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本日の転機予報

 

「ほぉ?こいつぁかなり見込みありそうだ」


 羽付きの帽子を見ながら、ゼノは笑う。彼が今いる場所は工房の一番奥、彼の仕事部屋だった。

 そこには色々な島から集まった、まだその力を発揮していない遺物が数多く置いてある。

 彼の仕事は、遺物が悪用されないよう管理し、必要に応じてその力を把握することである。

 必然的に彼の手元には数多くの遺物候補が流れてくるわけであるが、今手にある帽子もそのひとつであった。

 この帽子を持ってきた人物はベールマンと名乗る商会の人間だった。なんでも突然空から帽子が降ってきたとか。

 周辺に建物はなく、周りに帽子を被っていた者もいなかったことから遺物だと思いゼノの工房を尋ねたらしい。


「こりゃ確かに遺物だな、帽子型なんてのはかなり珍しい」


 そもそも、なぜ遺物がそこまで一般的に出回っていないのか。

 どこの島や国でも遺物が降ってくる頻度はかなりムラがあるが、平均してこのシーガルでは1日1個は必ず落ちてくる。

 そしてシーガルでこれということは、国土の大きな国であれば一日に数十個落ちてきても不思議では無い。

 そしてそもそも、なぜ遺物が空から降ってくるかは、未だにわかっていないというのが世界の見解だ。


「こりゃ遺物にしちゃなかなかどうしていいデザインしてやがるじゃねぇか」


 なぜここまでシーガルの島民は皆遺物に興味が無いのか。それは、遺物の力を得た所で使い道がないというのが大きな理由だろう 。

 いつ使えるかも、どんな力が使えるようになるかも分からないランダムな遺物を、ずっと大事に持つというのはあまりにも費用対効果があってなさすぎる。それを過去数十年に渡って先人たちが証明してくれた。


「こいつぁ、遺物じゃねぇな。どうせ誰かの私物が風に乗って飛ばされたんだろうな」


 それが、島民が遺物を欲しがらない理由であり、遺物が戦争の有利不利を決めるまでに至っているこの世界で、シーガルが秩序と平穏を保っている理由でもある。


 すると突然来客用のベルが鳴った。

 椅子から腰を上げ、受付まで行く。受付は普段はフィーリアがやってくれるが、あいにく今は出かけている。

 ドアを開けると、受付には片手にコンパスらしき物を握りしめている青年がいた。


「よう、来ると思ってたぜ」


「やぁ、ゼノさん。実は聞いてほしいことがあってね。実は」


「その手の中にある遺物についてだろ?まぁ入れよ」


 ノアの言葉を遮り、ゼノは仕事部屋の扉を開けてノアを手招きする。

 招かれるがままゼノの部屋に入るノア。ゼノとは何度も会っているが、仕事部屋に入るのは初めてかもしれない。

 そう思いながら部屋に置かれた色々な物に目を向ける。帽子やメガネ、貝殻に紙片などさまざな物が置いてある。まるで小さな骨董屋のようだ。


「なんで僕が遺物の用でここに来たって分かったんだい?もしかして、それもゼノさんが持ってるっていう予知の力?」


 確かにここに来る人の殆どは、遺物に用があってゼノを訪れるだろう。しかしノアは遺物関連でここに来たことなどなかった。

 ゼノとの関わりは、フィーリアがノアを工房に連れ込んだ時に話す程度であった。ノアからしてみれば、ゼノは知り合いのお姉さんがバイトで働いてる店の店長、程度の関係だった。


「まぁな・・・そんなとこだ。それで、どうしたんだ?」


「それが、何をしても遺物が動かなくてね。沢山の遺物を見てきたっていうゼノさんなら何かコツみたいなものを知ってるかと思って」


「なるほどなぁ・・・コツねぇ」


 やはりノアは遺物を使いこなそうとしているようだ。そして、ここに来たということは今の所事件なるものも起きていないのだろう。

 それを踏まえて、ゼノは一つ気まぐれを口にする。


「なぁ、ノア・・・お前さん、その遺物手放す気はねぇか?」


「え?」


「・・・いや、やっぱ何でもねぇわ。悪ぃな、あまりにも見た目がいいからつい欲しがっちまった。ハッハッハ!」


「なぁんだ、ゼノさんもこの遺物が欲しかったの!でもあげないよ、これは僕が旅に出るのに必要だからね!」


「若者の可能性を奪うのはジジイのやる事じゃねぇわな・・・」


 ゼノはノアに聞かれないよう小声で反省した。そして気を取り直してノアに向き合い、


「さて、遺物を使えるようになるコツだったか?ま、これに関してはすまんが知らんな。もう数十年遺物と関わってる俺ですら遺物が使えるようになった事例と関わったのは十件行くか行かないくらいだ。強いてそこに共通点をあげるとすれば、"何か本人にとって大きな出来事"がトリガーになってるってことだな」


