私のことをイジメていた公爵令息から愛の告白をされたんだけど、当然お断りします
「今日はみなさんに転校生を紹介します。さあ、自己紹介を」
「は、はい。アルマ・ベルネットです。よ、よろしくお願いします」
「「「……」」」
大半のクラスメイトが、私に道端の雑草を見るような視線を向けている。
この瞬間、私はこのクラスに歓迎されていないのだということが、嫌でもわかった。
――私はついこの間まで、ただの平民だった。
私のお母さんは私が生まれて間もない頃に離婚し、それ以来街外れで小さな酒場を経営しながら、女手一つで私を育ててくれた。
だが、酒場の常連だったベルネット男爵に見初められ先日再婚。
私は急転直下で貴族令嬢になってしまったのだった。
我が国では貴族の子どもはこの貴族学園に通うのが義務になっているので、今日から私もこの学園の一員となったわけだが、私が元平民だということは既に知れ渡っているらしく、生粋のお坊ちゃまやお嬢様たちにとっては、私みたいな異分子は目障りなのだろう……。
よもや、小説とかでよくある平民イジメの対象になってしまうのではないかと身構えたが、そもそもみんな私のことなど眼中にもないらしく、放課後までずっと空気のように誰からも無視されたままだった。
これは不幸中の幸いだ。
イジメられるくらいなら、無視されたほうが百倍マシだもの。
このまま何事もなく卒業できれば、それで御の字。
さて、そういうわけだから、さっさと帰ろう。
私がいそいそと帰り支度をしていると――。
「オイ、そこの平民女、ちょっとツラ貸せ」
「…………え?」
背の高い、魔王みたいなオーラを纏ったクラスメイトに、声を掛けられた。
魔王様の後ろには、取り巻きと思われる数人の令息と令嬢が立っている。
……どうやら、そうは問屋が卸さないらしい。
「俺の名前はエグモント・フェルゼンシュタイン。聞いたことくらいはあるだろう?」
「――!」
私を人気のない校舎裏に連れて来た魔王様は、そう名乗った。
フェルゼンシュタイン……!!
それって我が国の四大公爵家の一つじゃない!
つまりこの魔王様は、この学園でもトップクラスの権力の持ち物ってわけか……。
これはまた、随分厄介なのに目を付けられたなぁ……。
「は、はい、存じております、エグモント様。それで、この私にどんな御用でございましょうか?」
私は慣れないカーテシーを披露しながら、そう伺う。
「フン、俺から言いたいことは一つだけだ。――さっさとこの学園から出て行け」
「っ!?」
魔王様は左手で私の髪を乱暴に掴みながら、後ろの壁に私の頭を押し当ててきた。
痛い痛い痛い痛い!?!?
「ここは由緒正しい貴族学園だ。貴様のような汚らわしい平民が来ていい場所じゃないんだよ」
魔王様が至近距離でギロリと私を睨みつける。
クッ……!
「そうだそうだ」
「エグモント様には逆らわないほうが身のためよ」
そんな魔王様に、取り巻きたちも追随する。
クソッ、これは、典型的な選民思想ね……。
貴族以外の人間には、人権なんかないっていう考えなんでしょうね。
「お、お言葉ですがエグモント様。私も今は、一応貴族の娘です」
「アァン!? フザけたことをヌかすなッ! 下級貴族に色目を使って取り入った、汚らわしい売女の娘の分際で、俺たちと同じ身分になったと勘違いしているようだなッ!」
「――!!」
な、何ですって――!!
「今の言葉は訂正してくださいッ!! 私のお母さんは汚らわしくなんかありませんッ!! 女手一つで私を育ててくれた、優しいお母さんなんですッ!!」
「「「っ!!」」」
お母さんの経営していた酒場は、心地良いお酒と空間だけを提供する、健全なお店だった。
ベルネット男爵とも、あくまで純愛。
むしろお母さんは最初、ベルネット男爵からのプロポーズを断ったのだ。
平民の自分では、身分が釣り合わないからと……。
でもベルネット男爵はそれでも諦めず、何度もプロポーズを繰り返しているうちに、遂にはお母さんも折れたのだ。
ベルネット男爵は、私のことも実の娘のように愛してくれている。
だから両親に対する悪口だけは、私は絶対に許さない――!
「クッ、平民の分際でえええ!!! この俺に盾突くとは、イイ度胸だなぁッ!?」
「うっ!?」
魔王様は左手で私の髪を押さえつけたまま、右手で首を絞めてきた。
い、息ができない……!
