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朧月夜、あの桜の下で  作者: 秋丸よう
【第1部】約束の桜
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【第22話】鮮明になる夢

 志乃とアリスの言い争いは全クラスに広まった。数日の間、生徒達がざわついていた気がしたが、それはすぐに収まり、いつもと変わらぬ日常をすごしていた。


 アリスは聞いた噂によると、朧姫として皇鬼様に会う準備をしなければならないという理由でここ最近学校を休んでいる。学校側は公欠にしているらしい。

 

 志乃はと言うと、最近ある事に悩まされていた。


 

「……ん……んん」

「おい、朧月! 起きろ! こらっ」

「……は、はぁ」

「朧月!」

「……ひゃい!」

「……顔色悪いな。起こして悪かった。保健室行くか?」

「す、すみません! また寝てしまって……保健室は大丈夫です」

「次からは気を付けろよ……そんで、体調管理はしっかりとな」


 先生が去っていく。日南がコソッと話しかけてきた。


「またうなされてたよ……ほんとに大丈夫?」

「……うん」


 最近の志乃の悩みというのは授業中に眠ってしまうことだ。静かに居眠るならまだしも、うなされて寝ている。ここずっと夜もうなされている。

 ただ、今までは全く記憶に無かった夢の内容を覚えていることが増えた。志乃はこれに関しては1点を除いては満足だった。1点というのは、夢に必ず出てくる男の人の顔が見えないのだ。毎度毎度、顔がぼやけている。


 

 そして今日も志乃は夢を見る。

 

 

 授業中の夢は桜を見ている夢だった。

 誰かの肩に乗って、枝垂れ桜を見ている夢。この世のものとは思えないほど綺麗で、とても幸せで、嬉しくて。でもあなたの顔は思い出せない。それが辛くて、苦しくて、悲しくて。


 



***

――とぷん、ゆら、ゆら、


 また、あの感覚。

 深い海に落ちて行くような感覚。こぽこぽ、ゆらゆらと暗い海の底に沈んでいく。底には一筋の眩い光が見える。私はいつもそこに吸い込まれていく。


 

 気付けば場面が変わっている。

 これも最近では当たり前になってきた。


 

 桜……いや、桃の木が満開に咲き誇り、当たり一面桃色だった。


「――?」


 隣に座る貴方。

 なんて言っているのかも、どんな表情をしているのかも分からない。私の名前を呼んでいるのだろう、貴方が紡ぐ言葉もその部分だけ聞こえない。


「綺麗だね」

「愛しているよ」


 とても、とても、綺麗です、――様。私もずっと愛しております。

 

 誰の声だろうか。

 とても綺麗で、気持ちが晴れる声。


 

 嗚呼、私の声だ。私が話していたのか。でも私の意思じゃない。では、私は誰……?



 

 

 桃の花弁が舞う。

 ぶわりと、風も無いのに吹き荒れる。今までの情景が無かったかのように吹き飛ばされる。私は吹き飛ばされないように、必死に身構えた。



 

 辺りが静かになった。そっと目を開ける。

 そこは仄かな橙色の灯りに照らされた屏風で区切られた空間。暗がりの中、その小さな灯りを頼りに膝に乗った貴方の頭を撫でる。

 私は撫でている方なのに何故だか心が暖かくなった。とても、幸せだった。愛しい貴方を愛でることが出来て。

 


「ふふ、――は撫でるのが上手だね」


 そうかもしれませんね、――様。私は貴方の事だけを考えて撫でているのですから。

 

 顔の見えない貴方。どんな表情をしているの? どんな顔で私に笑いかけるの? そう思うと、暖まった心が冷めていくような感覚がした。

 外を見れば綺麗な月が出ていた。それは朧月だった。私達を柔らかく照らす。


 

 どこからともなく、桃色の欠片がひらりと舞う。



 甘い香りが広がる。何処と無く柊桃香の香りに似ている。今日は夢が長いなと思った。何度、夢を見ても、貴方の顔が思い出せない。貴方は、誰なの?


 

 ぶわりと舞う。甘い香りが強くなる。



 

 目を開けると、そこは地獄だった。


 そこら中に転がる動かぬ者たち。ちぎれた体躯。小さな赤い池ができている。見渡す限り、赤、赤、赤。屋敷は燃え盛り、呻き声や叫び声が聞こえる。

 先程の甘い香りとは違い、噎せ返るほどの濃い血の匂いと虚の匂いがした。私は、夢の中だと分かっていたけど、耐えられなかった。なのに、勝手に場面は変わる。

 

 気付けば、千年桜とは違う枝垂れ桜の前にいた。私は子供を守っていた。

 誰だか分からない、黒い人に心臓を子供ごと一突きされた。見ると子供は虚人で、もう人間とは言えるものではなかった。


――いたい、痛い、痛イ


 鋭い、気絶するような痛みが私を襲う。その時、叫び声がした。あの人の怒りに満ちた声。

 私の前にいた黒い人が真っ二つになる。それを確認するとあの人はすぐに私を抱き抱えた。そして、私の赤が着いた手を見て、涙らしきものを零した。


 嗚呼、私のためにこんなにも泣いてくれるのか。

 嗚咽混じりの泣き声。

 私はこんな状況にも関わらず、幸せだと感じてしまった。



「ごめんな、幸せにしてやれなくて。守ってあげられなくて、ごめんな」


 そう言って、ぼろぼろと零す綺麗な雫。私は綺麗だなと思った。


 私は輪廻に帰るだけです。だから、だから、また私を見つけて……私はあなたの事をずっと覚えている。永遠に忘れない。ずっと待ってる……


 一生懸命に言葉を紡ぐ私。


「もう話すな……」

 貴方はいつもそうやって優しく声をかけてくれる。


 ずっと待ってるから……朧月が私たちを照らした、あの桜の下で――


「――――――」



 私の視界が見えなくなる時、あの人が何か言った気がした。





***

――落ちる、落ちる、落ちる



 気が付けば千年桜の前にいた。千年桜は現実で見た通り枯れたまま。なのに、どこからともなく桜の花弁が舞う。薄い桃色の欠片。ひらひらと上品に舞を待っているかのよう。


「ここは……」

――ここは、夢の終着点です


 志乃は驚いて周囲を見渡す。でも、どこにも人の姿は無い。まさかと思い、千年桜を見る。


――やっと、繋がった

 

「繋がったってどういうこと……?」


 枯れかけた枝がさわさわと返事をするかのように揺れる。


――あの方はずっと貴女を待っています


「あの方って、夢のあの人のこと知ってるの? 知ってるなら教えてよ!」


――ご自身が自力で思い出さなければ意味が無いのです


 志乃は涙が零れた。ほろりと、アメジストの瞳から水が溢れる。


「あの人は誰なの……私は、私は、誰……?」



 その言葉に反応して、桜の花弁は嵐のように吹き荒れる。千年桜も志乃も全てを飲み込む花弁。そして、花弁の隙間からチラリと見える誰か。いつも、誰かがそこにいる。


「あなたは誰?」


 


 そこで目が覚めた。目覚まし時計よりも30分早い時間。カーテンの隙間から差す一筋の陽光。


 またいつもの1日が始まる。

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