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3.ポテトサラダ

「あれっ? 古井戸どうしたんだよ、その足は」


クラス中が聞きたくても聞けなかったことを、あっさり聞いてきたのは、登校したての「コミュ力」モンスター、寺崎蹴斗だ。さすが、誰とでも気兼ねなく話せる男は、何の躊躇いもなくストレートに聞いてきた。


 昨日、彼をスタートにいろいろ画策していたことを思い出しつつも、何を考えていたのかすっかり忘れてしまっている自分にびっくりだ! せっかく彼の方から話しかけてくれたのに、すっかり、ただうろたえている。


「あ、えーと、始業式の日に、ちょっと、事故で」

 オレがへらっと笑って言葉を濁すと、寺崎君は真面目な顔で、「えっ、事故って、車に轢かれたのか?」と聞いてきた。


「いやいや、まさか! 車に轢かれたわけではないんだけど……先生、何か言ってなかった?」

「先生は、古井戸はしばらく入院するからリモートで授業を受けるって言っていただけだったよな?」

 寺崎くんはそう言って、振り向いてこっちの話を聞いていた前の席の高橋さんに話を振った。

「うん、古井戸くん身体弱そうだから、何か病気なのかなって心配していたんだけど。足、怪我してたんだ」


 先生、ちゃんと言ってよ……と思ったけど、先生も史也が折ったとか言いにくかったのかなあと思うと、ちょっと気持ちが解る。でも、入院はしていない。

 オレも、嘘をつくつもりはないけど、なんとなく、史也に折られたというのは言いたくなかったから、なんとかごまかそうとしていたら……


「オレが折ったんだよ。4の字固めで」と、史也が、あっさり自分で言ってしまった。


 びっくりして史也を見ると、何故かちょっとドヤっている。いやいや、加減が解らず折っちゃったんだから、そこは恥ずかしがるところじゃないの?


 しかしオレの認識とは裏腹に、その内容にクラス中が沸き立つ。

「えーっ、日比野ってそういうことするの?」

「日比野くんが4の字固め?」

「日比野が古井戸の足を折ったの?」


 みんなが気になっていたことが解明されたため、一気に空気が盛り上がる。

 それは、オレが骨折した理由が判明したからではなく、『史也が4の字固めをした』という驚くべき事実で、だ。

 史也がそんな、やんちゃなことをするなんて誰も想像もしなかったからだろう。


 史也と寺崎くんが話している。

「日比野って、プロレス好きだったの?」

「いや、ぜんぜん」

「じゃあ、何で4の字固めしたんだよ?」

「え? んー、なんとなく?」

「なんだよそれ」


 ん? なんとなく、だって?

 史也はオレのことを『ウザいから』という理由で4の字固めをしたことをすっかり忘れているのだろうか? ちょっと、なんとなくって何だよ! オレは『ウザイ』と言われてあんなに傷ついていたのに!


 寺崎くんと一緒に、皆が笑っている。

 こんな、不愛想でテキトーな返事しかしない史也と、ちゃんと会話をしている寺崎くんもスゴイけど、なにがスゴイかと言えば、史也のこのドヤ顔だ。


 夢の中でさえ見たことが無い史也のドヤ顔に、オレは焦った。だって、こんな史也を、オレは知らない。

 史也は何かきっかけがある度に、いろいろ考えるヤツだった。これだけ、表情に変化があるのだから、考えていないわけがない。


 今、史也は何を考えているんだろう? オレは自分の知らない史也の変化に、不安になっていた。


 ふと気付けば、せっかく話しかけてくれた寺崎くんと話す機会を史也に横取りされた上に、そのドヤ顔に驚いている間に会話からすっかり取り残されていた。


 クラスの皆の関心は、史也に全集中だ。一方、史也はご機嫌だった。

 人の足を折っておいて、ドヤ顔でご機嫌って何てヤツだ。


 そして、その後のオレは誰かと交流を持つことはなかった。

 何故なら、休み時間になると史也に強制的にトイレに行かされたり、さっさと帰る支度をさせられたり、寂しいとか考える暇もなく、史也にアレコレ命令されて1日が終わってしまったからだ。


