7話
突然だが私のお母様の話をしよう。
私のお母様はすごく美しい人である。
性格が社交的であれば、傾国の美女としてどっかの一国を滅ぼしていたかもしれない。
まぁ、そんなお母様も娘の私がいるのだから、お母様はどっかの誰かと結婚したという事になる。
どっかの誰か、そう私が父親のことを呼ぶのには理由がある。
私が父親を見たことが無いからだ。
・
「わぁ、部屋だぁ」
地下牢から地上に出て、普通のメイド用の部屋を与えられました。
シングルベッドと木の机と椅子、クローゼット。貴族が泊まるようなホテルとまではいかないが、町にあるちょっと高めの宿屋の内装くらい綺麗だ。すごいな魔王城。
ハハッ展開が早すぎて脳がついていけないんだが。
「どうですか気に入りましたか」
「いや本当に素晴らしすぎて涙が」
「それは良かったです、ミアージュ様に感謝なさってくださいね」
私にご飯を届けてくれていた子、どうやら本当に凄い偉い人だったらしい。
部下らしいこの女の人も上等な服を着ている。さっきまで私に敵意をむき出しだったのに、ご飯を届けてくれている女の子にこいつ実は魔女なんだよと言われてから、めちゃくちゃ私に優しくなった。手のひらくるっくるである。
私自身自分のことを人間だと思ってるが、魔女と言った方が圧倒的に都合が良さそうなので「ソウダヨ、ワタシ魔女」と言っておくことにした。乗るっきゃないこのビックウェーブに。
そんな事よりも自分の部屋がもらえたことが嬉しすぎる。
ニマニマ気持ち悪く笑いながら後ろに立っている女性の方を向いた。
するとくしゃりと、女性が悲しそうに顔を歪めた。
「どっ、どうしまし………」
「残酷な人間の国で、魔女の血をひくものが生きていたなんて…………!」
私の顔を見て、いきなり目頭をハンカチで押さえ始めた彼女。
どした??話きこか??
取り敢えず部屋に元々ついてた椅子に彼女をオロオロと座らせる。
あわあわとしゃがみ込んだまま何かできることはないか周囲を見回していると、頭を優しく撫でられた。
どうやら魔族の人は人間が死ぬほど嫌いだが、魔女は嫌いじゃないらしい。
……ずっと疑問に思っていることがある。
部屋の中にあった机に、パチンと指を弾いてティーセット一式を出現させた彼女。彼女が指さした方向にあった、もう一つの椅子に座った。
「あの、」
「はいなんですか?」
「……どうして、魔族の人は人間を殺さないんですか?」
人間が魔族を殺すように、魔族も人間を殺せばよいのに。
互いに散々削り合った先には憎しみと平穏が残る。それは悲しいことだが、魔族だけがこんなに一方的になんて、あまりにも可哀想じゃないか。
私に向けていた殺意は、長年煮詰めたような、思わず背筋がゾクッとしてしまうものだった。
そんなに人間が嫌いなら、さっさと滅ぼしてしまえばいいのに。
女の人の動きが止まった。
「そう、ですか。あぁ可哀想に、貴方は知らないんですね人間の国で生きていたから」
目を見開いて、宙を呆然と見る彼女。
するといきなり私に向き直り、にっこりと笑って艶やかな唇を開いた。
「ふふ、私はリメヌ・フィノレストと申します。サキュバス系の魔族です」
「あ、私ラズベリーです」
「あらぁ、愛らしい名前ですね」
いきなり自己紹介タイムが始まったぞ。
というかこのおねーさんサキュバスだったのか。どおりでなんかえっちぃと思った。
「そうですね、ラズベリーさんは魔王様がいないことを知っていますか?」
「えぇ、そのくらいは。勇者が200年ほど昔、魔王を討伐したと幼い頃本で読みました」
「……討伐、ですか………………あぁ、なんて忌々しい。魔王様をそんな風に語るなんて人間め…!」
いきなり唇を強く噛んで、怒りをあらわにしたリメヌさん。
かなり上級の魔族であろう彼女から魔力がじわじわと溢れ出す。
「リメヌさん」
「……っ失礼しました。私に親切にしてくださった魔王様を、人間が貶めるような言い方をしているのが許せなくって」
「親切にしてくださった?」
まて、どういうことだ。
魔王は200年前に討伐された。あっ、討伐って言い方は大変魔族の方々の地雷らしい。えっと、倒された。(何も変わっていない)
魔王に親切にしてもらったという目の前のこの美女。
つまり年齢は………………
「失礼ですがリメヌさんって、おいくつですか?」
「今年で234になりますが……」
「にっ。」
にっ、ひゃく、さんじゅ、よん???