「大きな出来事?」


「あぁ、つまり遺物ってのは隠しスイッチを押したりだとか何回も振って効果が発揮される訳じゃないってことだ。何か、本人の人生を左右するような何かが必要なんだよ。どうだ、参考になったか?」


「人生を左右するような出来事・・・かぁ。僕の人生はそんな物語に出てくる人みたいに、起伏の富んだものじゃないからなぁ・・・」


 今だけ自分のなんの面白みも無い人生を恨みたい。やはり特別な力を受け取るのはいつの時代も英雄譚の主人公のような特別な人間なのだろうか。


「いいや関係ねぇさ。どんなやつにも等しく転機は訪れる。どんだけつまんねぇ人生送ってようが、な。人生ってのはその転機をどれだけ気楽に待てるかなのさ。お前はまだ来てないってだけだ。しかもお前はまだ若ぇ、気にせず気長に待ってろ。もしかしたら、今日がその日かも知れんしな!」


「そうかなぁ。なるべく早く来るといいなぁ、僕は早く冒険がしたいんだ!」


 いつまでも何も起こらなく、何年もこの島でで過ごすのは、悪くはないがなんだか悲しい。この世界にはいくつもの島や国があり、文化があり、出会いがある。それを知らずに死んでしまうのは、嫌なのだ。


 突如、部屋の扉がガチャと開いた。後ろを振り返ると、そこにはフィーリアの姿が。


「あ、ホントにいたー!ノア、探したんだよ!占いって本当に当たるんだね、ボク初めて当たったかも!」


「占い?お前さん占術は嫌いって言ってなかったか?」


 ノアを見るなり急に駆け寄ってくるフィーリア。しかしそのさらに後ろから、二人の人影が見える。

 一人は高身長の男性で、もう一人は少女の様だ。


「ここがゼノ殿の仕事場か。邪魔するぞ」


「へぇ、かの賢人がいるって言うからどんな立派な場所なのかと思ったけど、意外と慎ましいのね」


 大男の後ろからひょっこりと顔を出す小さな女の子。

 その見た目は小さなものの、発言は不思議とかなり大人びている。まだ7~8歳くらいなのに、不思議な雰囲気を感じさせる子だ。


「ドレスディーアのせがれに、そっちは・・・占いっつってたな、もしやアネッサの姉の方か?グレイスの大貴族が二人も訪れるなんてな」


 口ぶりから察するにゼノさんは彼らを知っているようだ。一体、誰なのだろう。遺物専門家の工房に背の高い大男と小さな少女という組み合わせは、実に異様な雰囲気を漂わせている。

