嘘の味はビターガナッシュ。 3
僕の意識は、まるで誰かの手によって無理やり現実に押し戻されたようだった。
さっきまで感じていたチョコレートの苦みも、ジャズの旋律も、少女の瞳も、何一つ残っていない。
あるのは、冷え切った夜風と、交差点に漂う排気ガスの匂いだけ。
僕はふらふらと歩き出す。
ただ足を動かしていれば、何かにたどり着ける気がした。
目に入るものすべてが、ひどく現実的すぎて、逆に夢のようだった。
しばらく歩いていると、向こうに見覚えのある背中を見つけた。
細い肩。揺れる明るい髪。制服の裾。
――牧野、さん?
僕は気づけば、その背中を追っていた。
声をかけようとして、喉の奥に言葉が引っかかる。
彼女の歩みは、どこかおかしかった。
まっすぐでいて、どこにも向かっていない。
一定の距離を保ちつつ、僕は後をつけた。
牧野さんは振り返ることもなく、まるで僕の存在に気づいていないようだった。
そして、その足取りが向かっていたのは、町外れの小さな森だった。
木々が風に揺れている。
街灯も届かないその奥に、ぽっかりと闇が開いていた。
僕は身を隠すようにして、彼女の背を見失わないよう、慎重に足を進めた。
けれど、森の中は複雑だった。
枝が視界を遮り、獣道のような細い道がいくつも分かれている。
どこへ向かっているのか、彼女の姿は木々の影に紛れ、見えたり見えなかったりした。
僕は呼吸を殺し、音を立てないようにして、ただ彼女を追った。
だが、ある瞬間、完全に彼女の姿を見失ってしまった。
「……どこだ……」
耳を澄ます。足音もしない。風が枝を擦る音だけが耳に残る。
焦りが胸を締めつけた。
右か、左か。
僕は直感に頼って、一つの獣道を選んだ。
すると、視界が開けた。
湖だ。
夜の湖面は鏡のように静まり返り、空の星をそのまま写し取っていた。
その岸辺に、彼女は立っていた。
制服のまま、腕をだらりと下げて、湖をじっと見つめていた。
彼女は、僕にはまったく気づいていないようだった。
その姿は、孤独の中で凍りついた彫像のようだった。
言葉をかけようとして、僕は踏みとどまる。
もし声をかけたら、何かが壊れてしまう気がした。
この光景を、僕は知っている。
思い出せないだけで、確かに、知っている。
湖面が、ひどく冷たく見えた。
月が照らす水面の光に、彼女の姿が淡く揺れている。
そして、彼女は、湖の方へ、ゆっくりと一歩踏み出した。
僕の胸が、締めつけられる。
やめてくれ。
その一言が、どうしても喉を越えてくれなかった。