中東沸騰〜プロローグ
「大変です!遥希マネージャー!サウジアラビアの原油相場が先日国王の原油余剰気配の会見により暴落をはじめてます!」
デスクの島の左端から昨年度入社した女性社員、華本から報告ともつかぬような悲鳴がデスクが5つ、人員4人という狭い海外投資課に響いた。
島のトップに座っていた銀縁の楕円形の眼鏡をかけ、33歳という年齢にしては若々しく見えるこの部屋のトップ、海外投資マネージャー晴吉は思っていた…
「やはりあの時、投資担当執行役員に命ぜられた海外事業部部長の林原に押し切られたのは失敗だったか…」
しかし、事態は秒単位で悪化している。
晴吉は間髪入れず、華本、入社6年目の若手投資担当男性社員平野、事務能力に特化してしまったばかりに万年サブマネージャーとなった晴吉の新入社員当時の教育係だった部下の中林に告げた。
「いいか!他国の原油相場の動き!そして生産調整が行われるかどうかの確認!さらに中東の武装勢力の動きにも注力しろ!今確認も背ず売りに出してしまうと社の屋台骨に響く!必ず道は好転する!情報だ!まずは情報だ!」
晴吉はひと息で部下に指示を出すと、サウジアラビアに出張しているニューヨーク事務所の松本に国際電話をかけた。
「松本さん!現地の情報はどうですか?」
「それがマネージャー、どうやら武装勢力の動きが激しいので国王サイドがナーバスになって各油田に守備隊の軍を配備して生産能力ギリギリまで生産量を上げて対外的には原油飽和をアピールしている…こんな状態ですね。」
サウジアラビアの松本は常にロイヤルファミリーと対面し各油田を視察して回るという行動力、人脈に溢れた男だ。晴吉は国際電話を続けた。
「そうか。サウジがその状態ならば他国の軍事力が弱いところは油田を奪われる可能性が大きいな…了解した。引き続き情報収集を頼む」
「わかってるさマネージャー。帰国したらバーボンでも奢ってくれよ」
課内からも情報が上がりはじめていた。
「イラン、原油相場が急降下のあと、横ばいが始まりました!」
「カタールは相場がサウジと同じく暴落しています!」
「サウジをはじめ、産油国各国とも生産量を調整することなく余剰気配が広かまりつつあります!」
「武装勢力はイラン、イラクを中心に活動しているようですが、アラブ全体にまではその勢力は広がってない模様です!」
次々と上がってくる情報に、晴吉は眼鏡の鼻当てを中指でくいっと押し上げ、まくしたてるように指示を出した?
「いいか!この暴落は仕組まれたものの可能性が高い!回復の余地は充分ある。華本、サウジを底値が見えたら徹底的に買い叩け!平野はウチが投資したイランのサルベスタン鉱区の状況を現地に直接確認!中林さんはアラブ諸国で武装勢力があまり影響を及ぼしてない原油相場暴落している国々を押さえるんだ!」
そうまくしたて、ふーっと息をついた。
「…今回はあまり大きい事態にはならなそうだな…まあ海外事業部をスルーして動かしたから始末書の一つでも書かないといけなさそうだが…」
ここは日本でも有数の生命保険会社。
その中で、組織に属さない投資専門が存在する。地球の裏にでも、治安の最悪なところにでも、案件があれば刺さっていく組織に縛られない自由度の高い特命係。
その責任者である投資マネージャー晴吉と晴吉の周りを固める人々の物語である。