 すると突然男の方が背筋を正してゼノを見据える。


「いかにも。改めて自己紹介申し上げる。吾輩、聖グレイス王国より参りました、七侯が一人。オルドリン・ドレスディーアと申すもの。お久しぶりでございます、ゼノ殿」


「横に同じく。七侯が一人、シウ・アネッサと申します。賢人殿の前でありながら本来の姿でないこと、ここに謝罪致します。しかしこれも故あっての事、ご容赦願います」


「おいおい、物騒だな。お前らがそこまで畏まるってことは、こりゃ国家ぐるみの案件か?」


 先程の顔なじみの様な雰囲気から一転して、厳格な挨拶にゼノは少し驚く。

 一体、七侯とは何なのだろうか?グレイスと言ったらシーガルの近くにある大国だ。そこの貴族と言ったらさぞ偉い人に違いない。

 そんな人に頭を下げられているゼノさんは、一体何者なんだろう。

 ただの遺物を調べているおじいさんではなかったのか。


「左様。グレイス王直々の命により我ら二人、この島に訪れた次第でございます。つきましては、是非ともこの依頼について、話させていただきたいのですが・・・」


 その時、オルドリンと名乗る男がノアの方を一瞥した。その後、少しの沈黙が訪れた。一般市民生まれのノアでも、この雰囲気はよく知っている。

 レイと話している時、散々目にした光景だ。

 要は、ノアはこの話に邪魔なのだ。それもそのはず、国家レベルの話に一般市民が紛れ込んでいいはずがない。

 と、言うわけで空気を読んで部屋から退出しようと挨拶しようとした瞬間、ゼノがそれを遮った。


「あ~それなんだがよ」


 ゼノは申し訳なさそうな顔をしながら、一つのお願いをした。


「こいつもその話、同席させてくれないか?」


 一瞬、オルドリンの眉が微かに動く。


「「えっ!?」」


 フィーリアとノアが同時に声を上げた。

 なぜならノアは自分がここにいるべきでないことは誰より理解しているし、フィーリアはなるべくノアを遺物と関わらせたくない。


「我々はまだ依頼内容すら話していません。理由をお聞きしても?」


「まぁ、お前らが遺物に関することでここに来たってのは大体わかる。んで、ここにいるノアは遺物を持ってる、覚醒前のな。もしかしたら、お前らが持ってきた案件ってのがこいつにとって何かの転機になるんじゃないかと思ってな。要は、ただのお節介だ」


「つまり、貴方が目かけているそこの子供を信用して、ここで我が国の問題を話せと・・・?」


「あぁ、ダメか?」


 ゼノが言い終わった瞬間、ふと、自分の手が無意識に熱を求めて体をさすっていることに気づいた。


「寒っ・・・」


 フィーリアも思わず声をもらす。

 この部屋はここまで寒かっただろうか?まるで冷気を発する何かが、急に部屋に出現したかのようだ。


「ちょっと、オル。軽率な行動は控えるよう王様に言われたの忘れたの?」


「わかっている。しかしこれは吾輩の信条なのだ。それを無視しては、吾輩は七侯を名乗れん」


「まったく。相変わらず頭の固いこと・・・」


 シウを名乗る少女は頭を抱え、まるでいつもの事のように嘆いている。


「失礼ながら・・・我ら七侯はグレイスの民の為、そして世界の為、日々国を良くしようと尽力しているのです。我々が動くのには、それなりの理由というものがある。貴方はそれを理解していないで、我らとなんの信頼関係もない子供を、我が国の問題と結びつけようとしている」


 オルドリンが語気を強くする。先程までのへりくだった口調は崩れ、彼の怒りが伝わってくると同時に、体から発する冷気が段々と強くなっていく。

 まるで、氷でできた部屋に閉じ込められたような寒さだ。何が起きているか分からないノアでも、この力は明らかに季節や天候などではないことは分かる。

 つまりこの寒さの正体は、


「遺物・・・!」


「左様。初めて近くで遺物の力を見たか?少年」


 それは人の身では起こしようのない奇跡。天外より至る造物がもたらす、至高の力。

 そして今ノアが持つコンパスとは違う、完全なる力を発揮した遺物。その力が今ノアの目の前に顕現していた。


「おい若造・・・お前、"その意味"が本当に分かってんだろうな?」


 突然ゼノが口を開いた。しかし、まるで血が滾るとでも言いたげな顔だ。普段の冷静さなど見当たらない、不敵に笑うその様はまるで一匹の獣だ。


「ちょっと二人とも!やめなよ!」


 フィーリアが止めに入る。しかしもはや二人は聞く耳を持たない。

 一触即発、そんな状態でもオルドリンは一歩も引かず、むしろ言葉を返す。


「ええ、もちろん分かっておりますとも。吾輩の軽薄な行動が、貴方と我が国の間に軋轢を生みかねないことも。しかしそれでも吾輩は冷静に、冷徹に、冷酷に、目の前の要素を判断しなくてはならない。それが吾輩が持つ、唯一の長所であるが故に・・・!」


