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3 止まらないパニック①

元々、70話で完結予定だったのですが、1話当たりの文章量が多いのと、何よりストックが無さすぎるので、ここから3000文字前後に分割して投稿します。

しばらくは2日~1週間につき複数話まとめて投稿。

その後、毎日投稿に切り替える予定。

 瞼を焼くような灼光はすぐに弾け、視界が通常通りの暗さに染まる。

 俺は恐る恐る目を開いた。そして、呆然とする。


「は?」


 思わず、とんでもなく間の抜けた声が出た。

 いや、だって無理もないだろう。

 視界に広がるのは、ついさっきまでの見慣れた自室ではない。天も地もない茫漠とした薄闇の中に俺はいたのだ。──各人各様の風貌をした、まったく見知らぬ人たちと共に。


「っ!?」


 な、なんだこのコスプレ集団!?


 目の前に広がる光景に、俺は完全に言葉を失った。

 薄闇の中で揺らめく影のような空間に、まるで時代や世界そのものすら飛び越えたような、異様な容姿風貌の人々が集まっている。


 ファンタジー作品の登場人物を思わせる青みがかった銀髪に騎士のような格好をした背の高い女に、つばの広い三角帽子と豪奢な黒い膝丈ドレスを纏った金髪の小柄な女。髭を蓄えた武士と(おぼ)しき屈強な壮年の男に、日本人形を彷彿とさせる小学生くらいのおかっぱの少女。そして──と、さらに視線を横に動かしたところで、俺はぴしりと固まった。


 夜の砂漠に咲く一輪の薔薇のように妖美な女がそこにいた。

 艶のある褐色の肌に緩く波打つ黒髪。赤と金のアラビアン風の装束は惜しげもなく肌を晒し、彼女の抜群のプロポーションを際立たせるような意匠となっている。

 脳を焼くような凄まじい色香を纏う美女の姿は、まさしく"妖艶"という言葉を体現していた。


 うわ……え? え??

 彼女の抗いがたい色気にあてられ、思わず呆けてしまう。

 なんかもうすごい……たいへん……なんてこと……え?

 俺の知能は三歳児並に低下。日頃から本ばかり読んでいるくせに呆気なく消え失せた己の語彙力に困惑しながら、なすがままに目の前の美女を見ていた。

 そうしていると、不意に濃い紫色の瞳がこちらを捉える。驚く間もなく、彼女は一瞬目を瞬かせると、なんとも(あで)やかな笑みを向けてきた。


「ふふ、こんにちは。あなたもここに飛ばされたの?」

「えっ?! は、はい」


 うわ喋った! 俺に気づいた!! 目が合った!?

 突然の展開に俺の頭の中は大パニックだ。なんとか返事をし、慌てて目を逸らすのが精一杯である。

 まずい、落ち着け。これは浮気だそ。俺には五百冊以上もの恋人たちがすでにいるんだ。五百冊だそ? そんなに恋人がいれば十分じゃないか。──いいや、全然十分じゃない!

 だから落ち着け。そうだ、そもそも俺にとって浮気なんて日常茶飯事なんだから今更じゃないか。でも相手は人間だ。

 そして今更ながら、無意識になんの意味もなく眼鏡を上げるような動作を繰り返していたことに気づいた。俺の左腕落ち着け。


 俺はすぐにてんやわんやになる自分の心を静めるべく、他のことに意識を向けようとする。

 だが、周囲は薄明のような暗がりが広がっているばかり。近くにいるよくわからない人たちの見目形が認識できる程度の闇が、ただそこにあった。


「あああ、あなた! なんて(みだ)らな格好してるのよ!」


 突如、女の金切り声が耳に響いてびくりとする。

 声の方を見れば、先程のアラビアン美女に指を突きつけ、信じられないという表情でわなわなと震えている金髪の少女の姿があった。

 魔女みたいに大きなとんがり帽子の下には、肩までの長さのふわりとしたカールが左右に垂れ下がっている。意思の強そうな赤い瞳と豪華な黒い膝丈ドレスも相まって、ファンタジー世界の貴族令嬢のような雰囲気だ。


 彼女の迫力を前に、外野で勝手に怖気づいている俺とは裏腹、アラビアン美女はゆったりと微笑む。


「ふふ、素敵でしょう? 動きやすくて涼しいし、自由で解放感のある意匠がイケてると思わない?」

「全然素敵じゃない! 淑女としての慎み深さが微塵も感じられないわ。ヴィグマの神シルヴェネーラへの冒涜そのものよ!」

「あら……? 私はあなたの信仰している神様の信徒でもなんでもないわよ。シルヴェネーラだなんて聞いたこともないわ」

「なっ、シルヴェネーラを信仰していないどころか知らないですって!? ヴィグマ大陸全土で信奉されてるのよ? そんなのあり得ないわ!」

「そんなこと言われてもねぇ。そもそも、ヴィグマ大陸という名前だって知らないもの。私たち、遠い異国の人間なのかもしれないわ。ね、それなら文化や考え方が違っても仕方がないんじゃないかしら?」

「そ、それでも駄目! ほら、お腹だって冷えたらどうするのよ! 健康に悪いでしょ!」

「まあ、ふふ。心配してくれてるの? でも、私の国は暖かいから大丈夫よ。ありがとう」

「なっ?! し、心配なんてしてないったら! 子供扱いはやめなさいっ!」


 金髪少女は顔を真っ赤にしてまくし立てるが、対するアラビアン美女は優雅に微笑みながらその言葉を軽くいなしている。

 ……なんか、チワワとゴールデン・レトリバーみたいだな。


 自分よりよっぽど落ち着いた方がいいチワワな少女を見て、逆に冷静になれた俺は、ひとまず今何が起こっているのか状況を整理しようと考えた、が──。


「化け猫、成敗!」

「にぎゃああっ!?」

「はははっ、見事な体捌(たいさば)きでござるな!」


 突如として、けたたましい叫び声が薄闇を切り裂く。直後、視界を二足歩行で駆け抜ける猫と、それを笑いながら追いかける武士が横切った。……は?


