19.自由な時間
史也と並んで、ベッドの上でボーっとしている。
実際、自由の身となって何をしても良いとなると、案外何をしたら良いのか分からないものだ。
お父さんの許可をもらって、毎日自由に遊べるようになったオレたちは、最近ボーっとしている時間が多くなった。
「前は、あれだよな。『もうすぐ遊べなくなる!』っていう焦りがあったから、『今のうちにいろいろ遊んでおこう!』って思ってとにかく遊び続けていたよな。あの時は、いくら時間があっても足りない感じだったけどさ」
「そうだねえ。今は、緊張感が無くなって何したらいいか分からないっていう、贅沢な感じかな」
とか言いながら、ボーっとしている時は大体いつも例の『超能力ごっこ』をしている。史也より足の指が動かなかったのが悔しくて、あれからずいぶん訓練したから、だいぶ、動くようになっているのだ。
「そうだ、夏休みの自由研究、早めに何か考えておいた方がいいよね?」
「えー、まだ6月だよ? そんな早くに始めたらフライングだろ」
史也はのん気だ。
「だって、『お前のスゴイっていうのはこんなものか』ってお父さんをガッカリさせたくないじゃない?」
お父さんは、スゴイ譲歩してくれたと思う。
「えー、夏休みに入ってからでいいよー」
「いや、ちょっと考えておくくらいはいいと思うんだっ、けっ、イッタタタ!」
「ハハハ! またつってる」
「ぐはーっ!」
オレがベッドでゴロゴロ苦しんでいる様を、史也は笑って見ているだけだ。薄情者め、と思いながら激痛の走る自分の右足を見ると、薬指だけが右に異様な角度で倒れて、小指にぴったりとくっついている。
「この足の薬指ってさ、つると必ず変な方に向くよね?」
「ああ、『あり得ない角度』に曲がるな」
「そうそう、まさに『あり得ない角度』だよ……ふう、痛かった~」
やっと痛みから解放されてきた。
「オレさ、足がつった時ってお湯に入れると楽になるから、いつもお風呂でやってるんだ」
オレが最近見つけたお得情報を教えてあげる。
「へえ。オレ、お湯に浸かるのが好きじゃないから、風呂でなんてやったことないや」
史也にとっては無駄な情報だったようだ。
「カラスの行水ってやつ?」
「そうそう、10数えてすぐ出る」
「? 何で10数えるの?」
「『湯舟には10数える間、浸かってなさい』って言われてるから。1秒で10数えられるよ」
「それじゃ、一瞬じゃん。何のために数えてるんだよ」
そんなどうでもいいことを話して笑っていると、下からオレたちを呼ぶ母親の声が聞こえた。
「わーい、おやつだー!」
2人で争うように階段を駆け下りる。
台所には、かけちゃんとお姉さんもいた。
「今日は何?」
史也が訊くと、2人が「水無月」と、笑顔で声をそろえた。
「何、それ?」
聞いたことが無いおやつだったので、素直に聞いてみる。するとお姉さんが、待ってましたとばかりに腰に手を当てて、説明を始めた。
「京都のとっても伝統のあるお菓子よ!」
「6月30日は1年のちょうど半分だから、『夏越の祓』っていう行事があっちではあるんだって。この半年のけがれを祓い清めて、残りの半年の無病息災を祈願するという意味を込めて食べるらしいの。よく知らないんだけど」
本当に良くは知らないみたいで、最後の方は自分で笑ってた。
だけど、オレたちは初耳だったので素直に感心した。
「へえー、そんなのあるんだ」
「初めて聞いたな」
「そしてこれが、その『水無月』でーす」
かけちゃんが、『水無月』が2個ずつ載ったお皿をオレたちの前に並べた。1センチほどの厚みのある白い三角形の上に、小豆がびっしり乗っている。
かけちゃんがスマホを見ながら説明してくれる。
「まだ氷がなかなか手に入らなくて貴重だった平安時代の頃に、6月に氷室から取り出した氷を天皇に献上するという行事があったんだって。そこで氷を食べられない庶民が、白いういろうを氷のかけらに見立てて三角に切って、上に小豆を……えーと、小豆の赤色には邪気払いの意味が込められているということで載せたのが始まり、というものらしい」
「えーっ、氷よりういろうの方が高価だろ!」
史也が正しい現代人の感想を言ってくれる。
「価値観が今とぜんぜん違って面白いよね」
「しかも、こんな歴史のあるお菓子が、材料を混ぜてレンチンするだけで超簡単に作れるんだぜ。まあ、昔の作り方だともっと手間暇かかるんだろうけど」
かけちゃんが楽しそうに教えてくれる。作るの、好きなんだなあと思う。
「へえ、そうなんだ」
「うん、簡単なわりにうまいよ」
オレが感心している横で、史也がさっさと食べ始めていた。
「あっ、先に食ってるし!」
「お前ら、話が長すぎ」
史也の言い分ももっともなので、そのまま皆で美味しくいただいた。
「京都って、こういう昔ながらの風習とかそういうものを大切にしていていいよね。すごい、憧れるなあ。大人になったら京都で暮らしてみたい」
お姉さんが竹の楊枝を握りしめて、しみじみと言った。
「そうねえ、この辺はそういうの無いからね、憧れる気持ちは分かるわ」
母親がお茶のおかわりを淹れてくれる。
「お姉さんは歴史っていうより昔の風習とか文化みたいなものが好きなの?」
オレは何となく気になったので聞いてみた。
「それはもう、全部ひっくるめて好きよ!」
お姉さんが力強く両手を握りしめた。
「この『水無月』だって、京都のお菓子よ? 平安時代からずっと食べられているわけだから、当然、幕末にはあの勤王の志士たちも、6月になれば食べていたはずでしょ? 彼らもきっと、この半年のけがれを祓い清めて、残り半年の無病息災を祈願しながら食べていたはずなのよ! そう考えると、何ていうかこう、時を超えて彼らとつながっているような気がしない?」
オレはお姉さんの言うことに、素直に感動した。
「おおっ、そう考えると、何だか確かにスゴイ!」
時の流れを感じると共に、まるで当時の志士の人たちと思いを共有しているようではないか!