「つまり?断るなら今ここで俺と一戦交えるとでも?」


「それで・・・無意味な犠牲が減るのなら」


 部屋はもはやオルドリンを中心として雪国の様な状態になっていた。

 彼の足元を中心に、床の木材の中の水分がメキメキと音をたてながら凍り、その侵食は壁にまで及んでいた。

 吐く息は白く、窓は外との温度差で白く曇っている。


「ノア、下がって」


 戦いの気配を察知したフィーリアは自分の後ろにノアを寄せ、すぐに守れる体勢に入る。一方シウは事の行く末を黙って見守っていた。


 ーー数秒の沈黙。

 その後ゼノはため息を吐きながら椅子にどかっと座った。


「やめだ。ここで俺が争っても意味がねぇ。第一、他の国から来た使者に手を出しちまったらそれこそ戦争にでもなっちまうしな」


「ということは・・・」


「ただし、一つ条件がある!」


 ゼノはニヤと笑いながら人差し指を立てる。それにオルドリンは嫌な予感を覚えたが、あえて聞くことにした。


「その条件とは・・・?」


「こいつを見定めてくれ。この話を聞くに値するか否かをな」


 そう言うとゼノはノアを指差した。ノアは驚きながらゼノの方を見ると、ゼノはウィンクしながら親指をたててきた。このお爺さん、これで実はかなりやんちゃだ。

 街でもすぐ若い女の人に出すし・・・。


「まぁいいでしょう。つまり、頭ごなしに追い出すのではなく、この少年がどれ程のものなのかを値踏みしろと言うのですね。ただし、吾輩が価値なしと判断した場合は速やかにこの部屋から退出していただく。それでよろしいか?」


「あぁ、ありがとな」


「ちょ、ちょっと待ってよ!僕はそんな大事にするつもりはないんだ。聞かれたくないなら素直に部屋から出るよ!」


 何の価値もない自分の為にゼノさんが要求をするのも、貴族の人が時間を割くのもとても割に合わない。

 ここは思い切って部屋を出よう、そうしよう。


「それじゃ、僕はこれで!ゼノさん、相談ありがとう!」


「いや、すまんがそういう訳にもいかんな」


 オルドリンがそう言うと、突然目の前にあった扉の蝶番の部分がみるみるうちに凍ってしまい、ドアが開かなくなってしまった。これでは外に出られない。


「えぇ!?あ、開かない・・・」


「これは吾輩とゼノ殿との間に交わされた条件だ。これを破っては吾輩はゼノ殿の信用を失ってしまう。それに・・・吾輩も興味が湧いた。かの賢人をして、ここまでの我儘を通させる少年の事がな」


「いやいや!僕はそんな大層な人間じゃないよ!ゼノさんには申し訳ないけど、僕は遺物も使えなければ特別な力も何もない、ただのしがない一般人さ!」


 自分は物語に出てくるような、立派な人たちとは違う。目の前の彼を納得させるような何かは、持っていないのだ。

 経験も思想も能力も、全てが平凡な、外の世界を夢見る雛鳥。それが今のノアなのだ。


「少年」


 ノアの思考を遮り、オルドリンは先程の威圧感のある喋り方ではなく、優しく諭すように語りかける。


「この世に大層な人間など存在しないよ。どれだけ権力を持とうと、遺物の力を扱えようと、皆中身は同じ人間なのだ」


 そういうとオルドリンはノアに近付いてくる。

 その足元からはパキパキと床に張った氷を割る音が聞こえる。部屋に入ってきた時から大きな人だと思っていたが、目の前に来た時の威圧感は相当なものだ。

 それもそのはず、相手は2mもあろうかという身長に対してノアは170cm弱。

 その差から見下ろされるというのはかなり怖いものだなとノアは思う。

 実際、自分の体は無意識に後ずさっていた。


「ノアに何してんのさ!相手はまだ17歳の子供だよ!それに対して遺物の力出しっぱで脅しにいくって、あまりに酷いと思うけど!」


 フィーリアがオルドリンの服を後ろから引っ張っているが、全くビクともしていない。

 それにオルドリンは何も言わずノアをただ見下ろしている。


「ちょっと!師匠も何か言ってよ!」


 しかしゼノは何も言わずに静かに目を瞑っている。もはや何も言うことは無いと言った表情だ。

 フィーリアは頼みの綱を切られて、手に負えなくなった事態をただ見ることしか出来なくなった。


「もー!」


 一応もう一人の七侯の方も見てみたが、気づいたらこの場から居なくなっていた。

 もはや事態の収集は不可能と判断し、逃げたのだろうか。

 昔グレイスで会った時も、面倒事を嫌うタイプだったのだが、本当にこんな人間が国を治めていていいのだろうか。とフィーリアはツッコミたくなる気持ちを抑え目の前の事態に目を向ける。


