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6.キングと名人

 今日のおやつは、待望のクッキーだ。


 今日の目的は、『穂坂くんと母親を仲良くして、穂坂くんを料理好きにすること』なんだけど、うーん、でもそれは〈夢の中〉でそうだったからっていうだけだから、無理にそうしなくてもいいのかなとも思う。


〈夢の中〉の再現が最善とは限らないのは分かっているし、今日は楽しくクッキーを作れば良いのだ。二人とも楽しみにしていたし。


 そう、無理に『うんこ祭り』にする必要もないのだ。




 家に帰ると、母親はちゃんとお願いした通りにいろいろ用意してくれていた。オレたちは2色の生地でクッキーの型を使って抜いたり、ナッツやチョコを乗せたりして、初めはちゃんと普通のクッキーを作っていた。初めは。


 それが、だんだんと妙な造形物が出来上がるようになってくる。前回のうんことはまた違う、モンスター系のおどろおどろしいヤツだ。


 うんこの時は分からなかったけど、史也は意外と手先が器用で、こういうものを作るのがやけに上手い。表情と言うか、バランスというか、絶妙なセンスが光る。


「スゴイなあ、日比野くんはこういう物を作るのが上手いね! こんな才能があったとは知らなかったな」

 いや、マジ知らなかった! オレは本気で感心していた。


「こんなもんを褒められたのは初めてだな。いつも姉ちゃんたちに気持ち悪いって言われてるし」

 史也が意外そうな顔をして言う。


「え? マジで? このセンスはヤバイだろ!」

「うん、上手いな」

 穂坂くんも同意する。


「いやあ、オレの新たなる才能が目覚めてしまったようだな」

 史也がなんか調子に乗って来たのでオレも何か作りたかったけど、オレにはセンスの良いモンスターを作る才能も無いし、他に作れるものもないので、しょうがなく、とぐろ状のうんこを作って史也の前に置いた。


 史也がうんこを見て、目を見張った。


「あれ? そういえば、オレ、うんこ野郎って呼ばれてないね」

 ふと、忘れていた疑問を口にすると、史也と穂坂くんの動きが止まった。


「え……? 古井戸、お前……」

 穂坂くんが、何か気まずそうな顔をした。史也は真顔のまま、うんこを見つめている。


「せっかく、オレに付けてくれたのに呼んでくれないじゃん」

 たとえ黒魔法であったとしても、史也が好きな言葉を唱えることで魂が解放されるなら、どんどん呼んでくれればいいとオレは思っている。

「はい、リアルバージョン」

 今度は本物志向のうんこを作って、とぐろの横に置いた。


「ブフッ!」

 史也と穂坂くんが同時に噴き出した。


「ええっ? マジで? お前、もしかして……本当にうんこ好きなの?」

 史也が信じられないという、本気の驚きの顔でオレを見る。


 今の史也は、小さい頃からお上品なお母さんに『うんこは下品なもので口にするのもおぞましい』という教育を受けて来た状態だ。うんこが好きな人などいるはずがないと、また、もしいたとしても、それはとても低俗な人物であるという思い込みに捕らわれているのだ。


 その史也が、今、少し揺らいだ。チャンスだ。


「うんこが嫌いな小学生男子がいるか?」

 オレは、キッパリ言い切った。


 そしてオレは、最終兵器を作り上げた。

「はい、昨日食べたナッツが未消化なまま出てきたうんこ」


 史也がまるで雷に打たれたかのような衝撃を受けているのが分かった。


 当然だ。だってこれは、〈夢の中〉で、史也が作った作品のパクリだからだ。自分の感性にぴったり合う作品を見せつけられたのだから、相当なショックを受けているに違いない。


 史也が、無言のままリアルバージョンにナッツ入りを立てかけて、イイ感じなる様に角度を調整すると、自分のスマホを取り出して写真を撮った。ちょっと向きを変えて、もう1枚撮った。ついでに、とぐろも撮っていた。


