【短編版】引き取ってきた双子姉妹の、俺への距離感がおかしい。【連載版開始】
「真人兄さん」
「真人お兄ちゃん」
「なんだ、ふたりとも改まって」
「お話があります」
「今日こそハッキリさせるわよ!」
俺の目の前にいるのは双子の姉妹。17歳の高校三年生で、もうすぐふたりとも18歳になる、俺の従妹たちだ。
従妹とは言っても、見た目はかなり日本人離れしている。いわゆるシルバーブロンドというのだろうか、ふたりとも銀髪のとても美しい輝く長い髪で、姉の蒼月の方は深い蒼色の瞳、妹の陽紅の方は鮮やかな紅色の瞳で、肌はふたりとも透き通るように真っ白だ。
おまけにスタイルもどちらも抜群だ。物静かで理知的な姉の方は胸がやや控えめだが、触れれば折れそうなほど華奢な肢体で守りたくなるし、妹の方は活発で快活で一緒にいて飽きない上に姉と違って胸元も主張が激しく目のやり場に困る。
正直、控えめに言ってもとんでもない美少女たちだ。街では誰もが二度見するレベルで、芸能人にだってこれほどの美人はめったにいないだろう。街でナンパされること数知れず。学校では小中高と全てNo.1美少女の座をほしいままにして、家までストーカーが押しかけてきたことなんて数えるのも面倒なくらいだ。
母親が日仏のハーフで、その血を濃く継いでいるらしく、それでこんな外人っぽい見た目だが、ふたりとも日本で生まれ育って国籍も日本だし、日本語以外喋れない。
彼女たちの父は俺の父親の兄、つまり伯父にあたる。だから俺たち三人は従兄妹同士だ。
ちなみに俺は今年で27歳で、ふたりよりちょうど10歳ほど歳上になる。
彼女たちが10歳の時に訳あって俺が引き取り、それから3人で一緒に生活していて、もう丸7年になる。その間に美しく成長してゆく彼女たちを、ずっと間近で見守り続けてきた。
「ハッキリさせるって、何をだ?」
「そんなの決まってるじゃない!」
「陽紅の言うとおりです」
「兄さん」
「お兄ちゃん」
「「私たちの、どっちと結婚するの!?」」
何を言い出すかと思えばやっぱりそれか。
「しねえよバーカ。お前たちはどっちも可愛い妹だ。恋愛対象じゃねえ」
「なんでよ!?」
「自分で言うのもなんですが、こんなに兄さんのことを愛してくれる美少女なんて他に居ませんよ?私たちと結婚しないと、兄さんあっという間に老けていって寂しい老後が待ってますよ?」
「余計なお世話だ。俺だってなあ、しようと思えば結婚のひとつやふたつ⸺」
「相手もいないのに?」
「お兄ちゃんがモテないの、はるか知ってるんだからね!」
「うるせえ放っとけ」
くそ、遠慮なく痛いところ突いて来やがって。
ホント年々遠慮がなくなるなコイツら。
「でも心配いりません。蒼月が結婚して兄さんを一生養ってあげますから」
「だから陽紅が結婚して、お兄ちゃんを死ぬまで幸せにしてあげるから」
そう言ってくれるのは正直有り難いし嬉しくもある。あの時、親戚一同の反対を押し切って引き取ってきてやはり正解だったと、当時の自分を褒めてやりたい。あとここまで育て上げたこの7年間の俺、マジグッジョブ。よくやった。
まあ、ぶっちゃけてしまえば飯食わしてやってただけで勝手に育ったんだけどなコイツら。引き取ってきた10歳当時は痩せこけててみすぼらしくて、こんな美少女になるなんて思いもしなかったもんな。
でもまあ、それはそれ。
「本当に俺と結婚したいんなら、まず『兄さん』を卒業してからだな」
「「…………えっ?」」
「だってそうだろ?お前たち、自分の旦那様を『兄さん』って呼ぶつもりなの?」
「「そっ、それは…………」」
(真人さん……マーくん……あ、あなた……キャーッ!)
(真人さん……マコちゃん……旦那さま……イヤーッ!)
双子の顔がみるみる赤くなってゆく。多分、俺の名前を脳内で呼び捨てにして恥ずかしくなったんだろう。
そういうとこだぞ、お前ら。俺のことを“兄”としか認識してないのに、結婚なんて出来るわけないじゃないか。
(てってっ照れる!恥ずかしすぎるわ、これ!)
(ムリムリ、まだムリ!こ、心の準備が……!)
