関係
前作「遊具」の別パート。他者を支配下に置きたい久米とバンド志望の馬。馬は久米に対しての嫌悪を抱えたまま、夕食を共にする。
関係
ベッドの上で、さきほど閉めたばかりのぶ厚いカーテンの隙間から陽が溢れているのが気になっている時に、中川馬は思い出した。昨夜、アルバイト先のカラオケ店へ向かう途中で、久米ユウスケから連絡が来て返信をしていないことを思い出したのだった。昨夜は平日だったために客足は遠く、連絡の一つぐらい返せるはずであったが、他のアプリケーションをほじくり返しているうち、忘れてしまっていたのだった。
早速、馬は返信を打った。『了解です!行けます!』
連絡を打ち終えた後で、馬は音楽を流した。昨日のバイト中に聞こえてきた曲だった。20年前にカリスマと評された女性ボーカリスト。その曲を歌う客の歌声はひどいものだった。音程のズレや声量の強弱をつけるところもちぐはぐで、馬は思わず舌打ちをしてしまったのだった。仕事中に足を止めてまで聴いてしまった好きな音楽を穢され、弄ばれた気分だった。やるせない怒りが馬の心に居座った。どんな人なんだろう、そのカラオケボックスから出てきた客のレジをしたが、時間料金に文句を言ってくる40代の女性だった。地味な格好をして大人しそうな雰囲気であるのがより好感度を著しく下げる結果となった。マニュアルの謳い文句に感情が乗らず、早く帰ってくれと願うばかりだったのだ。
そのようなことがあって曲自体に嫌悪が絡まるのか懸念したが、一抹の不安だったことが明らかになった。聴くものを魅了するアップテンポのリズムに、神経が麻痺する感覚をもたらす女性ボーカルの特徴的な声、各々が奏でるメンバーの楽器が錯綜しているのにも関わらず調和している世界観。見事だった。夢心地の最中に、曲を歌った女性客とこの曲を良いと思う同じ感性を呪った。
そして、馬は久米のことを考えた。久米も女性客同様、呪いの念が湧き上がる。それも久米と出会った小学生の頃からとなるので、総量は凶々しい。馬と久米は家が近く、小学校の集団登校も同じであったのだ。
最近の久米はヤバい、と馬は考えていた。自分を大きく見せたいという虚栄心も、相手をコントロールしたいという支配欲も増幅している。おそらく、うまくいかなくなってきたのが原因だろうと馬は考えていた。子供時代は体も脳の発育も早く、何をさせても大人たちの目を引く存在だった。文武両道、喧嘩も強く、自分が主導権を握れる立ち位置が自他共に認められるものになっていた。その立ち位置に疑問を抱くことなく、過ごしてきたのだ。発育や発達が追いついてきた周囲に、以前の振る舞いを続けた久米。力が拮抗しているのにも関わらず格上だという態度を取る久米に無理な矛盾がけばけばしさを孕んでいた。
久米に対して感じるものを思い出して、今日会うことに辟易していると、音が消えた。物思いに没頭して外界からの情報がシャットアウトされたという訳ではなく、ただ単に曲が終わったのだ。その音のない空白は、今までの音を強調するようだった。馬はしばらく仰向けの状態で天井を見上げていたが、空白に切迫されるような思いでもう一度同じ曲をかけた。黄身レイコの『relationship』という曲だ。
あれ?馬は何もかもわからない状態だった。視界は、真冬の窓のように見えづらかったが、意識はからっぽで頭は軽かった。すっきりとした心地だった。引きずっていたものが夢だと気づいた瞬間に、慌てて時間を確認した。予定を思い出したのだった。
時間から安堵が、馬の心に流れた。シャワーを浴びて、軽く間食をとった。馬は起床してから動き出すまでの初動の負荷を苦にしないタイプだった。これまで劣等生街道を真っしぐらに突き進んできた彼にとって、この能力は社会に接する上でのなによりの支えとなっていた。遅刻知らず、ただ単に居る。とりあえず居るというのが、馬の哲学だった。