………あぁ、そうだ、魔族って長命だった。
実際に魔族と話したことなんて生まれてから一度もなかったからビビった。
まぁうん、そういうものなのね。
「サキュバスは大体寿命が500年ほどですので、魔族の中では少し長めなほうです。魔族の平均寿命は450前後ですので」
「、そうなんですね……」
へぇ、450……想像してもピンとこないわ。
「失礼、話がずれてしまいました。そうですねぇ、結論から申し上げますと、魔王様は勇者に殺されました。しかし魔王様は、魔王様は、………」
悲しそうに瞼を閉じ、呟くようにリメヌは言った。
「勇者を愛していたのです」
………………はい?
「あっ、あの、勇者って確か男で、魔王様って確か男性……」
「そうですが、魔族は勿論異性と結婚する場合が格段に多いですが、人間と違って恋愛に性別はあまり関係はないですよ。男も女も、好きになった時向ける感情は同じです」
うふ、と己の唇をなぞってそう言ったリメヌさんはまさにサキュバスだった。
「魔王様は全ての魔族から崇拝されていました。私も幼いながら、魔王様が幸せなら、添い遂げる人間でもよいと思っていた」
「魔王様ってすごいカリスマ性があったんですね」
「えぇ、とても。……お優しい方でした」
なにかを思い出すように遠い目をして彼女は語り続ける。
「勇者が魔王城に向う旅を魔術で魔王城から眺めていて、キュンときたらしいです」
「……………」
なんというか、魔王ってピュアだったんだな。
「魔王様が勇者と戦おうとしたときでした。魔王様は勇者に言われたのです、人間をこれ以上傷つけるなと。魔王様は怒りました、あの方も部下を何人も殺されました」
「……」
「先ほど言った通り、魔王様は勇者が魔王城に来るまで勇者を観察していました。人間に対して優しい少年だったそうです。真っすぐでお人好しと仰ってました。きっと勇者という立場でなければ、魔族と敵対することなどなかったであろうと」
「なんで、なんでお引き留めできなかったのか」
泣きそうな顔で眉を顰め、机に爪を立てて彼女は言った。
どうして、どうして、
「あの方は最期まで彼を信じていた。勇者を諭すように、これまで自分の部下はお前たちに殺されたんだと、怒った。人類と魔族の争いを終わらせようと、必死に語りかけたらしいです」
「詳しいことは分かりません見ておりませんでしたから、わかりませんがあの方は亡くなる寸前、私たち魔族に呪いを残していきました」
「今後、魔族は人間を殺してはいけないと」
唾液と共に乾いた空気を飲み込んだ。
「人間を殺した場合、殺した魔族とその魔族が大切に思っている者が複数人、死ぬのです」
なんて物騒な呪いだ。
魔族の王たる魔王が、なぜそのような残酷な呪いを同じ種族に残していったのだろう。
というかいまだにその呪いきれてないの?200年近く続くなんてなんて強い呪いだろうか、しかも咄嗟に正しい順序を踏まずに残した呪いで。
魔王はよっぽど優れた人物だったのだろう。
「残酷ですね、同胞が死んでも復讐ができないなんて」
「……私の妹も、人間に殺されました。そこまで強くはありませんでしたが、頭のよい子でした」
ハンカチを握りしめ、俯いた彼女を見て思った。
呪いを、
呪いを解ける者はいないのだろうか。
私のお母様は、その美しさ故、様々な者から呪いを掛けられていた。
その度に微笑みながら、いともたやすく「あら、呪いがついてたわ」と、埃を払うように呪いを解いていた。幼い頃の記憶だ、お母様は私に教えてくれた。
・
「呪いなんてものはね、効果が強ければ強いほど網目が細かい布のようなものなの。ひっかけばすぐにその効果を発揮できなくなる」
「ラズちゃん。お前は普通の人なら思いつかないことを思いつく才能があるわ、私と一緒。まだそれを実行できるほど力がついていないだけ、」
「んふ、私の愛しい果実、熟すのが楽しみね」
・
あぁそう、お母様。あなた、私に大した魔法の使い方は教えなかったくせに、変なことばっかり教えてくれましたね。
私がまだ玩具で遊ぶくらいの歳から、ずうっとおかしなことを教えてきた。そう、例えば、
呪いの解き方とか。
「……………ねぇ、リメヌさん、」
「 」
唖然とした顔の彼女。
私は目を細めて笑った。