8.ピンチ!
というわけで、3人がそれぞれ考えたオリジナルのオープンサンドを試食する。
「はいよ、準備オッケ~! 誰のから焼く?」
「あ、じゃあ今回あんまり自信が無いからオレからお願いします」と、オレが手を挙げた。
「じゃあ、うんこからな」
2枚ずつ焼いてそれを半分コにして、ひとり2分の1枚分を皆で味見する。今日は、母親の分はお姉さんとさらに半分コにしていた。
「西京チーズでーす」
「最強チーズ? 強そう」
「違う、西京みそにウインナーとチーズを乗せたの。前に、西京ピザっていうヤツを食べて美味しかったから、それを再現したかったんだけど、ぜんぜん違うんだよね」
「そうだな、惜しいって感じ。何かが足りない」穂坂名人、厳しい。
「んー? でも、おいしいよ?」お姉さん、やさしい!
「じゃあ、要研究ってことで、次オレね~」
キング史也は、自分で食べる用に別にもう1枚用意している。さすが、自由人だ。
「厚揚げピザでーす」
「あ、これは美味しい」うん、素直においしい。
「うん、厚揚げにケチャップって合うな」穂坂名人は分析派。
「厚揚げが好きなだけじゃん」お姉さん、弟には厳しい。
最後に穂坂名人。キャベツと魚肉ソーセージが乗っているだけだ。ん? 何ができるんだ? と思っていたら、焼いた後にソースとマヨネーズをきれいに網目状にかけて、仕上げに鰹節と青のりだ。
「お好み焼き風にしてみました」
「なるほど、これはお好み焼き」これは笑った。
「スゲエ、こんな簡単なのにちゃんとお好み焼きだ」キングも感心。
「おいしい~」お姉さんも喜んでいて、穂坂名人も嬉しそう。
今日の優勝は『お好みトースト』に決まった。次回の開催までに次を考えておかないと。
キング史也が自分用に焼いた厚揚げピザを食べているうちに、穂坂名人はお姉さんのクッキー作りを手伝い始めていた。さすが、気遣いさんだ。
というか、一目ぼれしたらしい相手にあんなにグイグイ近づけるという、積極的な性格が羨ましい。マジで。オレには絶対できない。
そんなことを考えながら、ボーッと穂坂名人とお姉さんを眺めていたら、横からキング史也の顔がヒョイと出てきた。そして。
「ねえ、うんこの部屋、見せてよ」
食べ終わったキングが、指をペロリと舐めながら言った。
「い、いいよ」
オレは〈夢の中〉で初めて史也がオレの部屋に入った時のことを思い出しながら返事をしていた。
あの時は嫌われることを覚悟して、いじめられっ子だったこととか、自分のことを全部話した。
それでも史也は、駄目なところとか全部含めたオレを、自分の初めての親友だと言ってくれたのだ。
史也の懐の深さと、あの時の決心を噛みしめた。
「へえ、ここがうんこの部屋か。本ばっかだな」
キング史也は、〈夢の中〉と同じようにアルマロカリスのぬいぐるみを手にすると、オレのベッドに座った。
「まあ、座れよ」
自分が座っているベッドの右側の部分をポンポンする。オレのベッドなんだけど。
大人しく横に座るオレ。
「あのさ……」とキング史也は何か言いかけながら、ふと、ベッド脇の飼育ケースの存在が気になったらしく、ヒョイと覗き込んだ。
「うわ、何かでかいのがいる!」
「龍聖王っていうんだ。大人しくて、かわいいんだよ。あ、そっちは虫だから見ない方が……」
龍聖王の説明をしている間に、隣のケースをそのまま覗き込んでしまった。実は昨日、補充したばかりだからウジャウジャなのだ。かわいいゴキが。キング史也は虫が嫌いだ。
「ぎゃっ、 虫だらけ! 何だよ、これ?」
「龍聖王の餌だよ」
「ええー、気持ち悪い……」と、言いながらウジャウジャを見つめるキング史也。
「コレが、コレを食べるの?」
「うん、そう。食べるのが下手だから、目の前に置いても逃げられるんだけど」
「野生じゃあ生きられないな」
そう言ったまま、キング史也は何か考え始めてしまった。右手をグーにして口元をおさえて、左手は右の肘に引っ掛ける、まさに、今何か考えていますのポーズだ。
「?」 オレは、そのままちょっと待った。
すると、おもむろにキング史也はオレに訊いた。
「何でオレが、虫が苦手って知ってるんだ?」
「えっ?」
