃない。だが聞け、もしお前がここで一人でドラゴンを追い払ったとしよう。だがお前は英雄でもなければ勇者でもない、ドラゴン相手に無傷で勝てるはずがない。最悪の場合、死ぬ可能性だってある。もしそれで救えた人々はこのコロシアムに来た人間だけだ」

「何が言いたい?早く言え」

 ローランは嫌そうな顔をしながらデウスにそう問いかける。

「ここでお前が一人で命をかけてドラゴンから人を救うより、他の奴を頼って複数名でドラゴンを撃退したほうが確実性がある上に命をかける危険性も低くなる。簡単に言えば、ここで死ねばもう二度と人を救えないが、生きればまた人を救うことができる。そう言うことだ。それでどっちにするつもりだ?」

 ローランはあごに手を当てて考え、そして出した答えは

「分かった、今回だけは共闘するよ」

「ありがとう」

「だが意外だな。君が人の命を大事にするような発言をするなんて」

「俺は親父とは違うんだよ。親父とは」

 デウスは小声でそう呟いた。

「何か言ったか?」

「別になんでもない」

 そう言いながらデウスが考えた作戦をローランに伝えた。

「その作戦でドラゴンを倒せるんだな?」

「確証はない。だがないよりはましだ」

「そうだね。とりあえずそれが通じれば良いけど

 デウスは後ろ腰から二丁の銃の内、片方だけを抜き出す。

「それってさっきの人が使っていた」

 ローランが見たデウスの銃には剣がついていた

「あれは競技用だ。俺が使っているのは実戦用に作られた銃だ。人を殺せるぞ」

 そう言いながらデウスは出場口に歩いていく。

「そんな物をいつも持っているなんて物騒だな」

「お前には言われたくはないな」

 出場口の手前になって二人で足を止める。

「別に俺のことは嫌いでかまわないが、作戦通りにことは進めてくれ。いいな?」

「分かっている」

 デウスとローランは出場口付近に左右に分かれてつく。

「合図したらお前は全力でドラゴンに向かって走れ」

「分かった」

 ローランはデウスを見ながら真剣に頷いた。

 左手に持っている銃で背中を向けているドラゴンの頭めがけて銃弾を放った

「当たるのか?」

「ぼうっとするな!!行くぞ!」

 そのかけ声とともにデウスは一気にドラゴンに向かって走り出した。

 ローランも一瞬、遅れて走り出す

 銃弾はドラゴンの顔の横を通り過ぎた。

「あれ?あたってないぞ」

「大丈夫だ、あれで」

 ドラゴンは弾丸に気づいたらしく一瞬そちらに視線を向けた瞬間、銃弾が爆散し、強烈な光を放った。

 ドラゴンは光が放たれた瞬間、眼を細めてひるむ。

 作戦通りであることを確認したデウスはもう片方の銃を取り出して、ドラゴンの足下に四つの弾丸を打ち込んだ。撃ち込んだ弾丸は次々と爆発しドラゴンの動きを止めた。

 ドラゴンが首を振り、爆発が起こった原因を探しているとデウス達に気がつくがすぐに視界が茶色い何かに阻まれていく。

 このコロシアムは地面が砂を敷き詰めてできている為、たまに砂埃で試合が中断することもある。

 デウスは、時々だが父親の変わりに来るのでその時に見たこの戦術を覚えていたのだ。

 そして今、同じことを再現して見たのだが、ここまでうまく行くとは思っても見なかった。

「ドラゴンの目の位置はさっき確認したな?」

「ああ、大丈夫だ」

 ローランは手の内から短剣を取り出してドラゴンの眼の位置に投擲する。

 だが金属音が響き渡り、短剣が目にあたっていないことに知る。

 既にローランもデウスも砂埃の中にいる為、視界が悪い。

 さらに眼に砂が入らぬように目が細めるため、さらに視界が狭まる。

「ドラゴンは?」

 狭い視界の中ドラゴンの影を見つけようと見回すがどこにいるのかわからない。

 その時、風を切るような音が聞こえそちらを向いた瞬間、ドラゴンの尻尾がこちらに向かって振り回しているのが分かった。

 ローランは姿勢を低くしてそれを避ける。

「どこにいるんだ?デウスは」

 ローランはあたりを見渡す。

「本当にこれでドラゴンが倒せるのか?」

 ローランが周りを見渡しながら後ろへ歩いていると、突如、砂埃が晴れドラゴンが姿を現した。

 翼を羽ばたかせて砂埃を飛ばした。

 いきなり目の前にドラゴンが現れて、ローランはたじろいだ。

 ドラゴンはそんなローランを見て、口の中に炎をためた。

 ローランは口端から炎がこぼれるのが見えた。

 ……まずい、このままじゃ。

 とにかく吐き出される炎を避ける為に行動しようとした時、ドラゴンの右目に弾丸が直撃し爆発した。

 ドラゴンは怯み、口の中の炎が霧散していた。

 ローランは弾丸が飛んできたほうへ目を向けると、銃を向けたデウスがそこにいた。

「ぼぅ、としていたらすぐに死ぬぞ」

デウスがローランに活を入れると、すぐにローランは言い返す。

「分かってるよ。そんなこと」

 ローランは短剣を取り出して走りながらドラゴンに向けて投擲する

 ドラゴンは短剣を手ではじき返しながらローランのほうを睨みつける。

 その間にデウスは右手にある銃の引き金を引く。

 放たれた銃弾はそのままドラゴンの足に当たり爆発する。

 ドラゴンは不意をつかれてその場に膝をつくがそこにショートソードを持ったローランが攻撃を食らっていないほうの足を切り裂く。

 ドラゴンはデウスとローランの攻撃を受けて地面に倒れふした。

 「これで終わりだ!!」

 ローランは刃こぼれしたショートソードを投げ捨て、右腕から手甲剣を出してドラゴンに向かって走った。

 まだドラゴンは首を上げて反撃の気配を見せたがデウスがドラゴンの口の中に最後の銃弾を撃ち込んでドラゴンの口が吹き飛ぶ。

 ローランは死にそうなドラゴンの頭に乗り、手甲剣を突き立てた。

「終わったか……」

 デウスは二丁の銃をしまいながら歩いてくる。

「ああ、一様、被害は最小限に抑えられたはずだ」

 ローランはそう言いながら手甲剣を引き抜きながらドラゴンの頭から飛び降りる。

「君が使っていたあの銃弾、一体なんなんだ?」

 ローランが問いかけるとデウスは苦笑いしながら

「うちの試作品だよ。使うときが合ったら使ってくれ、って渡されたけどこんな場面で使うとは思わなかったよ」

 二人で話していると出場口のほうからゆっくりと歩いてくる人物がいた。

「デウス様、そろそろお帰りの時間です」

 それはデウスの付き添いで来ていた初老の執事だった。

「分かった。すぐに行く」

 デウスはそう言いながらローランのほうを一瞥する。

「とりあえず助かった」

「そんな言葉は要らない。自分のするべきことを全うしただけだ」

「そう言う物言いも嫌いだ」

「俺は昔からこんな物言いだよ」

ローランとデウスはそれぞれ背を向けながら歩いていった。

……ありがとう。ローラン。これで俺のやるべきことが決まった。

デウスは心の中でそう呟いた










  第二章済世-saisei-



 サクレブルグの東の外れにある森の中から透き通るような歌声が聞こえてくる。

 サクレブルグはビフレストの東に位置した国であり港町がたくさん存在し貿易が盛んである。また、首都グランレグリーズはビフレスト最大の都市でありこの国を収める教皇が皇居を構えている。一見貿易都市と聞いて何一つ不自由のない生活を考える人も多いが、実質不自由のない生活をしているのは首都の近隣の町だけで首都から離れていくにつれ苦しい生活を余儀なくされている。この貧富の差こそがこの国の課題である。

 歌は森の大きな大木の下から聞こえている。

 その下では、肩の近くまである銀色の髪に蒼色の眼の小柄な少女が空を見上げながら唄っていた。

 少女が唄っている歌は、まるでこの国の貧富の差が無くなり国民すべてが平和に過ごせるよう願っているようだった。

「アンジュおねーちゃん見つけた。院長先生が朝ご飯できてるからかえっておいでって。」

 小さな女の子が木陰の下で座って歌っている少女を指差した。

「わかった、今から行く。」

 少女は唄うのを中断すると返事をし女の子と一緒に森の外へ向かった。


 アンジュは16歳の少女で、サクレブルグの東端にある半島のパトリという小さな町の協会   

の孤児院で暮らしていた。彼女が住んでいる孤児院は、収入が少なく生計もギリギリだった。だが、孤児院の誰もがこの生活に不満を感じることはなかった。

「食料庫にある食料が大分減ってきたわね」。 

 碧眼で金色の長い髪の大人じみた修道女の女性が、食料の少なくなった倉庫を見て深いため息をついた。修道女の名前はサリエル、アンジュよりひとつ年上の17歳で、アンジュの姉的存在であり、今はこの孤児院を院長と彼女の二人で支えている。

