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3.再会

「――雪代」「雪代」「雪代」


 俺を見下ろす男が何度も俺の名前を呼んでいる。

 激しく体を求めるその様子に、自分がこの男にとって特別な存在になったかのように錯覚してしまいそうになる。

 屈辱と恥辱からか、あるいはその男によってか、身体が燃えているように熱い。熱に浮かされた朦朧とする意識の中、自分の上にいる男の顔を見ようとする――


 

ピピピピピピピピピ――

 

「!!!」

目覚ましの音が鳴り響く部屋で目を覚ました。


「夢・・・」

 先程まで見えていた光景が夢だったことに気がつく。


「久しぶりに見たな・・・」

 (最近はあまり見ていなかったのに)

 少し忘れかけていた記憶を呼び起こされて朝から嫌な気分だ。

 

 (それにしてもあの男一体どんな顔してたっけ)

 

 家の影響か遊女の経験からか顔を覚えるのは得意な方だった。それに一流の花魁ならば客の顔を忘れるなんてありえない。しかしあの男の顔は朧気ではっきりと思い出せない。またもあの男によって上手くいかないことがあるのだと思い知らされるようでますます嫌な気分になる。

 

 (確かあの時・・・)

 はっきりしない意識の中、男の顔を見ようとして・・・

口元から目線を上にあげて・・・

 

 (はっ!!)

 (せっかく忘れてきてるんだし、わざわざ思い出そうとしなくてもいいか)

 きっと上手く思い出せないのも、あの嫌な記憶を早く忘れたいと強く思っていたからだろう。


 しかしうっすらと思い出した朧気な男の記憶。

 (最近どっかで見たような・・・)

まあ気の所為か。あんまり考えないどこう。


「そんなことより、支度しないと」

 俺は気を取り直して、ベッドから起き会社に行く準備を始めた。



 *


 会社に着くと、いつものように自分のデスクに向かう。


「深山くん」

 肩を叩かれ振り向くとそこには部長がいた。

 

「部長、おはようございます。どうしました?」

「おはよう。ちょっといいかな」

「はい」

 嫌な予感がする。

 

「今から社長室行ける?何か社長が君に聞きたいことがあるとかで」

「え、社長が?」

「ああ、今秘書室から連絡があって」

「……わかりました、今から行きます」

「そう、じゃあよろしくね。

 それにしても深山くん何かしたの?社長から社員にお呼びがかかるなんてあんまりないことだからさ」

 部長は、ハハハと笑いながら聞いてくる。


「いや特に、思い当たることはないですけど……」

 そう言って、部長から離れ社長室に向かった。


 (いや、思い当たることありまくりだ・・・!!)


 絶対昨日のことだろう。そもそもそれしか覚えがないし。やっぱりぶつかったことがまずかったのか?怒られたりするんだろうか。はあ、嫌な予感が当たってしまった。

 気が重くなる未来しか思い浮かばず、社長室に向かう足取りもどんどん重くなる。


 そんなことを考えているうちに社長室に到着した。

 心を落ち着かせるように深呼吸をしてから、社長室のドアを叩いた。


「深山です。社長からお話があると伺って来ました」


「――入れ」


 つい昨日聞いた声がドアの向こうから聞こえてきた。

 

「失礼します」

 緊張しながらもドアを開け、社長の方へ向かう。


 相手に切り出される前に昨日の非礼を謝った方がいいかもしれないと社長の前に着くとすぐ口を開いた。

「あの、昨日は――」

 

「雪代」


「え?」


社長から思ってもみなかった単語が出て、思考が止まる。頭を鈍器で殴られた後のように視界がぐらつく。

 一瞬何を言われたのか分からなかった。絞り出すように声を出す。


「今なんて……」

 (なんでその名前を)


「近江屋の雪代。5年前に突然消えた花魁の名だ。この名に聞き覚えは?」


「……雪代?すみません、聞き覚えは――」

 ないと言おうとした時、またも言葉を遮られる。

「深山春、お前が雪代だな」


「……は?な、何言ってるんですか、違いますよ!」

 咄嗟に否定するも、社長に失礼な言葉を放ったことを気づかないほど動揺していた。


(なんで、なんでバレた?それよりなんで社長が?)

 

「いや、お前は雪代だ。俺はずっとお前を探していたんだ」

 社長がそう言いながら、椅子から立ち上がり俺の方に向かってくる。ズンズンと迫ってくるその男に一瞬恐怖を覚えながら後ずさるも、すぐに自分が今さっき入ってきたドアの方に追いやられてしまった。


 「しゃ、社長?」


 何が起きてるのかも分からず余計に動揺する。

 そしてドアと社長に挟まれるようにドアに強く押さえつけられる。抵抗しようとするも押さえつけている男の力には到底かないそうにない。俺より15センチ程高い身長に厚みのある身体。自分とは全く違うその体つきを間近に見た事でさらに恐怖が募る。


やがて社長の手が俺の顔に伸ばされ、眼鏡に触れる。そして社長によって眼鏡が外されたかと思うと、そのまま前髪をかきあげられ、遮るものが何も無くなった顔で社長と対面する。

 

「――雪代、言っただろう、いつか必ずお前を俺のものにすると」


 (え?)

 

 俺を見下ろしながらそう言い放った男の顔に既視感を覚える。上から男に見下ろされ、見上げた先に見た男。この光景、どこかで・・・


「っっ!!」


今まで閉じ込めていた記憶が鮮明に蘇ってくる。


「ま、まさか……!」

「やっと思い出したか、雪代。いや深山春」

「お前、あの時の?!」

 

「お前は俺のものだ」


社長はニヤッと笑ったかと思うと、その力強い腕に身 体をぎゅっと掴まれる。

笑った顔は5年前を合わせても初めて見たと一瞬余計なことを考えながら、その衝撃的な事実をまだ受け止めきれないでいた。

頭の中がぐるぐると混乱して、ただひたすらに目の前にいる男を見上げることしか出来なかった。

 

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