28.ありがとう
というわけで、〈夢の中〉の史也の夏休みの話をしなくてはいけない事態になってしまった。どうしよう。どこから話したらいいんだ……?
「えーと、学校改革は……子供には受けが良かったんだけど、大人には嫌がられていたみたいで」
「うん。それで?」
「今まで通りの授業を受けるか、学校改革に参加するかを選ぶプリントを配られて、史也は帰りにうちに来てBに丸を付けるんだ。あ、Bが学校改革の方ね。その後は、前に話した『うんこ祭り』になって……」
「ほほう」
「で、その帰りにオレとかけちゃんも一緒に史也ん家に行って、皆で史也のお母さんを騙す感じでプリントに保護者の名前を書いてもらって……」
「おお、やるじゃん」
「で、そのまま夏休みの前日までバレなかったから、ばっちり準備をして、すっかり皆で行く気でいたんだけど……夏休み初日の、早朝の集合時間に史也が来なかったんだ」
「バレたの?」
史也が眉間にしわを寄せて、スゴイ顔でこっちを見る。
「うん……前日の夜に、史也のお父さんにバレたらしくて……神宮司先生に電話がきて『塾の夏期講習に申し込んであるから行かせない』って怒られたらしい」
「うわー、父さんらしい……」
「それで……」
言葉が続かない。どうしよう、言いたくない。
「それで?」
気がつけば商店街の端っこまで来てしまったみたいで、この先には七夕の飾りはもう無い。ここから先は現実世界だ。
オレは立ち止まって、道路の端に寄った。
言いたくないけど、駄目だ。史也がいないのに楽しく過ごしてしまったオレを正直に言わないといけない。オレは目をつぶったまま下を向いて、傘を持つ手を握りしめた。
「史也がいないのに、オレは、水玉さんに会ったり、美味しいものをたくさん食べたり、いろんなことを教わったり、虫を捕まえたり、川で遊んだり、とにかくいろいろ楽しんでました……」
「ました?」
目を開けて史也を恐る恐る見ると、史也はきょとんという顔をしている。
「ごめんなさい」
ずっと謝りたくても謝れなかったことが気になっていた。何故なら、何だかんだ理由をつけて、ズルい自分を今の史也に知られたくなくて逃げていたからだ。謝るためには、その理由を説明しなくてはならない。
やっと謝れたと思った。けれど。
「いや、オレがいるとかいないとか関係なくない? 未知流は未知流でやるべきことをやらなきゃいけないんだし、楽しくやってて何も問題ないだろ? あっちのオレが行けなかったのはあっちのオレの責任だし、そもそもオレは別にあっちのオレなんかどうでもいい」
史也が本気でそう言っているのが分かる。
「むしろ、あっちのオレなんか嫌いだから、未知流に忘れられてざまあって感じだよ」
そして「で?」と、話の続きを促された。
「ええっ……?」
てっきり、責められるとか呆れられるとばかり思っていたオレは、すっかり拍子抜けしてしまった。
「い、いいの?」
「いいから。それで?」
「え、えーと……そんな感じで毎日いろいろ楽しくやって、何日目だったかは忘れちゃったんだけど、晩ごはんを食べ終わって片付けて、皆でオセロ大会をしていた夜に、オレとかけちゃんが神宮寺先生に呼び出されて……」
オレが上目遣いで史也を見ると、史也はオレが正しいことを言っているか確認するかのように、真っすぐな目でオレを見ている。
「うん、それで?」
オレは大きく息を吐いて、正直に全部を話す。
「外に出たら真っ暗い中タクシーが停まってて、その横で神宮司先生が待っていたんだ。それでその時、先生は……史也を迎えに行くって言ってた」
「えっ、オレを迎えに行くの? 何で?」
「でも史也は、その時は入院してて……」
「はあ? 入院? オレが? 何で?」
史也が予想外な展開に驚いている。当然だ。
「ええと、史也はお父さんが勝手にオレ達と一緒に行かせないって決めたことをスゴく怒っていて、夏休みの初日からハンガーストライキを始めていたんだ……」
オレはできれば言いたくなかった、辛い思い出を話し始めた。
「ええっ……?」
動きが止まった史也と、ゴクリと唾を飲み込んだオレの目がバチリと合った。
すると、史也は傘を持っていない方の手をギュッと力強く握りしめて言った。
「なるほど! やるじゃん、オレ! で? それで?」
あ、あれ? 史也の反応が予想と違う……?
