18話
夜の森は森の香りがした。
そりゃそうだよな、なに言ってんだ私。
「魔女の娘、そんな動いているとしているとまた舌を噛むよ」
「その呼び方やめて下さ、ッッイッッタ!!!!」
「おいっ、お前たち!操縦しているのはボクなんです!気が散るからやめて下さい!」
水色髪のエルギスさんが怒った。
舌を噛んだ痛みに悶えて口を押さえていると、隣で飄々とした笑みを浮かべながら立っているイケメンさんと目があった。
「……あ、…………ありがとうございます」
「ううん。でももう喋らない方がいいかもね」
あいっかわらず何者なんだこの人。
無詠唱で傷口の箇所も見ずに治癒魔法を施すとは。しかもこんな瞬き一つの間で。
この人に魔法を掛けられると前は何故か苛々していたが、今日はなんだか普通だ。ほんっとうに顔が綺麗だなぁ、くらいしか感想が湧いてこない。
言われたとおりに喋らないように意識しながら口に両手を添えていると、ふにゃりと地面が揺れた。
倒れそうになったが、膝に力を入れて何とか堪える。アッまた舌噛みそうになった。あっぶね。
『これ』を操っている彼を見る。ちょっと魔力の揺れが見えた。
「エルギス、感情と魔力は切り離して制御しないといけないよ。とは言ってもそんなことできる子、ここ400年は見てないけどね」
「………ボクは貴方を信頼していません。オーヴィタ様もオーヴィタ様です。魔女との対話なんて四天王一人で事足りたのでは?」
「それは駄目だ。エルギス。君は「魔女」を舐めすぎている」
やめてくれ、喧嘩とかおっぱじめないでくれ。
ここにか弱い乙女がいるんだぞ。本当に私弱いからな?舐めるなよ。
ただでさえ魔族の四天王と、その四天王の一角に崇拝されてるエルフなんていう訳わからんチート的肩書を持ってらっしゃるんですからテメーらはよォ。
こんなとこでこいつらがファイトしたら私は最低30回は巻き込まれて死ぬと見た。
私、我が家に里帰りしてるなう。
四天王のヤベェ水魔法を使えるらしい(本人が言ってた)エルギスさんが、本当にヤベェ水魔法を使って森の中を縦横無尽に爆走してます。
本当にすごい水魔法の使い手だと思う。今、水でできたクソデカいお椀みたいなものに私とイケメンさんは座っているのだが、タイヤとかはついておらず、水がスライムのようにうにょうにょと高速で動いて前に進んでいるという感じだ。説明下手くそでゴメン。
エルギスさんは私が座り込んでいる場所ではなく、このお椀の外側にくっついている、完全にスライムのような丸い形のふにゃふにゃの水に座って杖でこの魔法を操っているらしい。
座っているこの水は確かに水なのだが、何というか、スライムに近いものを感じる。スライム触ったことないけど。ぷにぷにでほんのりヒヤッとする。
まぁ要するに私はスライムに乗って爆速で里帰りしている。
ほんっとうに爆速だ。
いや本当に。洒落にならない。暴れ馬の何倍の速度だよ。ホント風ヤバい。禿げそう。
「ちょ、速すぎませんかこれ。大丈夫ですか」
「ボクの魔法を信用できないと?障害物はスライムのように包み込みながら走っているので、乗っていてなんの衝撃も感じないでしょう」
「私舌噛みましたけど」
「貴方が興奮して跳ねてるのが悪いんですよ。貴族育ちでしたら、馬車に乗ったことくらいあるでしょう。馬車の中でも跳ねるんですか貴方」
跳ねねぇよ。それとこれとじゃ話が違うだろ!!!
……………え、馬車乗ったこと??あるけど??ありますけど??ないと思ったか?ハッ、ざまあみろ。
まぁ、貧乏な我が家は馬車なんてもんなかったけど。
でもお母様モテモテだからね、いろんな場所に御呼ばれするんですよ。そう、例えばキラッキラの装飾がついた値段ヤバそうな馬車を所有している上級貴族主催のぱーつぃーとかに。
その時々に私はお母様の娘(笑)として付いていかないといけないのだ。
そう言えば、お母様の容態は大丈夫だろうか。
こんなふと頭に浮かんでいいような、軽いことじゃないのだが、元来楽観的な性格なので仕方なかろう。
これでも結構ガチ目に心配してるのだ、私は。
なんせ、神殿の本を読みつくした。巡った神殿は3つ。
一般的な神父は神殿の3分の一程度を読破していると言えば、私の努力がお分かりいただけるだろうか
いや勿論ね、うん。全部覚えてるとかそういう超人的な能力を私は持ってないのでね、うん。
数年前のことだから、今も覚えてるのはお母様の症状に近い病の治療法くらいだ。多く見積もって精々200冊くらいだろうか。
「ねぇイケメンさん」
「どうした?まだ君の家の領にも入っていないけど」
長い睫毛を瞬かせ、優しく微笑んだ彼の瞳を見つめる。
「イケメンさんは、治癒魔法が得意でいらっしゃいますか」
「………………………うん、そうだよ」
どうしたの?