「私が町に出かけて食料を調達してくるよ。」

 アンジュはサリエルにそう伝えると、町に向かう為の荷造りを始めた。

「最近、町のことで妙な噂を聞くから気をつけてね。」

「噂?聞いたことないけど、どんな噂なの?」

 アンジュがそう問い返すとサリエルは深刻な顔で口を開いた。

「最近、町の人たちが城に連れて行かれたあと帰ってこないらしいの。」

「あははっ、そんなことある訳ないじゃん。」

 軽く笑ってアンジュは答えた。

「でも、もしものことがあったら…」

「大丈夫!私ももう大人になったんだから。」

 サリエルの心配そうな顔がアンジュの澄んだ蒼い瞳に写ると、その不安を払うように、アンジュは子供らしい笑顔で返事をした。

「アンジュ、今日は神への祈りを捧げましたか?」

「今から捧げにいくところです。院長先生」

 アンジュは白髪の60代の修道女にそう答えると協会の祭壇に向かった。

「主よ、今日も私たちをお守りください。アーメン」

 祈りをすませるとアンジュは自分の部屋に荷物をとりにいくのだった。


 荷物を持って町に出かけようとしたとき、孤児院の少女の声がアンジュを引き止めた。

「アンジュおねーちゃん、絵本読んで。」

「買い物から帰ったら読んであげるから、それまでいい子でお留守番していてね。」

「うん、私いい子でお留守番するね。」

 アンジュは優しく微笑むと、少女は元気な声で答えた。

「それじゃあ、いってきまーす。」

 そう告げるとアンジュは孤児院を出て首都グランレグリーズに向かった。


 パトリからグランレグリーズに行くまでの距離は長く、途中には大きな湖と森があり、歩いて4時間はかかる。

 アンジュは早く買い物を終わらせて帰って本を読んであげようと思い、急ぎ足で道を歩いていった。


「ここに来るのも久しぶりだなぁ。」

 大きな壁の前でアンジュは声を漏らした。

 首都グランレグリーズは町の周りが大きな壁で囲まれており、ビフレスト最大の港を持つ商業都市である。また信仰心が厚く、教皇が国のトップに立っている。

 壁門をくぐるとそこは色とりどりの家が建ち並んでおり、まるでこの町の豊かさを表しているかのようだった。

 アンジュは町の地図を確認すると港の市場に向かって歩いた。


 町の住宅街を抜けた先の大きな橋を渡るとそこはグランレグリーズ最大の市場で、人々がにぎわい活気があふれていた。

「買うものはえーっと…」

「そこのお嬢さん!今日、港であがったばかりの新鮮な魚だよ。買ってかないかい?」

 買い物のメモを読んでいるアンジュにねじり鉢巻を頭に巻いた魚屋の若い店主が声をかけた。

 その声を聞いて間髪を入れずに八百屋のおばさんがアンジュに声をかける。

「そこのべっぴんさん!そこの魚屋の魚より、うちの新鮮な野菜を買っておくれよ。」

「おい!それはどういうことだ!」

 八百屋の話を聞き、魚屋の店主は怒鳴り八百屋と口喧嘩を始めた。

 また始まったのかとアンジュはため息をついた。

「魚屋と八百屋の口喧嘩が始まったぞ!」

「いいぞ!もっとやれ!」

 ぞくぞくと野次馬が集まり周囲はあっという間に囲まれていた。

 魚屋と八百屋の口喧嘩は市場では有名で毎日せわしなく行われているらしい。

 こんな光景が見られるのも町が平和ということなのだろうと思う。

 この口喧嘩を止めるのもアンジュの買い物の一環となっていた

「両方とも買おうかなぁ…」

 アンジュがか細い声でつぶやくと

「「まいどあり♪」」

 さっきまで口喧嘩していたにもかかわらず声を揃えて二人が答えた。

 相変わらず本当にけんかをしているのか疑いたくなるような息のぴったりさで、アンジュはいつもだまされているのではないかと感じていた。

「さて、頼まれた買い物をしないと。」

 アンジュは再びメモに目を通し他の店へと足を運び買い物を続けた。

「これで、頼まれたものは全部そろった。」

 アンジュが買い物をを終えたときは夕刻だった。

 両手いっぱいの荷物を持ちアンジュはパトリにある孤児院へ帰る道を歩いていった。


 帰り道の森を歩いている途中、アンジュは周囲に妙な気配を感じて周囲を見回した。

「誰もいない・・」

 周囲には人っ子一人すらおらず人の気配さえもなかった。

 この気配は気のせいだと思いアンジュは孤児院へ向けて足を運んだ。

 アンジュがパトリについたとき周囲はすっかり暗くなっていた。

 パトリの町の門につくとアンジュは帰ったら一番に子供たちに本を読んであげようと思い急ぎ足で孤児院に向かった。

 孤児院の近くにつくとアンジュは孤児院がいつもと違う点に気がついた。

「夜なのに明かりがついていない。」

 でも、院長先生やサリエルはまだ起きているからどこかの電気はついているはず。

 そう考えて他の部屋も外から見たが明かりは一つもついていなかった。

 孤児院の前につくとアンジュはゆっくりと扉を開き中に入った。

「ただいま〜」

 いつもなら扉を開いた途端、子供たちの笑顔が出迎えてくれたのが今日はそこに誰の姿もなかった。

 孤児院の中は明かり一ついておらず窓から月明かりだけが差し込んでいた。

「院長先生〜、サリエル〜みんな〜、どこにいるの?」

 もしかして、以前と同じサプライズかとアンジュは思った。

 1年前アンジュが町で買い物を終え帰ってきたときも、このように人はいなかった。

 そのとき、周囲を見渡すと部屋の明かりが急について、

「アンジュおねーちゃん、お誕生日おめでとう。」

 とサプライズで誕生日を祝ってくれた。

「あれからちょうど一年か…」

 そうつぶやくとアンジュは自分が今日誕生日だったことにきづいた。

 懐かしい思い出を思い出しながら孤児院の中をくまなく探したが孤児院には誰ひとりもいなかった。

 外に隠れているかもしれないとアンジュは外に向かった。

「院長先生〜、サリエル、みんなも意地悪しないではやく出てきてよ〜」

 あたりに聞こえるようにアンジュは呼びかけたが返事はなかった。

「アンジュちゃんなの…」

 すると孤児院の向かいの家に住んでいるおばさんがアンジュを見つけるやいなや走りだし泣きながらアンジュを抱きしめた。

「よかった!アンジュちゃん、貴方だけでも無事で。」

「おばさん、何があったんですか!」

 アンジュは何が起きているのか状況が飲めなかった。

「アンジュちゃん、落ち着いて聞いてね。」

 そうアンジュに優しく語りかけるとおばさんは涙ぐんだ目でゆっくりと口を開いた。

「アンジュちゃんが買い物に行っている間に急に国の兵たちが来て、孤児院のみんなを国へつれて行こうとしたの。院長先生やサリエルちゃんは抵抗したけど、全員国へ連れて行かれてしまったわ…」

「そんな…。院長先生が…サリエルが…みんなが連れて行かれたって……」

 アンジュは突然の出来事に頭の中が真っ白になった。

 アンジュが我に返ったときにはおばさんの家のベットの上に座っていた。

「もう大丈夫だから今日はゆっくり休んで。」

 おばさんは優しく言葉を告げ、部屋の電気を消すと寝室へと戻っていった。

「私はこのままでいいの?」

 アンジュはベッドの上で布団をかぶり考えた。

 国に連れて行かれた人は噂では二度と戻ってくることはない。

 私はまたひとりぼっちに戻るの?