視界も段々ボヤけてきた……。
こ、これはマジで……ヤバ……い……。
「何をやってるんだッ!!」
「「「っ!」」」
その時だった。
若い男の声が、私の鼓膜を震わせた。
だ、誰……?
「チッ、邪魔が入ったか。オイ、行くぞお前ら」
「「「は、はい!」」」
魔王様は私を開放し、取り巻きたちと共に去って行った。
た、助かっ、た……?
「君、大丈夫かい!?」
「――!」
私を助けてくれた男子生徒は、私の両肩を左右からそっと支えながら、顔を覗き込んできた。
サラサラの金髪に宝石みたいに綺麗な蒼い瞳。
まるでお人形みたいに美しい男だった――。
あれ?
でもこの顔、どこかで……?
「あ、だ、大丈夫、です。ありがとうございました」
「いや、お礼には及ばないよ。当然のことをしただけだからね。僕の名前はケヴィン・ハーゲンドルフ。君は隣のクラスに転校してきたって噂の、アルマ・ベルネットだよね?」
「……!」
ハーゲンドルフ!
フェルゼンシュタイン家と同じ、四大公爵家の一つの家名だ――。
なるほど、ケヴィン様はこの学園で魔王様に対抗できる、数少ない存在ってわけね。
だからさっき、魔王様は退却したんだ。
「あ、はい、そうです! 私なんかの名前を知っていただけているなんて、恐縮です!」
私はまた、慣れないカーテシーを披露する。
「ふふ、そんなに畏まらないでよ。――ねえアルマ、よかったら僕と、友達になってくれないかな?」
「……え?」
ケヴィン様が、天使みたいに微笑まれた。
んんんんんん???
何この展開???
なんで名門貴族のお坊ちゃまが、私なんかと友達に???
何のメリットもないどころか、デメリット尽くしじゃない??
「……ダメ、かな?」
「――!」
雨に濡れた子犬みたいな、庇護欲をそそる目をするケヴィン様。
はうっ!?
この瞬間、私の心臓がトクンと一つ跳ねた。
「い、いえ、ダメではない、です……。よろしくお願いします……」
「ふふ、よかった。こちらこそよろしく」
ケヴィン様は両手で、私の右手をギュッと握ってきた。
――こうして私の貴族学園での生活は、波乱の幕開けとなったのだった。
そして翌朝、私がクラスに入ると――。
「――!」
私の机に、『死ね』だの、『キモい』だの、『売女の娘はこの学園から去れ』だのといった、夥しい数の落書きがされていた。
うわぁ、これまた定番のやつきたな……。
「クックック」
「へっへっへ」
「クスクスクス」
魔王様とその取り巻きたちが、ニヤニヤしながら私を見ている。
言わずもがな、これをやったのはあの連中だろう。
まあ、魔王様は取り巻きたちに指示しただけで、直接手は下してないんだろうが。
ああ、これ、地味に心にダメージくるなぁ……。
無数の悪意が文字になって可視化されるのって、こんなに辛いことなんだ……。
……でも、ここで折れたら奴らの思う壺。
私は無言で机に座り、ハンカチでゴシゴシと落書きを拭き始めた。
「……なっ!」
そんな私を見て、魔王様が顔を歪める。
ふふん、ざまぁみろ。
私は絶対に、お前には屈しないんだから。
――心強い味方もいるしね。
――そして迎えた昼休み。
「やあ、お待たせ、アルマ」
「あ、ケヴィン様! いえ、私も今来たところです」
旧校舎の空き教室で私が一人待っていると、颯爽とケヴィン様が現れた。
お昼ご飯は、ここで一緒に食べる約束をしていたのだ。
「いやあ、もう僕、お腹ペコペコだよ。早速食べようか」
「はい!」
ケヴィン様が、豪奢な装飾がなされたお弁当箱を机の上に置く。
蓋を開けると、私では調理工程すら想像もつかないような、煌びやかな料理の数々が並んでいた。
さ、流石四大公爵家のご令息。
私の庶民的なお弁当とは、雲泥の差だわ。
……あら? でも――。
「唐揚げ、お好きなんですか?」
そんな中で一つだけ、唐揚げという庶民的なものが入っていたので気になった。
明らかにこの中で、唐揚げだけが浮いている。
つまりケヴィン様の好物なのではないかと踏んだのだ。
「うん、そうなんだよ。子どもの頃から、唐揚げには目が無くてね。あはは」
「へえ、美味しいですよね、唐揚げ。私も好きです」
そういえば私の幼馴染の男の子も、唐揚げが好物だったっけな。
確かあの子の名前もケヴィンだったはず。
まあ、あの子はケヴィン様と違って、もっとぽっちゃりした体型だったけど。
「よかったら食べるかい? 一つ分けてあげるよ」
ケヴィン様が唐揚げを一つ私のお弁当に載せてくれた。
「え、いいんですか! わーい、ありがとうございまーす!」
私は遠慮なく、その唐揚げを頬張る。
うーん、外はサクサクなのに、中はとってもジューシー!
