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4.穂坂くんといっしょ

今朝も史也が迎えに来てくれたので、一緒に登校する。


松葉杖もちょっと扱いに慣れてきたから、だいぶ早く歩くことができるようになったので、史也がオレに合わせて歩いてくれるようになった。歩きながら、おやつの豆腐トーストの作り方を史也に説明していると、靴箱のところで穂坂くんに会った。


「おはよう! というわけで、穂坂くん」

 史也に説明していた勢いで、そのまま声を掛けてしまったオレに、「何がというわけだよ」と穂坂くんが正しいツッコミを入れてくれた。


「この前、オレ、自分で朝ご飯を作ってるって言ったの、覚えてる?」

「何の話だ?」

 穂坂くんに素っ気ない返事をされてしまった。


「えーとね、オレ今、自分で朝ご飯を作っているんだ。それで今日、日比野くんと一緒にうちで新メニューを作ることになっているから、穂坂くんも一緒にどうかなと思って」

「えっ? 日比野と?」

 穂坂くんがオレの隣にいる史也を見た。


頷いた史也が、「今日のおやつは豆腐トーストだ」とオススメ情報を教えてくれたけど、穂坂くんには魅力的ではなかったらしく、「えっ、豆腐はトーストには合わないんじゃないか? 水っぽいだろう?」と素直な感想を言われてしまった。


「ちゃんとおいしいから! それに、他にもいろんな種類作るから大丈夫だよ」

 オレは慌ててフォローした。

「ふうん、日比野が一緒なら……まあ、行ってもいいか」


 そう言って穂坂くんは、とりあえず納得して了承してくれた。やっぱり、史也の存在は必要だったのだ。


そう思うと、初日の話は無かったことになって正解だったことになる。


……あれ?

そういえば、骨折したことで何もかもうまい方向に転がっているような気がするぞ?


 そんなことをなんとなく考えながら、「じゃあ帰り、そのままうちに寄って行ってよ」

と、楽しかった夢の再現を目指して、がんばって話を進める。


「え? 帰りに寄って行っていいのか?」

 穂坂くんは、ちょっと遠慮している感じ。

「うん、オレ昨日も行ったし」

 史也がケロッとして、イイ感じで付け加えてくれる。そのおかげか、穂坂くんは「じゃあ、そうする」と言ってくれた。


「ていうか、古井戸、お前そんなんで作れるの?」

 穂坂くんがオレの足を指さして言った。


「え? 別に手は何ともないし、座って作るから大丈夫だよ。今朝も作ってきたし」

「ああ、そうか、そうだな……」

 穂坂くんが、歯切れの悪い返事をした。


「あれっ、もしかして、穂坂くんはまだ、これのこと気にしている?」

 オレはギプスの足をヒョイと持ち上げた。


「えっ、いや、もう、そんな気にしてないし!」

 穂坂くんが慌てて否定する。顔が真っ赤だ。彼は、気遣いさんなのだ。


 その横で、史也は不満そうな顔をして腕を組んだ。

「オレなんか、毎日こいつの下僕となって、カバンを持ったり、靴を履かせたりしているんだぜ? 毎日、超反省していて、偉いよな、オレ!」

 とても、人の足を折ったヤツの反省の態度とは思えない。


「でも御褒美に、おやつ食わせてもらっているんだろ? 逆に得してないか?」

 穂坂くんにそう言われた史也は、「だって、食べてけって言うんだもん」と、ケロッとして言った。


 こんな会話をしていると、何だか〈夢の中〉での3人の感じに似てきたようで、ちょっと嬉しい気がした。


 でも本当は、穂坂くんはオレに怪我をさせた引け目を感じているだけだし、史也に至っては純粋な義務で、仕方なく、いろいろ世話をしてくれているに過ぎないのだ。きっと、オレのこの足がすっかり治ってしまったら、オレのことなんかケロッと忘れて気にも留めなくなるのだろう。そのことを忘れて、勘違いしてはいけない。


