1:ヤツが現れた日
エマの弟・スコット視点です。
「スコット、これを食べてみて」
姉さんが作ったお菓子の試食係は、長年俺だった。姉さんの料理の腕は抜群で、王都主催のケーキコンクールでも前人未到の5連覇を果たし、殿堂入り一号になった。
容姿は可愛らしいし、性格だって悪くない。とにかく、俺にとっては自慢の姉さんなわけだ。姉さんが結婚する日が来たら俺がしっかり相手を見定めてやろうと思っていたのに・・・・。
「はあ?キンケイド公爵家へ行儀見習って・・・姉さん、いくつだっけ」
「・・・・24歳。しょうがないでしょ。行儀見習で妥協しないと、花嫁候補だったんだから」
「は?花嫁候補??なんだよそれっ」
その日の夕食後に父が「家族で話し合うことがある」と言い出し、その場で姉さんが10日後にキンケイド公爵家へ行儀見習として行くことが発表された。
父が話すには、キンケイド公爵家とアリンガム商会が取引をすることになって公爵を自宅に招いた。
すると公爵は姉さんの作った菓子を気に入っただけでなく、作った人間に会いたいと父に言ったらしい。キンケイド公爵家といえば、この国では王族の次に連なる名門で、現在の当主は宰相として若いながらも辣腕として知られている。
「・・・・それで、公爵の前に出たら、気に入られたってわけ?いったい姉さん、何したの」
すると姉さんと父が、なんとも気まずい顔をしている。
「公爵様が、うちの狭さに驚いてたから・・・その、つい言い返してしまって」
「そしたら、公爵様にエマの言動が気に入られてしまったらしくてなあ。プロポーズしてきたんだよ」
プ、プロポーズだと??なに考えてんだ、あの野郎!!
俺は頭がくらっとしてきた。でも、プロポーズからどうして行儀見習になったんだろう。
「スコット、そんな怖い顔するな。で、さすがにそれはちょっとと私も思ってね。お断りしたんだよ。そしたら今度は花嫁候補になって・・・そっちはエマが嫌がったから、前公爵夫人の世話係兼行儀見習ってことに落ち着いたんだよなあ」
「エマは公爵様に見初められてしまったみたいね」母が、ちょっとため息をついた。
「お母様、それは違うわよ~。公爵様は単に私の言動が新鮮だったのよ。きっと、あんまり反論されたことがないんだわ。プロポーズは冗談に決まっているわ」
姉さんの発言に俺たちは顔を見合わせてしまった。もしかして、姉さんって鈍いのか。普段噂されている宰相の人柄から考えても、冗談でプロポーズする人間じゃないと思うんだが。
「姉さん。本気でそう思ってる?」
「?当たり前じゃないの。それにさ、公爵様の家には直轄の果樹園と農園があって新鮮な食材がすぐに手に入るっていうし、昔の料理本もあるっていうのよ。料理好きとしてはさ、大貴族の家に伝わる料理本って見てみたいじゃない。だから、微妙だけど行儀見習として行くことを決めたの」
・・・・公爵のやつ、姉さんが料理好きなのを知っててそこを突いてきやがった。なんか、強敵が現れた気がする。下手すると、本当に姉さんをさらってしまうかも。
両親は姉さんが自分で決めたことだからって、特に反対する様子もない。姉さんはあれで結構頑固だから行くと決めたら、間違いなく実行する。
結局、俺一人が反対しても覆ることはないだろう。
「俺は、公爵のやり口が気に入らないよ。でも、姉さんが行くと決めたならしょうがない。父さんたちも反対じゃないんだろ?」
「エマは大人だからね。本人が決めたことだ」
父が言うと、隣で母もうなずく。
「わかったよ。ただし、姉さんが休みの日にはここに戻ってくることが条件だよ。それがのめないなら、俺は反対。」
すると姉さんは、「スコット!!ありがと!私、精一杯頑張ってくるね!!」と笑顔になった。
姉さんは、それからしばらくして公爵に本当にさらわれてしまった。まあ・・・幸せそうだからいいんだけどさ。たまに俺をお茶に呼んでくれるし。だけど・・・やっぱり、あの男は気に入らない。
そんな俺の複雑な心境をしることもない姉さんは、俺が姿を見せると喜んで「スコット、これを食べてみて?」と嬉しそうに作ったお菓子を今日も勧めてくれるのである。
読了ありがとうございました。
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番外編なんとかスタートできました。
今回は大好きな姉を横からもってかれてしまったスコットくんの嘆き節(?)を書いてみました。
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