「もうひとりは嫌!」

 アンジュは頭の中で少し葛藤したあと答えをだした。

「家族を取り戻す。」

 アンジュはおばさんが寝ている間に置き手紙を置きひっそりと家を出ることにした。

 ドアを開け家の外に出ようとすると

「やっぱり行くのね…」

 おばさんが心配そうな表情でたっていた。

「ごめんなさい、でも私は家族を取り戻したい。」

 アンジュの眼差しは決意に満ちていた。

「わかったわ、そのかわりみんなで無事に帰ってくることを私に約束して。」

「はい、必ずみんなと一緒に帰ってきます!」

 アンジュはおばさんにそう告げたあと罪悪感を感じながら誰もいない孤児院の自分の部屋に向かった。

 そして、部屋の中にある護身用の短剣を腰に身につけ、ぼろ切れのようなフード付きマントを羽織り孤児院の外へ出た。

「いってくるね。」

 アンジュは孤児院に別れを告げ孤児院を出ようとしたとき、地面に鈍く光るものを見つけた。

 近くに駆け寄り拾い上げるとそれはチェーンの切れた十字架のネックレスだった。

「これ、サリエルのネックレスだ。」

 アンジュはネックレスを胸に抱きしめつぶやいた。

「今、助けにいくからね」

 カンテラの火を着けアンジュはグランレグリーズへと向かった。


 グランレグリーズの壁門につくと二人の警備兵が周囲を見張っていた。

 アンジュは茂みにとっさに隠れた。

 グランレグリーズは夜間町へ入ることおよび外出が禁止されている。

 そのため、警備が厳しく見つかってしまうと門前払いされてしまう。

「厄介だなぁ、どうやって町に入ろうか。」

 アンジュは大きなため息をついた。

「私はいったん報告に城に戻る、少しの間お前に任せる。」

 警備兵のひとりが門の中に入り城へ向かった。

 この機会がチャンスと思いアンジュは周りを見渡した。

 すると、壁門の近くにたくさんの藁が積み上げられていた。

「これを使おう。」

 アンジュは手に持っていた火のついたカンテラを藁に投げつけた。

 カンテラの炎は瞬く間に藁に燃え移り煙を上げた。

「な、何事だ!」

 警備兵が煙のでた藁を見て

「くそ、火事か」

 藁の方に警備兵が向かっていったのを確認し、アンジュは町の中に入りこんだ。

 町の中は住宅街の明かりに包まれていた。

「早く城に向かわないと。」

 アンジュは地図を開いて城の位置を確認し、住宅街から城へと通じる道を全速力で走った。


 道を駆け抜けた先の海岸沿いには巨大な白い城がそびえ立っていた。

 サクレブルグの最高権力者の教皇が居を構えているだけあって圧倒的な雰囲気を(かも)し出していた。

 アンジュは道の茂みに身を隠しながらゆっくりと城門に近づいた。

 茂みから城門をのぞくと警備兵二人が目を光らせていた。

「さすがに城の警備は万全ってわけね。」

 アンジュは皮肉を口に漏らした。

「ここがだめなら他の場所を探すしかない。」

 正面の城門の突破が無理と判断したアンジュは城の裏口へと向かった。

 裏口の警備は正面ほど厳重ではなかった。

 しかし、裏口の突破もアンジュひとりでは到底できそうになかった。

「ここもだめ、もう無理なのかな…」

 アンジュがあきらめかけたそのとき、城壁の茂みに隠れた小さな穴に気づいた。

 小さな穴は大人では通れないが、子供やアンジュのような小柄な人ひとりは通れそうだった。

「これなら行けるかも。」

 アンジュは藁にもすがる思いで小さな穴に向かった。

 やはりアンジュは壁の小さな穴を通り抜けることができた。

「今助けにいくから待ってて。」

 そうつぶやいたあとアンジュは裏口の扉から城に侵入した。

 城の廊下は大理石でできており大きな騎士の巨像が左右対称にそびえたっていた。

 アンジュは物陰に身を隠しながら警備の目をかいくぐり、様々な部屋を捜したが、孤児院の人は誰ひとり見つからなかった。

 途方に暮れながら捜索していると一つの部屋の扉がアンジュの目に入った。

「まだ探していない部屋だ。」

 部屋の扉を開けるとそこはテラス付きの書斎だった。

 書斎机の上においてあった一冊の本がアンジュの目に入った。

「何かの名簿?」

 その本には孤児院のメンバーの写真や名前が記されていた。

 アンジュの名前をそこには記載されていた。

「もしかして…」

 詠み続けていくとその本にはとんでもないことが記されていた。

「済世計画…」

 それは、目を疑うような内容だった。

済世計画 概要

 以下の文献は最重要機密事項とする。

 グランレグリーズ地下では新たな世界の創造のため秘密裏に大規模な人体実験がおこなわれた。実験の手順は以下の内容である。魔法触媒に負の感情を含ませる。すると因子の持つ魔力が増大され強力な魔法陣が出現する。その魔法陣に被験者の血を一滴垂らし被験者が力を望む力を唱えることにより術が発動する。被験者術の恩恵により強大な力を得る。強大な力を得た人間で新しい世界を再構築する。

備考

 この術は被験者の肉体や精神に非常に大きなダメージを与え成功確率は低くダメージに耐えきれなかった被験者は自我を忘れ異系の化け物へと変貌する。我々はこれを『魔族』と呼ぶことにした。

追記

 なお、この本に記載された名簿は被験者リストであり順序実験を行う。

 

 余りにも残酷な内容にアンジュは言葉も出なかった。

 アンジュはしばらくその場に呆然と立ち尽くしていた。

「そこにいるのは誰ですか。」

 迂闊だった。本に気を取られすぎて人の近づく気配に全く気づかなかった。

 月明かりがアンジュを照らし、姿を確認すると

「おやおや、侵入者にしてはえらく可愛らしい侵入者ですね。もしくは、迷い込んだのでしょうか?」

 アンジュが声を聞き振り返ると、長身で細身の中年男性が立っていた。

 男の装束姿は見慣れたものだった。

「教皇…様、この本に記されていることは本当なんですか…」

 アンジュは力ない声で教皇に訪ねた。

「その本を読んでしまったのですね。確かに信じられないかもしれません。ですが、その本に記載されていることは事実です。名簿に記載された人間の半数は今日、実験にかけられました。」

