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朧月夜、あの桜の下で  作者: 秋丸よう
【第1部】約束の桜
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【第23話】あなたは誰

 志乃はのそのそと身支度をする。眠そうな顔をしている。寝ているのだが、夢が鮮明すぎてちゃんと眠れていないのだ。

 部屋を出て階段を下りる。


「……あっ」


 階段を踏み外した。やばいと思って目を瞑る。ガシと腕を掴まれる感覚がした。そろりと目を開けるとそれは蒼真だった。


「……大丈夫? 顔色悪いじゃん」

「蒼兄……大丈夫だよ、ありがと」


 そう言って志乃が行こうとすると、蒼真はそれを止め、抱きついてきた。


「蒼兄?」

「辛いことが有るなら言って欲しいんだ。分け合いたいんだ。僕達は兄弟なんだから、それぐらいはさせてよ……」


 志乃からは蒼真の顔は見えなかったが、強く抱きしめる様子を見て心がつきんと痛んだ。


「何してんだ」


 紅賀が後ろにつっかえていた。


「……しんどい時は言えよ。おい、蒼真」


 そう言いながら志乃のおでこにデコピンをした。

 蒼真は一向に離してくれない。


「ふふ、大きくなったなぁ……」


 蒼真は志乃のおでこにキスをした。それを見て紅賀は蒼真の事を睨む。


「そんなに羨ましいならちゅーぐらいしたらいいのに」

「別に羨ましくない」

「そんなまた嘘ついてー」


 その様子を見て志乃はふふと笑った。


「ありがとう、蒼兄、紅兄。紅兄は恥ずかしがり屋だから私がちゅーしてあげる」

「……ん」

「やっぱりしてやりたかったんだ! 志乃からちゅーしてもらうなんて、悔しい!」

「蒼兄もしてあげるから……どうどう」


 狭い階段でのやりとり。志乃は心の中で兄達に感謝した。心の枷が崩れていくような感じがした。



 リビングに行くとそこには誰もおらず、志乃は思い出した。


「今日って、お母さん達外国だっけ?」

「そうそう、なんでも、仕事なんだか」

「あの人達がなんの仕事してるか分からないの怖いわ」


 カチャカチャとキッチンで朝ごはんの準備をする。味噌汁とご飯、あとは明太子である。

 蒼真と紅賀が朝ごはんを食べ始めた時、志乃は口を開いた。


「あのね、蒼兄と紅兄に聞いて欲しい話があるの」


 蒼真と紅賀の手が止まる。


「いいよ、なんでも話してご覧よ」

「今日は時間があるから大丈夫だ」

「うん……」


 志乃はぽつりぽつりと話し出す。

 最近、授業中眠ってしまうこと。夢の内容を鮮明に覚えていること。夢の中で必ず出てくる人の事が気になること。夢が鮮明すぎて、きちんと眠れてないこと。

 


 全部話した志乃はスッキリした顔で朝ごはんをガツガツ食べた。なんならおかわりした。

 蒼真、紅賀は表面上は元気な顔をしていたが、ときどき暗い顔を見せた。

 


 


 電車でガタゴト揺れながら登校している最中も蒼真は何か考え事をしているふうだった。紅賀は顔に出さないから分からなかった。

 2人と別れ、志乃は教室に向かう。

 


 教室には日南、鏡華、萌黄、茉莉がいた。何故だか恋バナをしていた。


「萌黄ちゃんは好きな人いないの?」

「そう言う茉莉ちゃんも!」

「鏡華は……」

「あら、わたくしは婚約者が居ますわよ」

「ええー! 魂の伴侶は?」

「魂の伴侶が現れたら解消ですわね。でもなかなか現れることは有りませんわよ」

「日南ちゃんはぁ?」

「あー、わたしねぇ親が勝手に決めそうな感じ」

「それはまずいよ! 早く彼氏作るぞ」

「押しが強い……」

「結局、茉莉は誰が好きですの? 前に好きな人がいるとか言っていたじゃないです」

「……えへ、志乃ちゃん」

「……完全なる志乃の信者ですわ」

「え、茉莉ちゃん、私の事好きなの? 私も好きー! というか皆好き!」


 志乃はいきなりその会話に参加した。茉莉は顔を真っ赤にしている。


「志乃の好きは恋愛の好きじゃ無いでしょ……」

「がーん……」

「茉莉ちゃんはショック受けすぎ」

「志乃、この会話に入ってきたからには白状してもらいますわよ! あなた、気になる殿方はいないの?」


 鏡華がふんすと鼻を鳴らして志乃に詰め寄る。えっえっと戸惑う志乃を逃がさんとするかのように、萌黄、茉莉は志乃をガッチリ捕まえる。日南は呆れたような、興味津々のような訳の分からない顔をして高見の見物をする。

 志乃は諦めて口を開いた。


「気になる人……男の人でしょ? いないなぁ……あ」

「あって言いましたわよ!?」

「これはいますね!」

「私を差し置いて……くっ」

「え、志乃いるの!? 教えてよ!」

「み、みんな、落ち着いて……」

「「「「これが落ち着いていられるかぁ!」」」」


 皆の気迫に負ける志乃。


「……夢の中で、いつも私の傍にいる男の人」

「ん? 夢の中?」

「んんん? どういうことじゃ」

「いつもって、毎回同じ夢を見るんですの?」

「いや、毎回同じ夢じゃないけど……毎回その人が出てくる」

「…………怖っ」

「一瞬で恋バナから怪談になったよ」

「夢の中って、志乃はその人の事、どう思うの?」


 日南の問いかけにすぐに答えられなかった。少し間が空いて、話し出す。


「……とっても、幸せで、嬉しくて、愛おしくて。その人のことが……好きなんだと思う。とても大切な人だと思うの」

「くっ、夢の住人に負けた……!」

「そんなにはっきりした夢なら現実でも何かあるかもしれないね」

「顔は? どなたか分からないの?」

「顔は……靄がかかって見えないの。声も、多分私の名前を呼んでる部分だけ聞こえないの。全然知らない人だし」

「……結構やばいと思うんだけど、そう思うの私だけ?」

「いや、充分やばいでしょう?」

「怖っ怖っ」

「うっ、うー、負けた……」

「萌黄と茉莉は戻ってきなさい」



 日南は考え込んでしまい、鏡華は萌黄と茉莉のお守りに手一杯になった。


「えーと、顔描かなくてもいいなら、絵、描こうか?」


 志乃が一生懸命発した言葉はこれだった。


「描いてみてよ」


 日南が返答する。

 志乃はルーズリーフにシャーペンで絵を描いた。そして、皆に見せた。皆、顔色が悪くなる。


「どうしたの?」

「そういえば、志乃って、美術の成績クソ悪いんだったわ……描かせてごめん」

「全然、何描いてるか分かりませんわぁ……」

「これは……ピカソだね」

「私の顔! 私のことも描いてください!」


 茉莉を除いて皆が志乃に謝った。茉莉だけが志乃に絵のリクエストをしていた。

 志乃の描いたえは良く言えば前衛的でピカソ。悪く言えば人の原型を留めていない化け物だった。幼稚園児が描く絵よりも酷いものだった。

 志乃は何故謝られているのか分からなかった。志乃からしたら結構上手く描けた力作なのだ。


 その日は志乃の気になる人の事よりも、志乃の描いた絵の方に皆頭が行ってしまった。






 そして、今日も志乃は夢を見る。あの人との大切な()()()。巡り巡りて形をなす。

読んで頂きありがとうございます!

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