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キューブと象

作者: 36



「うわ~ん、ラス1じゃーん、買いに行くのめんどくさぁい」って言いながら、多喜雄の股の間で最後の1本の煙草に火をつけた時、視界の右端のほうでヴヴヴヴヴヴヴと携帯が震え始めた。

「とって」

「ん」

多喜雄はテレビでやってる甲子園から視線をはずさないまま、長い右手で携帯を掴み、私に渡してくれる。

はあ、幸せ。私が手を伸ばしても届く場所にあるのに、多喜雄はテレビに夢中なんだって分かってるのに、でもわざと多喜雄にお願いして、それを多喜雄が叶えてくれるのが私は嬉しい。

多喜雄の胸と腕と足の間にすっぽり収まったまま、頭を多喜雄の肩に預けて、そして渡された携帯にやっと出る。

「もしもーし」

「もしもし?洋介だけど」

「どしたのー」

「莉子がまたやったかもしんない」

「うそ」

「うそじゃねーって」

「だって最近安定してたじゃん」

「いやそれがちょっと色々あって、ていうか俺のせいかもしんないけど」

「絶対そうでしょ」

「とりあえず行ってやって」

「あんたが行きなよ」

「バイト中だから無理。それに俺行ったら、莉子の思うつぼじゃん。そんなことしたら莉子、今みたいなことやめないじゃん」

「それあんたの代わりにかぶってるの私なんだけど」

「お前友達だろ」

「あんた彼氏でしょ」

「わかんねーよ、もう。あいつ別に俺のこと好きじゃねーよ。ただ執着してるだけだろ」

「なわけないじゃん。ちゃんと莉子のこと大事にしてよ」

「してるっつの。してるからお前に電話してんじゃん」

「そーいうんじゃないんだって。ちゃんと莉子が安心しなきゃ意味ないんだって。あんたが面倒くさいって思ってんの、莉子に伝わってるよ。だから喚いて縋ってどうにか引き止めようとしてんでしょ」

私の語気が少し荒くなったのに気付いたのか、多喜雄が頭をぽんぽんと撫でてくれる。ちらりと上を見上げると、多喜雄が「莉子ちゃん関係?」と言いながら心配そうに見下ろしている。こくりと頷いた後、私は電話の向こうでぐちぐち言っている洋介の方に、集中。

「とりあえず私が行くけど、ちゃんとあとで説明してよね」

「分かってる。頼む」

洋介はいつだって最後はしおらしい。じゃ後で、とだけ言って電話を切る。携帯の待ち受け画面が帰ってくる。「莉子ちゃんまたやったの?」「そうみたい」「久しぶりだね」「んー最近安定してたみたいだったから。それなのに洋介の奴、また余計なこと言ったかやったかしたみたい」「洋介くんの気持ちも分からんでもないけどね」「うそー多喜雄は洋介みたいにひどいことしないよ」「んーどうだろうねえ、実際洋介くんの立場になったら俺も面倒くさいよ」「そんなの当たり前じゃん、莉子はわざと面倒くさくしてるんだもん、私も面倒くさいよ」「だよねぇ」「でも多喜雄は優しいから、洋介みたいに莉子をなじったりしないよ。絶対に」多喜雄は小さい子を見るような眼で私を見下ろして、「あんまり洋介くんを責めるなよ」と言った。

 分かってる。洋介は悪くない。

たぶん悪いのは莉子だ。莉子がいつも洋介の気を引こうとして、泣いたり喚いたり自分を傷つけたりするからいけないのだ。洋介だって本当は優しいやつなんだ。莉子のことだって大切に思ってる。心配だから、私に電話してくる。だけど毎度毎度そんな風にやられたら洋介だって、苛々するし嫌になるし面倒くさくなるんだ。洋介は普通のカップルみたいに、莉子と対等でいたいだけなんだ。

 でも莉子だって悪くない。

なりたくてそんな風になったわけじゃない。というか、莉子はもともとすごく素敵な女の子だったのだ。理知的で、面倒見が良くて、しっかりしてて。ただ段々と歯車が狂って行って莉子がそのことに気づく前に、ちょっと簡単には取り返せない所まで莉子は壊れてしまったんだ。そんで大事にしてくれる洋介のことも信じられなくなっちゃって、洋介がいないと何もできなくなっちゃって、だから洋介が莉子を放っておけないように盛大に暴れる。