「じゃあ、みんなも…」

 嫌な風景がアンジュの脳裏によぎった。

「どうして!たくさんの人が犠牲になっているのに貴方はこの計画を止めなかったの!貴方なら止めることができたでしょ、答えてよ教皇!」

 アンジュは感情を丸出しにし、教皇に問いつめた。

 教皇はゆっくりと口を開いた。

「新しい世界の創成には必要不可欠なことなのです。かつて人々が領土や権力を手に入れるために戦争で多くの犠牲を出したように何かを手に入れるには犠牲が必要なのです。」

「そんなこと私は絶対に認めない、何かを手に入れるために犠牲が必要なんて。それが真実だとしたら私がこの世界を変えてみせる。」

 アンジュは教皇の言葉を叩き切った。

「悲しい思いをするのはもう私が最後、この計画を絶対に止めてみせる。」

 アンジュは腰にさしてあった短剣を抜き構えた

「いい覚悟です。同じ志を持つのに相反するのが残念だ。刃を交える前に名前を拝見したい。」

「アンジュ、貴方を倒して計画を止めるもの名前よ!」

 教皇の問に答えるとアンジュは刃を構え教皇の懐を目指して走った。

「覚悟!」

 アンジュは教皇の懐に刃を突き出したが教皇はとっさに腰に帯刀してあった剣を抜き短剣と刃を交えアンジュを振り払った。

 アンジュはいったん距離をとり体制を立て直すと再び距離をつめ教皇にめがけて飛びかかり短剣をふるった。

「はあぁぁ!」

 教皇は背を後ろに反らし攻撃をかわした。短剣は教皇を捉えられず空を描きアンジュは前のめりに体勢を崩した。

「御覚悟」

 アンジュの肩に激しい熱が走った。

 教皇の振るった剣が次の攻撃のために振り返ったアンジュの肩を捉えたのだ。

 周囲には赤い鮮血が飛び散っていた。

「ぐぅぅ」

 アンジュは書斎の床に倒れ込んだ。

「この人強い…このままじゃ確実に殺される。」

 実力の差は明確で何もかもアンジュより1枚も2枚も上手だった。アンジュは絶望を感じた。

「私が死んだらこの計画はまた隠蔽されてしまう。生き延びてまた計画を止める。」

 アンジュは逃げる方法をとっさに考えた。

「…テラス!」

 アンジュは短剣を教皇に向かって投げつけ傷口を抑え立ち上がるとテラスへ向かって走った。

「逃がしませんよ」

 テラスに向かったアンジュの足が崩れ落ちた。

 教皇が投げたアンジュの短剣が足をかすめたのである。

「あゔぅ」

 アンジュは痛みをこらえながら足を引きずりテラスにたどり着いた。

 アンジュの体力はもう限界だった。心身ともにダメージを受けたアンジュの体はいうことを利かずテラスを背に立ち止まってしまった。

「もうおしまいです。少女よ、貴方は知りすぎた。はかない理想とともに散りなさい。」

 教皇の剣が振り上げられた。剣の切っ先は月明かりで鈍く輝いていた。

 剣は振り下ろされた。アンジュは最後の力を振り絞り後ろに背をそらしジャンプした。致命傷は逃れたが斬撃を受けたアンジュの体はふわりと宙に浮き、海へと沈んでいった。

「あの傷で海に落ちたらもう助からないだろう。さらばだ…若い英雄よ。」

 教皇は海に向かってそうつぶやくと書斎の中へと戻っていった。

「ごめん、みんな…私みんなを助けられなかった…」

 アンジュの体と意識は深い水底へと沈んでいった。


                                  ユー









  第三章  suicide at seaside



【魔法】ま-ほう とは

 常人には不可能な手法や結果を実現する力のことである。

 魔法は魔道書・魔法触媒・魔力の三つの要素から構成されている。

 まず魔法を使用する者は魔道書の内容を理解している必要がある。魔道書には魔法の構成を示す文字列と必要な場合は魔法陣が記されている。この文字列には魔道書を書いた人の魔力が込められており、単に同じ文字列を写すだけでは何の意味も持たない。

 次に必要になるのは魔法触媒。魔法も万能という訳ではなく、発動させたい魔法に対応した物が必要となる。炎系統の魔法なら火種や、継続的に灯すなら燭台などが必要となる。さらに上級の魔法を発動させるには稀少な鉱物や魔物からのドロップ品等が用いられる。

 最後の要素にして最大の要素が魔力である。結局は個人の能力なのである。魔力は精神的な面と結び付きが強く、いちいち発動させるのに理由が必要となる。どんなに魔道書を理解していても、どんなに稀少な魔法触媒を用意しようと、意志が弱ければ発動すらしないのである。

 これが、私が魔法はクソだと思う由縁である。


「ふぁぁ…暇だなぁ」


 あまりにも暇すぎて魔法について語ってしまった。もちろん心の中でだが。

 折角なので、暇ついでに私についても語らせてもらうとする。

 私の名前はミヤコ・アングレムカ。今はアングレムカ国営魔道図書館の店員をしている。

 名前から分かるように、一応血筋的には王族の正統な継承者である。出来れば面倒だし王位継承なんて避けたいところだけど。

 母は現・王女にして、国の政治を一人で統括している。温厚な性格から、国の発展より国民の幸せを第一にしている為に国民からの支持は厚い。父は現・国王にして魔法解明研究所で働いている。

 魔法を研究する機関には前述の魔法解明研究所と魔法追求研究所の二つがある。

 魔法追求研究所、通称『追研』は新たな魔法触媒の探求や魔法の技術応用方法の追求など、魔法の可能性を探る機関である。それに対し魔法解明研究所、『解研』はどのようにして魔法は発生するのか、魔道書の制作方法、魔法が誕生した経緯など、どちらかというと魔法の歴史について研究している機関である。しかし近年、真理に近づけば近づく程、謎が深まり弱い魔法しか撃てなくなっており、世間では研究するだけ無駄だ、国の予算の無駄遣いだ、解研が存続しているのは王女が肩入れしているからだ等、色々と言われ放題である。数年前に学校で魔法解明学を専攻していた私の意見としては、魔法とは幻想のものである、解明してはいけないパンドラの箱である、という結論に至った。

 ここまで長々と語ったのに、客が一人も来ない。いつも通りだけど。一日に一人来ればいい方だから、こんな日も全くもって珍しくない。そんな時は営業時間を無視して勝手に店を閉めるに限る。そうと決まればさっさと店じまいの準備して何処かに散歩にでも行って時間を潰そう。




 ここは魔道書店から少し北へ歩いた所の海岸沿いである。こんな暑い日なら人も大勢居そうだと思うが、うちの国では大半の人間が森の中の湖の方へ行くので隠れてはいないが、穴場スポットとなっている。しかも海岸ギリギリまで木が生い茂っているので、木陰に居ながら潮風の恩恵を受けることが出来るという絶好のサボり場所である。とりあえず本来の閉店時間までこの辺りで時間を潰そうかな。

 砂浜にはヤドカリや打ち上げられてどうしようもなくなったクラゲ、動かなくなった死体が転がっている。…死体?

ちょっと何で女の子が砂浜で倒れてるのよ、いつからこの国はそんな物騒な国になっちゃってるのよ、何でそんな場面に出くわしちゃうのよ!

いや、まだ死んでるって決まった訳じゃない。生きてるか確認しないと。お願いだから私の目の前で死ぬなんて、そんな気分の悪いことをしないで!


「だ、大丈夫ー?」

 へんじがない、ただのしかばねのようだ。

 違う違う、まだ決めつけるには早い。呼吸してるかとか心臓が動いているかとかそういうのを確認しないと。

 貧相な胸に耳を当てると、微かに命の鼓動が聞こえた。よかった、まだ死んでいない。でも、左肩から出血している。何かで血を止めないと失血死してしまう。

「ちょっとマント千切るよ。」

 聞こえてないとは思うが、一応許可を取る。あまり上質な素材ではなかったので、力の無い私でも何とか千切ることが出来た。しかしこのまま傷口を直接縛ると海水が染みて痛いと思うので、持っていた白いハンカチで押さえてその上から千切ったマントを紐の様にして巻き付けた。

