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紅光に照らされたビル街のなか、無数に行き交う人々が複雑に絡まり合い都会の喧騒を生み出す。見渡すばかり人工物が広がり、コンクリートタイルを踏み鳴らす音が目立って聞こえる。
そんな中、特に大きな建造物に架かる巨大な電子モニターには、大きな指名手配犯の顔と共に『この顔見たら警察に!』というテロップが流れている。その濃いめの仏頂面には特徴的な口の隣のほくろがある。
現在の駅付近の光景である。
アスファルトに尻餅をつき行き交う人に物乞いをするホームレスを尻目にそろそろ沈みきる太陽から時間を予測する。
六時くらいか。もうすぐだ。
突然、携帯型電子盤の電話アプリから軽快な音楽がなる。
「もしもし、」
「時間よ。」
「了解。」
短めに通話を済ますと、一つの会社ビルの路地裏に身を潜める。数分経つと仕事服姿の女性が肩下げバッグを片手に出て来た。これから帰路につこうとするさなか、といった感じだ。彼女が依頼主だ。ストーカー犯をとっちめろという依頼だ。
紅の空の下、朱色に照らされた人々の中で尾行を続けると、機械的に歩き続ける死んだ顔の大人と別に、一人挙動のおかしい、尚且つ進む進路が偶然にも被る男がいた。
ミリアに電話をかける。数秒の後、通信が応答すると板の向こうから電子によって再構築されてミリアの声が聞こえる。
「居たかしら?」
「駅ビルの北側にあるスクランブル交差点、そこに 面した一番低いビルの近くに黒いジャケットを着た グラサンの挙動不審な男が。」
「それっぽいわね。」
「実に、」
チラチラと依頼主の方に目線を向ける仕草をしている。依頼主が角を曲がるとそれについていくように角に隠れて電子盤を触る仕草をした。あいつで間違いなさそうだと、直感が叫ぶ。理性でもそう感じ
る。
俺はなるべく無関心そうにターゲットに近づき、隣に立って電子盤をいじる。
こんな大勢の前で大層な攻撃をしたくないため、人通りが少なくなる依頼主の家の近くまでターゲットを尾行する作戦に出る。
と、思っていたのだが。
バコンッ
重い音がする。見るとターゲットの太腿に大きなくぼみが出来ていた。
「ぐ、グアアァァァッッッ...」
ターゲットは痛みに悶えその場に崩れる。ミシミシと音を立て、崩壊する骨。高精度、高圧力の風魔法を食らった時に出る症状である。アイツやりやがったな。
倒れ伏したターゲットを心配するかのように周りの人々が駆け寄ってきた。こうなるからもっと離れたところでやりたかったのに。
陥没した足部分を見て顔を青ざめる人々、それをかき分けるように小さな少女が大きな声で言った。
「どけ!そいつは犯罪者だ!今すぐその場を離れろ!魔術師の命令だ!」
すると、野次馬は何だ警察沙汰かといった感じで嘘のように居なくなり道がひらけた。ようやくミリアの顔が見え、イライラしていた心は彼女のしたり顔でより昂る。
「楽な仕事だったわね。」
「何がだ、こんだけ目立ちやがって。コイツが爆破魔法でも持ってたら集まって来た人々もろとも死ぬ可能性があった、もっと慎重になるべきだ。やり方も荒っぽいし。」
「それは自分が何か仕事をしてから言うことね。貴方、奴の隣に行ったはいいけど何もできなかったじゃない。」
「攻撃は周りに人がいない場所でやればよかった! 普通はリスクマネジメントを考えてもっと泳がせて から攻撃するんだよ!」
「魔法を使えない外野は黙って見ていればいいのよ。」
「チッ...」
畜生。と思ってから、頭を事後処理にシフトチェンジする。ターゲットをどうするかという話だ。依頼書は手持ちにあるので警察に突き出してしまっても良い。というかそれが1番だ。
「ミリア、コイツは警察に突き出してしまおう。」
「ええ、そうね。」
警察に電話をかけるため、電子盤を取り出そうとすると、蹲ったターゲットがガバっと起き上がり叫ぶ。
「魔術師野郎共が!クソ喰らえ!」
そうして懐からなにか取り出すと、それを下に思い切り投げつける。それは煙幕を放ち咳を誘発するのに加え何も見えなくなる。魔力探知で探そうと思ったが、人混みの中からピンポイントで見つけるなんてできたもんじゃない。ようやく煙幕が晴れると其処には誰もいなかった。
取り逃がした...
