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朧月夜、あの桜の下で  作者: 秋丸よう
【第1部】約束の桜
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【間話】見つけた

 皇鬼は執務に追われていた。

 積み重なる書類、書類、書類。それもどれもが呆れるほどクソな内容のものばかり。人間達の主催するパーティへの招待状や、人間達がやる新事業の承諾書類、新しく雇う護衛の審査書類などなど。


 皇鬼はうんざりしていた。

 彼自身は行きたくないのだが、人間との良好な関係を築くためにはパーティも行かなければならない。新事業は妖の力も多用するので、きちんと目を通しておかなければならない。正直、護衛なんていらないし、ましてや人間の護衛なんて居ても邪魔なだけだが、総理大臣という肩書きのやつが五月蝿いので、護衛を新しく雇用しなければならない。

 


 もう一度言う。皇鬼はうんざりしていた。

 皇鬼は書類の山に囲まれたデスクの中に突っ伏していた。その苛立ちムード真っ只中の部屋にバーンと音を立てて扉を開け、入ってくる猛者がいた。伊万里である。


「よっ! さすが妖の王は大変だねぇ」

「五月蝿い、入ってくるな、顔を見せるな、喋るな、息するな」

「そんなことしたら俺死んじゃう!」

「しらん」

「つれないなぁ、皇鬼たんは!」


 ぶすくれる皇鬼を見て、伊万里はニヤリと笑った。

 

「あれ、秘書官はどうしたの?」

「あー、あれか。邪魔だから休憩させた」

「皇鬼はなんだかんだ優しいね!」

「五月蝿い」

「そんな優しい皇鬼にいい案を教えてあげよう」



 伊万里は皇鬼の耳元にそっと耳打ちする。


「……いいなそれ」

「でしょ?」

「乗った」


 耳打ちの内容はこうである。伊万里が部屋の護衛と交代し、部屋には誰もはいらせないようにする。そして、部屋の窓から皇鬼が脱出し、休憩する。

 秘書官というのは内閣総理大臣が寄越した人間のことで、皇鬼の補佐を自称している。皇鬼は人間のスパイ的な何かだと踏んでいた。だから信用していない。


 皇鬼達は早速行動に移した。

 伊万里は執務室の護衛に賄賂を渡して交代してもらい、皇鬼は秘書官が居ないうちに脱出する。結果は成功だった。





***

 皇鬼は近くにある綾月公園に行くことにした。この姿のままでは目立つので、子供の姿に変化する。綾月公園は朧姫との思い出の場所であり、約束の地だからだ。行けば会えるかもしれないという淡い期待に身を寄せながら公園の敷地内に入る。



 千年桜を見やると、長い髪をひとつに纏めている女がいた。


――ドクン


 長い間波打たなかった心臓が震えた。

 

(まさか、まさか、そんなはず、いや……)


 皇鬼はその女の方に向かって歩いていた。彼女が突然しゃがみだす。彼女は皇鬼には全く気づいていなかった。

 皇鬼は彼女の傍にまで行く。ふと、彼女が顔を上げた。



 朧姫だった。見間違いなんかじゃない。偽物なんかじゃない。正真正銘の朧姫。

 光にあたって紫色に輝く黒髪、アメジストのような澄んだ紫色の瞳。長いまつ毛。日焼けを知らない白い体躯。

 彼女が何かを喋ろうとしたが、皇鬼が先に口に出してしまっていた。


「見つけた」


 その言葉を発した瞬間、皇鬼は嬉しさのあまり涙がこぼれた。皇鬼の涙を見た彼女は焦りだした。


「あわわ、あわわ、どうしよ! ……あ、これ、あげるから!」


 名も知らない彼女はそう言うと持っていた袋を皇鬼に渡して、走っていった。その袋はひんやりしていた。


(嗚呼……今世では走れるんだな)


 そして、足早に戻ってくる彼女。焦った顔をしているかと思えば、次はまた違う顔になる。


(ころころと表情が変わるな……可愛い)


「ご、ごめんね、知らない人から貰う食べ物なんて嫌だよね……!」


 彼女が申し訳なさそうに、袋を貰おうとする。それを皇鬼は拒んだ。


(君からの贈り物を返すなんて出来ないな)


「……ほしいの? 大丈夫! 変な物なんて入ってないからね」


 皇鬼は袋からアイスを取りだした。しかし、入っていたのはひとりで食べるよなアイスでは無かった。それを見た彼女が顔を隠して悶えた。


「恥ずかしい……間違って買ってしまった……」


 その様子を見て皇鬼はくすと笑った。


(君はいつも俺を楽しませてくれる)


「一緒に食べようよ、お姉さん」





***

 アイスは少し溶けていて、でも皇鬼には今まで食べたアイスの中で1番美味しい物だった。

 チラリと視線を感じる。彼女が皇鬼のことを見ていた。


 視線が絡み合う。


(相変わらず、顔に出やすいなぁ……)


「お、僕の事、気になるの?」

「……へぇっ!」


 皇鬼はいつも通りに『俺』と言ってしまいそうになったが、今は子供の姿だったのを思い出して、言い換えた。彼女は素っ頓狂な声を上げる。皇鬼は笑いを堪えられなくなった。


「ふふ、お姉さんは面白いな。そうだなぁ、僕の事は綾って呼んでよ。お姉さんの名前は?」


 皇鬼は咄嗟に自分のことを『綾』と呼ぶように言った。

 

「志乃……朧月志乃です」

「志乃、志乃ねぇ……綺麗な名前だ。あ、アイス食べないと溶けるよ?」

「わ、ほんとだ」


 皇鬼は志乃の名前を噛み締めるように呟いた。目を志乃の方に向けるとたらりと零れそうなアイスを小さな口で必死に舐めとる志乃がいた。


(嗚呼……可愛いな)


 理性が止めるよりも先に本能が働き、志乃のアイスを舐めとっていた。ちゅるりと音を立ててアイスを舐める。

 志乃のアイスを舐めているとハッと我に返った。本能の次に理性が足早にやってきたのだ。ばっとアイスから口を離す。


(やってしまった……)


 皇鬼は後悔した。志乃は怒っているだろうなと思い、彼女の方を見た。皇鬼は驚いた。志乃はボーッとしていたのだ。心ここに在らずという感じだった。


「志乃?」


 皇鬼の声に反応して、志乃は皇鬼の顔を見る。


「どうかした?」


 少し間を置いて、返答がきた。


「ううん、大丈夫」


 その後志乃は皇鬼がアイスを舐めたことは全く触れずに、アイスを食べていた。皇鬼はその間、志乃の顔をずっと見ていた。それはもう幸せそうに。

 そして、志乃が食べ終わったのを見て、こんなことを聞いた。


「志乃、僕のことどう思う?」


 突然の質問に驚く志乃。


「……子供なのに、大人っぽくて、うーん、小さな子供に言うことじゃないけど、ちょっとドキドキしたかも」

「……そっかぁ、そっか。ふふ、嬉しいな」


 その回答に皇鬼は満足した。そして、食べたアイスの棒を大切そうに懐にしまって、ベンチから立った。


「志乃、僕は帰るね。またここで会おう、約束だよ?」


 皇鬼はこう言うと、妖術を使って姿を眩ませた。影に溶け込んだのだ。






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