 これで応急処置は済んだ、はず。あとはちゃんとした場所で治療してもらうだけだ。

「ただ、ここから病院はかなり遠いんだよね…。」

 ここから病院まで運ぶと恐らく1時間はかかる。そして何より、そこまで運ぶ体力が私には無い。人の助けを借りようにも、近くに人の気配はない。

 こうなれば、しょうがない。仕事サボったことがばれちゃうけど、家に連れて帰るしかない。

 うちなら医療の分かる人がいる。私は傷ついた少女を死ぬ気で担いで、自宅へと戻った。




「………ぜぇ…誰か……いる………?」

「お嬢様、何事ですか!?」

 家に帰ると、たまたま玄関ホールを掃除していた執事のアキレアが驚いた顔で駆け寄って来た。

「アキレア…貴方、医療の知識、あったわよね?この子、海岸に打ち上げられてたの。」

「少々拝見させていただきます。」

 アキレアは燕尾服の上着をサッと脱ぎ、床の上に広げ、私が背負っていた女の子をゆっくりとその上に寝かせた。

「…お嬢様の応急処置が的確でしたので、命に別状はありません。」

「流石、私ね。」

「…空いている客室にお運びしますので、申し訳ございませんが私のコートを御持ちいただけますか。」

「分かったわ。」







 日が沈み、部屋が薄暗闇に包まれた頃、少女は目を覚ました。

「ここは…どこ?」

「ここはアングレムカ王国の皇居よ。」

「アングレムカ…!?」

「そこで驚くってことはうちの国の出身じゃないのね。何処から来たのよ。」

「…サクレブルグ。」

「サクレブルグ!?」

 無駄に驚き返してみる。全然笑ってくれない。

「えー、おほん。どうして貴女、えーと、名前は?」

「アンジュ…です。」

「アンジュちゃんね。因みに私の名前はミヤコ・アングレムカよ、よろしく。どうしてアンジュちゃんがうちの国の海岸で肩から出血して倒れていたのかは…面倒だから聞かないわ。」

「………。」

「だからさっさと傷を治して国に帰りなさい。それまでの面倒は見てあげるから。」

「………グズッ」

「ちょっと泣かないでよ!あーもう、話聞くから!聞いてあげるから泣かないで!」

 親が子をあやす様に、正面から抱き合い、ゆっくりと背中をさする。

 肩が涙でビチョビチョになって気持ち悪かった。


「落ち着いた?」

 無言で頷く。

「さて、そろそろ本題に入ろうかしら。一体何があったの?」

 アンジュは自分のいた孤児院のこと、その孤児院が国の偉い人によって襲われたこと、そして教皇が話したサクレブルクで何が起ころうとしているのかということを話した。


「国の一番偉い人がそんな事をねぇ。全然信じられないわ。」

「本当なんです!」

「まぁ、貴女の傷を見れば信じざるを得ないわよ。そこまで体を張ってわざわざ教皇を貶める意味が分からないし。」

理解してもらえたからなのか、少女の顔に少し笑みが浮かんだ。

「話を聞かせてもらってから言わせてもらうけど、尚更協力できないわよ。」

「え………?」

 その笑顔は一瞬の間に、砕けた。

「私が対処するにはスケールが違いすぎる。考えてみなさい。国一つを相手にするのよ?たかが一人、私と貴女で二人に増えた所で太刀打ちできる訳が無いじゃない。その結果がその傷なんでしょ?」

