少年よ、空を見よ
初めまして。浜月波目です。初投稿となる「彼方の海に何を見る」です。
のんびり話を書きたいのでよろしくお願いします。不定期更新です。
海上都市シーガル。それは、世界の9割を海が占めるこの世界で、なくてはならない"貿易都市"である。
島にはいくつもの港があり、それぞれ食料や農作物、貴重品や雑貨など、様々なものを積んだ船が港を往来している。
そんなこの都市で島のシンボルである灯台から大きな、大きな「青」を見ている影が一つ。
「いつか僕も、あの大きな青色の荒野を冒険して見せるさ」
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「おーい、ノア!それこっちに運んでくれ!」
えらくガタイのいい潮の匂いを漂わせた男が、近くにいたコートを羽織った、細身でまるで天使のような顔立ちの少年に声をかける。
「わかったよ、ベールマンさん!」
声をかけられた少年、ノア・ヘルフェンは持っていた荷物を言われた木樽の中に入れる。
中身はきっと、香り的にスパイスの類であろうか。ピリリとした香りが、鼻全体に感じられる。
辛いものが苦手であるノアには少し顔をしかめたくなる感覚だったが、そんなことは気にせず木樽の蓋を閉める。
「よいしょっ、と・・・これで最後かな?」
言われた荷物を全て移動させたノアは、ベールマンのところに向かう。
「おぅ!いつもありがとな!最近は人手も少なくなってきてな・・・お前の手伝いがあって今日も早く仕事が終わった!ほら、今日の分だ!」
そう言ってベールマンは銀貨を1枚ノアに投げ渡す。
「いやいや、こんなに受け取れないよ。それに僕はお金が欲しくて手伝ってる訳じゃないよ。経験が積みたいんだ」
「ダメだ。仕事をしたら報酬を貰うってのは海の基本だ、ノア。経験を積むってんなら、商いの基礎も学ばないとな?とにかくありがとよ、ノア!」
「僕は商人になりたい訳じゃないんだけどね・・・ありがとう、ベールマンさん」
そう言うとノアは渋々銀貨1枚を大切にコートの胸ポケットに入れた。
しばらくして、手伝いも終わったので街に繰り出してみることにした。
街には様々な商店がある。食べ物や雑貨、他の島から取り寄せた珍しい品まで、初めて来た人には驚くようなものが沢山売られている。
そうして歩いているとふと後ろから声をかけられた。
「ノア!珍しいわねこんな所で。またベールマンさんの所でお手伝いしてたの?」
後ろを振り向くと真紅の髪をなびかせ、キリッとした目でこちらを見る幼なじみの姿が。
「レイ、珍しいねこんな所で。何か探し物?」
「いいえ、違う・・・とも言いきれないわね。物じゃないけど、アナタを探してたの!」
「僕を?何かあったのかい?」
賑やかな商店街でもよく通るハキハキとした口調で話すレイを前に、何だろうと思いつつ理由を聞いてみることにした。
出来れば"あの話"でないといいのだが・・・
「ノア、やっとお父様の許可が降りたわ!ルドリフィア商会は、正式にあなたを商会員として雇用します!」
残念ながら予想は当たってしまった
「やっぱりね、その話だと思ったよ・・・」
ルドリフィア商会、ノア達が住む島シーガルで一二を争う大商会だ。
そして目の前にいる少女、レイ・ルドリフィアはその商会の会長の一人娘である。もちろん所属する商会員は皆一流と呼べる人間達で構成されている。そんな大商会の一員として雇われるなど、普通なら二つ返事で承諾するような話だが・・・
「レイ、前にも言ったじゃないか・・・僕は船乗りになりたいんだ。君の厚意は有難いけど、商人になるつもりは無いよ」
そう、僕の夢は船乗りになることだ。その夢は子供の頃から変わらない。物心ついた頃からあの大海原に、僕は惹かれてしまったのだ。
ある有名な冒険家は言った。この世界の約9割は海である、と。
それが実際に全世界を冒険してみて言った言葉なのかは定かではないが、それが真実だとすればこの島から出たことすらない僕は、この世界を微塵も知らないのだ。
それは僕にとって少し怖い。ただ何も知らず日々を過ごし、月日が流れ歳を取り、そうして緩やかに生を終えてゆく。これを幸福であると考える人もいるだろうが、僕はそうは思わない。家族との穏やかな食事より、仲間との冒険にこそ温かみを得る。何気ない日々の生活より、死地で出会った幸福にこそ安らぎを得る。それがノア・ヘルフェンという人間なのだ。だから僕はどうしても航海に出たい。