流石公爵家の料理人が作った唐揚げだわ!
「あはは、君は本当に美味しそうに食べるよね。――変わらないなぁ」
「え?」
ケヴィン様?
「あ、ごめん、今のは気にしないで」
「あ、はい」
ひょっとして私とケヴィン様って、どこかで会ったことある……?
いや、まさかね。
私とケヴィン様じゃ、身分があまりにも違いすぎるもの。
多分ケヴィン様の勘違いよね。
「……ゴメンね」
「え?」
不意にケヴィン様が、神妙な顔で私に頭を下げられた。
「ど、どうされたんですかケヴィン様? 私はケヴィン様に、謝っていただくことなんてありませんよ」
「いや、実はここに来る途中で職員室に寄って、君のクラスの担任に、エグモントの君に対するイジメを止めるように言ったんだ」
「――!」
なっ!?
まさかケヴィン様が、私のためにそんなことまでしてくださっていたなんて――!
「でも、君の担任は『イジメなんてない』の一点張りでね……。話にならなかったんだよ」
「そ、そうだったんですか」
まあ、でもそれは無理もない話だろう。
あの担任は私と同じ下級貴族の人間らしいし、公爵家の令息に注意なんかしたら、間違いなく自分の首が飛ぶもの。
「僕の家は、四大公爵家の中でも権力は一番下でね……。四大公爵家筆頭のエグモントには、どうしたって権力では敵わないのが実状なんだ……。力になれなくて、本当にゴメン」
ケヴィン様は改めて、私に深く頭を下げた。
ケヴィン様……。
「ケヴィン様、どうかお顔をお上げください」
「……アルマ」
頭を上げたケヴィン様は、今にも泣きそうな顔をしていた。
「ケヴィン様、そのお気持ちだけで私は十分です。ケヴィン様が私をそれだけ思ってくださっているという事実だけで、私はいくらでも強くなれます! 私は絶対に、魔王――じゃなかった、エグモント様のイジメなんかには屈しません! だからケヴィン様は、どうか心配しないでください!」
私はケヴィン様の前で両手をグッと握り、負けないぞという気持ちをアピールした。
「ふふ、君は本当に、強いね」
「えへへ、そうでもありませんよ、えへへへへ」
――こうしてケヴィン様と二人で過ごす昼休みは、私にとって心のオアシスになった。
しかし、その後も魔王様からの陰湿なイジメは続いた。
上履きの中に大量の泥を詰められていたり、教科書をビリビリに破かれていたりといった定番のものばかりだったが、それでも私の心は着実に摩耗していった。
ケヴィン様がいなかったら、とっくに私はこの学園を去っていたかもしれない。
ケヴィン様が支えてくれるから、私は何とかギリギリのところで踏ん張ることができた。
そんなある日の放課後――。
「オイ、平民女、ツラを貸せ」
「――!」
またしても魔王様から呼び出しがかかった。
例によって魔王様の後ろには、取り巻きたちがニヤニヤした気色悪い笑みを浮かべている。
ハァ、今度は何されるんだろ……。
「はい」
ここで逆らったらもっと酷いことになるのは目に見えているので、私は素直に従い、席を立った。
魔王様はまた、校舎裏に私を連れて来た。
「オイ、いい加減にしろよ」
「っ!?」
そして左手で私の髪を掴んで、壁に押し当てる。
ああもう!
この人は髪を掴まないと、会話すらできないの!?
「平民の分際で、いつまでこの学園に居座るつもりだ。教養が足りないから、俺の言ってることが理解できないのか?」
「で、ですから、今の私は平民じゃありません! ――これでも誇りある、貴族の娘です!」
「――!」
私は魔王様の目を真っ直ぐに見つめながら言った。
「……フン、そうか。――オイ、やれ」
「「はい」」
「……!?」
魔王様が私の髪から手を放すと、次の瞬間取り巻きたちがバケツに入った水を私の頭から被せてきた。
「きゃあっ!?」
大分秋も深くなってきたので、全身が刺すように冷たい。
こ、こんなの、風邪引いちゃう……!