 多喜雄は私から離れて立ちあがって、車のキーを取りだした。

「莉子ちゃんとこまで送るよ」

多喜雄は優しい。多喜雄は自分に全然関係ない人のことで、こんなふうに心配そうな顔が出来る。多喜雄に関係ない私の友達のごたごたのせいで、私と多喜雄の時間が邪魔されても怒ったりしない。不機嫌にもならない。

私は少し疲れている。いつでもすぐに思い出せるほど聞きなれた莉子の怒鳴り声や喚き声や、すすり泣き。それに引っ張られるように不安定で怒りっぽくなってきた洋介。そして二人の幼なじみの私。私は二人を見捨てられなかった。でもいつでも逃げ出したかった。負の感情をはらんだ声の届かない所に行きたかった。逃げても追いかけてくるに違いないという恐怖の支配から逃れたかった。多喜雄は私のそんな気持ちを吸い取ってくれる除湿機みたいなものだ。私が二人に引っ張られそうになったときに、引き止めてくれる命綱の端を持っている。だから本当は、なるべくなら多喜雄に、私たち3人に関わってほしくない。こっちに来て私たちのなんだか良くないグルグルした暗いものに触れて、綺麗で優しい大らかな多喜雄が変わってほしくない。私たちは各々それなりの経験やら知識やらを体の中にため込んで、自分らしい外郭を作って、他人を受け入れたり拒絶したりするのが上手くなっては行くけれど、悪いものだって分かってるのに侵入を防げないものだってあるのだ。私が侵入を防げなかった莉子たちからもらった悪いものだって、たぶんちょっとずつ多喜雄の中に侵入していっているに違いない。でももしかしたら多喜雄は私と違って、そういう悪いものを上手に捨てたり作り替えたりする機能が付いているのかもしれない。だって、多喜雄はずっと私と一緒にいるのに出会ったころから変わらず穏やかだ。

 莉子の家に向かう車の中で私はそれを多喜雄に伝える。多喜雄のその機能、私にもあればいいのにって言う。

「そんなもん持ってないよ」

多喜雄はちらりとこっちを見て微笑む。私の胸の奥がじんわりする。

「そうかなぁ」

「そうだよ、そんなに器用じゃないよ。俺を過大評価しすぎてるよ。身内のひいき目だって」

そんなことない。

「もうちょっと客観性を持ったほうがいいんじゃない?俺はそんなにできた人間じゃないし、周りもきっとそう思ってるよ。佐々木の俺の評価なんてひどいもんだぞ」

「佐々木君にとって多喜雄がどんな人だろうが、私には関係ないじゃん」

私にとって多喜雄が多喜雄らしく、多喜雄のままでいてくれればいい。ちょっと揉めると面倒くさがって、チューしてごまかしたり、エッチしてうやむやにしたりしようとするけど、そんなの全然いい。だってそれで私もまぁ多喜雄を許してやるかって気分になるんだし、あーまたこうやってごまかされちゃうーとか思いながらも受け入れてるのは私なんだし。私の毛羽立った気持ちを綺麗に均すのが上手な多喜雄。

「俺のことそんな好きか」

と調子に乗ったことを言う。くそー、可愛いな多喜雄。可愛いくて、なんか憎たらしくて、ハンドルに伸びた多喜雄の腕を叩く。危ねーなーとか言いながら多喜雄がハンドルを回して、莉子のマンションの前に着く。私と多喜雄の幸せな時間は決して虚構でもふりでもないけれど、これから私に侵入してくるであろう莉子持ってる暗い気持ちが、多喜雄との時間を幻想みたいに思わせる。