 そう、オレは自分に言い聞かせていた。




 そして、お楽しみの下校時刻。


 下校までは、いじめられることもなく、平穏に過ごしている。それは、史也がつきっきりでオレに張り付いているからだ。下僕として。

 別に、仲良くしゃべったりしているわけでもなく、ただ、一緒にいて必要な世話を焼いてくれているだけなんだけど、そのおかげで、他の人たちのオレに対する態度がふつうな感じになっている。有難いことだ。


 というわけで、史也と穂坂くんの3人でオレの家に向かうことになった。史也に慣れた手つきで靴を履かせてもらって帰路につく。


オレはちょっと浮かれていたけど、まだ別に仲が良いわけでもないので、会話は特にない。何というか、微妙な空気に包まれている。


 何か気まずいなあとか考えていた時だった。


 6年生の玄関を出たところに、ちょっとした段差がある。普段だったら、何てことの無い段差だけど、オレはそこで、すっかり使い慣れたと思い込んでいた松葉杖を、思いっきり踏み外した。


「あ」


 しまった! と思いつつも、手は杖を握っているためとっさに動けなくて、もうどうしようもない状況でそのまま後ろに倒れながら、「ああ、これは頭を打ってしまうな」とその瞬間に備えてギュッと目をつぶった。


 覚悟を決めてコンクリートの固い地面に倒れたはずのオレ体は、柔らかいものの上でドスンと跳ねた。

「わっ」と言うオレの声と同時に、「ぐえっ!」という声が後ろから聞こえた。


 慌てて起き上がると、オレの下で史也がつぶれていた。

「大丈夫か?」

 倒れたままの史也が、心配そうな顔を覗かせた。


 オレは、その史也の顔に驚いた。オレの足を折った時とは、まるで別人だったからだ。

「う、うん」

 

「親父に、お前がそろそろ慣れてきたと思って、油断する頃だから気を付けてやれって言われてたんだ。親父が言った通りだったな」

 そう言いながら、史也は笑ってオレを起こしてくれた。


「日比野、ずっとお前のこと見ていたからな。伊達に下僕じゃない」

 穂坂くんが、オレに見えていなかった史也を教えてくれた。


 え? そうなの? ずっとオレを見ていたの?


 オレが、会話が無くて気まずいとか考えていた間も、ずっと心配してくれていたんだ。

「あ、ありがとう」

「礼はおやつでいいから」

 史也がおやつを楽しみにしてくれていることが嬉しかった。ありがとう、母上!


 その後は、史也が穂坂くんに、昨日のポテトサラダがいかに美味しかったかを、延々と語って聞かせているうちに、うちに着いた。


「古井戸ん家、近いなあ! 学校、目の前じゃん」

「あれ? 穂坂くん、知らなかったっけ?」

 あ、知っていたのは〈夢の中〉だったか。もう混乱している、ヤバイヤバイ。でもまあ、このくらいなら、大丈夫だよね?


 先に史也が入って、玄関を開けてくれる。「ただいまー」と言いながら、ぞろぞろ入る。

「あら、おかえりなさい! あなたが穂坂くんね、いらっしゃい!」

「よ、よろしくお願いします……」

「どうぞ、どんどん上がって、順番に手を洗ってきてね」

「はーい」

 皆でそろって良いお返事をした。


 うちの庶民的な狭い玄関で先頭のオレがモタモタしていると、穂坂くんが後ろからオレの脇に手を入れて、ヒョイと持ち上げた。

「手を洗うの、どこ?」と言って、そのままオレを洗面所まで運んでくれた。


「さすが力持ちだなあ、スゴイよ穂坂くん、これは楽でいいや」と、オレが素直に喜んでいると、それを見た史也が「おまえは荷物か! 何だよ、そのポーズは」と笑っている。こんなに笑った史也を見るのは久しぶりで、嬉しい。


 そして早速、豆腐トーストを作って皆で試食した。ちゃんと穂坂くんもおいしいと認めてくれた。


 その後は、冷蔵庫にあるものでテキトーにいろいろ作っては試食した。


 ただ今回は、『オレが作っている』という前提だから、オレが二人に教えている状態なので、穂坂くんがうちの母親とあまり関わっていないのが心配だ。やっぱり、料理好きになるきっかけは、母上に任せるべきだと思うのだ。