なにか私の眼差しから感じ取ったのか、落ち着いた声であやすように彼は言った。
「お母様は、実は病を患ってるんです、数年ほど前から」
「…………へぇ」
「貴方方が私のお母様のことを魔女と言うのを、私はずっと、今も正直信じ切れていません。魔女、であるなら、お母様は、病なんて、そんなもの、…罹らないじゃないですか」
「酷いことを言ってしまうけど、それが君に対しての演技だとしたら?」
目を見開いた。
知ってる。
お母様は、私になにかを隠している。
「違います」
「本当に?」
「お母様は、私になにかを隠している。それはわかります。けど」
屋敷にいた時、夜、お母様の寝室から、苦しそうな、苦痛に悶えているような声が聞こえたのだ。
毎晩毎晩。オンボロの屋敷の薄い壁では、隣の私の寝室によく聞こえた。
そんでもって、次の朝には何もなかったかのように笑顔で妖艶に私を抱きしめるのだ。
「私はお母様を信じているから」
唇を噛み、一泊置いて美しいエルフと向き合った。
「私は、貴方を信じる、だから貴方も私を信じて」
「お母様を、治してください」
目を逸らさずに言った。
すると彼は何故か楽しそうに、朗らかに笑った。
「いいよ、魔女の治療は楽しそうだ」
………………コイツ多分結構性格悪いだろ。、絶対。
・
エルギスさんが水魔法ブッ飛ばして、我がボロ屋敷がある小さな領地に入った頃、いきなり森に深い霧が立ち込め始めた。
「うーん、昨日余程雨降ったかなぁ………随分濃いっスわコレ」
おかしい。
私、この森は、ばあやがよく遊びに連れてきてくれたけど、ここまで濃い霧が出ることはなかった。
こんなに濃い霧はめずらしい。数年来ないうちに代わったのだろうか。
「普段はこれ程濃くないのですか?」
「うん、これはちょっと、異常かもしれないっすねー、エルギスパイセン」
「エルギスパイセン??」
おっと、魔族のおぼっちゃまにはこういうノリは伝わらないみたいだ。
「パイセン…………?古代呪語にそのような響きの単語があったような気がするが……もしかして魔女特有の敬称………?」とかぶつぶつ呟き始めたエルギスさんを、イケメンさんは彼のローブをかなり強引に引っ張って自分の横に後ずさらせた。
「なんっ、ですか、!?ボクは先程まで魔力消費が激しい魔法を使っていたんですから、もう少し僕に」
「エルギス、」
「大体ここまでボクの魔法ではなく、貴方の転移魔術で」
「エルギス。わかるだろう?」
イケメンさんがそう言うと、エルギスパイセンの表情が固まり、やがて険しくなった。
直ぐに小さくしていた杖を元の大きさに戻し、地面を突いて構えた。
イケメンさんは私の腰に手を回して引き寄せるという、イケメンにしかできない所業をやりおった。なんだコイツ、思わずこの私でもトゥンクしそうになったんだがコノヤロー。
それにしても、いきなり緊迫した空気になったな。
なんだ、私は何も分からないのだが何か起こっているのかさっぱr、
『―― 』
私の、右肩すれすれに、イケメンさんとの間を、地面から鋭い氷が貫いた。
息を呑むよりも早く、本当に一瞬でそれは壁となった。
「っ、ひゅ、ッ」
なんで、なにがおこった。
女の声がした。若い女の、冷たい声が。
違う。お母様じゃない。
じゃあ誰た。聞いたことがない。
―――聞いたことが、ない?
一瞬、背中を貫くような激しい違和感に襲われたが、それよりもイケメンさんとエルギスパイセンと離れてしまった、やべぇどうしよぉマジ病むぅ………
………いやふざけてる場合じゃねぇなこれ。
こんなところで死んじまったらよぉ、お母様に見つかるよォ。
お母様に見つかったらよォ、とんでもなくブチ切れられるよォ。
いやもうヤダ、ホント怖いんだからあの人。
私が死ぬたびにこの世のモノとは到底思えないような顔をしてお説教タイム(8時間コース)を始めるんだからあの人。
………………死なないように、ボクガンバル。