「それは、そう、です…けど。」

「………兎も角、貴女は傷を治す事だけ考えなさい。今は、それだけ。食べる物出来たら持ってくるから。」

 再び泣き出しそうな顔を背中に、部屋を去った。

「変に希望持たせて、駄目だった時の方がショック大きいし、これでいいのよ。」



「ミヤコちゃん。」

「あ、お母さん。」

 沈んだ気持ちで廊下を歩いていると、業務を終えた母のクチナがゆっくりと近づいて来た。

「アキレアから話は聞いたわよ。怪我してた女の子助けたんでしょ?偉いじゃない。」

「まぁ、うん。」

「何処で拾ったの?」

「か、海岸です。」

「いつ頃?」

「お昼過ぎ…デス。」

「ミヤコちゃん、お 仕 事 は ど う し た の ?」

「………誠に申し訳ございませんでした。」

「もう!ミヤコちゃんがお仕事欲しいって言ったから店長にしてあげたのに。」

 今の国営魔道書店の仕事は学校を卒業して何もしようとしなかった私にお母さんがくれた仕事だった。権力様々です。

「ところで、その女の子は大丈夫なの?」

「さっき起きた。今からご飯持っていく所。」

「目が覚めたのね。良かったわ。」

「………。」

「その割には暗い顔ね。何かあった?」

「…お母さん、もしね、どこかの国がこの世界を壊そうとしてたら、どうする?」

「どういうこと?」

 アンジュが話してくれた事を母にも伝えた。

「まぁ、そんなことが。」

「確証はないけれど、嘘ではないと思う。で、この話を聞いて私は、どうする事も出来なかった。自分の無力さに気付いた。」

「ミヤコちゃん…。」

「ちっちゃい頃から魔法を学び続けたけれど、誰の役にも立てず、最後には何も出来ないって自分で結論づけただけ。私のこれまでの人生を否定しただけ。」

「誰の役にも立てないなんて事は無いわ。」

「実際何も出来て無いじゃん。」

「ミヤコちゃん、ミヤコちゃんは誰かの役に立ちたい?アンジュちゃんの役に立ちたい?」

「………うん。」

「その気持ちが大事なの。魔法と一緒よ。」

 私の嫌いな精神論だ。

「たまには魔法を信じてもいいんじゃない?」

「…今回は、そうする。」

「ミヤコちゃんが頑張るならお母さん応援しちゃうから♪」

「ありがとう、お母さん。」

「どういたしまして。ところで、ミヤコちゃん次第だけどいい方法があるわ。」

「いい方法?何をすればいいの?」

「ブレイザブリクとフヴェルゲルミルの偉い人に声をかけて、みんなで説得しに行くの。サクレブルグの教皇さんにばれない様にね。」

「…全面戦争なんかにはならない…よね?」

「お話し合いをするだけよ。」

「交渉決裂で全面戦争とか全く笑えないんだけど。お母さんはついて来てくれるの?」

「私はこれでも国のトップだしぃ、派手な動き出来ないからねぇ。残念だけどついていけないわぁ。国のお仕事もあるしぃ。」

「つまり、私が国の代表として他の国のお偉いさんに声をかけに行くってこと?」

「そういう事よ。ミヤコちゃん、頑張れ♡頑張れ♡」

 それを言い終えると、手を降ってどこかへ行ってしまった。

「嘘でしょ…。」





 夕食を手短に済ませ、アンジュ用の夕食を持って部屋に戻る。

「アンジュー、入るわよー。」

 ドアを開けると、アンジュは怪我をした左肩のリハビリをしていた。

「ちょっと、もう動かしてるの?程々にしておきなさいよ。」

「大丈夫…です。」

「はぁ…。若いっていいわねぇ。」

「ミヤコさんは若くないんですか?」

「次、年齢の話をしたら殴るからね。」

「ご、ごめんなさい…。」

「トレーニングはそれぐらいにして、夕食持って来たから食べなさい。」

 足で扉を押さえ、ワゴンに満載になった夕食を運び込む。

「…他に誰か食べに来るんですか?」

「貴女一人の分よ。たくさん食べて、育てる所育てなさい。」

 ニヤニヤしなが胸をポンポンと叩く。アンジュは顔を赤らめ腕で胸を隠した。ふへへ。

「まぁつべこべ言わずに全部食べなさい。味は保証するわよ。」

「ありがとう、ございます。」

 テーブルに料理を並べアンジュを椅子に座らせる。

「さあ召し上がれ。」

 あたかも自分が作ったかの様に振る舞う。因みに私は料理は食べる専門だ。

「お味はどう?」

 アンジュは突然泣き出した。

「何で!?」

「………孤児院の子供たちにも、食べさせてあげたかったな。」

「あー…。」

 気まずい空気が流れる。

「き、きっと皆も生きてるよ。」

「…お気遣いありがとうございます。」

「そんな顔で食べられたらおいしい料理もまずくなる。皆の分も食べて、生きて、人生楽しまないと。」

「………。」

「もし生きてたらまた内に遊びにおいで。おいしい料理作ってあげるよ。」

 アキレアがな!