「だって・・・海は危険なのよ!戦いに優れてもいない、航海術すら習っていない、ましてや"遺物"を使える訳でもないアナタに、海を1人で生きていけるわけないでしょう?」
遺物というのは、理外の力を持つ謎の構造物だ。その力は多岐にわたり、なんでも炎や水を自由に出せたり、風を起こすものや、好きな場所に移動すると言った効果を持つものもあるらしい。その遺物をどのようにして手に入れるのかというと、空から突然降ってくるものらしい。つまり運だ。その運がよすぎたものが数年に一回ほど、天より来る衝撃により命を落とすケースがあるらしいが・・・
しかし基本的に遺物は何も出来ないゴミとして扱われることがほとんどだ。起動した例はあっても、まず根本的に起動させ方がわからないらしい。分かっているのは、どの遺物も何かの理由を機に突然動きだしたという事のみらしい。
「それはそうだけど・・・それは航海士を雇えばいいし、腕のいい護衛をつければ旅はできるよ!」
「雇うお金はどこにあるのよ・・・第一アナタ船だって持ってないじゃない!」
全くもって正論だ。金なし船なし力なし。ノア・ヘルフェンは航海に必要なものをひとつだって持ってやしない。それがよく冒険に出たいだなんて言えたものだと、ふと我に返る。
「それにアナタ、子供の時のこと忘れたの?あの時は生きて帰って来たからよかったものの、あれだけ死ぬ思いをしてよくまだ航海に行こうと思えるわね」
当時8歳だった僕は、近所のおじさんに船に乗せて欲しいと頼み、少しだけ遠くの海に連れて行ってもらったことがある。その時不運にも嵐に襲われ、船は転覆。乗組員とも離れ離れになり、奇跡的にこの島から出て来た貿易船に助けられたのである。
「だってあれは子供の時の話だし、嵐は突発的なものだったから、どうしようもないじゃないか!それに今だったら泳いでこの島まで帰って来れるよ!」
航海に出たら泳いで帰っては来れないだろうと自分で自分にツッコみつつ、レイの事を説得させるためだったら例え暴論でもと決心したその時、ふと左腕に誰かがひっつくのを感じた。左を見ると、黒い髪に、特徴的なネックレスを着けた女性が僕の左腕にしがみついていた。
「イヤイヤ、心配には及ばないよノア。君の航海士ならボクがやるからね!ボクがいたら嵐だってへっちゃらさ!ね?だから僕を君の航海に連れてっておくれよ~」
「こんにちは、フィーリアさん。僕の航海士に自ら立候補してくれるのは大変ありがたいんだけど、少しだけ考えさせてくれるかな?ほらあなたは大変魅力的な女性だけど、前みたいに夜這いみたいなことされたらすごく困るんだ。」
「出たわね、営業妨害女!あなたいつも私たちの事務所の前で今日の天気について、とか言ってその日の天候を町の人に教えてるでしょ!そのせいで私たちが出してる新聞が売れなくなってるのよ、あれやめて!」
「ん~?まさかそこにいるのは守銭奴商会のご令嬢かい?僕はただ善意で町の人に教えてるだけなのに、君のとこはお金を取ってるだろう?アレ気に食わなくってね。それをやめたらボクもお宅の前でするのはやめるよ」
「えーと。僕を挟んで喧嘩するのはやめてくれるかな二人とも、すごい目立ってるし・・・」
この黒髪の女性の名はフィーリア。何故かは分からないけど、島の気候は彼女にとっては文字を読むのと同じくらい簡単なことだ。その天性の才能を活かし、町では天気予報士という職を自称している。主婦から貿易船の船長まで、幅広い層から支持を得ている町の隠れた人気者だ。しかも超が付くほど美形である。しかし、こんな人にも欠点はあって、それは変態であることだ。僕と一緒にいるとすごい迫ってくる、物理的にも言動的にも。
「ノア!この女とつるむのは貴方のためにならないわよ!こいつすっごい性格悪いし!」
「はぁ~?君の方こそ年上の女性に敬語すら使えないなんてどうかと思うけどね!それに君、ノアを自分のとこの商会員にしようとしてるらしいじゃないか!そんなの絶対に反対だからな!ノアは僕と冒険に出るんだ!」
「落ち着いて二人とも・・・。それにフィーリアさん、僕は貴方と冒険に出るって決まったわけじゃ・・・!」
始まってしまった、最早僕ではどうしようもない。”あの人”を呼ぼうと思ったその時・・・
「まったく。聞いてるの、ノア!私はアナタを航海に行かせる気は、全くありませんからね!」