「さて気を取り直して少年、君に一つ問おうか。遺物というのは能力の違いはあれど、吾輩の持つそれも然り、そのどれもが間違いなく世界の理を歪める力を持つ。その力は時に人を救うことも、国一つを手に入れることもできるだろう。君はまだ若い。それほどの力を得て、何をしたいのかね?」


「この遺物で、何をしたいか・・・?」


「そうだ。その答えをもって、君の処遇を決めよう」


「待ってよ!ノアが遺物を手に入れたのはついさっきだし、まだ遺物の力すら発現してないんだよ!それなのに、その力を何に使いたいかなんて分かるわけないじゃない!質問が意地悪すぎるって!」


 フィーリアはノアを庇い続けるが、その言葉はオルドリンに一蹴される。


「愚問だな。どんな遺物であれ世の理を歪めると言ったであろう。遺物使いになる上で肝心なのは、発現前の遺物を前にして自らの在り方を定める強固な精神性だ。それなくして遺物を持ったものは、理想と現実の差異に苦しめられる」


 オルドリンはさらに一歩詰め、答えを求める。


「さぁ、聞かせてくれ少年。君は何のために、遺物を求めるのだ!」


 ノアは突き付けられた疑問を前に、ただ考える。自分は遺物を、何に使うのか。

 その疑問について一回も考えたことはなかった。なぜなら自分が遺物を手に入れるなど、考えたこともなかったからだ。

 故に言葉を詰まらせる。しかし沈黙は続けば続くほど場の流れを悪くする。だから言うしかない。


「えっと・・・僕は、冒険がしたいんだ!」


「冒険?」


「そう、冒険さ!巨大な大国や誰も行ったことがないような島!僕は未知の冒険がしたいのさ!でも、もし遺物が使えるようになって、お兄さんみたいな力が使えるようになるのなら」


 ここで、言葉が詰まる。決して、この先の言葉が思いつかなかったからではない。

 この言葉はノアの心の奥底、普段は口にしない秘められた自我。

 いつも自虐的で自己肯定感ゼロのノアでさえ、唯一捨てきれなかった願い。


「使えるようになるのなら?」


「・・・を、守れるように、なりたい」


「なんと?」


 ノアの声が明らかに小さくなる。頬を赤く染め顔は少し下を向き、照れ隠しなのか首元を手で触っている。

 こんな事になるノアはかなり珍しい。

 普段は自分の言いたいことをあまり言わないノアだが、こと今回に関しては相手が相手ということもあり、正直に自分の心境を明かそうとしている。


「だから!!女の子を守れるようになりたいんだ!」


「なっ・・・!」

「ノア・・・!」

「ほぉ・・・!」


 この時、フィーリア以外の二人はこの言葉の意味を知っていた。

 そう、男の子なら誰もが持ち、誰もが隠す"英雄願望"。それを彼は皆の前で吐露して見せた。

 本来この願いは他人に明かすことはなく、皆自分の心の中にしまって置くか、いずれ捨ててしまうものだ。

 だがノアが16歳になってもこの願いを持ち続けている理由は、ひとえに彼の純粋さからだろう。

 彼が持った願いはただの下心やいわゆる厨二病などではなく、直向きな奉仕願望から来たものだからだ。


「いいねぇ、若いってのは!ハッハッハ!」


「青い・・・」


 大声で笑い飛ばすゼノと対照的にオルドリンはノアの答えが気に食わなかったのかノアを睨む。


「それが、君の答えか!君は女性を守るというそんな理由の為に遺物を行使すると!?」


「い、いや女の子だけじゃないんだけどね!?僕は冒険はしたいけど、それに遺物は要らないんだ。だから強いて言うなら困っている人を助けたいんだけど・・・僕が救える人なんて限られてるからね。僕より弱い男性なんてこの世に居ないだろうし、大抵の人は僕の助けなんかいらないくらい日々を強く生きてる」


