【間話】皇鬼別邸で
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その頃、皇鬼別邸ではてんやわんやの大騒ぎだった。
「皇鬼様はどこです!? 伊万里様! 皇鬼様が外に行く時は護衛を付けてくださいとあれ程頼んだはずですよ!」
黒い髪の毛をオールバックにした、いかにも秘書という若い男が騒ぐ。
「えー、だって皇鬼、しんどそうだったんだもん。良いじゃん別に、臣くん」
「臣くんって言わないでください! 私には堀内貴臣って名前があるんです! 堀内と呼んでください! 私は公私混同しない主義なんです!」
「臣くん、かたーい」
「ンギいいぃぃぃ」
伊万里は踊り場のソファーで猫らしくゴロゴロとする。それを見て、貴臣がキレる。先程からそれの繰り返しだった。
その堀内貴臣という男。
皇鬼は人間側のスパイか何かだと思っているみたいだが、本人は1度忠義を捧げた相手には尽くすタイプだった。内閣総理大臣はスパイとして貴臣を皇鬼につけたが、貴臣はスパイ行為を拒否。忠実に完璧に皇鬼の業務をこなしている。皇鬼はあまり人間を信用しないので、彼も例外ではなく信用されていないが、伊万里は信用していた。
内閣総理大臣の意向に背いたために起きた様々ないざこざは全て伊万里が綺麗に片付け、人間世界では大切な後ろ盾も伊万里が請け負っている。
そう、伊万里はただのぐうたら猫では無いのだ。やる事はやる、ただそれ以上はしないだけなのだ。皇鬼からも伊万里のポジションは非常に重要だった。
彼は皇鬼直轄の暗躍部隊の者、いや、その部隊の長だった。暗躍部隊は影に潜み、影に生きる者。皇鬼が仕事を頼むとそれがどのような仕事でもこなす。伊万里は皇鬼が信頼できる数少ない人材だった。
このやり取りをみていた護衛達は誰か止めてくれと考えていた。確かに自分達が悪いのだが、貴臣の心身を考えると、可哀想になってきたのだ。
その時、このカオス空間に救世主が現れたのだ。
「すみません、貴臣様、父上はおりますか?」
桃色の髪、紫色の瞳、黒い角の女性。彼女は皇鬼と朧姫の子供である未桜だ。
その凛とした声に誰もが魅力される。貴臣は伊万里のことは忘れて、未桜に駆け寄った。
「これこれは、未桜様。実は皇鬼様は勝手にお出かけしてしまわれて……ほとほと私共も困っているのです」
「まあ、父上が? 珍しい……さては伊万里ね?」
「ギクゥ!」
逃げようとしていた伊万里は未桜の言葉に動けなくなった。
「ギクゥって声に出す人初めて見ましたよ……」
「あら、伊万里、紫月に言うわよ?」
「俺が計画しましたー!」
ピンと背筋を伸ばし、手を挙げる伊万里。その清々しさに呆れ返る一同。
紫月とは伊万里の魂の伴侶であり、妻である。実はこの2人には3人の子供がいる。
「流石、未桜様です!」
キラキラと顔を輝かせて貴臣は言う。未桜はそんな貴臣は放っておいて、伊万里に問い掛けた。
「で、どこに行ったの?」
「どこに行ったかまではわからん、ほ、本当だよ!?」
伊万里は必死に弁明した。
「伊万里に聞いても無駄ですね」
落ち込んでいると、何か大きな力が屋敷に向かってくるのを感じた。未桜はサッと身構える。
「未桜、身構えなくても大丈夫。あれは皇鬼だから。帰ってきたのかな?」
伊万里は未桜を制すと、1階の玄関ホールに移動した。
黒い影が集まる。それが実体を成し、ギュルギュルと何かを包むように動く。そして、その黒い液体の膜を破るようにパシャンと音を立てて皇鬼が現れた。
「おかえり! ……って、ええ! あ、あ、あの皇鬼が……薄ら笑ってる……!」
「……まさか」
そこにいた皇鬼はいつもの仏頂面の機嫌が悪そうな顔ではなく、少しぎこちないながらも笑みを浮かべていた。
「……居たんだ、朧姫が」
この言葉にその場の全員が固まった。未桜は涙を流して喜んだ。
「……俺の事は覚えてなかったけどね」
皇鬼の寂しそうな笑顔。でもね、と彼は続ける。
「一緒にアイスを食べたんだ。長いこと味を感じてなかったから心配だったけど、とても甘くて美味しかった」
皇鬼の手にはアイスの棒があった。ただのアイスの棒だが、皇鬼は割れ物を触るように大切そうに持っていた。
貴臣は皇鬼を見て、この人は朧姫様の為にならこんな顔もするのだなと思い、また、痛々しくも思った。
涙を流しながら、未桜は言う。
「……母上は、お元気そうでしたか?」
「ああ、元気そうに走っていたよ」
「今世では足は自由に動くのですね、幸せそうでしたか?」
「……ああ」
彼女は俺が居なくても幸せそうだったよ、という言葉は喉につっかえて出てこなかった。
「名前は? 聞いたの?」
伊万里が踏み込む。
「……朧月志乃、と言うそうだ」
「朧月?」
「いやいや、そんな、まさかねぇ……」
皇鬼が執務室に戻ったのを確認して、未桜と伊万里は難しい顔をした。
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