5話
私、ラズベリー。さっき見事に脱獄に成功して、黒い霧みたいなのがかかって全然前が見えねぇ通路を爆走中に、私を見るやあまりにも強烈な殺意を向けてきた魔族さんに出会ったの♡
今、殺されそう☆
いや待て待て待て、本当に殺されそう。
斧を持って近づいてくる魔族さんに殺されそう。
なんか、なんか顔だけ牛の魔族さんに殺されそう。
この牛さん、すごく怖い顔で私に迫ってくるの☆
やめなよその顔、彼女出来ないよ。モテないよ。おい話を聞け。
彼に向かって、腰が抜けて動けない状態で床を這いずりながら片手を上げた。
「ちょ、ちょ―っと待って。その手に持ってる物騒なものを下ろしてください」
「………不法侵入の人間、殺しちまっても別に罪には問われねぇよ」
「私たちはまだ話し合える。あと私不法侵入じゃないです」
「うるせぇ人間死ね」
「辛辣」
頭上に振り上げられた斧を見て、あ、死ぬと思った。
痛いんだよね、斧。痛い死刑方法だから斬首刑もギロチンに代わったんだし。
姫様に昔斧で殺された時、あれは本当痛かったなぁ。姫様下手くそだから斧も切れ味が悪かった。
なんで地下牢に見張りがいないのか分かった気がする。
きっと、魔族さんたちは私のことが憎くて憎くてたまらないんだろう。
私を見ただけで、私を殺したくて殺したくてたまらなくなる。
くっそ、なんで逃げ出そうとしたんだ私。
というか逃げるんだったらもっとうまくできるだろ私。頑張れよ私。
なぁにがスリルだくそくらえ、別に死にたいわけじゃなかったんだけど。
顔から数センチという距離に刃が迫ってくる。
襲い掛かって来るであろう痛みに寒気がして、目を閉じた。
………………
………………あれ?いつまでたっても痛みが来ない。
おかしいと思って、おそるおそる目を開けると目の前の刃がうっすらと発光していた。
うぉう、光ってる。ひかって………る?
思わず息を呑む。
技術の精巧さに言葉が出なかった。
……これ、魔力だ。
薄っすらと魔力を斧に纏わせて、斧の動きを制限してるんだ。
昔家のお母様の御付きのメイドさんが少し魔法を教えてくれた時、ちょっと習った。私の指を硬化する魔法はそれをちょっと不完全にしたやつだ。
にしてもだ、ほんっとうに薄ーく魔力が均一に貼られているな。
ここまで、最早美しいと言える魔力操作なんて見たことない。
この牛さんがやったのか?もしかしてこの人強い?だがどうして私を殺そうとしてるのにわざわざ斧を宙で固定して……
「おい、駄目だろ。人間は殺しちゃいけないんじゃなかったっけ」
澄んだ、男性の美しい声がした。
後ろを振り向いた。
白っぽい灰色の髪、黒いマント。高身長に、……整いすぎている顔。
イケメンさんだ!!!!久しぶり!!!
思わず口からそう叫びそうになった。
いや叫んだ。
あれ待てちょっと待て。
私は確かに叫んだのだ。
声が出ない。
喉に手を当て、あ、あ、と声を出そうとするが声が出ない。
喉に手を当てると、かすかな振動があるが音が出ない。
なんだこれ、こわっ。
こぽりと、腹の奥から何かが零れる音がした。
「あー、僕はなんも見ないでいたからさっさと帰れ」
「っ、でもっ」
私の方をちらりと見た後、牛さんに説くように話しかけるイケメン。
ちょ、まっ、喉声でないんですけど。あとなんか気分悪い。
必死に声を出そうと胸を叩いたり口に手を入れたりする。
「……駄目なんだよ。な、わかるだろ」
「…っ、………………はい」
失礼します、と言って牛さんが憎たらしそうに私を見た後、小走りで去っていった。
おおう、イケメンさんってもしかして偉い人?
