3.私が屋敷に来た理由(後編)
美形からの申し出。の巻
主人公の回想です
「す、すまん。エマ殿の話しっぷりと、今のやり取りが楽しくて・・・我が家ではそういうやり取りは久しくなくてな」
「そうなんですか」
「両親は家督を私に譲ってから趣味に時間を費やすと言って別邸にいるしな。王宮でもざっくばらんなやり取りはそうそうできないし」
そりゃ宰相閣下相手にざっくばらんな話をする相手はいないわな。せいぜい国王様くらい?お二人は幼なじみで親友らしいし。
「・・・・エマ殿。そなたが作ったお菓子を食べた。アリンガム殿に聞いたのだが、料理全般がかなりの腕らしいな」
「さ、さあ。家族からは褒められておりますが」
「謙遜することはない。非常に美味しかった。その物言いも面白い。そこでだ」
「はい?」
「私の妻にならないか?」
「はあ・・・はああ??」
「キンケイド様!!それはいくらなんでも!!」さすがの父も驚く。
「エマ殿、失礼ながらおいくつかな」
「先週24歳になりました」
「恋人や婚約者はいるのか?」
「・・・・いません。」こんなことなら、美味しいものばかり追ってないで男女交際すればよかった。
「私は29歳だ。妻も恋人も許婚もいないので、ちょうどいいではないか。どうだろう、アリンガム殿」キンケイド様は父に話しかけた。
ここで父がうんといったら、あっという間に結婚が決まっちゃう!いくらなんでもこういうのは勘弁してくれ!!父!!
普通の商人ならここで流されそうだけど、そこはアリンガム家の主だ。
「いきなり縁談を申し込まれても困ります、キンケイド様。アリンガム家は代々恋愛結婚でしてね。娘が自分で結婚を決めるまでは無理やり結婚なんてさせません。」
「・・・・この取引がなくなってもか?」
キンケイド様は、そう言って父を冷徹な表情で見据えた。
父はにっこりとして「キンケイド様と取引がなくなってアリンガム商会が危機に陥っても、うちは潰れませんよ。取引のために家族を売るなんて真似をするほうが恥ですからね」と言い切った。
するとキンケイド様は「悪かった。今のはちょっと試したのだ。でも、エマ殿をほしいのは本当だ。どうだろう、エマ殿を当家に花嫁候補として預けないか?うちでしばらく暮らしてみて考えるというのは」
「エマ。お前はどうしたい」父が私を見る。
「断るに決まってるでしょう。だいたい、私の料理が美味しかったので料理人として働いてみないかっていうなら考えますけど、どうして花嫁候補に飛躍するのかがさっぱり分かりません。」
「そうか?だって、普通料理人というのは料理だけをするのだろう?私はエマ殿の料理も食べたいが、自分と今みたいに話もしてほしいし・・・そうなると妻しかないだろうが」
・・・・その理屈がさっぱりわかりません!!と言いたいところだけど、これ以上悪態をつくと父が倒れてしまうかもしれない。ここはグッと我慢だ、私。
「料理人でも話をすることは可能ではありませんか?」
「それでは主人と使用人になってしまうではないか。今みたいなやりとりができないだろう」
「そりゃ当たり前です」
「それにアリンガム商会は国内でも有数の商家だ。申し訳ないがその娘を料理人としては雇いづらい。」
「なるほど。エマ、料理人としては家の名前が邪魔になるみたいだな」
「だからと言って、花嫁も花嫁候補もお断りです」
「・・・わかった。じゃあ、行儀見習というのはどうだ」
「はい?」私は自分の耳を疑った。
だいたい行儀見習というのは、まだ10代の女の子が貴族の家で行儀作法とか教わりながら女主人の身の回りの世話をするって仕事じゃないか。
「エマ殿、名目はたまに来る母上の世話係兼行儀見習ということでどうだろう。私の家直轄の果樹園や農園が近いから、新鮮な食材も豊富にある。料理の幅も広がるはずだ。昔の料理本なども図書室にあるぞ。」
新鮮な食材と、昔の料理本・・・・私はそれを聞いて心が揺れた。昔の料理本、しかも大物貴族の家の料理本だ・・・行儀見習というのが微妙なところだけど、庶民では見られないものが見られるチャンスだ。
「・・・分かりました。行儀見習として行きます。ただし、すぐには無理です」
「わかった。10日後なら?」
「はい。充分です」
「それでは、10日後に迎えに来る。それでは私はそろそろ戻らないと。アリンガム殿、無理を言ってすまない」
そういうと、見送る父と共にキンケイド様は部屋を出て行った。
その後、我が家では家族会議が開かれ両親は賛成してくれたものの、弟のスコットは最後まで反対していた。それでも最後は「姉さんが休みの日に家に戻ってきてくれるなら」と折れた。
10日後、なんとキンケイド様自らが迎えに来て、私はその屋敷で働くことになったのである。
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エマが行儀見習として公爵家で働く理由でした。