優しい笑顔の彼に
彼は、たしか小学校高学年の頃、転校してきたんだったと思う。特別仲良しではなかったけれど、席が近かったのでたまにお喋りはしていた。私が授業中に書いた小説を読んでくれたことも、あった気がする。
中学、高校は別々だったが、その後の専門学校で再会した。卒業までの間、ぎこちなく、そっけない会話がほとんどだった。元々知り合いだからか、専門学校でついたあだ名で呼ぶのが気恥ずかしくて、用事があるときも「ねぇねぇ」と、ごまかしていた。
彼が亡くなったことは、元クラスメイトのメールで知った。
まず、古新聞をとりだして、お悔やみ欄を片っ端からみた。メールなんかじゃなくて、「ちゃんとした紙のちゃんとした文字」で確かめたかった。彼の名前は、いちばん左端にあった。記載されている年齢が、周りから浮いていた。だって自分と同じだ。あまりにも、お悔やみ欄にはそぐわない。
それから、小さな交通事故の記事も見つけた。彼は介護職員として施設に就職したはずなのに、記事では大型トラックの運転手になっていた。
彼と付き合っていたらしい、あの女の子はどうしているだろうとか、仲良しだった男子たちは何を思っているだろうとか、ひとのことばかり思い浮かんだ。自分とは顔見知り程度だったんだし、それも仕方ないと思った。
ふと、携帯の画像フォルダを見返すと、彼と撮った写真があった。卒業式後に行われた、謝恩会での一枚。彼はちょっとお酒の入った顔で、笑っていた。
後から聞いた話では、彼は就職した施設でいじめにあって、やめてしまったらしい。私は何だか、彼を責めたい気持ちになった。どうして他の施設を探さなかったんだろう、よりによってどうして運転手なんかに転職したの? そもそも、初めからそんな意地の悪い職場に入らなければよかったのに。
あの時こうすれば、ということばかり浮かんだ。どうしようも出来ないなんてことはわかっていたけれど、止まらなかった。
私はその専門学校を卒業した後、まっすぐ他の専門学校へ進学した。みんなが就活している中、受験勉強をしていることは隠していた。もし落ちたら恥ずかしい。でももし受かった場合、前々から話しておくよりも、びっくりさせることができる。
そんなどうしようもないプライドがあったせいで、私は無事合格したあとも、もったいぶって、クラスメイトにはしばらく話さなかった。
卒業も間近だったある日、私はひとけのない廊下で、彼と会った。寒い朝だった。挨拶程度の何気ない会話を交わしたあと、私は急に、彼に教えたくなった。誰に話す気もなかったのに、何故か彼には教えたくなった。
彼は少し大げさなほど、驚いてくれた。「おめでとう、頑張ってね」と、心の底から喜んでくれたような笑顔で、拍手してくれた。
結局、担任の先生が話したせいで私が進学することは皆に知れたのだが、私が直接伝えたのは、彼ひとりだった。
ふたつめの専門学校を卒業する頃には、その学校の記憶はだいぶ薄れていた。今はまったく違う道に進んでいて、その道に後悔していないからかもしれない。それでもたまに、懐かしく思うときはある。思い出すのは、断片的な楽しかったこと、未だに少し不快なくらい嫌なこと、そして冬の日の、彼との会話だ。
久しぶりにひらいた卒業アルバムの中で、彼は相変わらず、優しい笑顔だった。