3話
私は飯の最中、遂に耐えられなくなった。
「いや、暇すぎ」
「……貴方この環境が天国だとか言ってらっしゃいましたよね?」
「天国だけど、天国ですけどぅ、なんかこう、スリルが欲しい。本くらい持ってきてくれても良くないですか?」
「この牢獄内に捕虜の生命存続の際に必要最低限のもの以外、持ち込むことは禁止されています」
「ええー」
ここに来るまで、姫様の元で血生臭く怪我が絶えない、大変スプラッターな日々を過ごしていた私にとってはここは確かにとんでもねぇ楽園で絶対にここから出ることなんてないと思っていたが、
………楽園であると同時に、暇すぎるのである。
うーん、この城に来てから2週間が経過した。
毎日食っちゃ寝て、食っちゃ寝、そろそろウエストがヤバいかもしれない。謎に健康な食事、肌荒れなどは改善したが、このままだと完全に豚になる。
一昨日くらいから暇な時間に筋トレをしてみるが、なんせ、散々食っちゃ寝してきた私だ。
体バッキバキ過ぎて、腰から変な音が鳴り、やめた。
柔軟は昔から割とできる方だったので、なんとかヨガをして暇をつぶすことに成功している。
だがまぁ、限界というものがある。
私が普通の平民で、普通の日常を送っていたら、まだこの生活も余裕だったかもしれない。
しかし私が今まで過ごしてきた日常は、過激なR18Gである。全然平和じゃない。血生臭せぇ。
要するに、体が受け付けないのだ、この平和で素晴らしい日常を。
スリルがありすぎる生活を送ってきたが故に、こう、なにもないと心がムズムズするのだ。
私は別にもう一度ひどい目に遭いたいってわけじゃない、むしろ勘弁してほしい。
灰色の壁を見てため息をついた。
だけど、すこし、すこしだけ、彩りが欲しい。
私は考えた。
一晩中、葛藤する思いを胸の内に秘めながら考えた。
そして導き出したのだ、一つの答えを。
「よし、脱獄しよう」
「もし本当にそう考えているのなら、私が監視している間に言うのは相当馬鹿です」
「流石に冗談だよん、えへ、」
「………無駄口叩かず早く食べてください。貴方の皿を私が回収しないといけないんです」
そう、この子は私の食事が終わるまでずっとついていてくれるのだ。
それに最近気づいた。
話しかければそこそこ返してくれる。
ちょっと嫌味っぽい言い方はするけど、初期のあの鋭い殺意はあんまり感じられなくなった、ような気がする。やっぱり仕事と割り切ってるというか、冷めた感じはするけど。
「急いでください、私この後会議があるんです」
「えーいかないでよーさびしくなるよー」
「………………」
「分かりました早く食べます」
勢いよくご飯をかきこんだ。
君ヤバいよ、視線だけで人殺せるよ。
・
この城に来てから体感約一か月が経過した。
そろそろ本当にヤバい。日の光に当たってないのとか結構いろいろあるけど、体に禁断症状っぽいものが出てきている。
女の子にヤベェよどうしよとご飯の時に相談したら怪訝な顔で言われた。
・
「そもそも捕虜として地下牢に入れられた時点で貴族のご令嬢は気が狂うものですよ、貴方が今まで健康で元気だったのは貴方がおかしいんです」
・
ひどぉい。
しくしくと泣きまねをすると飯を早く食べろと急かされた。
割と本気で泣きそうになった。
……脱獄してやる。
女の子が皿を持って消えた1時間後。私は決意した。
やめておけ、なんてことを考えてんだアホガールと脳内でもう一人の私が言う。
いや、そもそも私はもうガールなんて言える年か微妙なラインだ、あっ、今年酒が飲めるようになりましたどうも、ピッチピッチの20歳です。貴族の中では完全に結婚適齢期過ぎてます畜生。
自分でも気づかなかったのだが、私の頭はこの時なかなかにイカレてたらしい。
頭にふと浮かんだ、自らの不死というスキル。
死なないんだから私って無敵じゃね??
それが決定打となった。
「………………やるか」
多少痛くても、姫様の凄まじい拷問を経験した私だ、多少痛くても多分恐らく問題ナッシング。
決意を固め拳を握りしめた。
・
よちよちと、地面を這いずって体を穴からなんとか抜ける。
硬い壁を削って穴開けたぜヒュー!
クソほど大変だったわ。え?どうしたのかって?
魔法で指を硬化して、こう、ガリガリと。
痛いは痛いが、こんなもん、城にいた時の地獄と比べれば痛くない。いや痛いが。
血みどろになった自分の指を見て、なんとも言えない気持ちになった。
不死は死なない、それだけのスキル。
痛覚は普通の人間と同じだ。
随分と、私は変わっちゃったみたいだ。
昔は石に躓いて転ぶだけで、痛くて泣いてしまっていた。
………それが今ではこうである。
姫様はなんというか、拷問の耐性を他人につける才能がおありだったんじゃないか??
あーもうほんと素晴らしい、戦場で何人も人を殺した兵士よりよっぽど残虐性があるよアンタ。むしろそこらの兵士より人を殺した数は多いんじゃないか?ほら、私200回以上殺されてるし。
恨みつらみを吐いていると、どんどん肺の奥に冷たいものが溜まっていく。
痛いと思っても死ねないので、いつか死が一番怖いものになってしまった。
こんな痛みの先にある死とはなんだろうと、考えるたびに寒気がした。
……いつからこんなに生き汚い人間になってしまったのだろうか
赤に染まっているボロボロの両手を握りしめ、前を向いた。
――捕まってもいい、私は死なない。
そもそも、牢屋に見張りを置いておけば私を逃がすこともなかったし。
うん、べ、別に、脱獄しちゃいけないなんて法律ないし。………ないよね?
………えぇい!私は無敵だ、なんとでもなる!
せっかくあの城から解放されたんだから好きに生きようじゃないか!このスキルが生きる時が来た、それだけだ。
べっ、べっ、別に魔族の人達に殺されても、姫様よりも残酷な殺し方はしないだろうよ。
………大丈夫だよね??