1.訪問者
こんにちは、1年ぶりです。
久しぶりだというのに、1年も前に書いたものの続きです。ごめんなさい。
いや、新しいものも書いてはみたのですが、それらがいまいち面白くなくて、どうしたものかと悩んでいる時に、軽い息抜きで書いてみた続きの話が思いのほか楽しく書けてしまったもので、そのまま突き進んでしまいました。
というわけで。
今回は週1連載でがんばる予定です。
もし良かったら、お付き合いいただけると大変嬉しいです。宜しくお願いします。
オレの名前は、古井戸未知流。生まれながらのいじめられっ子体質だ。
背が小さくてヒョロヒョロで、声も気も小さくて足も遅い。同学年のわんぱく連中を相手に対抗できる手段を、何一つ持っていない。
そして何より、自信がない。なので、その自信の無さを、初対面の強気な連中に見抜かれてしまうのだ。
そして今日は、6年生の初日。始業式だ。
いつものオレなら、これから始まる1年間、誰にいじめられるのかと戦々恐々として、まるでこの世の終わりの様な気分で登校していたことだろう。
しかし、今年のオレは違う。いや、正確には〈今回〉のオレは、違う。
何故ならオレは一回〈夢の中〉で、夏休みの途中までこのクラスのメンバーで過ごしているからだ。しかも、強制的に全員と毎日話しをさせられたことによって、それぞれの個人情報をいろいろと知っている状態なのだ。
〈夢の中〉では皆と仲良く話していたし、もしかしたら、また皆と同じように仲良く話せるかもしれないと、オレは少し期待していた。
しかし。
〈夢の中〉では、強制的に皆と話をさせられたから皆と話すことが出来たけど、今回はあの時の様なお膳立ては何も無い。オレ自身の力で切り開いて行かなければならないのでは、いつもの始業式と同じだ。
その結果は、当然惨敗。初日は誰とも仲良くなれなかった。
そして今は、始業式の後の放課後。
本来のいじめっ子の予定だった穂坂くんではなく、女子の皆さんのアイドル的存在であるイケメンの日比野史也に4の字固めをされて、ポッキリ骨を折られたところである。
この瞬間のオレと言えば、『絶望』という言葉しか無かった。
〈夢の中〉の日比野史也は、何故かオレのことが大好きだった。オレが自分で言うのも何だけど、とにかくオレは史也に好かれていたという変な自信があった。
だから今回も、きっと史也には好かれるだろうという根拠のない甘い期待が、心のどこかにあったのかもしれない。
そして、その期待はあっさりと打ち砕かれ、その結果がこの有様だ。
★ ★ ★
病院には、オレの母親と史也のお母さんが呼び出されていた。
史也のお母さんは平謝りで、それに対してうちの母親は「そんなに謝らないで」の繰り返しだった。史也はお母さんにとにかく怒られていたけれど、反抗的な態度で、ずっと不貞腐れていた。
史也は学校にいる時からずっと、機嫌が悪い。
そういえば、この日は朝から父親とケンカしてきたって〈夢の中〉で言っていたから、そのせいかもしれない。
史也のお父さんは頭が固くて、自分が正しいと思っている価値観を史也に無理矢理押し付けて、史也のことを自分の思い通りにしようと考えている、高圧的で、嫌な大人だ。
でも、この時点の史也なら大人しくお父さんの言う通りに夏休みの夏期講習に行っただろうと、〈夢の中〉の穂坂くんは言っていた。
史也は人の話をちゃんと聞いて、そこから自分で考えることができるヤツだ。
〈夢の中〉の史也は、水玉さんの影響でお父さんの考えとは違う考え方があることを知って、それまでのお父さんの言いなりだった状態から抜け出そうとしていた。
けど今は、お父さんに不満は持ちつつも、たぶんそれが社会の当たり前だと自分を納得させている状態だと思う。
そりゃあ、生まれた時から最も信頼している身近な大人にそれが正しいと言われたら、そういうものだと思い込むのは当たり前だ。
だから史也は、お母さんが虫を嫌いだから自分も虫は嫌いだと思っているし、お母さんが下品な言葉を嫌いだから、自分が本当は〈うんこ〉が大好きで、〈うんこ〉と叫びたいと本能が訴えていることにも気づかないのだ。
というわけで。診断は『若木骨折』。
子供の骨は柔軟性が高いため、大人の骨とは折れ方が違うらしい。若い木は折るとポキッと2本には割れず、ぐにゃりと折れ曲がり2本に分かれない。それと同じように子供の骨も、ポキッとは折れないらしい。若木の枝の様に、しなやかに折れるそうだ。
なので、大人の様に金属の板を入れてボルトで留めたりすることも無く、ギプスで固定するだけで勝手にくっついてしまうらしい。すごいぞ、成長期! 自分の身体なのに、人体の神秘に感動だ。
入院か自宅療養か選べるということだったので、当然の自宅療養だ。うちには乱暴で危険な兄弟はいないし、母親はいつも家にいるのだから。
というわけで、しっかり膝上までギプスを巻かれ、いろいろ注意をされて、やっと家に帰ることができた。
帰ることができたのだから、しばらくお風呂に入れないくらいは我慢しよう。
一週間様子を見て検査をして、先生のオッケーが出たら学校に行っていいということだったので、『やったー! 一週間お休みだ! 自由だ!』と喜んでいたら、リモートで授業に参加をしなければならないそうだ。がっかりだ。
その日の夜、オレは病院で言われた通りにクッションの上にギプスの足を乗せ、患部を氷で冷やした状態で寝転んで、あれこれ考えていた。
『クラスの中でのオレ』と、『史也に対する態度』についてだ。
まず前提としてしっかりと認識しなくてはいけないのは、オレはクラスの連中の個人情報を一方的に知ってしまっているということだ。今日一日の様子だと、どうやら〈夢の中〉の情報は間違いではないらしい。
それならこれを利用して、うまい具合にクラスに溶け込めないだろうかと企んでいるんだけど……オレに、そんな器用なことができるのだろうか……?