 いや、幻想なんかじゃないぞ。多喜雄はちゃんとここにいる。

私を莉子の家まで送ってくれて、私が莉子と話をしている間はファミレスにいて、私が電話をしたらいつでもここまで迎えに来てくれる。多喜雄はいなくなったりしないぞ。

 中古で買ったダサイけど多喜雄の匂いとか空気がいっぱい詰まったキューブから降りて莉子の部屋に向かう。




 莉子の部屋の合い鍵は、私のキーケースにいつも入っている。以前莉子が自分の部屋に立てこもって出てこなくなって、やっと落ち着いて部屋の扉を開けた時には、それはもうひどい状態だったから、二度とそんなことができないように合い鍵を作った。私と洋介はその鍵をいつも持ち歩いている。

莉子の部屋に入ると廊下には食器やらタオルやら食パンやらが散らばっていて、その先の6畳間がもっとひどい様子であることが分かった。扉を開けると莉子がぼさぼさの髪のまま床に座り込んでいて、リモコンやら本やら服やら色んなものが散乱していた。

「莉子」

声をかけても反応しない。うつろな目でじっと一点を見つめていて、床にだらりと垂れ下がった腕も華奢な肩もぴくりとも動かない。

「莉子、平気?」

側によって肩を掴み無理やりこっちを向かせて、やっと目の焦点が合う。莉子がちゃんと私の顔を見る。

「…なんで洋介じゃないの?」

第一声が、それ。いつも通り。

「洋介はバイトだから来れないって。心配して私のとこに電話してきたんだよ」

「嘘だ。心配してたら洋介が来るはずじゃん」

「心配してなかったら私に電話して、私に来させるわけないじゃん」

「なんで来るの?来なかったら洋介が来てくれたかもしれないのに」

「だって私も莉子のこと心配だもん」

「そんなこと言って本当はそうやって洋介の点数稼ぎしたいだけじゃないの?いい子ぶりっこしただけでしょ?」

まぁ、いつも通り。

「洋介なんてどうでもいいよ。莉子が心配だから来たんだって」

「本当?」

「本当だよ」

「洋介のこと、好きじゃない?」

「莉子みたいには好きじゃないよ。それに私には多喜雄がいるし」

そう言うと莉子は黙る。洋介と莉子と私は、いわゆる幼なじみでつきあいが長い。莉子も私も洋介もお互い幼なじみとして大切に思いあっていて、私と莉子は親友で、でも莉子にとって洋介は特別だった。莉子の歯車が狂い始めた時、莉子よりも早くそれに気付いたのは洋介で、莉子にとって洋介は自分を救い出してくれる王子様になった。でも洋介は王子様じゃない。人並みにやらなきゃいけないこと、やるべきことを抱えていて、優しさや思いやりも持っていて、それと同じくらいに面倒くさいとか辛いとかしんどいとかいう気持ちも持っている普通の男の子だ。でも莉子は洋介が自分を救ってくれると思っている。ずぶずぶとはまっていく深い沼から、洋介が引っ張り上げてくれると思っている。洋介は莉子を大切に思っているけど、莉子のそういう気持ちが重たくて、でも優しくしてあげたくて、「もうやーめた」って言いたくて、だけど引っ込みがつかなくて、莉子に飲み込まれていく。私は莉子も洋介も大切で、二人ともにそこから上がって来て欲しい。莉子と洋介にも、私と多喜雄みたいなのんびりした時間を味わって欲しい。でも私も洋介と同じくらいに「やーめた」って言いたい。でも「やーめた」っていうには莉子も洋介も、私にとって大切すぎる。私の右足が莉子の沼に絡め取られそうになっているのに気付いて、嫌だ嫌だって思っているけど、二人の手を離したりはできない。洋介が私に頼るのを莉子が不審がって、私に喚き散らしたり洋介に物を投げつけたりするけれど、私は莉子を見捨てない。莉子にとって私<洋介なのが明確すぎるけれど、そんなのどうでもいい。私にとって莉子=洋介だから私はどっちも離さない。多喜雄の命綱があるうちは、私は右足だけで済むんだから。

 あれ。

そこまで考えて私は気付く。私も多喜雄を王子様だと思ってるのかな。莉子や洋介の沼に取りこまれそうになっても多喜雄が助けてくれると思っているのかな。多喜雄だって普通の男の子なのに。それを私は知ってるのに。私は多喜雄が私を救ってくれると思っていたんだろうか。私の脳内にさっきの会話がフラッシュバックする。「俺を過大評価しすぎてるよ」。もしかして多喜雄は私のそんな気分に気づいていて、そう言ったのだろうか。私のこと重いよー逃げたいよーって思ってたんだろうか。優しい多喜雄。大らかな多喜雄。穏やかな除湿機の多喜雄。私はもしかしたら腰くらいまで莉子の沼に浸かっていて、多喜雄の右足を沼に引きずり込もうとしていたの?

