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朧月夜、あの桜の下で  作者: 秋丸よう
【第1部】約束の桜
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【第26話】朝のニュース

 志乃は久しぶりに夢を見ていた。幸せな夢。起きることを躊躇うくらい幸せな夢。

 志乃は3日間目覚めることは無かった。志乃の周りは皆志乃のことを心配した。志乃は自宅の部屋で気持ち良さそうに寝ていた。そして、早朝、目を覚ました。


「ん……」

「志乃?」

「……ん、おはよ、なんで皆いるの?」

「うわー! 志乃が、志乃が起きた!」

「よがっだ、目を覚まさないんじゃないかと、心配で……ううっ」

「母さん! 志乃が起きた!」


 日南と蒼真と紅賀が志乃の部屋にいた。紅賀は美麗に志乃が目を覚ましたことを伝えると、美麗は1階のリビングから大急ぎで志乃の部屋に入った。優華も続けて入室する。


「志乃! うわーよかったぁ、よったよぉ! ひんっ!」

「よく頑張った」


 美麗は顔をぐちゃぐちゃにして泣き、優華はいつも見せない笑顔だった。志乃には何故こうなっているのか理解出来なかった。志乃的には寝ていただけだったから。

 よく分かっていない志乃を見て、蒼真は志乃がどういう状況だったのか説明した。


「ええー! 3日間も寝てたの! えー!」


 ベッドの上で飛び跳ねる志乃。どうどうと紅賀は志乃を落ち着かせた。日南は心配そうに志乃を見ていた。


「どうしたの、日南ちゃん?」

「どうしたもこうしたも無いわよ! めっちゃ心配だったんだから!」

「日南ちゃん! あわわ、泣かないで」


 日南は堪えていた涙をぶわと吹き出して泣いた。焦る志乃と紅賀。紅賀が何故焦っているのか、蒼真は何となく知っていた。少し口角を上げてニヤつく。

 美麗は優華に手渡されたトイレットペーパーで鼻水やら涙やらを拭いていた。そのトイレットペーパーを日南にも差し出す。日南もそれを受け取り、勢いよく鼻をかんだ。


ぐう、


「あ、お腹空いた……」


 志乃のお腹が鳴った。志乃は顔を少し赤くして小さく呟いた。美麗がパンっと手を打つ。


「昨日の残りのご飯でもいい? 昨日はね、カレーだったんだよね!」

「いや、病人にはまずお腹に優しいものだろ……」

「カレー!」

「いやいや、おじやだろ」

「味噌汁かけご飯」


 ガヤガヤと昨日までの重い空気とは真逆の楽しい雰囲気で志乃の部屋を出ていく朧月一家。そんな様子を日南は羨ましそうに見ていた。そして、こっそり呟いた。


「……羨ましい」

「何が?」

「え」


 出ていったはずの紅賀がドアの前に立っていたのだ。日南は必死に弁明する。


「あ、いや、べ、別に」

「……言いたくないなら、言わなくていい。だけどたまには吐き出すことも大事だと思う」

「……今日はやけに喋るじゃん」

「俺も人外である以上、喋る」

「ぷっ、何それ」


 日南は少し心に突っかかっていたものが取れたような気がした。紅賀と少し話しただけなのに、こんなにも楽になるとは思わなかった。


「行こ!」


 日南は紅賀の手を引いて、志乃の部屋を出た。廊下と階段、たったそれだけの距離の間だけしか手を繋いでいなかったのに、色んなものがポカポカと温まった気がした。




 


***

『続いてのニュースです。昨日……』


 テレビの音が響く。志乃はアッツアツのおじやを頬張っていた。朝はニュース番組しかやっていない。それは仕方がないことなのだが、志乃は3日分の娯楽を欲していた。


「何、また強盗殺人? 物騒ー、まあ、私なら犯人ワンパンだけどね!」

「落ち着いて飯食え」


 美麗も昨日のニュースを知らなかった。志乃に付きっきりだったからだ。隣でパンチを連発する美麗。それを止める優華。志乃は娯楽がなくてもこの光景を見るだけで幸せな気持ちになった。

 テレビに目を向けると、そこには見覚えのある木が映っていた。


『昨日、政府は綾月公園の千年桜を3月中旬に伐採すると決定しました。千年桜は妖の王、皇鬼綾斗様と朧姫様の約束の木として有名なスポットです。樹齢千年以上の枝垂れ桜で、千年間開花していないことから、専門家に枯れていると判断されました。樹齢千年を超える桜であるのに関わらず、桜守もいない事から採択せれました。跡地の公園には博物館ができる予定です。次のコーナーは……』


 

 志乃はコトンとスプーンを落とした。


「志乃?」

「どうした?」


 優華と日南が不思議そうな顔で見た。ご飯を食べていた蒼真、紅賀、美麗も続けて志乃を見る。


「あの桜……無くなっちゃうの?」


 志乃のその呟きに皆が眉をひそめた。日南が話し出す。


「あれだよね、皆で何回か行った公園のめっちゃ大きい桜の事だよね」

「まあ、千年間咲いてないなら、枯れてるって言われても仕方がないんじゃない?」

「にしても、切るのか……大変そうだなぁ。枯れてるって言っても御神木みたいなもんだから、儀式とかあるかもね」

「どうして、志乃はあの桜が大切なんだ?」


 優華の優しい声に涙が出る。


「なんでか、分かんない! でも、でも、なくなったら困るの……」


 ポロポロと涙を流す志乃を見て、美麗は涙を拭った。そして、こう言った。


「大切な物ほど消えてなくなってしまうものなんだ。だから、その大切なものが存在するうちに目いっぱい大切にしないといけない。でもね、諦めなかったら無くならないものもあるんだよ……」

「…………そうだな」


 美麗はまるで自分の大切なものがもうこの世には無いかのような話し方をした。優華の顔にも影が落ちる。


「暗い話は終わり! ご飯食べて、蒼真と紅賀と日南ちゃんは学校行きなよ! 志乃は大事をとって今日はお休みね」


 美麗は先程の暗い顔から一転、直ぐに明るい表情になった。美麗の笑顔には皆を笑顔にする力がある。志乃も少し笑ってご飯を食べた。






***

 玄関で蒼真達を送り出すとき、蒼真と紅賀は志乃に言わなければならないことがあると言った。


「今日、帰ってきたら、志乃にどうしても言わないといけないことがあるんだ。だから、聞いてくれる?」


 志乃は理解していない顔でうんと元気よく頷いた。


「じゃあ、行ってきます」


 蒼真と紅賀はいつも通りの笑顔で家を出た。

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