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独白譚  作者: Atto
3/6

嘘の味はビターガナッシュ。 3

僕の意識は、まるで誰かの手によって無理やり現実に押し戻されたようだった。

さっきまで感じていたチョコレートの苦みも、ジャズの旋律も、少女の瞳も、何一つ残っていない。

あるのは、冷え切った夜風と、交差点に漂う排気ガスの匂いだけ。


僕はふらふらと歩き出す。

ただ足を動かしていれば、何かにたどり着ける気がした。

目に入るものすべてが、ひどく現実的すぎて、逆に夢のようだった。


しばらく歩いていると、向こうに見覚えのある背中を見つけた。

細い肩。揺れる明るい髪。制服の裾。


――牧野、さん?


僕は気づけば、その背中を追っていた。

声をかけようとして、喉の奥に言葉が引っかかる。

彼女の歩みは、どこかおかしかった。

まっすぐでいて、どこにも向かっていない。


一定の距離を保ちつつ、僕は後をつけた。

牧野さんは振り返ることもなく、まるで僕の存在に気づいていないようだった。


そして、その足取りが向かっていたのは、町外れの小さな森だった。


木々が風に揺れている。

街灯も届かないその奥に、ぽっかりと闇が開いていた。


僕は身を隠すようにして、彼女の背を見失わないよう、慎重に足を進めた。

けれど、森の中は複雑だった。

枝が視界を遮り、獣道のような細い道がいくつも分かれている。

どこへ向かっているのか、彼女の姿は木々の影に紛れ、見えたり見えなかったりした。


僕は呼吸を殺し、音を立てないようにして、ただ彼女を追った。

だが、ある瞬間、完全に彼女の姿を見失ってしまった。


「……どこだ……」


耳を澄ます。足音もしない。風が枝を擦る音だけが耳に残る。

焦りが胸を締めつけた。

右か、左か。

僕は直感に頼って、一つの獣道を選んだ。


すると、視界が開けた。

湖だ。

夜の湖面は鏡のように静まり返り、空の星をそのまま写し取っていた。


その岸辺に、彼女は立っていた。

制服のまま、腕をだらりと下げて、湖をじっと見つめていた。


彼女は、僕にはまったく気づいていないようだった。

その姿は、孤独の中で凍りついた彫像のようだった。


言葉をかけようとして、僕は踏みとどまる。

もし声をかけたら、何かが壊れてしまう気がした。


この光景を、僕は知っている。

思い出せないだけで、確かに、知っている。


湖面が、ひどく冷たく見えた。

月が照らす水面の光に、彼女の姿が淡く揺れている。


そして、彼女は、湖の方へ、ゆっくりと一歩踏み出した。


僕の胸が、締めつけられる。


やめてくれ。


その一言が、どうしても喉を越えてくれなかった。

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