家のチャイムが鳴らされた時、馬は珍しく部屋の掃除をしていた。馬は、部屋の掃除を無駄だと考えていた。掃除をした瞬間や次の日ぐらいまでは状態が保たれるが、すぐに元の状態へ戻るからであった。馬の部屋は360日ぐらい汚い。服は取りやすいという理由で床に散らばり、飲みかけのペットボトルも行儀よくに服の隣に添えられていた。カオスといってよかった。この状態に馬自身気に入っていた。自分で天才芸術家だと思っていた。理論づけされたものではなくてカオスから無作為に取り出したパーツを我流で繋ぎ合わせ、生みだす。と馬は生活の一部から全能感を味わうのだが、何も結果と結びつかない阿呆の戯言だった。
とこんな一連があったのだが、馬は掃除機を手にしていた。馬自身も自分の行動を謎に感じていた。何故そうじを始めたのだろう。しかも、何故このタイミングなのだろう。久米と会うことが関係しているのだろうか。答えは、自分でも導き出すことができなかった。
チャイムが鳴った瞬間に、馬は掃除をそっちのけで玄関から抜け出した。馬は久米が自分のことをどのように見ているがを理解しているつもりだった。それはこれまでの自分の言動から久米がどのような表情、態度を取るのかを見て、少しずつ積み上げてきた賜物であった。
雨が降っていたので、久米の車に乗り込むまで、両手を傘のよう頭上に掲げて小走りで向かった。
「おつかれっす」と馬は言う。
「よう、一族の恥!」
と意気揚々な久米の表情を見て、馬は自分がどのように見られているか、そしてこの場でどのように返すかと二通り脳裏に流れた。
「いや言い過ぎっすよ!まあ間違ってないけど、こちとら楽しく懸命に生きてますよ!」
久米の満足そうな横顔を、馬は確認していた。
その後も久米の投げかけてくる言葉に対して、立場を考慮した回答を馬は出し続けた。これが学校という社会の縮図のような場所の試験であるとするならば、自分は優秀な人材だっただろうと悔やんだ。世間体は貧弱そのものであり、こんな一芸かと馬は毒づきたい気持ちであった。
二人で会うときに必ず行くファミリーレストランの駐車場に久米の車は到着した。馬は、久米より先に店内に入る。理由があった。馬から見た久米は、子ども時代の経緯からか、自分のコントロール出来ないものを基本的に忌み嫌うところがある。なので初対面の人物、この場合店員とコミニケーションを取るのを嫌がるのだ。馬からしたら、久米の辟易する部分であった。
そういう点、馬は人と話をすることはそれほど苦にならないタイプだった。なぜかは馬自身分からなかったが、意外と馬は鈍感なタイプで細かいことに気にならないのが大きい原因ではないかと考えていた。
円滑に二人分の座席を確保した矢先、久米表情が変わるのを馬は見逃さなかった。数秒ではあるが二人の間に第三者が挟まったことにより、久米の所有欲が増幅したみたいだった。心の底で笑う、そんな意地汚い表情をしているように馬は見えた。
会話が展開される。馬は、聞き役に徹していた。さきほどの表情の変化も相まって、内心ぴりりとした緊張があった。立ち位置や返答を間違えられないな、という緊張だ。馬の久米に対する面倒な部分が肥大化した時だったのだ。久米の身の回りのこと、久米の感銘を受けた映画、久米の面白かったお笑い……。馬は、つまらないといった内なるものが表に出ないように、表情筋に渾身の力を込め続けていた。
音楽の話が出た。しかも、黄身レイコの『relationship』だった。
その後のことは、後悔と徒労感が馬の中でのたうち回った。念頭に入れておかなければならないことがあったのにも関わらず、饒舌に話しすぎてしまった。音楽に対する哲学、メンバーの遍歴など、話す時間が長くなったと感じた時にはもう遅かった。
それからは無理矢理止められた音楽のように、哀しみが残響として残された。眠る瞬間のベッドで。




