1話
あぁ、我が君。
愛しい姫様。どうして私の最期がこれなんですか。
腐りきって、皮が液体のように変わってしまった果実。
いいや違う。
この人の瞳は、美しい洋ナシの色をしていた。
だからこの人の御付きになった時は、そう大して何も思う事はなかった。
むしろ私は可愛い子が好きなので可憐な姫様のお世話ができてハッピーハッピーである。
ちょっぴり癇癪持ちだとしても、それも個性でいい味が出るのではないだろうか。じゅるり。
なぁんて思ってた頃の私に、パンピングボンバーをかましてやりたい。
中身がっ、中身がこんなクソ女という表現さえ幼稚に思えるようなクソと知っていればっ!
ギリギリと、首を掴む力が強まる。
よくこんなに絹のような柔らかい手で、人が殺せるものだ。
口からだらだらと、涎が垂れて床に落ちた。
絞首なんて、銃で撃たれるよりも痛いじゃないですか。
脊髄を砕いてほしいなんて、高望みはもうしないから、どうか今回は痛くない方法で死にたかった。
少し震えながら目を閉じる。
私はこの日、243回目の死を迎えた。
・
いやっふーぃ、おはよう世界!
目はまだ開かないが、次第に瞼に神経が通り、視界が鮮明になるだろう。
そうしたら私はまぁた姫様の御付き(サンドバッグ)にされるのだ。
さぁて、視界が冴えるまでに今私がいる場所当てゲームでもするか。
まぁどうせいつもの地下牢なんだろうが。
我が国、レーヴェルタは人間の国だ。
いや、人間の国はいくつもあるのだが、その中で最も大きい国。大国だ。
なんでも、4代くらい前の王様がボコスカボコスカ戦争おこしまくって国土を広げたらしい。
その王様は狂王と呼ばれ、様々な国、他の種族や魔族にさえも恐れられるほど強かったらしい。
そんで、その王様が死んで、次の王様も若く死んで、その次の王様が即位して6年で今の王様に地位を渡しちゃって、で、今の王様の愛しい一人娘が私の仕えてる姫様だ。
その姫様がもぅ、もう、ほんっっっとうにサイコパスクソビッチでありまして。
自分の楽しいことのためなら、もうなんだってする、するというかできる王女様。
なんてったって、死んだ王妃様にそっくりの姿の姫様はお父様である国王陛下に溺愛されてて、姫様がどんな大罪を犯しても笑顔で許すというか、その証拠を消す国王のせいで、姫様の残酷な我儘度は助長した。
そして私はその姫様の玩具である。
いやぁ、どうしてこうなった。
元々私はしがないメイドだったんだけどなぁ。
大した役職にもついていない、ただの王宮の掃除係。
やっぱあれか、私のスキルがバレたのがすべての始まりだった。
あれは庭園が綺麗にバラの花で埋め尽くされていた季節だった。
なんかが原因で、傍にいたメイドにキレた姫様が、お茶を入れていたティーカップでメイドを殴り付けようとしたのだ。
そこを、私が咄嗟にそのメイドの前に出て庇ったのが悪かった。
私は死んだ。
普通に大切なところをやってしまったらしく、あっけなく死んだのだ。
いやまぁ、生き返りますけどね。
数秒後、血だらけでむくっと起き上がった私を見て発狂した姫様。
あぁ、あの頃はまだ初々しかった。
今ではなにか嫌なことがあると私を殺す彼女だが。ヒステリックすぎて笑う。
突然だが私の名前はラズベリーという。
「私の名前?ラズベリー☆」というと、皆大体「は?」みたいな顔をする。
可愛らしい名前は、可愛い子にしかつけてはいけないと思う。
つまりはそういう事である。畜生。
いやぁ、容姿は悪くないはずだ多分。美人だと褒められる母に顔が似ている、とよく言われるからね。だがまぁ、母親の退化版、パッとしない顔。というのが私の第一印象であろう。
髪はいたって普通の茶髪だし………母親は蜂蜜を染み込ませたような艶のある美しいシャンパンゴールドなのになぜ。全く手入れをする時間もないので、気が付いたら随分とボロボロになってしまった。
そう地味なのだ、大輪の薔薇のように美しい母親に比べられるまでもなく、地味。顔の骨格やパーツは似ているのになぜですか神様。下手な不細工に生まれなかっただけ感謝しろという事でしょうか。んな殺生な。こちとら生まれてこの方美しすぎる母親に比べられてきたんですよ。
ちなみに私の父親は
いやまぁ、神様に文句を言いたいことは数えようと思ったら100は超えるのだが、その中で一番私がこれほど信仰心がない所以たる呪いがある。
一応言っておくが、私は今まで、なにも罪を犯さず、真っ当に生きてきたつもりだ。
なんでこんな仕打ちをうけなくてはいけないのか。
何故神様は私に、『不死』なんていうスキルを授けたのだろうか。
不死。それは死なないという呪い。
いや、老けるんだけど、寿命が尽きるまでは何があろうと死なないというスキルである。
あっはっは、おめでとうございます、とんでもねぇクソチートスキルです。
下手にこのスキルを知られれば、戦争での肉壁になったり、酷い扱いを国から受けることは自明の理。
ならば、なるべく王宮にはかかわらないでおこう。
そのつもりだったのに。
なにがどうしてこうなった。
「あ、声戻った」
しぱしぱするが、一応目も開く。
不死は、ランダムで死んでから目覚めるまでの時間が違う。
三日目覚めないこともあれば、秒で起き上がることもある。
姫様が言うには、「お前は私の一番おもしろい玩具♡」らしいので、私が逃げないように私が生き返るまでの間、地下牢に閉じ込めて逃げ出さないようにするのだ。ひどいや、あんまりです。
ぼんやりする視界で、必死に周りの情報をかき集める。
埃臭いんだよなぁ、毎回だが、生き返った直後にのどを痛めるのは憂鬱だ。
こんな地下牢だから、死刑囚が死刑前に体調を壊し、病に侵され死ぬんだよ。
段々と視界が鮮明になっていく。
「……あれ、地下牢にしては随分と明るい」
おかしい、普段は真っ暗闇なのに。
上を見上げてみると、魔法石がはめ込まれた照明が暖かい光を撒き散らしていた。
は?魔法石?