「ハハハハハ! いいザマだな! 俺に逆らうからこうなるんだ! どうだ!? これで出て行く気になったろう!?」
魔王様は勝ち誇ったように、高笑いを上げている。
――この瞬間、私は身体だけでなく、心まですっと冷えていく感覚がした。
「……可哀想な人ですね」
「…………何?」
途端、魔王様が眉間に皺を寄せる。
「あなたも心の底ではわかってるんです。――あなたのその力が、親からもらった借り物でしかないということを」
「――!! な、何だとこのアマがぁ!!」
魔王様の顔が真っ赤に染まる。
でも私は怯まない。
――こうなったら、とことん言ってやる。
「自分自身の力じゃないから、弱者を虐げることで、常に力を誇示していないと不安で不安で仕方ないんでしょう? でも私は何度イジメてもへこたれないから、私が怖いんですよね? だからこうして、何とか屈服させようとしている。――違いますか?」
「ぐっ……!?」
魔王様は何も言い返さない。
つまりは図星ということなのだろう。
「バ、バカを言うなッ!」
「そ、そうよ! エグモント様がアンタなんかを、怖がってるわけないじゃないッ!」
取り巻きたちが必死にフォローする。
そうやってフォローしたら、逆に信憑性が増しちゃうってことすらわからないのかしら、コイツらは。
「……ク、クククククク」
「っ!?」
「エ、エグモント様……?」
その時だった。
おもむろに魔王様が、不気味に笑い出した。
えっ、何急に……、怖っ……。
「――おもしれー女だ。この俺にここまで啖呵を切った女は、お前が初めてだぞアルマ・ベルネット」
「…………は?」
ど、どういうこと???
今の私の発言の、どこに面白い要素あった??
「行くぞ、お前ら」
「え!? エグモント様!?」
「お、お待ちください、エグモント様ァ!」
魔王様は私に背を向け、去って行った。
取り巻きたちも後に続く。
マ、マジで何だったの、今の……?
「アルマッ!」
「――!」
その時だった。
私の騎士様の声が、私の鼓膜を震わせた。
「ケヴィン様」
「アルマッ! どうしたんだい、こんなにびしょ濡れになって!? またエグモントたちにイジメられたんだね!?」
「あ、だ、大丈夫ですこのくらい。放っておけば乾きますから。――クシュン!」
「ホラ! 無理しないで! そのままだと風邪を引いてしまうよ。――さあ、乾かすから、上着を脱いで」
「あ、はい」
言われるがまま、上着を脱ぐ私。
「乾くまでは、これを着ていて。今日は冷えるから」
「っ!」
ケヴィン様がご自分の上着を脱いで、私の肩にかけてくださった。
ぬおっ!?
「い、いけませんケヴィン様! これじゃ、ケヴィン様の上着が濡れてしまいます!」
「いいんだよ。そんなの乾かせば済む話なんだから。それよりも僕は、君が風邪を引いてしまうほうがずっと辛いんだ。だからもっと自分の身体を大事にしておくれ。ね?」
「……ケヴィン様」
嗚呼、ケヴィン様ケヴィン様ケヴィン様ケヴィン様ケヴィン様……!
私の胸が、自分のものじゃないみたいにバクバクと早鐘を打っている。
もう私は、自分の気持ちに噓はつけない。
――私は、ケヴィン様のことを――。
だがその翌朝。
私が校門をくぐると――。
「よう、アルマ・ベルネット。いい天気だな」
「……!」
魔王様が一人で腕を組んで、道を塞いでいた。
「な、何か御用でしょうか……」
昨日あんな暴言を吐いてしまっただけに、思わず身構える。
「フッ、いやなに。道端でこんな花を見付けたものだからな。せっかくだからお前にやる」
「…………は?」
魔王様は一輪のコスモスを無理矢理手渡してきた。
え、えぇ……??
「じゃあな」
そして私に背を向け、ツカツカと去って行った。
な、何だったの、今の???
あの変わりよう、あまりにも気味が悪い……。
とりあえずコスモスは、校舎裏のゴミ箱にそっと捨てた。
――この日から、私の生活は一変した。
私に対するイジメが、一切なくなったのだ。
魔王様は常にペットの猫を見るような、気持ち悪い笑顔を私に向けているし、取り巻きたちは私を完全に無視している。
どうしてこんなことになったのかは理解不能だが、まあ、平和になる分にはいいかと、深く考えないことにした。
――だが、とある放課後。
「オイ、アルマ・ベルネット、ちょっと話がある」
「…………え?」
私が帰り支度をしていると、魔王様に声を掛けられた。
今日は取り巻きたちは引き連れず、魔王様一人だ。
は、話……?