「アンタがモタモタしてるからよ。」
「ふざけんな。拘束魔法でもなんでもお前が使えばよかった。ぼさっとしてしてたお前のせいだ。」 「何回目よこれで。」
「八回目。」
「きっと依頼主は依頼先を変えるでしょうね。」
「俺だったらそうする。」
そう、七回の依頼がありこれまで成功した任務は零である。なぜこんなことに。
兎に角、奴は無理矢理に脚を動かしたとしてもそう遠くへは行けないはず。そう考えると目視で探すのが良いだろう。流石に依頼主を追いかけるほど馬鹿ではないと踏み、俺は特に人通りの良い場所を重点的に探すよう心がけ、駅ビルへと走る。
「ジオ!」
「なんだ!?」
「警察が来た!」
そう呼び止めてくるミリアの隣には腕を組んで仁王立ちする二人の警察官が居た。確かに俺が呼んだ警察官であった。
その後は犯人に逃げられたことを話したり、悪戯ではないことを証明するために依頼人に来てもらったり。兎に角、俺等にターゲットを追うような時間は残されなかった。自らの用意周到さを恨む。
事情聴取が終わり、都会の真ん中に放り出されたときには既に大きく丸い月が出でいる頃合いであった。いやしかし、きれいな満月が勿体無いほど雲も多い。月からしても目を当てられないというのか。御無体な。
「散々ね。」
「ああ...実に、億劫な戦果だ。」
「私自分の能力には若干の自信があったわ。でも無能一人抱えて戦うのは無理ってことがわかったわ。」
「......ほざけ。」
ミリアと俺はとことん、とことん!相性が最低である。いや、こんな奴と相性がいいやつが居るのか。 はっきり言って、最近行動をともにして思ったのは コイツのファンクラブは全員痴れ者なのだろうということである。
バカのクセして自力があるから考え無しに行動する。我夢者羅でなにか焦ったように行動する。なにか事情があるのか知らないが、そんな態度はマイナス要素でしか無い。迷惑であると言わざるを得ない。力が入りすぎているというやつだ。
流石にミリアのほうが俺より強いため止めにも入れない。最悪だ。俺がやりたいことが何一つできない。俺の案と奴の案は合わないことが多いし、もう何一つうまくいく要素がないのであった。
どうにかして奴との相性を改善できないかと考えてここ数日経っているが一向に考えは浮かばず、今日も結局固まって動かない思考のままベッドに潜ることになった。
翌日の朝は土砂降りから始まる。湿気が蔓延し息が苦しく感じられる。湿った地面の臭いが一帯を支配している。
湿気の被害はここにも。そう、実験器具がシケって調子が悪い。空気中の水分が多く、それが邪魔して細かい魔術構築が行いづらい。学校の時間までに分子凝縮の実験を終わらせようと思って居たのに。これでは終わらない。散々のストレスの山にこの仕打ち。耐えきれず木製の棚に蹴りをいれる。
実は魔力というのは個体に近づくほど流れやすくなるという性質が有る。魔力原子はほとんどの原子よりも小さいため、気体中だと散開してしまってうまく流れにくい。そこは細かなコントロールでなんとかできるとはいえ、湿気が多いと魔力障害者には辛いところがある。より重たい水分子に魔力原子が吸い付けられ凝縮を起こすと、簡単に水になってしまう。圧力が高くなるほどの空気の圧縮が難しくなる為、俺が開発したあらゆる魔術は再現が難しくなる。一人の魔力量が少ないと空気中やその場にあるものを圧縮して形にするなどをしなければ魔術を再現できないため、主に開発している魔術は軒並み湿気に弱いということになる。対策しなければ。
