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9.〈夢の中〉の話をする

 キング史也は、床に座ってオレのギプスの足を膝に乗せたまま、上目遣いでオレの言葉を待っている。


 とりあえず、最初から話すことにする。


「ええと、4月5日の始業式の日の朝に、夢を見て……スゴイ、長い夢」

「夢かよ!」

 キング史也があからさまにがっかりした顔をしながら、「で?」と先を促す。


「『学校改革』が始まるよっていう夢で、一人のおっさんが考えた今までの学校とは違うやり方で、強制的にいろいろやらされるんだ」

 オレは、水玉さんがやっていたことを考えながら言葉にしたつもりだったけど、思っていたよりちゃんと説明できていない。ダメダメだ。


「なんだそれ、ヒドイな」

 キング史也がそういうのは当然だ。


「いや、ごめん、オレの説明が駄目なだけで……ああ、そうだ、夢なのにクラスの全員が今のクラスと同じメンバーだったんだよ」

「えっ、何それ? クラス分けが分かる前に?」

「うん」

「スゴイじゃん、予知夢?」


「うーん、そういうのとは違うな。先生も違ったし。あっちは神宮司先生っていう若い学校改革のために来た先生だった」

「へえ」

 まったく興味無さそうな返事だ。神宮司先生のこと、スゴイ信頼していて大好きだったくせに。

ああ、でも、あんまり話すと夏休みのことも話さないといけなくなるから、この辺は黙っておこう。お父さんのことは大好きなままの方が良いと思う。


「えーと、学校改革の初めは、クラスの全員と毎日話さなくちゃいけなくて……」

「げっ、なんだそりゃ」


「でも、それのおかげでオレたち初日から仲良くなったんだよ」

 オレは、初日を思い出してニヤリと笑ってしまった。

「へえ」

 逆に、キング史也はつまらなそうな顔をした。話し、つまらないかな? よし、必要なところだけ簡単に話して、ちゃっちゃと終わらせよう。


「先生とも毎日話さないといけないんだけど、最初の時に先生が『朝ご飯は何を食べてきたか』っていう質問を全員にしていて。それで、穂坂名人が毎朝トースト1枚しか食べてないっていうことを、その時その先生が教えてくれたんだ」

 できる限り、分かりやすく話しているつもりだけど、ちゃんと伝わっているだろうか?


「ふうん? で? 何でその先生がお前に穂坂のことを教えたのか分からないけど、それを聞いたからって、何でうんこが穂坂に朝ご飯の作り方を教えなくちゃいけないんだよ?」

「……だよね?」


 ああ、これは……また同じ説明しなくては。……もう、開き直るしかない。


「ええと、オレ、2年前は穂坂に毎日いじめられていたんだよね。あの時はどうしていじめられていたのかさっぱり分からなかったけど、たぶん、オレの日記が原因なんだ」

「日記? とは?」


「その時の担任の先生が、面白いとか上手く書けていると思った日記を何人か選んで、たまにプリントにして配っていたんだ。その中のオレの日記に、母上が朝食に焼いてくれた目玉焼きが失敗して焦げていて、おいしく食べられなかったという文句がつらつらと書かれていて……」

「そんな日記を選んだ担任が悪いんじゃん」


「いや、担任の先生は褒めてくれたんだよ。文句を言いながらもその表現が面白いって言ってくれたから、オレはむしろ、喜んでいたんだ」

 オレにとって、貴重な、褒められた経験の思い出だ。


「そもそも、そんな日記を書くくらい、母上に感謝の気持ちを持っていなかったオレが悪いんだし。穂坂名人は、それをオレに教えてくれたんだよ。毎朝、しっかり朝ご飯を作ってもらっているオレが、たまに失敗したからって文句をぷりぷり言ってたら、そりゃあ、いじめたくもなるでしょ?」


「まあ、朝からトースト1枚じゃ、腹が減って怒りっぽくなるよな。で?」


「で? とは?」

 キング史也の真似をしてみた。

「だから、何でお前が穂坂に教えるってことになったの?」

 キング史也が首を傾げる。


「ああ、そうか肝心なことを言ってなかった」

 あれ? 何でだっけ?

