表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

優しい笑顔の彼に

作者: 瑠瑛

 彼は、たしか小学校高学年の頃、転校してきたんだったと思う。特別仲良しではなかったけれど、席が近かったのでたまにお喋りはしていた。私が授業中に書いた小説を読んでくれたことも、あった気がする。

 中学、高校は別々だったが、その後の専門学校で再会した。卒業までの間、ぎこちなく、そっけない会話がほとんどだった。元々知り合いだからか、専門学校でついたあだ名で呼ぶのが気恥ずかしくて、用事があるときも「ねぇねぇ」と、ごまかしていた。

 彼が亡くなったことは、元クラスメイトのメールで知った。


 まず、古新聞をとりだして、お悔やみ欄を片っ端からみた。メールなんかじゃなくて、「ちゃんとした紙のちゃんとした文字」で確かめたかった。彼の名前は、いちばん左端にあった。記載されている年齢が、周りから浮いていた。だって自分と同じだ。あまりにも、お悔やみ欄にはそぐわない。

 それから、小さな交通事故の記事も見つけた。彼は介護職員として施設に就職したはずなのに、記事では大型トラックの運転手になっていた。


 彼と付き合っていたらしい、あの女の子はどうしているだろうとか、仲良しだった男子たちは何を思っているだろうとか、ひとのことばかり思い浮かんだ。自分とは顔見知り程度だったんだし、それも仕方ないと思った。

 ふと、携帯の画像フォルダを見返すと、彼と撮った写真があった。卒業式後に行われた、謝恩会での一枚。彼はちょっとお酒の入った顔で、笑っていた。


 後から聞いた話では、彼は就職した施設でいじめにあって、やめてしまったらしい。私は何だか、彼を責めたい気持ちになった。どうして他の施設を探さなかったんだろう、よりによってどうして運転手なんかに転職したの? そもそも、初めからそんな意地の悪い職場に入らなければよかったのに。

 あの時こうすれば、ということばかり浮かんだ。どうしようも出来ないなんてことはわかっていたけれど、止まらなかった。


 私はその専門学校を卒業した後、まっすぐ他の専門学校へ進学した。みんなが就活している中、受験勉強をしていることは隠していた。もし落ちたら恥ずかしい。でももし受かった場合、前々から話しておくよりも、びっくりさせることができる。

 そんなどうしようもないプライドがあったせいで、私は無事合格したあとも、もったいぶって、クラスメイトにはしばらく話さなかった。


 卒業も間近だったある日、私はひとけのない廊下で、彼と会った。寒い朝だった。挨拶程度の何気ない会話を交わしたあと、私は急に、彼に教えたくなった。誰に話す気もなかったのに、何故か彼には教えたくなった。

 彼は少し大げさなほど、驚いてくれた。「おめでとう、頑張ってね」と、心の底から喜んでくれたような笑顔で、拍手してくれた。

 結局、担任の先生が話したせいで私が進学することは皆に知れたのだが、私が直接伝えたのは、彼ひとりだった。


 ふたつめの専門学校を卒業する頃には、その学校の記憶はだいぶ薄れていた。今はまったく違う道に進んでいて、その道に後悔していないからかもしれない。それでもたまに、懐かしく思うときはある。思い出すのは、断片的な楽しかったこと、未だに少し不快なくらい嫌なこと、そして冬の日の、彼との会話だ。

 

 久しぶりにひらいた卒業アルバムの中で、彼は相変わらず、優しい笑顔だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