何だろう……、そこはかとなく嫌な予感がする。
「あ、はい……」
とはいえ、ここで無視したらもっとややこしいことになる気がしたので、仕方なく魔王様の後について行った。
そして来たのは、いつもの校舎裏。
魔王様はさっきからずっと無言で、前髪をいじりながらモジモジしている。
何なのこの人……?
「あのー、それで、お話というのは?」
埒が明かないので、私から切り出した。
「う、うん、それなんだが。――喜べアルマ・ベルネット。お前を俺の女にしてやる」
「………………は?」
え?
今この人、何て言った?
女?
女にしてやるって言ったの?
マジで?
「ああ、驚くのも無理はない。だがこれはとても光栄なことなんだぞ。俺の女になれば、お前も我がフェルゼンシュタイン公爵家の――」
「いえ、お断りさせていただきます」
「っ!?!?」
途端、魔王様が青天の霹靂とも言うべき顔になった。
「しょ、正気かアルマ・ベルネット!? 俺の告白を断るなど――!」
「いえいえ、それはこっちの台詞ですよ。なんでついこの間まで自分をイジメてた人間からの告白を、私が受けると思ったんですか?」
「――!」
魔王様はここでやっと、自分がしてきた愚かな行いに気付いたらしい。
遅い、あまりにも遅すぎる。
これだから世間知らずのお坊ちゃまは。
「この際だからハッキリ言わせていただきますけど、私はあなたが嫌いです。あなたの女になるつもりは毛頭ありませんので、諦めてください」
「なっ!? そ……! う……! ぐっ……! う、うおおおおおおおおおおおお!!!!」
魔王様は子どもみたいに泣きじゃくりながら、逃げるように走り去って行った。
フン、ざまぁないわ。
これに懲りたら、少しは相手の立場に立ってものを考えるというのを学ぶことね。
「……アルマ」
「――! ケヴィン様」
と、そこへ、タイミングを見計らったようにケヴィン様が現れた。
「……もしかして、今の見てました?」
「……うん、気持ちのいいほどのフリっぷりだったね」
「あ、あはははは」
まさかケヴィン様に見られていたとは。
途端に恥ずかしくなってきた。
「……君は昔から、本当に強いよね」
「――!」
春の木漏れ日みたいに、優しく微笑むケヴィン様。
――この瞬間、私の中にとある仮説が浮かんだ。
「あの、ケヴィン様、もし違っていたら申し訳ないんですが、もしかしてケヴィン様って、私の幼馴染だった、あのケヴィンですか……?」
「うん、そうだよ。やっと思い出してくれたね」
ああ、やっぱり――。
そうやって考えると、微笑んだ時の顔は、当時のケヴィンそっくりだ。
「で、でも、あのケヴィンは私と同じ、平民でしたよね?」
「うん、当時はね。でも、子どもがいなかったハーゲンドルフ家は、僕を養子として引き取ったんだ。僕は勉強だけは得意だったから、その辺を買われたんだと思う」
なるほど、そういうことか。
確かにケヴィンはとっても頭が良くて、いろんな知識を私に教えてくれたものね。
平民学校でも、常に成績は学年トップだったし。
「昔の僕は太っていて豚みたいだったから、よくそれを近所の悪ガキたちにからかわれていたんだ。――そしてそんな僕をいつも助けてくれていたのが、君だったんだ、アルマ」
「――! ……ケヴィン」
ふふ、そういえばそうだった。
昔の私は男勝りな性格で、曲がったことが許せないタチだったから、よくケヴィンを庇って悪ガキたちと殴り合いのケンカをしていたっけ。
「あの頃から、君は僕にとって太陽みたいな存在だった。――だからこの学園でこうして再会できた時は、運命の導きに心から感謝したよ」
「ケ、ケヴィン……!?」
ケヴィンは私の右手を両手でギュッと握りながら、鼻と鼻がつきそうなくらいの距離まで、顔をグイと寄せてきた。
あわわわわわ……!?
「僕は君が好きだよ、アルマ。どうか将来は、僕と結婚してくれないかな? 絶対に幸せにするって約束するから」
「――!」
嗚呼、ケヴィンケヴィンケヴィンケヴィンケヴィン――!!
「うん、私もケヴィンが好き! どうか私をお嫁さんにして!」
私はケヴィンに抱きついた。
「アハハ、ありがとう、アルマ。一生大切にするからね」
「うん!」
私とケヴィンは、お互いの気持ちを確かめるように抱き合った。
夕陽が私たちに真っ赤なスポットライトを当てながら、祝福してくれていた。
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