 えーと、確か母親に話した時に、母親が穂坂名人の朝ご飯を心配したのが始まりだったような……いや、母親に引っ張られての使命感だったなんて、恥ずかしくて言えないな。


「えーと、だから、オレが悪いって言うことを教えてくれた穂坂名人に、お礼だよ」

 うん、間違いではない。


「えー、それだけ? いじめられていたのに? うんこは人が好過ぎだよ」

「だけど、朝からお腹がいっぱいだと、穂坂名人機嫌が良いでしょ?」


「ああ、そうだな。確かに、うるさくなくて良いな」

「史也のお姉さんがいると、さらに静かで機嫌が良いよね」

「そこはどうでもいい」


「お姉さんと言えば」

 オレは『うんこ祭り』を思い出した。話さねば。

「夢でも3人でクッキーを作ったんだよね。あっちで最初にうんこを作ったのはキングさんだったけど」


「え?」キング史也が目を見開いた。「……嘘だろ?」


「具の入ったうんこは、その夢でキングさんが作ったものだよ。パクったんだ」

「なっ……」

 キング史也は絶句した。


「3人でうんこをいっぱい作って、まさに、うんこ祭りだったな」

「うんこ祭り……だと?」


「で、その勢いのままキングの家に遊びに行ったんだ。3階建てのカッコイイ家で、玄関前にはシマトネリコの大きな木と、外国の高級車が停まっていたよ。玄関を入ったところが吹き抜けになってたな」

「おお……」


「最初、家には3番目のあのお姉さんだけがいて、話しているうちにお母さんが帰って来たんだ。で、キングさんがお土産のクッキーをお母さんに渡して、お母さんが激怒しているところに、上の二人の髪の長いお姉さん達が帰って来たんだけど」

「うん」

 大人しく話を聞くキング史也。


「途中で、うんこの上品な言い方は何だとかいう話になって、オレたち3人で話し合った結果、『とぐろ状排泄物』っていう名称が決まったところで、3人で絶叫して追い出されたんだ」

「何やってんだよ」

 キング史也が呆れている。いや、キミもいたんだが。


「そんなわけで、オレが見た日比野家のお姉さんたちは、皆それぞれが違う良い匂いがして、ずっと怒っていて超うるさいっていう印象しかない」

「え……」


「だから『賑やか』っていうのは、オレとしてはとても気を遣った表現だったんだけど」

「は……」

 大きく目を見開いたキング史也が、腹を抱えて笑い出した。


「うんこ、お前サイコー」

 ヒーヒー笑いながら、涙を流している。

「おれ、こんなに笑ったの初めてだよ……く、苦しい」

 そう言いながら、床をごろごろと、まさに笑い転げている。


 しばらくごろごろしたキング史也は、ぐったりと笑い疲れた体を投げ出していた。まだ笑いの余韻を残したキング史也が息を整えるのを待ちながら、オレはまだ何か言い忘れが無いか、ぼーっと考えていた。


「……パラレルワールドってやつかな?」

「は?」

 まったく予想外なことを言われて頭が真っ白になった。


「いや、パラレルワールドは平行世界だから、同時に進行するのか? じゃあ、ちょっと違うか……」

 史也は難しい顔をして、そこを掘り下げる。


「ええっ? そんなことをずっと考えていたの? いや、ああ、どうなのかな? オレはてっきり、変な夢だとばかり思っていたから……」

 頭を切り替えて史也の話について行こうとするけど、ついて行けない。


「まあ、それはどうでもいいか」

「どうでもいいのか!」オレは全力でツッコんだ。


「で、そっちでオレたち、仲良かったんだろ?」

「う、うん」

 オレは〈夢の中〉を思い出しながらうなずいた。


「あっちでは最初から、何でかよく分からないけど史也に気に入られていたな」

「へえ」


「オレはずっといじめられていて、ずっと友達がいなかったことが恥ずかしかったのに、『じゃあ、自分が初めての親友だ』って言って、史也はそれを『良かった』ことにしてくれたんだ。オレはそれがスゴク嬉しくて、史也のことは大事にしなくちゃってその時思ったな」


 あ、ヤバいな、これはキモいとか思われそう。とか心配したけど、史也は内容以外のところが気になったようだ。


「『史也』?」

「あ」

 言っちゃった。まあ、いいか。


「そっちでは、そう呼んでいたの?」

「うん」


「オレも? 『未知流』って?」

「う、うん……」

 おおう、久しぶりに呼ばれた!