「おいらは化け猫なんかじゃないって言ってるにゃ! こんないたいけな猫のどこをどう見たら妖怪だと思える! 酒に酔って気でも狂ったんじゃないかにゃ!」

「その怨嗟に満ちた眼差しが何よりの証よ! これまで数多の人を害し血肉を貪ってきたであろうな! 猫又め、貴様の存在自体が血腥(ちなまぐさ)い!」

「にぎゃっ!? お見合いで負けは食らっても、血肉を喰ったりなんかしてないにゃ! それに、おいらはどう見たっていたいけでキュートな妖精猫だろうがにゃ!」

「はははっ、笑止千万!」

「笑うんじゃねえにゃ!」


 え、なんだこいつら怖っ。

 

 ぎゃあぎゃあと喚き合いながら、猫と武士が地獄の鬼ごっこを繰り広げている。俺は心からドン引きしつつ、その異様な光景を凝視した。

 いやもう、ツッコミどころ満載で頭が追いつかない。むしろ、追いつくことすら拒むレベルだ。

 すばしっこい動きで姿を捉えるのも難しいが、猫はナポレオンみたいな二角帽子に赤いマントを翻し、人間の言葉を操って人間のような二足歩行で疾走している。陸上選手並の走りっぷりだが、四足歩行の方が絶対に速いだろ。


 未確認生物上等な化け猫だけでも十分怖いのに、それを陽気にケタケタ笑いながら追いかける武士がトラウマ級に怖すぎる。

 酒に酔っているからなのか足はさほど速くないが、踊るような奇妙な手足の動きが妖怪じみていて不気味だ。猫の方がよっぽど人間らしい。


 うわー関わりたくないな、と完全に傍観者の視点で見ていると、不意に猫とばっちり目が合ってしまった。


「おいッ、そこの貧弱そうなお前! ぼさっと見てないでおいらを助けろにゃ!!」

「ちょっ、おい……!?」


 口悪っ、と思った直後、猫がものすごい勢いで体当たりしてくる。俺は体勢を崩して背中から倒れ込んだ。地面に身体を打ち付けた時のような衝撃はないが、猫の重みが上半身を圧迫する。


「ぐえ……っ」

「おい、おいらを受け止めることもできないのかにゃ! お前思った以上にひ弱だにゃ!」

「ぐっ……お前が、規格外にでかいし、重いんだよッ……! いいから、離れろって! なんだよその(いか)つい斧は!!」


 さっきはよく見えなかったが、こいつ体格に見合わない大きな片刃の斧を背負ってやがった。

 ナポレオンというよりもシャルル=アンリ・サンソンじゃんか! 死刑執行人(猫)が殺されそうになってるのかよ!


「はははっ、追いついたぞ猫又! 武士の誉れにかけて拙者が成敗いたす!」


 異様なほど陽気な武士の声がすぐ近くで聞こえ、俺と猫はびくっと身を震わせる。ギギギ、と効果音が聞こえそうなほど揃って恐る恐る視線を向ければ、薄闇を背にニタニタと気の緩んだ笑みを浮かべた武士が立っていた。

 酔いに濡れた目はぎらつき、抜き身の刀がその手で不気味に揺れる。薄明のような闇の中にもかかわらず、刃の冷たい光沢だけがやけに鮮明で、背筋が寒くなった。


 猫は俺の背から素早く飛び退き、赤いマントを翻して身を縮こませる。息苦しい圧迫感から解放され、ほっと息をついたのも束の間、猫が今度は俺の背の下に潜り込もうとしてきた。それは無理があるだろ!


「おいッ、あの酔いどれをなんとかしろにゃ……!」

「無理に決まってるだろ! お前こそその斧でこうガッとかグッてやれよ……!」

「こ、これは人間を攻撃するための斧じゃないにゃ! 守るための斧だにゃ!」

「何かっこいいこと言ってんだよ! だったら俺を巻き込むな!」

「役に立たない人間だにゃ! この眼鏡! 黒髪! そこら辺の人間!」

「黙れ! このくそ猫! キャット! にゃんこおおッ!」

「そこは悪口を言えにゃあ!」

「お前もな!」


 互いに互いを盾にするべく、じたばたと醜い争いを繰り広げる俺と猫。


「む……もしやお主も猫又の仲間か?」

「え」


 咄嗟に顔を上げれば、武士は俺を見ていた。


「いや、俺はちが」

「はははっ、そうかそうか! まとめて成仏してくれるわ!」

「ちょっ」


 なんだこいつ何も話が通じない。

 問答無用で武士の刀が振り上げられ、耳障りな哄笑が響く中、俺は固く目を閉じた。

 しかし、いくら待てど刃の衝撃は訪れない。俺は恐る恐る目を開ける。

 視界に映ったのは、ぐったりと倒れ込み、目を閉じている武士と猫の姿。


 そして、銀髪の少女がすぐそばに佇み、こちらを静かに見下ろしていた。

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