いや、逆にオレが皆の個人情報を一方的に知ってしまっていることは、絶対にバレないように気を付けなければいけないのではないか? バレたら絶対、ドン引きされる。
だって気持ち悪いはずだ。一方的に相手が自分の個人情報を知っているなんて、ただのストーカーだ。
だから、皆の情報については一切触れないようにしよう。何が好きとか嫌いとか、兄弟やペットのこととか。オレは何も知らないのだ!
それを踏まえて。まず、きっかけだ。
穂坂くんとの約束は、今日はオレが目の前で骨折したから、なんとなく無しになってしまった。オレがこんな状態では、治るまで家に呼べない。
でも、穂坂くんには朝ご飯をちゃんと作って食べてもらわなくてはいけないし、それに、やっぱり穂坂くんは頼れる存在だから、彼を出発点にしたいと思っている。
が、当たり前なんだけど、やっぱり壁を感じるんだよね。
うーん……ここはやはり、彼しかいないかなあ? そう、誰にでも人当たりが良い「コミュ力」モンスターの寺崎蹴人だ。席も隣だし好都合だと思う。
問題はきっかけになる最初の会話の内容だ。さりげなく、それでいて気が利いていて、ちゃんと会話が続くものがいいんだけど……
うーん……同じクラスだったこともあるんだけど、一度もまともに話したことが無いのに、いきなり馴れ馴れしく話しかけられたら、やっぱりドン引きされるかな……?
この辺の要領の悪さが、やっぱりまだまだ、ダメ人間のままなのだとがっかりする。〈夢の中〉だとふつうに話せたのになあ……
そんなことをうだうだ考えていると、玄関チャイムが鳴った。
リビングのソファーで寛いでいたオレは、どうせ宅配便だろうと気にも留めなかったが、母親が愛想の良い声で派手に「あらあら、わざわざすみません」とか挨拶をしている。
「えっ……? な、何だ?」
耳を澄ましてみると、パタパタと母親がこちらに小走りでやって来る音がする。
「未知流! ちょっと、いらっしゃい」
「何? 誰が来たの?」
「日比野くんのお父様よ!」
「へ?」
ええっ? 史也の? あの、お父さん? 横暴で、自分勝手で、史也の夏休みの予定を強制的に決めて、ハンガーストライキにまで追い詰めた、高圧的で嫌なあの親父が?
「嫌だ、会いたくない!」
血の気の引いたオレは、本気でそう叫んだ。
きっと玄関では、怖いモンスターが理不尽なことを言いながら、怒っているに違いない!
しかし、「何、言ってんの」と母親に笑われただけだった。
そして、父親の部屋から持ってきたキャスター付きの椅子にひょいと座らされて、強制的に廊下に押し出されてしまった! ぎゃあっ、助けて!
すると、なんということでしょう。
我が家のとても庶民らしい玄関に、高そうなスーツをビシッと着こなした背の高い素敵な紳士が、イケメンな息子とふたりでキラキラしながら降臨しているではありませんか。
「この度は、うちの息子がとんでもないことをしてしまって、本当に申し訳ありませんでした!」
びっくりだ!