「じゃあ、こっちでもそれでいいか。うんこじゃ何だし」

「え、うんこでいいよ」


 史也がもの凄く嫌そうな顔をした。

「はあ? お前、どんだけうんこ好きなんだ?」

「いや、魂の解放を……」


「何、訳の分からないこと言ってんだよ。未知流な! 今から」

「う、うん」


「お前も、ホラ」

 史也が、人差し指をクイクイして、何かを促す。あ、これ、前と同じだ。


「ふ、史也?」

「えへへー」

 史也が首を傾げて、見覚えのある笑顔で笑った。オレの胸の内に、何かほわ~んとするものが沸き上がった。


「あ、あのさ、オレの話、信じてくれるの?」


 史也がキョトンとした顔をした。

「信じないわけないだろ。うちの姉ちゃんたちがうるさいって知っているし。それに、オレとしては、やっと、ここ最近のモヤモヤしていたものが、スッキリした状態だからな!」


「え、そんなにモヤモヤしていた?」

「そりゃあ、だってお前は何か隠しているし」


「バレバレだったの?」

「バレバレだよ」

 オレは頭を抱えた。上手く隠しているつもりだったのに。


 そうだ、史也は人の話をちゃんと聞いて、そこからいろいろ考えるヤツなのだ。オレのテキトーな浅知恵でどうにかできる相手ではなかった。


「でもさ、オレ、今の状況を史也に話せて良かったよ。こんなこと、誰にも相談できないじゃん? 一方的にオレばかり、皆のことを知っているなんて気持ち悪いと思われるだけだし、もう、どうしたら良いのか分からなくて、ホント、困っていたんだ……」


 史也がニヤッと笑った。

「オレと未知流だけの秘密だな」


 その、嬉しそうな史也の笑顔がぐにゃりと歪んで見えたと思ったら、オレの目から、滝の様な涙が流れ落ちていた。自分でびっくりした。


 自覚は無かったけど、オレはとても気を張っていたらしい。まあ、いろいろ不安だったんだと思う。バレちゃいけないというプレッシャーとか、自分一人が異常な状態とか、何もかもが。


 史也は、こんなめちゃくちゃなオレの状況をすんなり受け入れてくれて、秘密を共有すると言ってくれた。こんなに嬉しいことはない。心強い。


 しばらくの間、オイオイ泣いていたと思う。ふと気がつくと、オレは枕カバーで顔を拭いていた。たぶん困った史也が、タオル代わりに枕からひっぺがして渡してくれたらしい。ティッシュはさっき、史也が使い切ったから。


 こんなに泣いたのは小学校に上がってから初めてだったけど、泣くと、こんなにスッキリするのかと驚くほど、スッキリした。


「もう、史也のことを史也って呼んじゃいけないとか、考えなくていいことが嬉しい」

素直な気持ちを言ったら、「呼んで良かったのに」と、ニッコリ笑って言われてしまった。


「あ」

 史也が何か思い出した。「きな粉の話って、あれ、オレのこと?」


「うん、そう。早く史也がきな粉を好きって知っていることにしておきたくて、ちょっと失敗した」

「やっぱりか……あれも変だと思ったんだ」

「きな粉は牛乳飲みながら食べると、むせないんだよね?」

「そんなこと、誰にも言ったこと無いのに……はは、やっぱ本当なんだな」


 ずっと心に刺さっていた棘が抜けた様な幸せな脱力感の中、〈夢の中〉と同じ様に何でも受け入れてくれる史也の懐の深さに、ああ、やっぱり史也は史也なんだなあと、ホワホワ実感するのだった。




 そして。だいぶ落ち着いてきた頃、ご機嫌でニコニコな穂坂名人が「トカゲ見せて」と言ってオレの部屋にやって来た。


 二人して、目が赤く腫れぼったくなっているのを見られて、とても気まずかった。


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