【間話】ずっと一緒にいたいから②
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「おお! やはり政治家様は違うなぁ!」
その頃、現学園長はゴテゴテした装飾やら置物やらが置いてある学園長室で、菓子折の箱の底を見て、笑みを隠せずにいた。お菓子の入った何の変哲もない箱、という訳ではなく、その底には万札が敷き詰められていた。
その束を1つ取り出すと、ひ、ふ、み、と数え出す。
「うむ、1束20枚、それが5個……100万……少しお手伝いをしただけでこの金額……むふ、むふふっ」
愉悦に浸っていたその時だった。ノックも無しに扉が開いたのだ。学園長の秘書であった。顔面蒼白で少し震えている。
「ノックぐらいせんかっ! 馬鹿者がァ!」
「そんなことはどうでもいいのですっ! あの方達が……す、皇鬼様の使いという方達が……来てるんですっ!」
「なっ!」
学園長はすぐさま菓子折を隠し、居住まいを正して己の権力の象徴である椅子に座り直した。そして、偉ぶるように足を組み、自信満々に「入ってもらえ」と秘書に命令した。
「やあ〜! どうもっ! 皇鬼の友達兼部下の伊万里だよっ」
『どうも』
「皇鬼の娘、未桜でございます。お願いがあって参った次第です」
学園長は伊万里と雲行、未桜、特に未桜を見てほぅと息を漏らした。それもそのはず。下ろした桜色の髪、十分な水分で潤んだ宝石のような紫色の瞳、頬に影が落ちるほど長いまつ毛、控えめな黒い角。未桜は"美"というものを体現した存在であったからだ。
形の良い唇から驚愕の言葉が紡がれる。
「天明学園学園長の職を退いて頂きたいのです」
その言葉に学園長はいきり立ち、それを秘書が抑えようとする。
「いくら皇鬼様の使いの者であったとしても、言葉を選んで頂きたいっ! 私はこの学園を愛し、ここまで大きくしてきたのだ! 私ほど学園長に適任なものは居ないと自負しているっ! それを、いきなり辞任しろだとっ?! ふざけるのも大概にしろよ! だいたい、アポもなくいきなり押しかけてくること自体が大間違いなのだっ」
「っ! お怒りになるのを分かりますが、あちらは皇鬼様の使いの方々ですっ! 無礼のないようにお願いしますっ」
その様子を見て雲行は『なんで怒ってるの』と言い出し、伊万里は「予想通りっ!」と言葉を発した。
美桜は笑みは崩さず、しかし、声は静かに話し始めた。
「そこの秘書の方は立場がよく分かってらっしゃるのですね……良い事です。そんな貴方には次の職を与えましょう」
「はへっ……ど、どういうことですか?」
秘書は目を見開いて、驚いた表情であった。
「あなた、随分とその男に手荒く扱われていたようですね」
「どうしてそれを……」
「あなた自身は正義感の強い、意志のしっかりとした人柄のようですので、あなたには次の職を与えようと皇鬼様が仰ったのです」
そこ言葉に目を輝かせた秘書だったが、一瞬で暗い顔になる。
「できません……」
「それは、人質を取られているからですか?」
「……全てわかっていらっしゃるんですね。娘が思い病気で、治療費を援助してもらってるんです。だから……」
「では、治療はこちらが致しましょう」
「え?」
未桜の言葉に再度驚く秘書。伊万里はその様子を見て、ニヤリと笑った。
「治療費はこっちが出すし、もしかしたら、君の娘さんの病気治るかもしれないよ?」
その言葉を聞いて秘書は土下座をし始めた。
「お願いします……! 娘を、ミナを治してください! 私はどうとでもお使い下さい! だから、だからっ……」
「お前っ、何を血走ったことを言っとる!? 勝手に転職することなんざ許さんからな!」
今の今まで静かだった学園長は秘書の土下座姿を見て、怒りを露わにする。未桜はそんな男は眼中に無いかのように、秘書の背中を撫でた。
「立ちなさい。約束しましょう、あなたも、あなたの娘も助けます。少しだけ今は協力して頂いても良いですか?」
未桜の優しい言葉にこくこくと頷くと、雲行と共に学園長室を出ていった。
「さて、あなたには様々な罪があります。刑務所で償ってもらいましょうか」
「罪とはなんだっ! 私は知らん! 嘘を並べるなっ、罪ならお前らもあるだろう? 私の許可無く秘書を連れていったことだ!」
学園長の言葉を聞いて、伊万里は呆れていた。伊万里は懐から書類を取りだして読み上げる。
「とある政治家からの賄賂、ヤのつく黒い奴らとの関わり、秘書への脅迫、人外差別、なんと言っても天明学園の生徒の親からのお気持ちなどなど? 言い出したらキリがないよ〜」
「なっ!」
伊万里が話したことは全て事実だったのであろう。貴臣が調べている時点で間違いだったことは絶対に無いのだが。学園長はゴテゴテの装飾品を手当り次第投げ、逃げようとしたが、伊万里は全て粉砕し、学園長をとりおさえる。伊万里はあたふたしている学園長を見てくふくふと笑っていた。
「警察です!」
そんな時予め呼んでおいた警察が到着した。
***
「話し合いは無事終わったのか。良くやった」
天明学園学園長室でのてんやわんやの事件が解決した頃、皇鬼は朧月家で志乃とイチャイチャしていた。
皇鬼はこの上なく上機嫌である。志乃は不思議そうに皇鬼を見ていた。
「うん? どうした、俺の可愛い志乃?」
「ふふ、またそんな事言って……いや、綾斗さんがいつにも増して嬉しそうだったから、何かあったのかなぁ〜って」
「……ふは、そんなに嬉しそうに見えたか?」
「それはもう、すごく!」
「これからはずっと一緒だな」
「? 今もずっと一緒じゃないですか?」
「アハハッ!」
志乃と皇鬼以外誰もいない朧月家のリビングに皇鬼の笑い声が響いた。