 ノア・ヘルフェンは弱い。彼の言う通り、この島にいる大抵の人達は彼の助けなど必要としないだろう。

 だがしかし、どこの世界にも必ず一人はいる。誰かの助けなしでは絶対に助からない人というものが。


「だから僕はね。周りの誰も助けてはくれない、それでも日々を生きようとしている人。もし遺物が使えるのなら、そんな人達を助けたいのさ」


「夢物語だな」


「うん。でも、そんな夢物語を叶えるのが遺物じゃないのかい?」


「・・・そうだな。遺物とはそういう物だ。だがな、君の夢には一つ大きな欠点がある」


「欠点?」


「世界中の助けを求める人間を君が救うのなら、君の事は一体誰が救うというのだね。君は、君自身の事を勘定に入れていない」


「それは、ほら!僕の事はその他の人が助けてくれるよ!僕はいつも人に助けて貰ってばかりだから!」


「いいか少年、人間というのはな。いざという時、自分の身が危うくなれば自分の事以外考えなくなるものだ。勿論そういう時に他人の心配を出来るバカはいるがね。大抵の人間は前者なのだ」


 オルドリンはまるでそれらを経験してきたかのように、声に少しの怒気を含ませている。冷気も、収まってきたがまた少し強まったように思う。


「・・・話を戻そう。悪いが、やはり君に吾輩達の持ってきた話を聞かせる訳にはいかない。君はやはり、遺物使いの何たるかをまだ理解していないからだ」


「・・・わかったよ。でも最後に聞かせてくれるかい?その遺物使いの何たるかって、一体何なんだい?」


「それはな、遺物使いに限らずだが、いつの時代も強大な力を持つ少数の人間というのは、基本煙たがられる。というものさ」


 オルドリンの周りから冷気が消えていく。氷は水に、水は水蒸気になって一気に部屋がまた少し寒くなるが、それもすぐに無くなっていく。

 それによって扉の蝶番も開くようになった。


「遺物使いを助けてあげられるのは、いつだって遺物使いだけなんだよ。少年」


 ノアが部屋を出る前に、オルドリンはそう言い残した。


「それじゃ、またね。ゼノさん、フィーリアさん。」


「おう、またな」


「ごめんね、ノア。また後で!」


 ノアが部屋を出ると、扉のすぐ横で先程の七侯を名乗る少女が壁に寄りかかっていた。


「あーあ、オルったら大人気ないわね。話くらい聞かせてあげればいいのに」


「えっと・・・シウさん、でいいですか?」


「えぇ、好きなように呼んでちょうだい?シウさんでもシウちゃんでもね?」


 そういうとシウはウィンクしながら人差し指を口元に置いた。その仕草から、本当にただの少女ではないのだとノアは今更ながら確信する。

 人の中身が違うなど、冗談だと言われたらすぐに掌を返して信じてしまうほどには不思議な力だ。

 きっとこれも遺物の力なのだろうと考えに耽っていると、シウが下から顔を覗き込んできた。


「まずはノア君、ごめんなさい。でもオルも悪気は無いのよ。彼のあの冷徹さは、何も自分の為や国の為ってわけじゃないの。全ては君のことを思ってなの」


「僕の・・・ですか?」


「えぇ、これ内緒よ?彼本当は子供が大好きなの。グレイスでは孤児院をいくつか経営してる程の子供好きなんだから」


 言っては悪いが、オルドリンさんには明らかに人を怯えさせる威圧感がある。そんな彼が、故郷では孤児院を経営してるなど驚きだ。しかも子供好きときた。しかし初めて会った自分をあそこまで追い詰めたのに、それが自分の為というのは些か納得いかない。


「彼はね、あなたの事が心配なのよ」


「心配?僕みたいなのが遺物を使えるようになったら、変なことに使う可能性があるからですか?」


「アハハ!違うわよ。ノア君って、案外自虐的なのね?例えば貴方が遺物を使えるようになったとして、その力を他の輩に狙われたり、要は貴方の身に今まで無かった危険が生まれるのが心配なのよ。私たちが持ってきた案件を聞かせたくなかったのも、貴方を巻き込みたくなかったからじゃないかしら」


 シウは自らのものではない金色の髪を見ながら手で撫でる。


「それに彼、ゼノ翁との会話の中でも言ってたでしょう?"無意味な犠牲"って」


 そういえば、ゼノさんとの会話の中でそんなことを言っていた気がした。グレイスの人のことかと思っていたが、まさかあの犠牲というのは・・・。


「あれはね、貴方のことなのよ?ホント、頑固よね。ゼノ翁も貴方の為を思って言ったみたいだけど、貴方が私達の国の事件に巻き込まれるのは変わりない。そこが許せなかったのでしょうね」