「またやっちゃった」と言って莉子がしくしくと泣き出す。

「なんでだろう。洋介のこと大事なのに、洋介は私を見捨てないって分かってるのに。洋介を困らせたくないのに。でも急に不安になっちゃうの。洋介が私に愛想がつきて、どっか行っちゃうんじゃないかって思うの」

私は泣いている莉子をあやすように抱き締めて、莉子の独り言を黙って聞く。ぼさぼさの髪の毛を直してあげる。莉子はちゃんと分かっている。洋介が莉子を大事に思っているから、来ないこと。莉子と普通にお互いを大切にしたいから、来ないこと。片方が依存するだけだったり、お互いが依存しあったりするだけの関係じゃいけないから、来ないこと。それでもやっぱり来てほしいと思ってしまう自分がいること。莉子は分かっている。

私は悲しい。莉子も洋介もお互いが大切だから身動きできないことが悲しい。大切に思うから、喚いたり疲れたりすることが悲しい。莉子は静かに泣いている。私は泣いていないけど、泣いている莉子の気持ちを共有して、泣きたくなっている。莉子の不安な気持ちが流れこんできて、多喜雄がいなくなっちゃったらどうしようと思う。多喜雄がいなくならないように、泣いたり喚いたりする自分を想像する。もっと泣きたい気分になる。多喜雄が好きだから多喜雄を困らせる私。私のどろどろした不安とか自己嫌悪とかを共有して、逃げたい気分になる多喜雄。多喜雄が持ってる特別な機能はちゃんと働いてくれるのだろうか。働いてくれると思う。でもゼロにはしてくれない。だって多喜雄がいなくなったらどうしようって気持ちは、めちゃくちゃ暗くて重くて辛いのだ。想像しただけでこんなに悲しい気持ちになるのだ。いくら多喜雄の機能が優秀でも、この気持ちのうす暗さには敵わないだろう。きっと伝染しちゃう。

 多喜雄がそんなふうになるのは嫌だ。今の私みたいになってしまうのは嫌だ。今の私みたいになった多喜雄が別の誰かを、佐々木君とかを沼に引っ張りこんじゃうのは嫌だ。そんなうす暗さがどんどん伝染していってしまうのは嫌だ。私で止めないと。

私は泣いている莉子の隣で、洋介にメールする。

―大丈夫っぽい。一応。自己嫌悪タイムに入ってる。

莉子は私のそんな様子に気づく。

「ごめんね、来てもらって。いっつも頼りっぱなしでごめんね。ちゃんとするから」

一通り暴れて、一通り泣いた後、莉子はいつもそう言う。謝る。でも私はその言葉はまた破られるんだろうなぁと思う。まぁ、仕方がない。そんな簡単なことじゃない。

「いいよ。焦らなくて。謝んなくていいよ。私がそうなったときは莉子も来てくれるでしょ」

「行くよ。すぐ行くよ」

私は莉子に笑いかける。莉子の頭を撫でる。私が莉子を大切に思う気持ちが、ちゃんと莉子の身体に沁みこめばいい。うす暗いものが伝染するなら、きっとあったかいものも伝染するはずなんだ。私の莉子を大切に思う気持ち。多喜雄と私の穏やかな時間。そういうのがちゃんと莉子に伝染すればいい。洋介が莉子を大切に思う気持ちも。

 ヴヴヴヴヴヴというバイヴ音が部屋に響く。私の携帯じゃない。莉子のだ。物が散らばった部屋のどこかで莉子の携帯が鳴っているのだ。

「洋介かも」

そう言うと莉子はそのへんの物を全部ベッドの上にどけ始める。私もそれを手伝ってどこかにあるはずの携帯を探す。ヴヴヴヴヴ。がざがざ。ぽいっ。ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ。どさっ。ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ。