「お姉さんの考え方、いいっスね! スゴく面白い!」
「何言ってるんだよ、未知流まで」
史也が冷めた目で見る。
「えっ、史也は感動しないの? お姉さん、スゴイこと言ってるよ!」
「ね、ヒドイでしょ? うちでこんなこと言っても、いつも『また歴史オタクが変なことを言ってる』って言って、誰も相手にしてくれないのよ!」
そう言いながらお姉さんに手を握られてしまった!
「それなのに未知流くん、あなたは素晴らしいわ!」
「あっ、コラ! 未知流に手を出すな!」
史也に振り払われる。
お姉さんの後ろからは、かけちゃんが怖い顔をしてこっちを見ている。コワイ。
それでもまだ、お姉さんは止まらない。
「未知流くんは、他の人達がまったく相手にしてくれないような話をちゃんと聞いてくれて、しかもそれを『スゴイ』って褒めてくれるのよね。こういうのは、何ていうんだっけ? ええと、そう、あれだ、『器がでかい』だ!」
「お姉さん、褒めすぎっス……」
やめてください、かけちゃんがコワイ。
「だって、史也のこの超わがままっぷりだって『自由でうらやましい』って褒めまくってたって、お父さんから聞いたよ! 器がでかすぎでしょ?」
「それは、オレがスゴイんだから当然だろ」
史也がケロッとして言う。
「そうそう」
オレも便乗しておく。
「そうじゃなくて~」
お姉さんがまだ続けそうだったから、話を逸らせようと話題を振ってみる。
「そうだ、お姉さん」
「前に、幕末のあの熱い時代がうらやましいって言ってたんスけど、この前史也のお父さんと話している時に、今も、まさに幕末と同じように世の中を動かす時なんじゃないかという話になったんスよ」
「え? 何? そんなでかい話をしていたの?」
「マジ?」
お姉さんとかけちゃんにドン引きされてしまった。
「いや、だって今の世はいろいろおかしいだろ」
史也が代わってケロッと言ってくれる。頼もしい。
「子供の頃から、『いい大学に行くため』に遊びもしないで、塾に行って勉強ばっかりしてるとか、実際、おかしいだろ!」
「えー、皆してるし、そんなもんじゃないの?」
「それだよ、それ! オレたちがおかしいとすら思わないっていうのが、既におかしいんだよ! 実際、オレは未知流と会うまで気がつかなかったし」
お姉さんとかけちゃんが目をパチクリしている。
「今の仕組みができたのは、ずいぶん昔だろ? その時代では良かったんだろうけど、今の世の中がクソつまんなくなっちゃったっていうことは、つまり今の仕組みがもう時代遅れで、次の新しい時代に行かなきゃいけない頃なんじゃないの? っていう話をしていたんだよ」
「まあ、史也君がこんなことを考えているなんて知らなかったわ。部屋に籠って2人で何の話をしているのかと思っていたけど、面白い話をしていたのねえ」
母親が妙に感動しているけど、部屋でこんな話をしたことは無い。
「今の仕組みは外国の真似をしただけだったんだからさ、今度はちゃんと自分たちに合った仕組みを考えるといいよな」
史也から、ちょっといいことを思いついた的な言い方で爆弾発言が飛び出るけど、皆が史也に追いついていない。
「ホラ、スゴイでしょ? 史也のこの自由な思考回路はうらやましいと思わない?」
オレはまるで自分の手柄の様に、史也の肩をポンと叩いた。
お姉さんとかけちゃんもあんぐりしている。
「う、うん……何かいろいろ、分かった気がする」
「うう~ん」
「というわけで、勤王の志士が命を散らしたあの時代をうらやましいと言ったお姉さん! もし、今からこの世界を好きなように変えられるとしたら、どうしたいですか?」
というわけで、オレはやっと本題に入ることができた。