「僕を巻き込まないために・・・?」


 シウは静かに頷いた。その時、ノアは初めてあの時自分が対等な立場で接されていた事実に気づいた。


「オルドリンさん・・・」


 ノアはある意味、あの時初めて一人の対等な立場として見て貰えたのかもしれない。


「それで、この後ノア君はどうするの?見たところその遺物の件でここに来たようだけど、多分ゼノ翁はしばらくこっちの件に付きっきりだわ。ごめんなさいね?」


「大丈夫だと思います、一応ゼノさんにアドバイスは貰ったので!これから帰って遺物と向き合ってみたいと思います!」


 そういえばなぜシウさんは少女の体なんかに入り込んでいるのだろう。ふと疑問に思ったノアはいい機会だと聞いてみることにした。


「そういえばシウさんってなんで女の子の体に入ってるんですか?」


「あら、私はいつだって女の子よ?」


「えっと・・・そういう訳じゃなくて!」


「フフ、ごめんなさい。からかっただけよ?そうね、私がここに入ってる理由はね?ここに来る途中で襲われちゃったの。その途中で色々あってね・・・。今はこの娘の体を借りてるってわけ」


「えぇ!?大丈夫なんですか、それ!?」


「まぁ幸い私も遺物は無くさなかったし、オルもいたから何とかなったんだけど、まだ相手は近くに居ると思うわ。あ、これオルには言わないでね?貴様はまた我々の機密事項を~!って叱られるから」


 そう言うとシウさんはこっちに向かってウィンクしてきた。そんな大変な思いをしてここまで来たのかと苦労を感じていると、ふと店のドアが空いた。

 それは奥の仕事場のドアではなく、この店の玄関口のドアだった。

 そこから入ってきたのは、帽子を被り大きなコートを着た男性らしき人物だった。

 顔はよく見えないが、背はノアより高い。恐らく歳は30代くらいな気がする。


「あっ、お客さんですかね?」


「任せてノア君」


 そう言うとシウさんはグッと親指を立てる。

 視線をこちらから今人が入ってきた方向に変えると、手をグーにしながら子供が精一杯声を出す時のような姿勢になった。すると、


「ちょっと、そこのおにいさん!いまおじいちゃんはとりこみちゅうなの!わるいけどあとにしてくれる!?」


「!?」


 突然シウさんが4歳のような話し方になってしまった。

 恐らく他人に正体を明かさないようにするためなのだろうが、先程まで普通に話していたのでその豹変ぶりに驚いてしまった。


「シ、シウさん?一体なぜそんなことを?」


「ノア君、これは話をややこしくない方向に持っていくために必要な演技なの、今は私に従って・・・!」


 小声でシウとやり取りをしていると、入ってきた客らしき人物が話しかけてきた。


「あれれ、そうでしたか!実は私、先程遺物を拾った者でして!そうですか、専門家の方は取り込み中ですか!」


 そう言うと彼は白い手袋を付けた手で帽子を少しあげ、こちらに顔を見せるようにしてきた。

 ニコッと笑った彼の目の周りには涙の模様のマークがあり、もう片方の目には縦線が3本入っていた。かなり特徴的な顔だ。


「では、おじいちゃんに伝言を伝えてくれるかな?そこの"お姉さん"?」


 客らしき人物はシウに近づき膝を曲げて屈み込むような体勢になった。


「えぇ、わかったわ! 」


 彼が屈むと、横からちらとコートの中が見えた。そのコートの中から、"有り得ない"物があったのだ。

 虚空だ。

 人の体になくてはならない皮膚も肉も骨も心臓さえも、胴体の中心部分がぽっかりと抜けていた。

 その有り得ない虚空を理解するより先に男の腕が動く。

 白い手袋の中で黒い何かが光る。


 ーー銃。

 それがなにか理解した頃にはもう、それはシウの眉間に触れていた。

 咄嗟に銃を持っている手を押そうとするが男との距離が遠く恐らく間に合わない。


「それでは今生のお別れです!"星辰侯"!」


「シウさん!!」


 さぁ続きまして本日も天気予報のお時間でございます。

 本日の天気は晴れのち曇り。

 所により血の雨が降る箇所もございますので、お出かけの際には傘をお持ちになると良いでしょう。

 街を出歩く時は、顔に模様の入った道化師に十分お気をつけて。

 それでは、本日の天気予報でした。

 皆様、今日も良い一日を。


 火薬が弾ける音が、鳴り響く。

虚照好き

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