「きょっ、今日の所は一旦引かせてもらいます!」
「こっ、今回はカンベンしてあげるわ!」
ひとしきり顔を赤らめて悶絶していた双子は、そう言い捨てて自分たちの部屋に撤退して行った。それを見送って、はーやれやれとため息をひとつ吐いて、俺もリビングから自分の部屋へと戻った。
ドアを閉め、鍵を掛けて扉の向こうの気配を探り、彼女たちが部屋から出てくる様子がないことを確認してからベッドに腰掛ける。膝の上に肘をついて、手首を折って指を絡ませ、その手の甲側に額を乗せる。
そうして俺は、今度こそ大きくため息を吐き出した。
「いやもうホント勘弁してくれマジで。こっちがどれだけ今まで必死に我慢してきたと思ってんだアイツらは。ったく、人の気も知らないで……!」
恋愛対象じゃない?とんでもない。あんなとびっきりの美少女たちに愛を囁かれて落ちない男なんて居るはずがないだろ!しかも表情からも声音からも仕草からも、本心から俺のことが好きだってオーラをこれでもかって溢れさせて遠慮なく浴びせて来やがって!
だいたい本当の兄妹じゃねえし!従兄妹同士だから結婚にも支障はないし、あの子達が18になれば結婚できちまうんだよマジで!だからこそのここ最近の猛アタックなんだろうけど、ホントマジで勘弁してくれ!
だって俺はひとりしか居ないんだぞ!?どっちか片方だけなんて選べるわけないだろうが!!
俺がどっちを選んでも、残された方は結局ひとりぼっちじゃねえか!あの時『ふたりとも幸せにしてやる』って決めたのに、なんで片方だけ不幸にさせなきゃなんねえんだ!
頼むから、結婚相手は余所で見つけてきてくれ!
真人も蒼月も陽紅も、それぞれ相手の思いなど知らぬままに自室で悶絶し、結局この日は引き分けに終わった。
これが彼らの、ここ最近の日常風景であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お兄ちゃん、あのね。連れてって欲しいところがあるんだけど」
そう言って妹の陽紅が行きたがった場所はショッピングモールにレストラン、夕陽の綺麗な海岸に夜景の見事な山の頂上。
いや待てお前、これもしかしなくてもデートしたかっただけじゃないか?
「兄さん、お願いがあるんですが」
そう言って姉の蒼月に連れ出されたのは遊園地にレストラン、夕方からは映画館に、最後はちょっと遠回りしてから帰りたいって?
いやいや、これもう完璧にデートだろ!?
おい陽紅、一緒に歩いてるだけで腕組もうとするんじゃない。お前胸大きいんだから当たるだろ!
当ててるんだよ、ってダメだからな!?
おい蒼月、なにをわざと驚いたふりして人の胸に飛び込んで来てんだ。あと夜中にわざわざ人の部屋にやって来て、怖い夢見たから一緒に寝たい……ってもう子供じゃねえんだぞ!?
「えーだってもうお兄ちゃんとは裸見られちゃった仲だしぃ?」
「そうですね、兄さんには責任取ってもらわないといけませんね」
「うっ、いやアレは事故だしわざとじゃねえし!」
「…………ふーん?逃げるんだ?」
「うっ」
「男らしくありませんね」
「ぐぐ」
「お兄ちゃん、見るだけでいいの?」
「…………は?」
「私、兄さんにならもっと色々されたいです」
「…………えぇ!?」
真人が一歩後ずさると、双子が一歩進み出る。
「いやいやいや!ダメだからな!?」
「される方がしていいって言ってるのに」
「むしろされたいって言ってるのに」
「「私、兄さんになら何されてもいいよ?」」
「ま……待て、早まるな、話せば分か……」
「「問答無用っっ!!」」
「あっ逃げた!?」
「追うわよ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あの日引き取ってきた双子姉妹の、俺への距離感が今日もおかしい。というか日に日に近くなって来てる気がする。
「兄さん、今日は一緒にお風呂入りましょうね」
「えーダメだよ。お兄ちゃんは今日は私と同じベッドで抱き合って寝るんだから!」
「いやしないけどな!?」
「兄さんはこんな美少女に迫られて嬉しくないんですか?」
「もしかして男の子が好きなの?」
「だからそうじゃねえよ誤解すんな!お前たちは大事な“妹”で、俺はお前たちの保護者なの!」
「だけど本当の“兄妹”じゃありません!」
「結婚すればずーっと“家族”だもん!」
「だーかーら結婚しねえって!結婚は1人としかできねえんだぞ!?」
「分かってますよそんなこと!」
「だからお姉ちゃんが“正妻”で、わたしは内縁の妻でいいから!」
「なんでそうなる!?」
だから右から蒼月、左から陽紅でサンドイッチすんな!
「兄さん、愛しています」
「お兄ちゃん、大好き!」
「「ずーっと一緒にいようね!」」
7年前、“家族”として引き取ってきただけのはずの双子が、とんでもない美少女に成長した挙げ句に毎日愛を囁いてくる。今も右腕に姉の蒼月が抱きついて、左腕には妹の陽紅がしなだれかかる。
ああ……。出会った最初の頃は痩せっぽちの小柄な貧相なただの子供だったのに、すっかり色々成長しちゃってまあ。
両腕に抱きついて幸せそうに微笑むふたりの顔を交互に見て、そして真人は天を仰ぐ。
どうやらこれは、もう逃げられないかも知れないな……。