「あった!」

見つけ出した莉子の携帯の画面を見るとやっぱり洋介だった。莉子にひょいっと投げると、莉子は急いで電話に出る。

「…も、もしもし」

「うん、うん、平気。ごめんね。うん、大丈夫。ごめんね、ほんとごめんね」

「来なくていい」

「来てって言った時には来ないくせに。来ないでいいの」

「違うの、ごめん。そんなふうに言うつもりじゃなくて。これ以上迷惑かけたくないし、部屋散らかってるし」

「駄目。来ないで。明日にして。うん、言っとく。バイトでしょ?終わったら電話して」

ぷつん、と電話を切る莉子。莉子はちゃんと良い子だ。冷静になれば、自分が間違っていたことも、分かるし謝れるし、なにが正しいが判断できる。

「洋介がありがとうって言ってた」

「そっか。洋介来させないの?」

「駄目だよ。洋介は私にちゃんとして欲しいから我儘言っても来ないのに、結局来ちゃったら意味ないじゃん。私、更生できないよ」

莉子がへらっと笑う。普通の莉子が戻ってきた。

 洋介はたぶんバイトが終わったら来るだろう。来るなって言われても来るはずだ。だから洋介がいつ来ても良いように、私は莉子の部屋を片付ける。莉子もごめんねごめんね、と謝りながら一緒に片付ける。今日は長引かなくてよかった。多喜雄を何時間も待たせずに済んだ。莉子はちゃんと少しずつ安定してきている。本当にひどい時は何時間も泣き続けたり、洋介の電話に怒鳴り散らしたり、私に当たったりしいていたのだ。でも最近はこんな風に一通り暴れたら、冷静になる。1時間か2時間すれば気が済む。私と洋介が莉子を大事にする気持ちは、それなりに莉子の沼を浅くしているんだ。多分。きっと。




 多喜雄の「着いたよー」って電話が来たので、私は莉子のマンションを出る。オートロックのドアを押し外に出ると、多喜雄のキューブが目の前に止まっている。助手席の扉を開くと多喜雄と多喜雄の空気が私を迎え入れてくれて、私は身体の力が抜けるのを感じる。

「おかえり」

「ただいま」

「莉子ちゃん大丈夫だった?」

「うん、いつもよりだいぶマシだったよ。ちゃんと元気になってるよ」

「おつかれ」

キューブがぐぐいと前進し始めて、私たちは莉子のマンションから遠ざかる。そして私はふと思う。もしかしたら私の命綱は、多喜雄じゃなくて、多喜雄の乗ったキューブに繋がれているのかもしれない。それならぐぐい、と前進して、私も洋介も莉子も多喜雄自身もキューブが沼から遠ざけてくれるかもしれない。

「疲れちゃった?」

霞んでいく景色の向こうで多喜雄の穏やかな声が聞こえる。多喜雄の声と空気が私の身体にゆっくり沁み込んでいくのを感じる。それが心地よくて私はゆっくりと目を閉じる。キューブに私と多喜雄が乗っていて、キューブの後ろにはハネムーンに出発する車みたいに空き缶が付いていてカランコロンカランコロン鳴っている。その空き缶に繋がる紐の束のうちの一本が象の足に繋がっていて、ホバリングしているその象の上には洋介と莉子が乗っている。その横をなぜか佐々木君が並走していて、黒人みたいな肌の色をしている。すごい、超足速い。佐々木君凄い。ボルトより速い。私はみんなで南国に向かっているんだと分かる。そこにはエメラルドグリーンの海があって、私たちはそこでぷかぷか浮かんで、上がりたいと思った時にはいつでも上がれる。きっと楽しい。

「沙織」

多喜雄の声で夢から覚める。いつの間にか私のマンションの下に着いている。部屋に帰ってすぐ、私はハワイの海の写真を印刷して、冷蔵庫に貼った。多喜雄は海の写真を冷蔵庫に貼る私を見て「焼きそば食べたい」と言った。

象の画像も印刷した。今度莉子の部屋に行ったら貼っておこう。佐々木君にボルトの画像を送ろうかとも思ったけど、やめておく。


勢いで書きました。

莉子は本当はすごくいい子なんですよ。

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