1.偽りの始まり
エマ、メイドになる。の巻
私は屋敷の前に立って、深呼吸をした。
今から私はエマ・クラークとして、ここで働くようになるはずだ・・・手元にあるカルロ殿下からの推薦状を無意識に握りしめた。
玄関で用件を伝えると、アイリーンが現れた。一瞬ばれるんじゃないかと思ったけど、アイリーンのほうは私の顔をチラッと見ただけで「いらっしゃいませ。カルロ殿下からの手紙をお持ちの方でしょうか」と硬い口調で聞いてきたので、ばれてないんだなと分かってほっとする。
「は、はい。エマ・クラークと申します・・・あの、これがその手紙です」
私が手紙を差し出そうとすると、アイリーンは「主が手紙を見ますから、そのままお持ちになってください。部屋に案内しますから、ついてきてください」とさっさと歩き出した。
通された部屋はシンプルなテーブルと椅子のみの部屋で、アイリーンは「こちらに座って待つように、とのことです」と椅子をすすめ、私が座ったのを見ると部屋から出て行った。
つ、疲れる・・・・でもゲイリーに一発くらわすためよ・・・私は、自分がここに至るまでの出来事を思い出していた・・・。
「お父様、お母様。私、あの変態ゲイリーに一発くらわす機会を国王様からいただきました。」
娘の台詞に両親はお茶を飲む手を止めた。
「エマ?どういうことなんだい?」
それでも父はすぐに落ち着きを取り戻した。
「実は・・・」私は国王様に頼まれた内容を話した。話を聞き終えた父は、私の隣にいたセオ様に向かって「キンケイド様。いったい、どうして・・・・」と説明を求めた。
そこでセオ様は、王都で噂になっている国王様の“恋人”の話や、ブランジーニ侯爵に対する国王様の考えなどを話した。
「陛下は、エマなら出来ると見込んでいます。確かに、エマが“一発くらわせたい”気持ちは分かりますが・・・私は心から賛成できません。ですが・・・」
「王国最高の魔道士であるトビーさんが、私に術をかけて髪と瞳の色を変えてくれるというの。」
私がそういうと、両親は顔を見合わせた。
「キンケイド様。エマがやる気なので、渋々賛成したのですね?」
父が苦笑いをして、セオ様を見た。
「アリンガム殿が反対を唱えたら、私もそれに乗じて反対するつもりでした」
「キンケイド様。私と妻は反対しません」
「お父様、お母様。ほんとにいいの?」
「アリンガム殿?」セオ様が驚いているけど私も驚いた。てっきり反対されるかと思ったのだ。
「私たちがやめるように言っても黙って侯爵の屋敷に潜入してそうだからね。娘が何をしてるかまだ把握できるほうが心配の種が減るものだ。ただし、いつでも連絡できるように伝達石を持っていくんだぞ?」
「わかりました!お父様、お母様ありがとう!!お父様たちのぶんまで、あの変態に一発くらわせてくるね!!」
セオ様も両親が賛成したのならと頭を切り替えたらしく、さっそく王太后様の離宮でメイドとしての訓練を受けるように手配してくれた。もともと家で家事をやっていたのがよかったのか、メイドの仕事にもすぐに慣れた。
「セオと夫婦喧嘩をしたら、いつでも王宮にいらっしゃい。わたくしがセオに説教してあげますからね」
王太后様の台詞にセオ様が「ありがたい申し出ですが、そのような場合は夫婦間で解決しますから」と嫌そうな顔をして言ったのはいうまでもない。
私を「推薦」してくれるカルロ殿下にも王宮で会った。黄金の貴公子と呼ばれる国王様に比べると地味で目立たない人だけど、とても穏やかな人だった。
「きみがエマ・アリンガムだね。よろしく。」
「よろしくお願いいたします。殿下」
「兄上に協力してくれるんだってね。ありがとう」
そう言うと推薦状のために打ち合わせをしたのだった。
ぼんやり思い出してると、ドアが開く音がした。慌てて立ち上がると、小太りの男性とダニエラ様が入ってきた。
私が慌ててお辞儀をすると、「お前がカルロ推薦のメイド志望かね?」と男性が口をひらいた。
「は、はいっ。エマ・クラークと申します・・・こ、こちらがカルロ殿下からいただいた手紙です」
私が手紙を差し出すと、ダニエラ様が受け取って男性に渡した。
男性は推薦状を読むと、興味を失ったようで手紙をテーブルの上において「クラーク。手紙を読む限り、お前はなかなかきちんとしたメイドのようだ。お前を雇ってやろう」
「ありがとうございます・・・あの・・・」
「私がブランジーニ侯爵だ。これは姪のダニエラ。分からないことは家政婦に聞くように。」
そういうと、二人はさっさと部屋を出て行った。
なんか・・・採用まであっけなかったなあ・・・私はテーブルに置きっぱなしになってた推薦状を手に取ると、自分の手元に戻した。
アイリーンが部屋に入ってきて、私が生活する部屋に案内してくれる。
私の偽りのメイド生活が始まろうとしていた。
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第6章です。
今度こそ、立ち回りを!!




