【第25話】悪口
正月のどんちゃん騒ぎが終わり、3学期が始まった。
志乃は冬休みの間、綾に会ってからというもの夢を見なくなった。綾の言葉が志乃を安心させたのだろうか、それは分からない。
志乃は最近よく眠れているので、始業式はルンルンだった。蒼真と紅賀と日南はそんな志乃を見て安堵した。悩みを打ち明けられた時、蒼真と紅賀は日南と共に相談会を開いたぐらいだった。
今の志乃には悩みはない。無敵である。どんなことにも動じない。そう思っていた。
それは教室に移動した時だった。茉莉と別れ、教室に入ると生徒達がある1人の生徒を慰めていた。
その生徒が水無瀬アリスだった。アリスが泣いていたのだ。
「アリスちゃん、泣かないで」
「水無瀬さんの事を断るなんて、見る目がないね」
「きっと、皇鬼様はお忙しかったんだよ」
大泣きするアリスを必死に宥める人達。志乃達は関係ないので素通りして席に着いた。すると、アリスをなだめていた人達が日南と志乃に群がり出した。
「ちょっと! 朧月さんはアリスちゃんのこと可哀想だと思わないの!?」
「籠屋さんもちょっとは水無瀬さんのこと気にかけようよ!」
日南は呆れ返ってこう言った。
「なんで、私たちが面倒見ないといけないわけ? 何があったか知ろうとも思わないし、知りたくもないわ」
それに反論する。
「じゃあ教えてあげるわ、アリスちゃんはね、皇鬼様の所に行ったの! それなのに、肝心の皇鬼様に会えなかったの! だから悲しんでいるのよ! 愛しい皇鬼様のお姿も見ることが叶わなかったから!」
「千年も会えなくて、やっと会えるって期待したのに、会えなかったんだよ? 悲しいじゃん」
志乃と日南はお互いの顔を見て、首を傾げた。
萌黄から本当の話は聞いているので、同情出来なかった。アリスが割って入る。
「いいの……またいつか会えるから。志乃ちゃんは私の事が羨ましいから、私の気持ちが分からないの……」
志乃はこれには流石に気づき、蔑んだ目をした。それに気付かないアリスは話を続ける。
「でもね、私が朧姫なのに黒猫の方は君は朧姫じゃないと言うの。皇鬼様が直接見たわけじゃないのに。皇鬼様も皇鬼様だわ……私の事を見ようともしないなんて、私たちの愛はそれくらいのものだったのかしら……千年桜の下で愛を誓い合った仲なのに……私はこんなにも愛しているのに……」
「…………さい」
「志乃?」
「うるさい!」
「っ!」
志乃がキレたのだ。あの温厚な志乃が。日南は驚き、また、嫌な感じがした。アリスも驚いている。
「何……? やっぱり羨ましいのね! そうなのね、可哀想」
「……私の事はどうでもいい。皇鬼様の愛は本物だ! 私のことを思う気持ちは本物なんだ! お前に、何も知らないお前に何が分かる! 皇鬼様の事も何にも知らないで、私の事も何にも知らないで……知ったふうな口をきくな! 私達の恋は千年、いや、万年と続くの……!」
志乃はボロボロと涙を流して叫んだ。日南は志乃が言っている意味がわからなかった。だって、まるで、志乃が朧姫みたいな言い方だったから。
アリスはこれに顔を真っ赤にして怒った。
「なによ! その言い方! まるであんたが朧姫みたいな言い方じゃない! 私こそが朧姫なの! わかる? あんたも皇鬼様のことなんにも知らないじゃない! 何様なのよ! あんたは誰よ!」
「私は……私はっ……誰……? ねえ、私は誰なの? 私はわたしは、あっう、ぐぅっ、痛い、いたい、イタイ!」
「志乃……!」
志乃は頭を抱えて苦しみ出したのだ。日南は志乃の肩を揺らす。志乃からは妖気のような、何か分からない力が溢れ出た。すると、見る見るうちに志乃の髪の毛が白になった。
「「志乃!」」
ドアから蒼真と紅賀が入ってくる。
「蒼真、紅賀……! なんで?」
「妖気が溢れていたのに気付いてな……」
「志乃は……覚醒していたの?」
「それは……」
志乃が頭を抱えて悶える姿を見て、アリスは1歩、また1歩と後ろに下がった。
「何よ……何よ! 私は悪くないわ!」
そう言って走り去ってしまった。
「とりあえず、保健室に行くぞ」
紅賀は志乃の事を持ち上げ、保健室に急いだ。残された蒼真と日南は黙りこくっていた。そして、やっとの事で話し出した。
「……志乃に、覚醒していること、言ったの?」
「言ってない……志乃には、まだ言うべきでは無いと思ったんだ」
「……っ! 志乃がどんだけ覚醒していない事にコンプレックス抱いていたと思うの!」
「ごめん……」
掴みかかる勢いの日南を萌黄と鏡華が抑える。制されて落ち着いた日南は蒼真を睨みつけ言った。
「志乃に、言いなさいよ! 分かった?!」
「……うん」
「返事ははい!」
「……はい!」
***
その頃保健室では紅賀が志乃の手を握っていた。
桐山和子先生が鎮痛剤を打つ。すると、志乃の苦情の表情は薄らいで行った。スースーと寝息を立てて眠る志乃。
紅賀は桐山先生に外に行ってもらうように頼んだ。
「5分だけね」
そう言って桐山先生は素直に外に出てくれた。
志乃の白くなった前髪を触り、額にキスをした。
「今は中途半端な状態なんだな……お前には思い出したら辛い記憶だ。今はまだ……」
***
「――様、――様」
「ん? どうしたの、――」
「私、この枝垂れ桜がいいです……」
「いいけど、もっと綺麗な桜はあるよ?」
「うーん、なんだか、この枝垂れ桜からはそこはかとなく生命力を感じるのです」
「――が言うならそれは本当だね、この桜にしよう」
「ええ、私達の想いが千年、万年と続くように、願いを込めて……」
誰の記憶だろう。愛する人の肩に乗って、傍に寄り添って、嗚呼、なんて幸せなんだろう。
ずっと、貴方の傍に――
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