「え? ええと、水も飲まないで頑張っていたから大変なことになったって、確か先生は言ってたと思う。だから入院して、点滴を打ってもらってるって……」
「点滴? 入院するほど頑張ったの? おお~っ、オレ、なかなか根性あるじゃん!」
あれ? そんな風に盛り上がる話だったっけ……?
「それで、お父さんが史也を騙したみたいになっちゃって、周りの大人を信用できなくなったから、唯一信用ができる神宮司先生が呼ばれたって言っていたな」
「へえ、そうなんだ」
そこはあっさりしている。神宮寺先生には、あまり興味が無いらしい。
「で?」
「へ?」
あれ? 全部話したよね? あれれ? あんなに悩んだのに、こんなもんだっけ……?
「えーと、後はかけちゃんと少し話して、かけちゃんだけ先に皆のところに戻って、蛍が飛んできたから追いかけて行ったら、その先に広い崖があって、川が流れていて、蛍がとにかくいっぱいで、そこに何故か水玉さんがいて、話しているうちに真っ白になって目が覚めた……という感じ?」
「ふうん」
「以上です」
「え? それだけ?」
「う、うん」
「なんだよ、オレがスゴイだけじゃん! 早く話してくれれば良かったのに!」
オレの予想に反して、史也がスゴイ嬉しそうだ。な、何で?
史也が、少しの間上を向いて考えてから、口を開いた。
「今の話を聞くまで、あっちのオレは、オレが知らない未知流を知ってるから嫌いだったんだけどさ」
「え?」
「毎日塾に行って未知流とろくに遊べなくて、夏休みも一緒に行けなかった上に未知流に忘れられて、その挙句ハンストして身体を壊して入院しただけなんて、何か可哀そうなヤツだよな。でも、そんな状況の中、入院するまで頑張って先生を迎えに来させたんだろ? あっちのオレ、なかなかやるじゃん! 何かちょっと、好きになった」
ああ、そうか。
オレは〈夢の中〉の史也はとにかく可哀そうで、史也が苦しんでいる間、ずっと自分だけ楽しく過ごしていたことを悔やんで申し訳なく思っていただけだったけど、史也は、どれだけあっちの史也が不遇な状況にありながらも頑張っていたか、それをちゃんと理解しているのだ。
そうだ、あっちの史也は頑張ったのだ。ひとりで戦い続けて、神宮司先生を呼びつけて迎えに来させることに成功していたのだ。完全勝利ではないか!
オレは、なんでそこに気づかなかったんだろう?
「そうだね、史也はスゴイや!」
「まあ、オレだしな。当然だな」
そう言ってもらえて、オレは本当に話して良かったと思った。
「うん、どっちもスゴイよ」
もうこれで、史也に隠していることは何も無い。それが嬉しい。オレの中では嫌なことだった話しは、史也に話すと何故か楽しい話しになってしまう。不思議だ。
「えーと、そういえば、お父さんのことは? 嫌いになったりしてない?」
「へ? 親父はいつも通りだろ」
「あれ? 意外とお父さんに対して冷静だね」
お父さん大好き! というわけでもないのか?
