26.七夕祭り
今日は隣町の七夕祭りに行く日だ。
史也とかけちゃんと、一緒に行こう! ということになっている。お姉さんは中学校のお友達と一緒に行くらしい。かけちゃんはちょっと寂しそうだけど、オレはとても楽しみだ。何故なら、友達とお祭りに行くなんて初めての経験だからだ。フフフ。
今日は午前中授業だったので、この後うちに集まってから甚平に着替えて、祭りに向かう予定だ。
「こんちはー!」
「コロッケ買って来たぞー!」
「いらっしゃーい! 早かったね」
今年は『円安』だとか『物価高』だとかで、屋台の食べ物がとんでもなく高いそうなので、お昼を食べて、そこそこお腹を満たした状態で祭りに向かうことにした。
で、史也とかけちゃんに途中のお肉屋さんでコロッケを買ってくるように頼んだのだ。
「アチアチなうちに食べよう!」
皆で慌てて手を洗っている間に母親がレタスときゅうりを用意してくれたので、それらをコロッケと一緒にロールパンに詰め込んでモリモリいただく。
「このまま、雨が降らないといいな」
史也がコロッケパンを食べた指をペロリと舐めた。
そうなのだ。七夕だというのに外は今にも泣きだしそうな、どんよりした曇り空なのだ。
「七夕って、よく雨が降るよね」
「そうなのよね。でも、地域によっては織姫様と彦星様は、雨が降っても会えるそうよ。雨は織姫のうれし涙とか、雨の水で穢れが洗い清められるとか、雨も良いことになるらしいの」
「へー、そうなんだ」
と、母親の新情報にテキトーな返事をしてから、自分の中に七夕の基礎知識が全く無いことに気がついた。
「そういえば、どうして織姫と彦星って年に1度しか会えなくなったんだっけ?」
「え?」
「よく知らないな」
皆知らなかった。まあ、あんまり興味ないもんね。
「えーとね、前にちゃんと調べたことがあるんだけど」
母親がアゴに人差し指を当てて、上を見ながら思い出す。
「確か、お空の神様の娘が織姫様で、神様たちの服を作るための布を織る仕事をしていたのよ。とても真面目で、遊びもせずに仕事をしていて、で、恋人も作らないでお仕事ばかりしている織姫様をお空の神様が心配して、天の川の対岸で牛を飼っている真面目な青年である彦星様とお見合いをさせて、2人は結婚したのよ」
「えっ? 恋人じゃなかったっけ?」
「恋人ではないんですよ~」
「え~っ」
皆でびっくり。
「それでね、結婚してからの2人は仲が良過ぎて、毎日遊んでばかりになってしまったの。神様たちの服はボロボロになるし、彦星の牛もやせ細って病気になるしで、お空の神様に怒られてしまうのよ」
「そりゃあ、怒られるだろ」
「ヒドイ」
「極端だなあ」
「それで、真面目に働くなら1年に1度は会えるようにしてあげようっていう、そういうお話だったと思うんだけど」
「へえー、そんな話だったんだ」
「知らなかったー」
オレとかけちゃんが素直に感心している横で、史也が腕を組んで何やら考えている。
「何か、気になることでもあった?」
「いや、気になるっていうほどじゃないんだけど」
史也は考えながら返事をする。
「七夕ってさ、願い事をするじゃん?」
「うん、するね。短冊に書くよね」
「あれって、誰にお願いするんだっけ?」
「うん? 織姫と彦星だろ?」
何が気になっているんだ?
「いや、神様とかさ、余裕がある人に願い事をするなら分かるんだけど、今の話を聞くと織姫と彦星って年に一度会うために、頑張ってずっと働いているんだろ? しかも一年に一度会えるか会えないかっていう大変な人たちに、何の関係もないオレ達が、皆で願い事をして叶えてもらおうっていうのは、何か、変じゃない?」
一瞬の静寂の後に、皆で感心した。
「いや、そこは、気がつかなかった!」
「うん、確かに変だな」
「そうね、言われてみればかわいそうね」
後で調べたところ、初めは神様たちの服を作るほどの腕前の機織り名人である織姫の様に自分も機織りが上手くなりたいという、真摯な気持ちからの願い事が始まりだったらしい。
それがいつの間にか何でもお願いし放題になってしまって、さぞ織姫と彦星も当惑していることだろう。
史也のこういう、オレが思いもしないところに気がつくところが、とても面白くてスゴイと思う。
というわけで、お腹いっぱいになったので皆で甚平に着替える。
「おお~」
さすが、史也は何を着ても似合う。カッコイイ。
その横のかけちゃんが、やけに甚平が似合っている。
「かけちゃん、甚平、似合うねえ。普通の服よりカッコイイよ」
「どういう意味だよそれ」
褒めたのに怒られてしまった。
「いや、本当に似合うと思っただけなんだけど」
言えば言うほど言い訳っぽくなるし。
「自分で作ったんだから、当たり前だろ」
あれ? 怒っているわけではないのか?