 そして、この史也の行動は決して自主的なものではなく、お父さんの指示でやっているだけだから、オレの足が完治したらその時点で終了だ。そこを勘違いしてはいけない。




 そして史也は帰りも靴箱から靴を出し入れして、その上ちゃんと履かせてくれて、家まで送ってくれた。

 うちの門にオレが入ったところで、「じゃ」と言って、史也が踵を返す。オレは、ここでこのまま史也を帰してしまうのが、なんだか、とっても勿体ない気がした。


「ひ、日比野くん」

 ここはたぶん、頑張りどころだ。オレはちょっと、勇気を出して言ってみた。


「あの、うちの中に上がるところまでお願いしたいんだけど、ダ、ダメかな?」


 もし断られても、史也は明日も迎えに来てくれるのだから、何の心配もない。はずだ。


「えー? べつに、いいけど」

 非常に面倒くさそうな返事をされてしまった。たぶん、お父さんに言われた内容は終わっているのだろう。

 今日一日で分かったことは、史也はお父さんに言われたこと以外のことをお願いすると、必ず嫌そうな顔をするから、たぶん、史也にとってお父さんの存在は、とても大きい。

 そして決して、嫌ってはいない。むしろ、お父さん大好きって感じだ。


 確かに、実際に会った史也のお父さんは、とても優しそうで良い人だった。〈夢の中〉で思っていた印象とは、まるで別人だった。あれなら大好きなのは良く分かる。


 今思えば、〈夢の中〉でも史也のお父さんとちゃんと話してお願いすれば、あんなことにはならなかったのではないだろうか。と、今更ながら思う。


 玄関を史也に開けてもらって、中に入る。

「ただいま~」

「あら、おかえりなさい。日比野くんも、お疲れ様でした! おやつを用意してあるのよ、二人とも手を洗ってきて」

「えっ、マジっスか?」


 さすが、母上! 気が利きますな。

 史也が玄関先に鞄を放り投げ、オレをキャスター付きの椅子に乗せて、洗面所に手を洗いに行く。


「どんどん焼くから、どんどん食べてね」

 皿には、ベーコンとウィンナーとポテトサラダ。いちごとバナナに、ジャムと生クリームまである。

「わあ、スゲエ」

「日比野くんは何が好きか分からないから、好きに選べるものにしてみたつもりだけど、大丈夫かしら?」

 母親が焼けたパンケーキを史也のお皿に乗せながら確認する。

「好きなものを乗せて食べてね」


「いただきます」

 史也はベーコンとポテトサラダをパンケーキの横にドンと取り分けた。ポテサラを一口食べて、「うん、うまい」と続けてぱくぱく食べた。


 それを見た母親がホッとして、「日比野くんは、普段おやつって何を食べているの?」と、真剣に聞いている。もしかして、毎日おやつを用意するつもりなのか?

「えっ? 普通っスよ。ポテチとか、そういうヤツ」

 史也はパンケーキには手を付けずに、ポテトサラダをおかわりした。


「あっ、じゃあ好きな食べ物は?」

 オレはここで、きなことか豆腐とか、既に知っている情報を埋めるために聞いてみた。ここで、なるべく聞き出しておけば安心だ。


「好きな食べ物? えー? ああ、これかな、ポテトサラダ」

 史也が自分のお皿を指さした。

「え? そうなの……?」そんなの初めて聞いたよ!


「まあ、そう言ってくれると嬉しいわ! 全部食べていいのよ」

 母親はとても嬉しそうだ。


 オレは何とか自分の目的の答えを引き出そうと、粘ってもう一回聞いてみる。

「ほ、他には……?」


 すると史也は、今度はオレの希望通りに、「んー、豆腐かな?」と答えてくれた。よし来た! 豆腐! 待ってました!

「豆腐、好きなんだ?」


 一瞬、変な顔をした史也と目が合った。そしてオレは、ここでとても良いことを思いついたのだ。

「そうだ、豆腐トーストって食べたことある?」

「えっ、なにそれ? うまそう」

「じゃあ明日のおやつ、それにしようよ。いいよね、母上?」


 母親は突然の展開に、「え? 私も知らないんだけど?」と、びっくりしている。

「いいよ、オレが知っているから、自分たちで作るよ。だから、食パンと乗せる具の材料を買っておいてよ」

 その方が母上も楽で良いだろう。


「そうね、その方が楽しそうね」

 笑って、壁のホワイトボードの買い物リストに食パンと豆腐と書いている。オレはそこで、もう一人増えるかもしれないことも、忘れずに伝えた。

 よし、完璧だ!


 と思っていたら、そこで史也から意外なことを言われた。

「え、お前、母上って呼んでるの?」


「え?」

 あれ? 〈夢の中〉ではそんなこと聞かれなかったんだけど……? 史也の前で母上って呼ばなかったっけ?

「えーと、『ママ』から呼び方を変える時にいろいろ考えて、最終的に『母上さま』になったんだ」

「ええっ、お前、何か……変なヤツだな……」

 史也に変なヤツ認定されてしまった。


 というわけで。明日ついに、というか、やっと『お昼をうちで作るぞ計画』が立ち上がった。この計画の主役である穂坂くんは、果たして、参加してくれるだろうか?


 〈夢の中〉の感じだと、史也がいればなんとかなると思うんだけど……


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