4.エマのお仕事
当主様の昼食。の巻
掃除が終わると、私は当主様のお昼ご飯とお菓子作りに取りかかった。
冷蔵庫(冷却魔法のかかった魔法石が内蔵されている食料庫。冷凍室あり)から作り置きしてあるパイ生地を取り出して、リンゴの皮をむく。むいた皮は捨てないで紅茶にいれると美味しいので、リンゴの紅茶として王宮に持っていくことにする。それでも皮は残るので刻んでクッキーに入れよう。日持ちするから明日のおやつだ。
当主様用のと、屋敷の皆で食べる分、それから農園係の皆さんに差し入れする分もつくる。美味しいものは平等に。これぞ円滑な人間関係のコツというもの。
ちょうど台所にお茶容器の片付けに来たテッサが、「エマ、何を作ってるの?」と聞いてきた。
「リンゴのパイだよ。それと皮を入れたクッキー。」
「エマの作るお菓子は美味しいのよね~。楽しみー。」
「ありがとー。お茶の時間に食べようね」
「お茶の時間までの励みになるわ」そう言うとテッサは笑って出て行った。
パイを作り、あとはオーブン(火の魔法がかかった魔法石が内蔵されている調理器)にいれて時間を合わせたので、お昼の準備に入る。
朝から作っておいた食パンを取り出して使う分だけスライス。残りは冷蔵庫の冷凍室へ。翌日の当主様の朝食はこの冷凍パンを焼いて出すことになる。冷蔵庫から牛肉を、貯蔵庫から野菜を持ってくる。今日のお昼はサンドイッチだ。
時計を見ると、お昼1時間前だ。王宮まではピエルさんがいつも馬車を手配してくれるので、10分くらいで到着する。
パイも焼きあがり、紅茶もいい感じに色と香りが出始めている。食べごろを迎えるのはちょうど昼くらいになるはずだ。
ティッテル王国は商家が並ぶ大きな通り(アリンガム商会の本店もその通りにある)と狭く細い道が入り組んでいて、初めてここに来た人は必ず一度は道に迷う。
王宮はそんな町並みからちょっと離れた陸の孤島みたいなたたずまいで建っている。その昔、海を埋め立てて作ったといわれる島に通路を作って町と王宮をつなげているのだ。
基本的に王宮に入る人は皆、島への入り口で乗り物を降りて徒歩で行かなくてはならない。私も当主様からもらった魔法石(通行許可証だそうだ)を門衛の人に見せて、馬車を降りて徒歩で王宮に向かう。
すると「エマー!」と私の名前を呼んで王宮から人が走ってくるのが見えた。
それは当主様の秘書官であるラルフだった。22歳になるラルフは元気で朗らかな男の子なので話していてとても気楽な相手だ。
「よかった。間に合ったー」
「どうしたの、ラルフ」
「セオ様から、今日はエマの荷物が重いだろうから荷物持ちしろって言われてたんだ。荷物、これだけかい?」
そういうと、ラルフは私から荷物を受け取ると歩き始めた。私もあわてて一緒に並ぶ。
「俺さー、エマに感謝してるんだ」
「えっ。いきなり何」
「エマが屋敷に来てから、お昼に食事を差し入れてくれるだろ?セオ様もお昼休みというものを覚えたみたいでさ、一日仕事ばっかりじゃなくて少しゆとりを見せるようになったんだ。俺もおかげで気兼ねなく昼休みやお茶がとれるようになったのよ」
「へー、私が役に立ってよかったよ。当主様ってそんなに仕事ばっかりしてるの?」
「してるしてる。前なんか宰相は二人いる説ってのがまことしやかに囁かれたんだぜ」
「ぷっ。なにそれ」思わず想像して噴出してしまう。
「・・・・私もそれを聞きたいな。ラルフ」
顔を若干ひきつらせた当主様が立っていた。しゃべっているうちに宰相室の前まで来ていたようだ。
「当主様。今日のお昼は牛肉と野菜のサンドイッチと、豆ときゅうりのサラダです。」
「ありがとう、エマ・・・ん?このお茶はリンゴの香りだね」
「ええ。リンゴのパイをつくったときに出た皮を紅茶に入れました。明日はお昼にリンゴの皮を刻んで入れたクッキーをお持ちしますね」
「明日も楽しみだな・・・・・ラルフ、なぜまだいる」
「えええっ。俺、邪魔ですか」
「え~?邪魔じゃ・・・「ラルフ。察しがいいことも有能な部下の才能の一つだな」私が言いかけたところに当主様がかぶせる。
「あー、はいはい。わかりましたよ。それでは私は食堂に行きます」
「あ、ラルフ。これはラルフの分だよ」私は、そう言ってサンドイッチとパイの入ったの包みを渡した。
「わあ、エマありがとう。いいの?」
「当たり前じゃない。」私がそう言うと、ラルフは嬉しそうに包みを受け取ると部屋を出て行った。
食後のお茶を渡すと、当主様はなぜかちょっとすねた感じで私を見た。
「ねえエマ」
「なんでしょう、当主様」
「ラルフのことはラルフって呼ぶんだね」
「そうですね、友達ですから」
「私のことは当主様だよね」
「そうですね、雇い主ですし。実際当主じゃないですか」
「まあ、そうなんだけどさ。私はエマと初めて会ったときみたいな会話がしたいんだけど」
「今、そういう感じで会話しているつもりなのですが」
私がそういうと、なぜか当主様は「うーん、手ごわいなあ・・・」とちょっと苦笑いをした。
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ラルフ君にやきもちを焼くセオなのでした。