「ああああああっ……、もう!」

 史也は何か叫ぶと、クッキーの残りの生地を全部まとめて、まだら模様の巨大なとぐろを巻いたうんこを作り上げた。

「どうだ、リアルサイズだ。これで満足か? この、う、うんこ野郎!」


「ああ、やけにでかいと思ったら、本物サイズか!」

「なるほど!」

 ぽかーんと呆気にとられてみていたオレと穂坂くんは、その作品の真意を知って、また素直に感心した。


「よし、じゃあそのキングサイズに敬意を表して、日比野くんはこれから『うんこキング』と名付けよう」

 オレはこのチャンスを生かして、上手いこと史也にあだ名をつけることにした。だって、いつ間違えて『史也』と呼んでしまわないか、常にドキドキしていたから。


 そんなオレの思惑も知らずに、オレの言葉に、史也の顔がぱあっと明るくなった。


「キングか、いいな」史也は気に入ったようだ。

「うんこキングだよ?」オレは間違いを指摘した。

「だいぶ違うよな」穂坂くんが正しくツッコミを入れてくれた。


「焼けたわよ~」

 母親が、良いタイミングでさっき作ったモンスターを焼き上げて、持ってきてくれた。皆でわあっと覗き込む。


「あれ?」

 そこには、さっきまでのおどろおどろしさは全く無く、丸っとした可愛らしいモンスターたちが並んでいた。

 クッキー生地は熱で溶けて形が変わってしまうのだ。


「でも、これはこれで面白い」

「あんなに怖かったのに、かわいくなっちゃった」


 次に焼く分をオーブンの角皿に乗せていた母親が、リアルサイズを見つけてひとしきり笑った後、「これだと中まで火が通らないから、もう少し小さくしなさい」と冷静に指摘していった。


 オレたちは大人しく、小さいサイズのうんこに作り直した。

 その際、穂坂くんはあまりの手際の良さに、「うんこ職人」と称賛され、後に「うんこ名人」という名が与えられた。


 結局、うんこ祭りは無事、開催された。




 おやつを皆でおいしく楽しくいただいた後は、お片付けだ。


 オレがソファーで横になって休んでいる横で、穂坂名人とキング史也が後片付けをしてくれている。

 あの自由人の史也が、後片付けをしているのだ。立派に下僕の仕事を全うしている姿に感心してしまう。


「残ったクッキーは、良かったらお土産で持っていってね」と言いながら、母親は密封できるタイプのビニール袋を大小4種類、置いて行った。


 キング史也は、「わーい」と言いながら、より、うんこらしく見える物を選んで袋に詰めていく。


 その姿を見て、オレは〈夢の中〉の惨状を思い出した。

「あ、あのさ、お土産はあんまりうんこっぽくない方が良いんじゃない……?」

「何で?」

 きょとんとした顔で、キング史也が首を傾げる。


「え、いや、ふつう、女子の人たちってうんことか嫌いでしょ? そっちの可愛いモンスターの方が良いんじゃないかな……?」

 オレは一般論でごまかした。うん、これなら変じゃない。


「何言ってんだよ、うんこ野郎。そもそもお前が最初にうんこを作ったくせに、今さらふつうとか言ってんじゃねーよ、うんこ野郎が」

 キング史也が、うんこを連呼することで魂を解放している姿を、オレは微笑ましい気持ちで見守っていた。実際、彼の顔はニコニコだった。


 しかし、隣の部屋で話を聞いていた母親は何も知らないので、「日比野くんって、思っていたよりちゃんと普通の男の子なのね。そうやって素の感じを見せてくれると、うちに馴染んでくれたみたいで嬉しいわ」と、口の悪さを良い方に勘違いしていた。


 なので、間違いは訂正しておく。

「『うんこ野郎』は、日比野くんがオレに付けてくれたあだ名なんだよ」

「まあ、あだ名?」

「そう、オレは『うんこ野郎』で、日比野くんが『うんこキング』で、穂坂くんが『うんこ名人』だ」

「まあ! うんこ仲間なのね」

 母親は大笑いだ。


 穂坂名人が、何やら腕を組んで考えながら言った。

「うーん、確かに『うんこ野郎』だと、ただ罵っているみたいではあるな」

「そうだな、キングと名人は褒めてる感があるけど、『うんこ野郎』だけちょっと違うかな」

 キング史也も同意している。


 いや、オレ的には別に気にしてなかったんだけど? キング史也が連呼して魂を解放してくれればそれでいい。なのでオレは自ら、「じゃあ、『うんこ』でいいよ」と提案してみた。


「はあ?」

 キング史也と穂坂名人が同時に変な声を出した。


「お前、本当にうんこ好きだな!」キング史也は嬉しそうだ。

「うん、どんどん呼んで」オレは本心で言った。


「じゃあ、他にいいのが見つかるまで、それでいいか……」

 気遣いの穂坂名人は、この先、オレのあだ名を考えてくれるらしい。これはこれで、楽しみだ。


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