「そう、しますね。」

 涙を拭いて再びご飯を食べ始める。




 ご飯を食べているのを眺めていると、ノックの音が2回聞こえた。

「お嬢様、失礼します。」

 アキレアが部屋に入って来た。

「アキレア、どうしたの?」

「先程奥様とお話しになられていた話の詳細をお伝えしに参りました。」

「ふぁんのおふぁなふぃでひゅか?(何のお話ですか?)」

「貴女は食べてから喋りなさい。」

「明後日にフヴェルゲルミル往きの貨物船が港より出ます。まずはそちらの方に乗船されて、フヴェルゲルミルのモンド様にお会いください。くれぐれも騒ぎを起こさないよう。」

「分かったわ。」

「…んぐっ。で、何の話だったんですか?」

「ブレイザブリクとフヴェルゲルミルに行って一緒に教皇殴りに行こうって誘いに行くの。」

「えっ」

「敵討ちの時間よ。」


矢下 真




  第四章   変革の時



 私、オイディス・デュナンはサクレブルグの教皇の元に生まれた。人生において全くの自由がない人生を歩まされていた、特に教育については父は人一倍厳しかった。

 私が六歳の時には語学・マナー・宗教の講師が来ていた。十歳の頃には倍以上の講師が来て、朝から晩まで休むことなく講習が行われた。まだ幼い私には苦痛でしかなかったが、その厳しい状況でも難なくとこなす事が出来た私を人々は天才と称し讃えた。しかしどれだけ成果を出したとしても父はこちらに振り向いてはくれなかった。


 十二歳になった時に転機は訪れた。当時教皇であった父が突然亡くなったのである。毎日教団会議の最前列に立ち、人々を導いていた父が今朝遺体で発見された。すぐに教皇暗殺事件として国をまきこんだ大騒ぎとなった。しかし、何ヶ月経っても犯人は見つからず事件は迷宮入りとなってしまった。

 教皇が亡くなった事により国政は大きく傾いた。事実上トップを失った教団の判断により、当時まだ幼かったオイディスはまだ国政に携われないと判断され、代わりの代理を立ててオイディスが大きくなるまでの期間はその者が仕切ることに決まった。その時に選ばれたのが当時のオイディスの世話役であったユダであった。その当時ユダは教団内で皆から尊敬され、人望も厚い男だと認められていたので誰も不服を唱えることはなかった。

 ユダが指揮を取り始めてから教団は大きく変わっていった。まず前教皇が禁忌として封印していた魔物の生成を再開させたのである。最初は不服を唱える者も現れていたがユダは、これは神のお告げだと説き頷かせた。生み出す理由も資源調達を円滑にするためや、国の戦力の強化という名目で実験を再開させた。前教皇と大きく違ったのは実験に使われる人であった、前教皇の場合は志願してきた警備団の者のみだったのだが、ユダは平民をも実験材料として使い始めたのであった。その行動を不思議に思ったオイディスはユダに対して質問をした。


「どうして平民を使うんだ?平民は大切な財産だと言っていたのはお前だぞ?」

「まさしくその通りです、オイディス様。しかしどうやら少し勘違いをされているようですので簡単に説明をしましょう。」

 

 そう言うとユダは大きな黒板の前に立ち、大きな三角形を二つ描き、一つの三角形の中に二本の横線を書き入れた。


「この大きな三角は国民です。国民の中にはたくさんの立場があります。上からあなた様である皇家(おうけ)、その下に貴族、そして平民です。」


 そう言いながら三角の中に上から皇家、貴族、平民と書き込んだ。


「貴族の中にも大きく五つの階級があります。高いものから公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵です。」


 もう一つの三角形の中には四本の線を書き入れ、上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と書き込んだ。


「この五つの大きな違いは単純で、財力そして財産ただそれだけです。我が国は国民から税金を徴収していて、地域によって金額は変動します。例えば今我々がいるここグランレグリーズなら一世帯あたり金貨十枚です。金貨五枚以上の税金を納めている者を貴族と呼んでいます。」


金だけなら誰でもなれそうだと思ったオイディスは質問を投げかけてみた。


「本当に金だけで貴族になれるのか?」


「いい質問です。実際貴族という階級にはなりますが、階級は男爵なので平民とさして変わりません。貴族として力を持ち始めるのは税金を多く納め、土地を管理し始めある一定の広さを管理している伯爵にはなれば多少なりと力が与えられます。つまり金だけでは所詮は成金と言うわけですね。さらに、貴族の中でも侯爵以上の者だけが『教団』と呼ばれる国政に参加することができます。」


