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六日目 かつての約束を果たして

「ねえ、夏祭りあるじゃん。」

「どこの?というかあなたがそういう話題出すの珍しくない?」

「いや毎年ここから花火見えるやつ」

「んー、あーあるね、今年は何日にやるんだっけ」

「いや僕も覚えてないけど、行かない?」

「え、いわゆるデートのお誘い?あなたからは初めてじゃない?」

「あーもう、行くの、行かないの」

「行く行く。」

「その時にちょっとプレゼントがあるんだ」

「えー何?婚約指輪とか欲しいな」

「・・・」

「・・・え?冗談でしょ?」

「・・・もう何も言わずにその日に突然渡せばよかった。」

なんかすぐにバレたこととか、愛されてることとか、愛してることとか。

すべてが恥ずかしく、心地よかった。



六日目

目が覚めた。夜だ。

約束の夏祭りだ。

彼女は起きていた。

準備は昨日済ませている

「じゃあ行こうか」

手を握る。玄関の扉に手をかけた。


「花火はまだだね。とりあえず屋台を回ろうか」

普段は閑散としているのだろう神社の境内が、今日だけは賑わっていた。

家族、カップル、友人同士、様々な人が行き交う。

景色が喜びに満ちていた。

「ちょっと君!」

「え?」

「やっぱり!前にあったよね」

この人は・・・ああ、廃ビルの場所を教えてくれた・・・

「どうも、あの時はありがとうございました。」

「いやー、あの後も心配だったんだよ。無理にでも救急車呼んだほうがよかったんじゃないかって、今日は彼女連れ?たこ焼き買ってかない?」

「飲食店の人だったんですか?」

「いやいきなり友達に呼び出されて、店番してくれとさ。」

「大変ですね。」

「いや楽しいからいいんだけど、たこ焼き買ってかない?何かの縁ということで半額にするよ?」

「勝手にそんなことしていいんです?」

「さあ?まあそんなことで壊れるような関係じゃないし、いいんじゃない?」

「じゃあまあ、お言葉に甘えて一つ」

「まいどありー」


「ということで、はい。今日何も食べてないでしょ」

社の階段に座る。

一つ頷く

「食べきれなかったら帰ってから食べればいいからさ。」

二つ食べたところで手を止めた。

「もういい?」

頷く

花火はもう少しだ。いつ本題に入ろうか。話を始めれば、少なくともこの夏祭りを楽しむ状況は終わってしまうのだろう。彼女が楽しめているかどうかは分からないが、まだこの空気に浸っていたかった。


笛の音と乾いた破裂音が鳴った。

「綺麗だね」

色とりどりの光が散る。

もう花火が始まってしまったらしい。

握る手に、力がこもった気がした。

「ねえ、聞いてもらってもいいかな」

目を花火に向けたまま、聞く。彼女の顔は見ない。見れなかった。少しでも目を下に動かせば涙がこぼれそうな気がした。

「柄谷佳は、いつまでもあなたを愛しています。」

「僕は、あなたと共にいることはできません。」

「これを受け取ってもらえますか。」

文脈が整わない、言いたいことが伝わっていると信じて、カバンの中の小さな箱を取り出す。

少し涙がこぼれる。哀しみか緊張か喜びかは分からなかった。

箱から指輪を取り出す。

これを彼女の指に通して良いのだろうか。

これは彼女と柄谷佳をつなぐもので、彼女に渡すことで、自殺が近づく可能性も感じた。

ためらいが起きる。彼女を見れば握っている右手ではなく、左手が差し出される。

一つ息を吸う。それでも、何が起きてもこれは渡さなければならない気がした。

その薬指にはめる。婚約指輪というには安物の指輪だ。それに実際に結婚することは、もうない。だが、彼女はそれを死ぬまで大事にするのだろうことは理解できた。

花火の音が一層激しくなる。二人で花火のほうへ向き直る。

「私も、愛しています」

と彼女がそういった気がした。


花火はもうとっくに終わり、祭りも片付けに入っていた。彼女も、もう背中で寝息を立てている。

「おーい、君」

「廃ビルでたこ焼きの」

「どういうイメージよ、特に廃ビルの方」

「いや、すいません」

「おぶってくの?疲れない?また倒れたりしない?送ってこうか?」

「いやさすがにそれは・・・お兄さんのほうこそ怒られたりしなかったんですか?」

「怒られたわ、お前にはもう店番させねー、だって、毎年言ってんだよな」

赤の他人だからだろうか、それとも本人の性格だろうか、何故かこの人には何でも聞いていいような気がした

「お兄さんって恋人います?」

「なんだ?いきなり俺マウント取られた?」

「いないんですね、すいません」

「まー・・・いたよ?」

「今はいない?」

「ちょっとね・・・交通事故で」

「すいません」

「あやまることじゃないよ」

「その・・・その時自分も、とか考えませんでした?」

「自殺ってこと?まー考えなくもなかったけど」

「どうやって立ち直ったんですか?」

「その人が一番だったけどさ、俺には友達がいたし、何より俺をかばってその人が死んだからさ。そんなことでその人を裏切りたくなかった、かな。」

「そうですか・・・ありがとうございます。残される方ってやっぱり辛いものですか?」

「そりゃあね。少なくとも生きていれば心があるからね。」

「ありがとうございました。そろそろ帰ります。」

「んー。気を付けてね?本当に、ここら辺殺人事件とかストーカーとか、なんか治安悪いからさー」


帰ってくる。いつものように。彼女を背負って、彼女をベッドにおろし、自分もそのそばで座って目を閉じる。彼女が明日生きていて、自分が目を覚まさないことを願って。

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