あ、まずい、知らないふりをするのを忘れてた! あれっ、これはヤバい状況? いや、まだ大丈夫だ。
「いや、こんなにウジャウジャいたら、ふつう嫌でしょ? ていうか、虫、苦手なんだ」
オレは、ふつうを装って、初めて知ったようなフリをしてみた。変な汗が出てくる。
キング史也が黙って、オレを見つめる。ヤバイ。
「まあ、いっか……」
なんとか納得してくれたキング史也は、やっと考えていますのポーズを解いた。
そしてキング史也は「よいしょ」と言いながら床に座って、オレのギプスの足を持ち上げ、自分の膝の上にそっと乗せた。
そして、オレの足を見つめながら、「痛かった?」と訊いた。
「へ?」
「これ、折った時」
「ああ、そりゃあ、折れたからね」
オレは、責めるつもりはまったく無いから、へろっと笑って言った。
「ごめん」
キング史也が、まっすぐにオレを見ていった。これは、心からの「ごめん」だ。
「いいよ。もう痛くないし、毎日ちゃんと世話をしてくれているじゃん」
「お前、ぜんぜん怒んないんだもん」
キング史也の目から、涙がぽろりと流れた。びっくりした。
「怒んないし、ありがとうとか言うし、うんこ野郎って呼べとか言うし、もう……」
その後は、もう、泣きっぱなしだった。
泣いた顔なんて初めて見た。〈夢の中〉でだって、見たこと無い。
オレはあまりの衝撃にしばらくボー然として、小さい子供の様に泣く、その泣き顔をただ見ていた。
キング史也は自由人で、何にも気にしていないような風にひょうひょうとしているけど、心の中ではいろいろ考えて悩んでいたのだ……ああ、そうだ、いろいろ考えるヤツなんだよ。オレよりも、人の話をちゃんと聞いて、考えるヤツだった。
オレは、何とか体を伸ばして枕元のティッシュの箱をキング史也に渡してあげた。結構、長いこと泣いていた。
ティッシュ足りるかな? と心配した頃、やっと落ち着いてきた。
「ほ、本当は、もっと、早く言う、つもりだったん、だけど……ほ、穂坂のヤツが、毎日、来るから、なかなか、い、言えなくて……」
しゃくりあげながら、頑張って話してくれるのが嬉しい。
「そうだったんだ。ごめんね」
「お前さ、穂坂と仲良いの?」
「え? いや、特には……」
「じゃあ、何で呼んだの?」
「あ」
そうだ、穂坂くんが朝トースト1枚しか食べてなかったとか、オレが知っていたらおかしいのだ! そもそも、いじめていた穂坂くんにいきなり朝ごはんの作り方教えるとか、実際、やっていることが訳が分からない状態だし……
あれ? どうしたらいい? これって、今度こそ結構ピンチな状況じゃない?
「え、えーと……」変な汗がだらだら流れる。
「チーン」とキング史也が鼻をかむ。鼻を拭いて、涙も拭いて、少し目は赤いけどスッキリしたキング史也と目が合う。オレはまだ、返事ができていない。ど、どうしよう……?
「あのさ。他にも聞きたいことがあるんだけど」
キング史也がグイグイ来る。
「な、何?」
えっ、なんだ? オレはもう、パニックだった。
「どうして、オレの姉ちゃんが3人いたら賑やかだと思った?」
キング史也が大真面目な顔で言った。
「へ? どうしてって……3人もいたら、賑やかでしょ?」
な、何を聞かれているんだ? 分からないぞ?
「オレのお姉さんと聞いて、賑やかだと思う人は今までいなかった。ふつうは、おしとやかで静かなお姉さんが3人いると思うんだよ」
キング史也は言い切った。
「あ」
そうか。確かに、氷の王子様のお姉さんだったら、静かそうということか。しまった、そこまで考えが及ばなかった。
オレは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「あと、何でオレが豆腐好きって知っていたの?」
「へ?」
「ポテトサラダじゃ、納得しなかったろ?」
「え、いや……」
あれ? 何でバレバレなの?
「昨日も、うんこクッキー持って帰るのを止めたし。好きなくせに、何で止めるの?」
次々と畳み掛けられて、もう逃げ場がないことを認めざるを得なかった。
「はあ……降参だ」
ため息をついて、オレは観念した。
「分かった。全部、話すから。ちょっと待って、頭を整理するよ」
えーと、何から話したらいいんだろうか……