そんな面倒なかけちゃんとのやり取りの中、史也がオレの甚平の形を整えて、ポンポンと糸くずを払い落として、ニコニコとオレを見る。
何か満足したらしい史也が、自分のスマホを母親に渡して写真を撮るようにお願いしている。オレと史也のツーショットを。
「ハイ、チーズ!」
母親もノリノリで写真を撮る。
史也は写真を撮られ慣れているみたいでいろんなポーズで次々と撮ってもらうが、オレは史也に振り回されるままな状態で、楽しそうなポーズに表情がついて行かない。
そのうち、かけちゃんも混ざって結構な枚数を撮ってもらった。
満足した史也が母親からスマホを受け取ると、早速写真のチェックをする。
「よし、良い感じだ」
何が良い感じなのかと横から覗き込むと、そこにはイケメンの横にお揃いのダブダブの甚平を着た、写真に怯えるオレがいるだけだった。
「どの辺が良い感じなんだ? オレ、ダブダブだし」
「かわいくていいじゃん」
史也が嬉しくない褒め方をする。
「そうね、兄弟みたいね」
「そうだよね、見えるよね?」
母親の言葉に、やけに嬉しそうにする史也。
「ホラ、かけちゃんが一緒だとさらに兄弟っぽい」
「アラ、ホント」
「ホントだ~」
何だかよく分からないけど皆が楽しそうだから、まあ、いいか。オレは自分の写真が好きではないのだ。
というわけで、支度も出来たし祭りに向かう。
雨が降りそうだから折り畳みの傘を持てと母親に言われて、皆で甚平にリュックというちぐはぐな出で立ちになってしまったが、仕方がない。
天気が良ければ自転車で行く予定だったけど、雨が降りそうなのでバスで行くことになった。
でも、逆にふだん乗らないバスに乗るということで、楽しいイベント気分が盛り上がる。
バス停で時間をチェックして、時間まであちらこちら見て回ってバス停に戻ってきたら、祭りに向かう人でいっぱいになっていて驚いた。
「こんなに混むものなのか」
「天気悪いのに」
「そりゃあ、お祭りだから」
バスは浮かれた気分の人たちでぎゅうぎゅうだった。
目的地に着くと、ポツリポツリと小さくて冷たいものが顔や腕に当たる。
「ヤバイ」
「いや、まだ大丈夫」
「うん、このくらいなら行ける」
他の人たちも皆そう思っているらしく、屋台のおっさんは元気だし、そこら中に人が溢れている。
駅前は七夕飾りでいっぱいだった。日常ではありえない景色に、自然とテンションが上がっていく。どこを見ても、これでもかというほどの装飾で視界がいっぱいだ。商店街の通路の空間は七夕特有の飾りである吹き流しの長いビラビラした布が、そこら中でヒラヒラしている。まるで、現実世界の異空間だ。
凝った飾りを見て回って、皆で「これはスゴイ!」とか「変なのがある!」とか、飾ってあるものに一方的にツッコんだりボケたり、とにかく何をしても楽しい。
友達と見て回るというのはこんな感じなのか。お祭りなんて、親としか来たことが無かったオレには、とても新鮮な経験だ。
親がいたら絶対やらないようなくじ引きをやったり、はずれで変な物をもらったり。はずれでもらったつまらないおもちゃでも、友達と一緒なら、それもまた楽しいのだ。良い経験として覚えておこうと思う。
が、しかし。
まだ祭りの飾りの半分も見ていないのに、雨粒が大分大きくなってきて、結構な大雨になってしまった。まだ軍資金をくじ引きでしか使っていなかったオレ達は、近くのドーナツショップに逃げ込んだ。
屋台の値段に慣れていたオレ達は、ドーナツショップのドーナツがとても良心価格に見えて感動する。とりあえず、ドーナツを2コずつ選んで席を探した。すると。
「あ」
そこには、同じように雨から逃れて来たらしい綺麗な浴衣を着た4人組みが1つの席に座っていて、その中のとりわけ綺麗なお姉さんがオレ達に向かって手を振っている。
「おーい、こっち空いてるよ!」
「あ、お姉さんだ」
嫌そうな顔をした史也を置いて、さっさとかけちゃんがお姉さんのところへ行ってしまった。トレイを持ったかけちゃんが行ってしまっては仕方ないので、オレ達もついていく。
「えー? 誰?」
「弟と、お友達だよ」
「あ! 君が風夏の弟くん? そっくり!」
「うわ、イケメン~!」
女子中学生のパワーに圧倒される。
史也が眉間にしわを寄せながら、「姉がいつもお世話になってます」と挨拶をした。意外と、こういうところは礼儀正しい。
とりあえず隣の席についてドーナツにかぶりつく。
隣の席では「仲が良いんだね」とか、「かわいいね」とか、うるさいくらいに盛り上がっている。まあ、こんなイケメンな弟が登場したら、当然と言えば当然か。
そんな中でお姉さんがかけちゃんに「かけちゃん、今度ドーナツも作ってみたいね」と声をかけると、一同がどよめいた。
「風夏がいつも一緒にお菓子を作ってる子って、この子? 男の子だったの?」
「え? かけちゃんっていつも言ってるじゃない。駆くんのかけちゃんだよ」
「え~、マジ?」
「ちょっと、かけちゃん! こっちに来なさい」
知らないお姉さんにまで「かけちゃん」と呼ばれて、引っ張り込まれるかけちゃん。でも嬉しそうな顔をしているし、案外嫌ではなさそうで、そのままお姉さんたちの話に巻き込まれていった。
一方、さっさとドーナツを食べてしまったオレと史也は、雨のせいか店内に人があふれてきたので、一言かけちゃんに声をかけて店を出ることにした。