「べつに、ふつうだけど?」
「そうか……オレ、〈夢の中〉では史也のお父さんに会ったことが無かったんだよね。だから、史也のやることを勝手に決めて怒ってばかりいるモンスターみたいな人だって、ずっと思っていたんだ」
「うん、間違いではないな」
「史也がオレの足を折った時にさ、夜、お父さんと2人でうちに謝りに来たじゃん?」
「うっ、い、行ったね。未知流がスゴイ怯えてたね……」
史也が遠い目をする。
「あの時さ、本気でお父さんが怖かったんだよ~! 嫌だ、会いたくない! って母上にお願いしたのに、笑いながら玄関に出された時にはどうしようかと思った」
「え? 親父が怖かったの?」
「うん、そりゃあもう! 会ったこと無かったからイメージばかりが膨らんで、オレの中で化け物レベルに成長してたし」
「オレのことは?」
「史也のこと?」
「足折ったから、怯えていただろ?」
「え? そりゃあ痛かったけど、怯えることは無いよ。史也だもん」
史也が目をパチクリしてから、笑い出した。しばらく笑って、笑い過ぎて涙を拭いている。
「なんだ! あの時の帰りに『古井戸くんが怯えていたから優しくしてあげなさい』って親父に怒られたんだけど、でも、怖かったのは親父だったのか」
ああ、オレが史也に怯えていると思っていたから、あんなに史也の態度がつっけんどんだったということか?
でもお父さんが勘違いしてくれたから、史也にオレの世話をさせようって考えてくれたんだもん。そこは勘違いしてくれて良かった。
ひとしきり笑った後、史也は大きなため息をついた。
「あっちのオレに感謝しないとな。良かった、未知流に怯えられてなくて」
ホッとした顔をしている史也を見て、史也がまだオレの足を折ったことを気にしていることが分かった。
そこでオレは、前にちょっと考えていたことを思い出した。
「そういえばオレ、前から思っていたんだけどさ、史也がオレの足を折ってくれたから、全部、オレにとって良い方向に動いたと思うんだよね。痛かったけど」
「はあ?」
史也が素っ頓狂な声を上げた。
「だって史也がオレの足を折らなかったら、史也がオレの世話をすることなんて無かったし、こんなに仲良くなるきっかけさえ見つからなかったと思うんだ。だから、むしろ有難うだよ」
「いやいやいや、それは無いから!」
「オレの足を折ってくれて有難う、史也」
「違うって! お前それ、器がでかいんじゃなくて、もう壊れてるだろ!」
史也が珍しくうろたえているのが面白かった。
★ ★ ★
そして夏休みには、不健康体質の父上と母上に実験体として協力してもらって、オレと史也のアイデアを詰め込んだ『人類をひざ痛と腰痛から救う靴』の試作品を作り上げた。
そして、日本人の履物の歴史から、正しい足の使い方、如何に身体に良いかをこと細かにまとめ上げて、オレ達の自由研究として提出した。オレたち的には『やり切った感』に満ち溢れた大満足な作品だった。
が。
結果としては、どうやら小学校教育の場で評価をするにはスケールが壮大過ぎたようで、金賞とか銀賞ではなく、今まで存在しなかった『がんばったで賞』という、頑張ったのは分かるんだけど、どう評価したら良いのか困ったものに与えられるような中途半端な賞の受賞で終わってしまった。
この結果は、逆にオレ達の闘志に火をつけた。
史也のお父さんに宣言するまでもなく、マジで人類を救う道へ進むことを決意したのだった。
今の人類の知識や常識に縛られず、オレ達が考えて、正しいと思える道へ進む。
そして、そうやってオレ達が自分たちの信念をもって突き進む先には、皆が楽しいと思える社会に少しでも近づける道があると、信じたい。と、思っている。
史也と一緒なら、何でも頑張れる気がする。
おわり
というわけで、今回、私が書きたいことは書ききったと思うのでここで一旦終わりです。
この後、未知流と史也による『人類をひざ痛と腰痛から救う計画』を実行するために動き出す話を、そのうち書けたらいいなと思っています。でも、そのための知識が今の私にはまったく無いので、ちょっと時間がかかりそうですが、頑張りたいと思っています。
良かったら、またお付き合いいただけると嬉しいです。
最後までお付き合いしてくださった皆さん、どうも有難うございました!
今回はアクセス係数をチェックするという知恵がついたので、「読んでくれている人がいるんだ!」と、感動しながら続けることが出来ました。感謝です。