突然の拒絶。さっきまでフィーリアさんに向いていた牙がこちらに襲い掛かってきた。
「えぇ~、お願いだよレイ。君のとこの許可証がないと、他の島に入れないんだ。あれがなきゃ航海出来ないよ」
そう、僕が冒険に出たいのに出られない理由はそれだ。何年も前から僕はルドリフィア商会にシーガルの出航許可証を要請しているが、受理された試しがない。きっとレイが何か干渉しているのだろう。この島の出入港はルドリフィア商会が仕切っているため、実質レイの許可が僕の出航許可証となる。まぁレイからすれば私情を抜きにしても、こんな海ド素人の人間を島の外に出すこと自体商会のポリシー的にNOなのだと思うが。
「あれもダメこれもダメとはレイはダメダメ人間だな。ノアが可哀想だよまったく・・・」
「なっ、私はノアのためを思って・・・。それにその言い方だと私がダメな人間みたいじゃない・・・!あ、この後まだ仕事があるんだった!じゃあね、ノア!また商会に勧誘しに来るから、次合うときは返事を用意しといてね!」
先ほどまでの口喧嘩が嘘のようにレイは仕事に戻っていった。レイが真面目なおかげだろうか。
「またね、レイ!」
そうしてレイと別れ、フィーリアさんに誘われ一緒に浜辺を歩くことにした。浜辺を歩くと考えが捗るのさ。というのはフィーリアさんの言葉である。海に近い場所ほど、頭がスッキリするように感じるらしい。僕も概ね同意だ。やはり島の生まれである人たちは海に少なからず愛着があるように思える。
「船に航海術、それに遺物かぁ。僕も遺物があったらなぁ・・・」
「ボクもほぼ遺物みたいなもんだろ?それよりノア、これから歴史的嵐が襲ってくるからもし良ければボクの家に・・・」
そうして話していると、微かに風を切り裂くような音がする、それにカタカタという音も。その発生源はおそらく・・・
「ノア、どうしたんだい急に空なんか見て?もしかしてようやく決心!がっっ・・・!」
その瞬間、ゴッという鈍い音とともにフィーリアさんの頭に何かが激突した。助けてくれてありがとう。
何事かと思って近づいてみると、"ソレ"は奇妙なコンパスのようだった。羽のような装飾が付いていて、針は常にぐるぐると回っている。激突した衝撃で壊れたのだろうか・・・
「なんだこれ。コンパスにしては軽すぎるし、そもそも空から降ってくるなんて・・・もしかして、遺物!?」
「~~~っ!!」
痛みに悶絶し頭を抱えているフィーリアさんをよそに僕はコンパスを拾い上げる。
間違いない。遺物だ。理外の力を持つ構造物。それを僕は手に入れたのだ。これはきっと、神様が可哀そうな僕に与えてくれた慈悲に違いない。
「やった!しかもコンパスなんて、船乗りになる僕にうってつけじゃないか!なんて奇跡なんだ!どんな効果があるんだろう!?目的地に瞬間移動するとか、宝物の在処を指すとかかな!?」
「ノ、ノア。落ち着け。それがまだ遺物と決まったわけじゃないし、そもそも遺物の大半は一生動かずにいるままだ。とりあえず僕に見せてくれないか・・・」
そういわれて、フィーリアさんにコンパスを渡した。なぜか少し不安そうだ。
「うーん。これは遺物じゃないね!ただの壊れたコンパスだ!それに仮に遺物だったとしても、これを動かすことはできないだろう。こんなもの捨ててしまったほうがいいよ!」
いつも僕の航海を後押してくれるフィーリアさんらしからぬ返答に少し戸惑ったが、こちらもこんな奇跡を前に引け腰ではいられない。
「だとしても、僕はこの遺物を必ず動かして見せます!そしたらきっとレイも僕のことを認めてくれる!そうなったら、やっと僕は冒険に出れるんだ!」
そうだ。これは僕に与えられた試練だ。このコンパスの能力を使いこなせるようになれば、きっと僕は一人前の冒険者になれる。そう自分に言い聞かせ、ノアは家に帰って早速コンパスの性能を試すことにした。
「じゃあね、フィーリアさん!あ、あと。このことはまだレイには言わないで!きっと僕が遺物を手に入れたと知ったらすぐに取り上げるだろうからね!」
「・・・もちろんあんな女に言うもんか。じゃ、また今度ね。ノア」
そうして二人は別々の帰路についた。
一人は希望を胸に抱えながら、また一人は不安で頭を抱えながら
「まったく、どうしたものか・・・」
「ま、悩んでいても結果は変わらない。まずは、先生に相談に行くとするかな・・・」
そうして、二人にとっての波乱の一日が終わった