そんな事を思っていると部屋のインターフォンのピ ンポンという音が鳴り響いた。
ドアを開けると其処には、隣の部屋の良き友人、ヒビキ.ハイゾラが立っていた。
「なんだ、実験中だ。」
「君の実験内容に部屋の壁を蹴るという項目があるのかな?」
「.........済まない。」
起こしてしまったようだ。やはり憤怒を表に出すと碌な事がない。
「ま、謝るくらいなら部屋に入れてくれたまえよ、 朝食作ってくれ。」
「まぁ、そのくらいなら。」
長く黒い髪を大きく跳ねさせた彼女は適当な椅子に腰掛け早くしろと急かしてくる。 オリエンタル、つまり東洋人の彼女は黒い髪に黒い双眸という極めて珍しい色をしている。学内でも人気だとかなんとか。まぁ実際こんな奴なのだが。こんな奴と言うのは寝癖を直さず隣人の部屋に飯を食いに来る奴という意味を含んでいる。
まぁ大和撫子の風格を持った美人と言うのは否定しないが。
「それにしてもイライラしているね、湿気のせいかな?」
「ご明察。まぁ理由はわかるだろ?」
「寝癖がひどい、とかかな?」
「それはお前だろう。」
「冗談さ、実験がうまく行かないんだろ?私には障害者の気持ちはわからんから何も言えないケド。励ましとか欲しいかい?」
「ぶっちゃけ欲しい。」
「おっと、年頃の女の子に励ましてもらいたい欲が!?君にも性欲があったんだね、私は嬉しいよ。」
冗談めかして言う彼女を尻目にコーヒーを淹れる。
因みに彼女は俺の実験を唯一公開している人物である。まあ別にひた隠しにしている訳では無いのだが。
コーヒーにミルクと3つの角砂糖を入れヒビキの前の テーブルに置く。
「コーヒーだけ先に飲んでろ。甘くしておいた。」
「わかってはりますなぁジオどんは~。んで、どうよ、ミリアとの実技は。」
真剣そうに、しかし柔らかくそう問うてくる。寝癖すら芸術的に見えるほど秀麗な佇まいで。
「知ってるだろ。一回も任務遂行できていない。まずな奴は一人で突っ走り過ぎなんだよ!」
から始まる愚痴を散々散らしながら2人分のトーストに目玉焼きとベーコンを乗せテーブルに置く。愚痴をずっと聞いてくれる彼女は聞き上手だなぁと同時に感心した。
「そんな君に朗報があるよ。」
「なんだ?」
「ここ最近指名手配の顔が出回ってるよね、名前はジュネーブ.ヴィクトリック。濃いめの顔に口の隣のホクロの彼だ。そいつがこの周辺で目撃されている。奴を捕まえれば君たちの評価も鰻登りだよ。」
俺は少し考える素振りをして現実問題無理だということを話す。
「いやいや、そうでも無いよ。自力は彼女に任せれば大抵の敵には負けないだろう。落ち着いて一つ一つの事柄を処理できれば不可能な話ではないと思うな。その為に二人の関係をより親密なものにする必要はあるけどね。」
「それこそ無理そうだ。」
「そう言わずにサ...なら私はギャルゲーの好感度を教えてくれる友人キャラになるよ!」
と良くわからないことを言うヒビキ。意味のない軽口だが、笑ってしまう。
「まぁ、そう難しくなる必要もないんじゃないかな?そんなに彼女が頑固なら作戦資料100ページでも書いて渡してやれば誠意も伝わるでしょ。ま、冗談だけd」
「それだ!」
そうか、相手に罪悪感を与えるほどの仕事量を見せつけてやれば良い。いいアイデアをありがとう良き友人ヒビキよ。口に出して言うとトーストを口に詰め込み早速取り掛かることにした。
「マジでやるとは思ってなかったよね。」
ヒビキはそんな事を言っていた。