イケメンさんがしゃがみ込み、私と視線を合わせた。
植物を観察するように、無機質な瞳で見つめられる。
思わず背筋がゾッとした。
それと同時に、腹の奥で沸々と本能のような怒りが湧き上がってくる。
「君、どうやって逃げ出したの」
「……」
「あぁ、ごめんね声出なくしてた」
パチンと、彼が指を鳴らした瞬間、フッと喉が自由になった感じがした。
「あ、あー」
「……」
声が出るようになったことを確認する私を、変わらず無機質な瞳で見つめる彼。
あぁ、どうしてだろう。私は普段こんな事じゃ怒らないのに、怒る理由もないのに、腹の底からドロドロした痛みが湧き上がってくる。
心が爛れる。なぜ。
今すぐこの男の喉笛を噛みちぎってやりたくなるのか。
必死に心臓を掴むように胸を圧迫し、目の前の彼に問いかけた。
「…っ私になにをしましたか?」
「僕から問うてるんだけど」
「うるさい黙れ」
自分の喉から熱い息が零れる。
呼吸が粗くなる、心臓がものすごい勢いで脈を打つ。
なんだこれ、私はこんなに意味も分からず怒るほど幼稚だったか、違うよな、なぁ。
ただ本能的にこの男が死ぬほど憎い。
この瞬間、この男を殺してしまいたい。
いきなり暴言を吐いた私に一瞬面食らったような顔になった彼だったが、数秒後に少し驚きが混じった笑みを浮かべた。
「お前、もしかして魔女の家系か?」
脂汗がじわりと湿る額に青筋を走らせて目の前の男を睨んだ。
なんだよそれ知るか。
私が魔女なわけないだろ、魔女の家系っていったらあれだぞ、人間の中でめちゃくちゃ魔力が強い一族だぞ、農村の子どもでも知ってるわ。
私はいたって普通の弱小貴族の一人娘なんだが。権力も財産も地位も、おまけに私は魔力もないんだが。新手の罵倒か?なんて回りくどい。
怒りと困惑がごっちゃになって、訳が分からない。
私は今どんな顔をしているのだろうか。
私の顔を見て、なんだか面白そうに男は笑いながら話し始めた。
「あははは、久しぶりだなぁ魔女の血をひくものに会えるなんて」
「私魔女なんかじゃない」
「ううん、違うよ。僕の魔法に過剰に反応した上、今凄く僕に腹が立っているだろう?訳が分からず、僕に憎しみを抱いているだろ?……魔女の血が関連してなかったら、相当君頭おかしいよ」
なにを言うんだこいつは。
くっそ、段々怒りが収まってきたが、腹立つくらい顔がいい奴に馬鹿ににされまくってるような気がしてきて普通に腹が立ってきた。
「僕はエルフと半魔のハーフだからね、憎いエルフに本能的に魔女の血が反応してるんだろう多分」
「だから本当に魔女じゃないです私」
「うーん、まぁ魔力は少ないけど、なんか特別なスキルでも持ってるのかな?」
思わず顔を顰めた。
図星を指された。
不死のスキルが特別なスキルでなかったら、この世のスキルみなクソである。いや、不死のスキルは私にとってクソだが。
顔を顰めた私をより一層ニマニマしながら見つめるイケメン。
「あ、図星?助けてあげたんだから、そんな顔しないでよ」
「……別に助けなくても大丈夫でした」
「でもあのままだと君死んでたよ」
死んでも生き返ります、と言いそうになったところでふと自制する。
これを言ったらこの人に私のスキルを教えることになる。
咄嗟の感情で迂闊な行動をしては後で後悔することになる。
歯を食いしばった。やっぱり悔しい。
「あっ、こんなところに!!」
いつもご飯を届けてくれる女の子がものすごい勢いでザザッと、曲がり角から現れた。
やば、見つかった。怒られちゃう。もしかしたら処刑かも。
「あぁ、ミアージュ。この娘さっき殺されそうになってたんだよ」
「、貴方が守ってくれたんですね、礼を言います。報酬も取らせます」
「いやいい。それよりさ」
イケメンが私を指さしてミアージュ、と呼んだ彼女に言った。
「この子、魔女の家系だったよ」
「はっ??????」
「魔女はさ魔族から好印象でしょ、普通にこの城で雇ってもいいんじゃない?」
そう言った後、良かったね、地下牢から地上に住居かわるよと男は私に笑いかけた。
………は?????
ここまで読んで頂きありがとうございました!