 貴族の階級制度についてはよくわかったがもう一つ気になることがあった。


「警備団はどういう扱いになるんだ?」


 サクレブルグでは警備団という自衛組織団体が存在している。


「警備団は平民の中から募られています。基本的には十八歳になると二年間見習いとして働く徴兵制度を設けていますが、そのまま警備団の団員として登録する者も少なくはありません。」


そう言って彼は近くにあった本棚から分厚い本を一冊取り出しその中の一ページをオイディスに見せた。


「これは我が国の歴史と法律が書いた本です。この徴兵制度は前教皇であるあなた様のお父様が、教皇として就任された際に生まれた法律なのです。この法律は国内の戦力増強という名目で制定されました。」


 ユダとの付き合いが長いオイディスは彼の含んだ言い方に違和感を覚えた。


「なにか他に理由があるのか?」

「お察しが早いですね。そうです、法律が制定されたのにはもう一つ理由があります。」


 そう言うとユダは黒板の前に戻り話し始めた。


「この法律が制定されたと同時にとある研究が秘密裏に始まっていました。のちのちこの実験は『済世(さいせい)』と呼ばれるようになりました。

 まず、アングレムカから取り寄せた魔法触媒に負の感情を含ませて、因子が持つ魔力を増大させて強力な魔法陣を生みだし、魔法陣に兵士の血を一滴垂らし自身が望む力を唱えると術が発動し魔法が発動します。やがて魔法陣は術者の体を包みこむように広がり、術者である兵士を試します。これを『審判の時』と我々は呼んでいます。しかし、これには大きな負担が兵士の肉体や精神にかかるのです。成功するのはごく稀で、失敗することが多かったのです。前教皇の時代ではこの実験はほとんど失敗に終わりました。この実験のダメージに耐えられなかったものは自我を忘れ、負の感情に囚われてしまい暴走を始めました。その失敗作のことを『魔族(まぞく)』と我々は呼んでいます。」


 魔族という言葉にオイディスは引っかかった。


「もしかしてそれは北の森で目撃されたというアレのことか?」


 実は最近、北の森で謎の生物が徘徊していたという話を召し使い達が話していたのを聞いたのである。


「その通りでございます。その目撃された生物こそ実験によって生み出された魔族なのです。北の森には魔物をまとめて監視するための施設があります。その施設内で放牧されていまして、そのうちの一匹を迷い込んだ平民が偶然見つけたのでしょう。あの噂も最終的には警備団が出て対処したことで噂は完結しています。」


 ユダの話を聞いてオイディスはなるほどと頷いた。


「では元に戻ります、前教皇の意思で禁忌とされたこの実験を私が再開させ、そして平民おも使っている理由ですが……私はこの実験を始めた第一人者なのです。この実験は私が前教皇に対して進言したものなのです。」


 そう言うとユダは思い出を語るように話し始めた。



 私が教団員として配属されて数年が経った頃、あの日は猛烈な雨が降っていた。国政会議が終わって帰路についていた時だった。


「あんた、教団の人間かい?」


 突如背後から声をかけられた。背後に振り返るとフードを被った者が背後に立っていて、目部下に被ったフードの奥はよく見えなかったが、声からして男性だということだけは辛うじてわかった。


「何者だ?その服装、この国のものではないな。」


「へへへ、そう焦らんでくだせぇ。あんたは神を信じているかい?もっと言えば神は作り出すことができると思うかい?」


「神?もちろん信じているさ、この国の者は皆そうだろう。しかし生み出すなんてことは出来ない、なぜなら神は皆の想像の中にいるのだからな。」


 そう答えると男はポケットの中から何かを探り始めた。何を出すのかと警戒していたが、彼が出してきたのは一冊の本だった。


「そう身構えないでくだせぇ。これはアングレムカにあるとある研究施設で生み出されたちょっと変わった魔道書なんですが…」


「アングレムカ?そんな物信用しろとでも言うのか?馬鹿にするのもいい加減にしてくれないか。」


馬鹿馬鹿しいと歩き始めたが男に引き止められた。


「まぁ、信じられないのは仕方ないでしょう。これは差し上げますよ。」


そう言うと男は強引に手渡し足早にその場を去っていった。その場に残ったのは魔道書を渡されたユダのため息と雨水が地面を叩く音だけだった。



「あの日、渡された魔道書を開いた時の感動を私は今でも覚えています。あれ程印象的で神秘的な本を読んだことはありませんでした。あの日を境に私の日常は大きく変わりました。研究を重ねていくにつれて現れる謎、その答えを導き出した時の感動。その時から私はあの魔法の虜になっていました。」


「その成果を父に出して進言したのか?」

「その通りでございます。そこからは先ほどお話した通りでございます。」


 そうこう話しをしいているうちに夜も更けてきて、そろそろ夕食の時間が迫っていた。


「もうこんな時間ですね。今日はこれくらいにしておきましょう。」

「ユダ、お前の話しはなかなか面白かったぞ。また頼んでもいいか?」


 そう言うとユダは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になり


「はい、また機会があればお話させていただきたいと思います。」と答えた。



 あれから十年が経ちオイディスは新教皇として国をまとめ、国政の最前線に立ち総指揮を取る立場になるまで成長した。


「ついにこの時が来た、私は大きく成長した。父が亡くなったあの時の幼い私ではもうない、これからは新教皇として皆をまとめていきたいと思う。改めてよろしく頼む。」


 父が亡くなってから早十年が経った。あの時父を暗殺し国を混乱させた犯人が捕まることはなかったが、私はこうして父が立っていた場所に立っている。国民の前に立ち神に祈りを捧げている。ここまで長かった、ユダの助けがあったから今の自分があるのだと思うと彼に対する恩恵の念は大変大きい。


「ここで一つ言いたいことがある。皆知っているとは思うが…私の代わりに十年もの年月、皆の前に立ち私の代わりに国をより良い方向へ導いてくれた我が恩師、ユダに感謝したい。本当にありがとう。君に神のご加護があらんことを…」


 そう言うとユダは両手を胸の前で組み深々と膝間ついた。



「それでは私の最初の政策を発表したいと思う。」


 あの時の未熟な自分ではもうないと再度自分に言い聞かせ大きく息を吸った。


「この時を持って大陸全土に進軍し新たな世界『楽園』を築き上げようではないか!」


 この時を持ってサクレブルグは魔族を使った軍事力の増強、そして世界の楽園化のために動き出したのであった。



KAINA.



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