【間話】ずっと一緒にいたいから①
皇鬼がそれを決めたのは天明学園の始業式の一週間前であった。
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「天明学園……そういえば志乃が通っていたな」
「は、どうしたの急に」
皇鬼別邸、執務室。
伊万里は小豆洗い印のおはぎを頬張りながら怪訝な目で皇鬼を見ていた。緑茶を入れている未桜もまたかと言う表情である。
皇鬼がこういう風に思い出したかのように話し出す内容は大体とんでもない事である。それに振り回される周りは溜まったものでは無い。
皇鬼はと言うと、取り消しになった綾月公園の誘致についての資料に目を通していた。それはもう10時間程前から休憩を入れずにずっとである。休憩をしなかったのは、この仕事が終わり次第、志乃と会おうと思っていたからである。ご褒美があれば頑張れるよねと言う伊万里の発言に対して対抗心を燃やしたのだ。
そういう訳で皇鬼は富士山、いや、エベレストのように積み重なった書類をやっとの事で天保山程にまで減らしたのだ。その疲労は如何に妖の王としても現れる程、限界を超えていた。
そして最初に戻る。
「嗚呼ヤダヤダ。聞きたくないよ、言うなよ〜」
「ふむ、ずっと一緒に志乃と居るにはどうしたらいいかと思惑していてな……それで思いついたんだが……」
「先に言っときますね。ダメですよ、絶対ダメですからね」
「俺は天明学園に戻ろうと思う」
2人の必死の拒絶も虚しく、キッパリと言い放った皇鬼。2人は盛大な溜め息をついた。
「皇鬼が言葉にしちゃったら、俺ら従わないといけないんだけど。それ分かってて言ったでしょ」
伊万里は残りのおはぎを平らげると如何にも嫌そうな顔で伸びをした。それに対し、皇鬼はいつも使わない表情筋を活発に動かしてにこやかに笑っていた。それはもういい笑顔であった。
「その笑顔が怖いです……父上……」
未桜も呆れた様子である。
「でもさ、どうやって戻んのよ?」
「嗚呼、それはもう考えがついてる。学園の長として戻る」
「今の学園長はどうするのですか?」
呆れ顔から一転困り顔になった未桜に、皇鬼はふ、と笑い直し、「そろそろか」と言った。
――コンコン、
「堀内です!」
「入れ」
そんな時、ノック音が聞こえ扉が開いた。堀内貴臣であった。貴臣は少し嬉しそうに、しかし冷静に報告を行った。
「皇鬼様から頼まれていた調査ですが、やはり今の学園長には黒い噂ばかりで逆にどうして今まで捕まっていなかったのかと疑うくらい真っ黒でした」
そう言い終わると、皇鬼にクリップでとめられた書類の束を手渡した。パラパラと目を通す皇鬼。そして自分が読み終わると直ぐに伊万里に渡した。
「という訳だ」
「お前……前々から画策してたな……」
「そりゃそうだろ?」
フンっと鼻を鳴らして執務室の自分のデスクに座る。伊万里と未桜は書類を見て、自分たちの次に取るべき行動を考えていた。
「この仕事が終わったら志乃に会いに行くのは決定だが……お前たちには仕事がある。その男に会ってこい。そして……」
「話し合いをして来いってことだよね?」
「ふふっ、話し合いは得意です」
伊万里はニヤリと何処か楽しそうに笑い、未桜は緑茶を口に含んで伊万里と同様、微笑んだ。
「嗚呼、分かってるならいい。お前たちはあくまで"話し合い"に行くんだからな……何も問題は無い」
ふふふ、はははと不敵に笑う人外組三人衆を見て、貴臣は「絶対に敵に回したくない」と思うのであった。