罪を犯した王族を閉じ込める地下牢かここは?
すらり、と、足で床を撫でると、冷たい汚れた硬い石の床ではなかった。
少し湿ってはいるが、きちんと柔らかい絨毯。
「は??」
え、なに?何この神待遇。
開いた口が塞がらない。
どうして、ほんとにどうして………????
姫様は私をいたぶるのが心から好きみたいなので、私の苦しみのためなら何でもする。
こんな地下牢に、私を入れるなんて、遂に気でも狂ったか?いや元々狂っているか。
「あぁ、もう起きたんだね。てっきり、こんな汚い場所に閉じ込められて貴族のお嬢様は発狂してるかと思ったんだけど」
不意に、いきなり横から声がした。
檻の外に、人が立っていた。
なんで??足音しなかったよ誰だよ貴様いつからそこにいたんですかおい。
あ、魔法でいきなり現れたのかな??魔法なのかな??
そんなレベルの魔法の使い手が来るとは、ついに姫様に私、捨てられて殺されちゃうってこと??
いや私死なねぇけど。不死ですが。
冷や汗がダラダラと流れる。
だめだこりゃ、頭が興奮状態でよく回らない。
「ん?あぁ、安心してよ、僕は君を殺さないから」
「えっ、イケメン?」
「は?」
一歩一歩、鉄格子に近づいてきたその男の姿がはっきりと見えるようになった。
淡い色合いの白に近い灰色の髪。色素が薄い肌に、背は高く、上質な生地の黒いマントを身に纏っている。中に来ている服装はよくわからないが、巨大な杖を持っているので多分魔法使いだ。
そしてこの男、べらぼうに良い。
なにって、顔が。
いやぁ、この城にこんな顔のいい魔法使いいたっけ。
一応この城で働いているものの名前と顔は全部覚えているけど、こんなイケメンいなかったはずだ。
イケメンは「は?」という顔でただ茫然と私を見ている。
うーん、本当に見たことない。
王宮に呼ばれた、どこかの魔法使いだろうか。こんなに顔が良ければさぞかしモテるだろう。
まさか姫様のお手付き………、いや、初見でそこまで考えるのは失礼だな、よそう。
イケメンの顔をじっと見つめていると、その美しい顔が柔らかく微笑んだ。
「んー、君はちょっと混乱しているのかな。まぁ目覚めたら人質としていきなり地下牢に閉じ込められてるんだからそれもそうだよね」
「オニーサン肌もちもちだね、なんの化粧水使ってるの?」
「……重症だね」
くっそ、いいなぁ羨ましい。
私、長いこと肌の手入れなんてできてないんだよね。
目覚めるたびに健康体にリセットされるわけだから、まぁあんま気にしないんだけど。
にっこりと笑っているイケメン。
うーん、コイツ多分食えないやつだなぁ。いるよねぇ、こういう腹の中で何考えてるのかよくわからないやつ。
だってすっげぇ綺麗な笑みだけど、顔から感情が感じとれないもん。
「……君、貴族のご令嬢なんだろ。不便だと思うがここの地下牢で………」
「久しぶりに快適な場所で目覚めることができありがとうございます、」
「は?」
あ、二回目の「は?」頂きました。
いやそんな、奇妙なものを見るような目で私の事を見ないでくれ。
………お前、どんな表情でもイケメンだな、腹立つわ。
「そのうちまともな精神状態になると思うから、その時もう一度話すけど。
ここはね、魔族の城なんだよ。君たちが言うところの魔王城ってやつだね。ちょっと色々あって君はレーヴェルタの国王に売り飛ばされたんだよ」
「なるほど、
………はい?今なんて言いました?」
「君は、捕虜として、この地下牢に収容されてるの」
なるほど、ようわからん。
よう分からないが、死んだばっちゃが言っていた。
わからないことは、考えるな、感じろと。
ごくりと、唾をのんで、イケメンに問いかける。
「つまり、………
私をあんなくそみてー国から救い出してくれた上に、こんっな隙間風や雨漏れもない、そこそこ掃除も行き届いている、明かりもついてる天国みたいな環境にぶち込んでくれたのは魔族だと?
え、待ってありがとうございます、ちょっとここにずっといたいんですけどいいですか?是非ともここにいさせてくださいお願いします。むしろ王城の秘密私が知っている限り何でも話しますし、できることなら何でもしますので、ほんと、ここにいさせてくださいお願いします」
地に頭を擦り付ける勢いで華麗な土下座をした。
お兄さんは顔を青くして引いていた。
どうやら、人類が誇るべき文化、土下座は魔族に通用しなかったみたいだ。