「よし、オレも明日から自分で作ろう」

 野菜とウィンナーとトマトソースとチーズを載せた、正しいピザトーストを食べながら、穂坂くんが言った。

 穂坂くんが自分で作る気になってくれて良かった、と胸をなでおろす。


「これなら、トースターがあればできるし、2、3枚食べればお腹いっぱいだよ」

 オレは穂坂くんに毎朝おなかいっぱい食べてもらうために、母親が言っていたコメントを思い出して言ってみた。


 穂坂くんがハッとして、「2枚3枚食べるっていう、発想が無かった……」と言うと、史也が驚いた。

「えっ? じゃあ、今1枚なの?」

「う、うん」穂坂くんが言いにくそうに頷いた。

「うわ、小食~!」


 まさか、そこで史也が穂坂くんをいじるとは思わなかった! そうだ、前は事前に穂坂くんのことを全部話していたから、史也は穂坂くんが1枚しか食べていなかったことを知っていたのだ。オレは慌ててフォローする。


「いやいや、小さいころからずっと同じだと、そういうものだと思い込むもんだよ」

「えー、そうかな?」

 史也はまだ少し納得しない。


「えーと、じゃあ、そうだな、ふ、日比野くんにはお姉さんが3人いるよね? 3人もいたら、家の中っていうのは賑やかなのが当たり前って思っているだろ?」

 オレは、夢の中の日比野家を思い出しながら、説得してみる。気を抜くと、つい『史也』と呼びそうになる。危ない、危ない。


「うん。うちはうるさいな」

 史也が、眉間にしわを寄せて嫌そうな顔をする。

「それと同じだよ」

 そう言われて目をぱちくりした史也が、うちの中を見回して、「そうだな、この家は静かだな」と言った。


「でしょ? そういうもんだよ」

「あー、何か、あー、そういうことか……」

 史也はそう言いながら、頭をわしゃわしゃしていた。上手くごまかせたみたいだ。よしよし。


 そしてオレは、穂坂くんを母親と交流させるために、あのイベントをする決意をした。そう、『うんこ祭り』である。


「それでさ、あの、明日のおやつなんだけど……」

 チラッと穂坂くんを見る。穂坂くんは以前からやってみたいと思っていたと言っていたはずだ。

「クッキーを焼くっていうのはどうかな? ホラ、いろんな型で抜くヤツ」

「えっ? 自分で作るやつ? そういうの、一度やってみたかったんだ」

 穂坂くんが素直に嬉しそうに言った。


「あら、やってみる? じゃあ明日、用意しておくわ」

「わーい」

 穂坂くんだけではなく、史也も嬉しそうに喜んでいる。予想外だ。




 その日の晩、オレは考えていた。


 これはもう、仲良し3人組ではないのか? いや、まだ早い。まだ勘違いしてはいけないという、二つの考えがオレの頭をぐるぐる回っていた。


 そうだ、こっちが仲良しと思っていたのに、違うと拒否された時のことを思うと、いたたまれない気持ちになる。向こうがそう、言ってくれるまで、そんな風に考えてはいけない。

 でも、そう思って壁を作っているのも、良くないような気もしてしまう……どうしよう?


 今日明日と、とんとん拍子で上手いこと事が運び過ぎている気がする。嬉しい気持ちと不安な気持ちがぐるぐるして、どうしようもなくなったので、目を閉じて大きく深呼吸をした。


 少し落ち着いたので目を開けてみると、ちょうど足のギプスの先に出ている足の指先が見えた。

そこで、医者の先生に「外に出ている部分は良く動かしておいて」と言われていたことを思い出したので、指先を動かしてみる。思いのほか動かない。骨折しているからかな? と思って、反対の足の指を動かしてみると、同じように動かなかった。


 なんとなく、動かなかったのが衝撃だったので、オレは骨折が直るまでに足指を自在に動かすことを目標にしてみることにした。


 とりあえず、悩んでいることとまったく関係の無いことを目標にしたことで、気持ちが少し、落ち着いたような気がする。


気がするだけだけど。


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