だって、オレが一方的に敵意を持って出迎えた史也のお父さんに、深々と頭を下げられた上に、丁寧に謝罪されてしまったのだ。驚かないはずが無い。
「えええっ……?」
予想とのギャップに、オレは動揺した。
史也のお父さんは、史也の頭に手をのせて謝罪を促した。
「ほら、史也。ちゃんと古井戸くんに謝るんだ!」
「ごめんなさい」
史也が、どうでも良さそうな、ぜんぜん悪いと思っていない顔と口調でそう言った。
「えっ、あ、その……い、いいよ、別に……」
別に、謝ってほしいわけじゃないし。痛かったけど。
「ホラ、いいって」
史也がケロッとして言った。
「こらっ!」
お父さんが怒る。
「男の子同士ですもの、ちょっと元気過ぎただけですよ」
母親が、何か無責任なことを言っている。
「いやいや、それでも……」
言われた史也のお父さんは、本気で困っているようだ。
「なんと言っていいか……うちは上が女の子3人なものですから、初めての男の子だったので、家内も私も少し甘やかして育ててしまったようで……」
あ、それはちょっとわかる気がする。甘やかされているよね。
「元気過ぎるくらいでいいじゃないですか。最近の子は、ちょっと大人しすぎますからね」
「そう言っていただけて、恐縮です。では、せめて……」
そこからは、大人同士の医療費がどうのこうのといった金銭的な話になっていった。
それにしても。
この人は、史也から聞いていたあの嫌な父親にはとても見えない。物腰は柔らかいし、優しそうだし、すごく普通の人だ。
別人……?
そういえば、神宮司先生もいないし……いや、神宮司先生は学校改革が無いから派遣されて来なかっただけで、別人だったわけではない。だいたい、史也のお母さんは夢と同じだったし。ということは、やっぱり、史也のお父さんはこの人で正しいのか……?
オレが、優しそうなお父さんと、その横で不貞腐れている史也を見比べていたら、史也のお父さんがオレに聞いた。
「古井戸くん、学校はいつから行けるのかな?」
「えっ? ええと、い、一週間後に検査があって、それで先生がいいって言ったら……って、言っていました」
「じゃあ、学校に行けるようになったら、連絡をくれないかな?」
「はい?」
オレと母親が同時に返事をした。
「学校にいる間は、史也にずっと古井戸くんの手伝いをさせようと思います!」
「え?」
「はあ?」
史也もびっくりだ。ちょっと、何言っているの、お父さん!
「ほら、しばらく松葉杖をつかないといけないでしょう? いろいろと不便だと思うんですよ。なので、ギプスが取れるまでの間だけでも、この子にその手伝いをさせようと。いや、こいつ、あんまり反省してないみたいだし、罪滅ぼしにもなるし、それにできれば、このままふたりが仲良くなってくれたらいいなあと思いまして」
え? お父さん、何て良い人! それは、ちょっと嬉しいかも……と、夢の再現を一瞬願ってしまったオレに対して、史也が冷たく言い放った。
「は? 何それ」
そんな史也に対して、史也のお父さんは爽やかな笑顔で言った。
「ホラ、よく少年漫画なんかでは、ケンカをした後の男同士は無条件で笑いながら仲良くなるっていうのが自然な流れだろう?」
それに対して、うちの母親も一緒になって盛り上がってしまった!
「ああ、そうですね、ああいうのって憧れますよね! 男同士っていいなあって思うわ!」
ちょっと待て! それは、お互いに殴り合って、拳を交えることで芽生える友情ってヤツでしょ? オレは、一方的に足を折られただけだから! 何か、だいぶ違うから!
しかし、そんな間違った理屈に、史也は素直に狼狽えた。
「うっ……」
お父さんの言葉には反抗的だった史也だけど、うちの母親には弱いらしい。その反応に素早く気づいたらしい母親は、ニッコリ笑って話をまとめてしまった。
「じゃあ、史也君、学校が始まったらよろしくね! とっても助かるわ」
オレと史也の声にならない悲鳴が、お互いにだけ聞こえたようだ。史也の嫌そうな顔と、目が合ってしまった。
「じゃあ、学校に行ける許可が出たら教えてください。古井戸くん、これからよろしく頼むよ!」
ホッとした顔をした史也のお父さんが、史也の頭を押さえつけながら、一緒に自分も頭を下げた。
しょうがないので、オレも一緒になって頭を下げた。
「よ、よろしく……お願いします……」
そして、不満そうな史也を引っ張るようにして、史也のお父さんは満足そうに帰って行った。
「良いお父さんで良かったじゃない? 史也君とも仲良くなれそうだし」
母親は勝手に、もう既にオレと史也が仲良くなっている前提だ。
「まだ、ぜんぜん仲良くなってないし」
母親は「これからでしょ」とか言いながらニヤニヤしていて、まったく腹立たしい。
あんなに大嫌いだった史也のお父さんのおかげで、これからの学校生活と、史也との関係を良くするためのガッツリしたきっかけができて、とても複雑な心境だ。
しかし、今のオレはとにかく足は痛いしギプスの中は痒いから、とりあえずここは、安心しておこうと思った。